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転生遊戯
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エディンデルと隣国との間には山脈が横たわっている。王都からミュウの故郷である湖のラックスベルに向かうにつれ山は高く険しくなり、途中には切り立った崖がある。この崖が分岐点のようで湖側は厳しく、王都側は標高も高くはない。
その王都側の山を挟んであっちとこっちでいくつか砦があり、各々の国を守っている。
「…大丈夫かなぁ」
宿舎のミュウの(フィルの)部屋の窓から空を見上げながらミュウは独りごちた。東の砦、とミュウはイーハンに言ったがそもそも東にあるのが隣国なので大きな意味では全部東の砦なのである。本には砦について詳しいことはなかった、それもそうだ戦がメインの物語ではないのだから。メインはフィルの窮地によって生まれる癒しの力、その力によって和平が結ばれフィルと力の持ち主が結ばれる。癒しの力は国境を超えて人々を癒す、その傍らにはいつもフィルがいる。そして大陸は泰平を得ると共にフィルが愛を知り永遠を誓う。
イーハンはどんな力が生まれるとしても、フィルが倒れることは許せないと言った。本当に尊い力ならば、どこかで必ず生まれてくるという。その辺はいう事がフィルと似通っていて、二人は本当に親友なんだなぁと思う。
そのまま言うと、うるさい!と大きな声を出されたが耳が赤かったのできっと照れ隠しだ。
フィルはスウェインに乗って行ってしまった。「大将の首を取ってくる」とさらっと言うのには驚いたが、そういう世界なのだ。物語の中の命は軽い、けれどそこに生まれてそんなわけあるかと思う。
見上げれば広い空があって、平和に鳥が飛んでいて、雲はのんびりと流れている。なのに、なんだか息苦しい。本当にこれで良かったのか、疑念が消えない。
ミュウにできることはちっぽけなもので、どこの砦が手薄だとかどこの砦が打撃を受けるだとかそんなことを伝えるしかできない。ただただ、大切な人を守りたい。過ごした時間は短いけれど、夢を見るミュウを支えてくれた人を守りたい。擦り傷ひとつだって負ってほしくない。
その夜、久しぶりに一人で眠った。ジェジェが付き添うと言ったが断った。ジェジェの眉が下がり、口はへの字になっている。
「大尉に頼まれたんや」
「うん、そうなんやけど…」
ジェジェが悪いわけじゃない、ただ手を繋いでもらうのはフィルがいい。もじもじごにょごにょ、口ごもるミュウの頭をジェジェは軽く撫でた。
「同じ部屋におるんはええか?」
「うん」
フィルの手は大きく温かい、ジェジェだってそうなのだが質が違う。ジェジェは気安さや親しみがあり、フィルには充足感や喜びがある。今、恋しいのはそっちの方だ。
土煙が凄い、目に入ったら痛そうだ。だけど、誰も彼もミュウに目を向けない。ミュウの目も痛くない。文字じゃない、目に映るもの全てに現実味がある。
──…これ、夢や
確実にここは夢の中だ。鎧を身にまとった兵士たちが剣を振るっている。あちこちで小さな竜巻が上がっていて、どこかに風の使い手がいるのかもしれない。風に乗って火薬の匂いもする。
──あ、蒼い炎が見える
遠く蒼穹に溶け込むように、蜃気楼のような炎が揺らめいていた。行かなきゃ、迷いもなくミュウは走り出した。
目の前で物語の中の戦いが繰り広げられている。自分はいない存在だから狙われることもないし、ましてここで死んでしまうこともない。それでも、怖い。目の前で倒れる人がいる、空気を切り裂くような音をたてて矢がミュウを追い越していく。怖いのに妙な高揚感が確かにあって、命の瀬戸際というものを感じた。
あそこでフィルが戦っている、行ったところでどうということはない。だけど、今ここで自分が縋れる相手はフィルしかいないのだ。
蜃気楼のような炎がくっきりと見えて、その後ろに鮮やかな緑が見えた。ここはどこだろう、どこでもいいか。
フィルの姿が見えた矢先、パァンと乾いた音が聞こえた。そして、ゆっくりゆっくりと倒れた。全てがスローモーションに見えた。投石機でも使っているのか、空から大きな石が降ってきていた。カーテンのように張られていた蒼い炎は地上から空へ移り、その僅かな隙をついてフィルは撃たれた。顔から血が吹き出している。
──なんで?
それしか言葉がなかった。
その王都側の山を挟んであっちとこっちでいくつか砦があり、各々の国を守っている。
「…大丈夫かなぁ」
宿舎のミュウの(フィルの)部屋の窓から空を見上げながらミュウは独りごちた。東の砦、とミュウはイーハンに言ったがそもそも東にあるのが隣国なので大きな意味では全部東の砦なのである。本には砦について詳しいことはなかった、それもそうだ戦がメインの物語ではないのだから。メインはフィルの窮地によって生まれる癒しの力、その力によって和平が結ばれフィルと力の持ち主が結ばれる。癒しの力は国境を超えて人々を癒す、その傍らにはいつもフィルがいる。そして大陸は泰平を得ると共にフィルが愛を知り永遠を誓う。
イーハンはどんな力が生まれるとしても、フィルが倒れることは許せないと言った。本当に尊い力ならば、どこかで必ず生まれてくるという。その辺はいう事がフィルと似通っていて、二人は本当に親友なんだなぁと思う。
そのまま言うと、うるさい!と大きな声を出されたが耳が赤かったのできっと照れ隠しだ。
フィルはスウェインに乗って行ってしまった。「大将の首を取ってくる」とさらっと言うのには驚いたが、そういう世界なのだ。物語の中の命は軽い、けれどそこに生まれてそんなわけあるかと思う。
見上げれば広い空があって、平和に鳥が飛んでいて、雲はのんびりと流れている。なのに、なんだか息苦しい。本当にこれで良かったのか、疑念が消えない。
ミュウにできることはちっぽけなもので、どこの砦が手薄だとかどこの砦が打撃を受けるだとかそんなことを伝えるしかできない。ただただ、大切な人を守りたい。過ごした時間は短いけれど、夢を見るミュウを支えてくれた人を守りたい。擦り傷ひとつだって負ってほしくない。
その夜、久しぶりに一人で眠った。ジェジェが付き添うと言ったが断った。ジェジェの眉が下がり、口はへの字になっている。
「大尉に頼まれたんや」
「うん、そうなんやけど…」
ジェジェが悪いわけじゃない、ただ手を繋いでもらうのはフィルがいい。もじもじごにょごにょ、口ごもるミュウの頭をジェジェは軽く撫でた。
「同じ部屋におるんはええか?」
「うん」
フィルの手は大きく温かい、ジェジェだってそうなのだが質が違う。ジェジェは気安さや親しみがあり、フィルには充足感や喜びがある。今、恋しいのはそっちの方だ。
土煙が凄い、目に入ったら痛そうだ。だけど、誰も彼もミュウに目を向けない。ミュウの目も痛くない。文字じゃない、目に映るもの全てに現実味がある。
──…これ、夢や
確実にここは夢の中だ。鎧を身にまとった兵士たちが剣を振るっている。あちこちで小さな竜巻が上がっていて、どこかに風の使い手がいるのかもしれない。風に乗って火薬の匂いもする。
──あ、蒼い炎が見える
遠く蒼穹に溶け込むように、蜃気楼のような炎が揺らめいていた。行かなきゃ、迷いもなくミュウは走り出した。
目の前で物語の中の戦いが繰り広げられている。自分はいない存在だから狙われることもないし、ましてここで死んでしまうこともない。それでも、怖い。目の前で倒れる人がいる、空気を切り裂くような音をたてて矢がミュウを追い越していく。怖いのに妙な高揚感が確かにあって、命の瀬戸際というものを感じた。
あそこでフィルが戦っている、行ったところでどうということはない。だけど、今ここで自分が縋れる相手はフィルしかいないのだ。
蜃気楼のような炎がくっきりと見えて、その後ろに鮮やかな緑が見えた。ここはどこだろう、どこでもいいか。
フィルの姿が見えた矢先、パァンと乾いた音が聞こえた。そして、ゆっくりゆっくりと倒れた。全てがスローモーションに見えた。投石機でも使っているのか、空から大きな石が降ってきていた。カーテンのように張られていた蒼い炎は地上から空へ移り、その僅かな隙をついてフィルは撃たれた。顔から血が吹き出している。
──なんで?
それしか言葉がなかった。
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