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ミュウの世界
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「ミー坊、無理に決まってるやろ」
そうなん?とミュウは口いっぱいに頬張ったベーコンをもぐもぐと食べながら首を傾げた。その右隣にはジェジェが同じように首を傾げる。ミュウ同様ジェジェもラックスベルから出たことはない。
「あんなぁ、おっちゃんあそぼーみたいな感じで国王陛下に会えるわけないやろ」
「んー、でもこないだの王命のことで聞きたいことあんねんけどって感じやったらいけへん?」
「あほか」
心底呆れた顔でメイソンはこれみよがしな大きなため息を吐く。メイソンの目の前の皿はもう空になっていて、ミュウだけがもぐもぐと大盛りの朝食を食べている。丸パンなんかはもう三つ目だ。
「ミュウ、あたしたちはここではよそものなのよ?おわかり?」
「ん?おかわりはもういらんで」
「ちがうわよ!ミュウはせけんしらずなのよ!」
頭に大きな水色のリボン、同じく水色のワンピースを着て飲み干した牛乳のグラスをドンと置いてそう言うのはミュウの対面に座るスゥだ。メイソンとサーシャの愛娘は七歳、昨夜は眠っていて会えなかった。こらスゥ、とサーシャがスゥを窘める。
「いい?あたしたちがなんてよばれてるか知ってる?やばんじんよ!?いなかの森の中にひきこもってるって言われてるのよ!!」
「スゥ、お前すげぇ言うやん」
ひゃははと笑うミュウにスゥは「笑いごとじゃない!」と憤る。ふんふんと荒い鼻息がミュウの前髪を揺らすほどスゥは突っかかってきた。
「ミュウ、あたしたちだってね、ひとじちなのよ!オブリス家なんていってるけど実体はただの十年にんきでやってきたいつまでたってもしんざんもののいなかものなの!」
「野蛮人に新参者に田舎者…」
「やから笑うな言うとるやろがミュウ!!」
「あ、言葉戻った」
あっはっはと喉奥を見せて笑うミュウにスゥの顔がみるみる真っ赤になっていく。もういい!とスゥが立ち上がったひょうしに大きな音を立てて椅子が倒れてしまった。ついでとばかりにバタンと扉を閉めて、パタパタと階段を駆け上がる音が聞こえてくる。その音を追ってサーシャも食堂から出ていってしまった。
「おっちゃん、誰がスゥにあんなこと吹き込んだんや」
「学校や」
「意地悪なやつがおんねんなぁ」
「親の受け売りやろ。どこも世襲制やからな。うちがおかしいって風潮や」
モーリブス家の名代のオブリス家はスゥの言う通りそれはただの役職名のようなものだ。便宜上オブリスと代々名乗ってはいるがその中身は十年で入れ替わる。
うんと昔は頭領の妻子が王都に住まうことを義務付けられていたようだが、今はそうではない。いつかの時代に何かあったのかもしれないがそれはもう知る由もない。
なのでオブリス家は王都に根を張ることはない、それは湖を裏切らないことと等しい。王家も湖もお互いに目を光らせているのだ。
「うちから始まったってのにずいぶんな言い草やな。歴史の授業はないんか」
「そんなもん、田舎者の世迷言や。眉唾物の子どもの絵空事みたいな話やで」
しっしっと追い払うように手を振ったメイソンは鼻で笑ってどかりと背もたれにもたれた。遠い昔、人は豊かな水源と実りある森の恩恵を受けて生きてきたと湖の民は皆そう伝え聞いている。そしてその中のひと握りの人々が新天地を求め湖を後にし人の住まうところは拡大していった、これがラックスベルでの通説だ。
ところ変わればとは言うが、湖の話は風化したおとぎ話のようなものなのもしれない。
「んじゃあさ、王様に会われへんのやったら大尉には会えるやろ?」
「まだ言うてんのかミュウ。オブリスにそんな力はないんやって。その王命やってな?突然うちに来て、『使者である』とかって置いていったんや」
使者である、と言った時のメイソンはもたれた背筋を伸ばして胸を突き出して威厳があるような声を出した。物真似らしい、なるほどなかなかに居丈高の人物であったようだ。
「陛下やってな、式典とかで顔合わすやん?『領主は息災か?』とかって、偉そうやねん。まぁ実際偉い人なんやけどな」
今度は王様の物真似をしたメイソンはぶつぶつと何事か呟いた。ミュウとジェジェは顔を見合わせて小さく肩を竦める。年に一度の里帰り、晴れ晴れとしたメイソンの顔が二人の頭には浮かんでいた。
「大尉に会うっちゅうか、見るだけやったら演習場行ったらおるんちゃうか?」
「え、それどこなん?」
「王都から西に二里半ちゅうとこやな。目立つさかいイヌゥで行くなや。ジェジェにおぶってもらえ」
はぁと息を吐いたメイソンは天井を見上げながらしっしっとと今度は確実にミュウ達を追い払った。
そんなわけでミュウは今ジェジェの背中におぶさっていた。出がけにナッツがクンクン鳴いて、最終的には頭からイヌゥ小屋に入ってお尻を見せてしまった。お土産に好物のジャーキーでも買って帰らねば機嫌が直りそうにない。
「ミー坊、落ちるなよ」
「大丈夫」
ジェジェの能力は脚力強化、全速力は馬をも凌ぐ速さだが持久力がない。全速力が続くのは半里ほど、なので今は馬より若干速度が落ちる程度で走っている。
王都を出て西は荒野が広がっている、確かにイヌゥでは目立つ。
いよいよ大尉の顔を拝むことができるのだ、あの挿絵のような出で立ちだろうか。
少しの怖さと緊張とドキドキが止まらない。ジェジェに伝わっていたらどうしよう。幼い頃から世話役としてずっと傍にいたジェジェ、こんなに大きな秘密を抱えるのは初めてだ。
※一里=約4km
※説明回ばかりが続いて申し訳ありません
そうなん?とミュウは口いっぱいに頬張ったベーコンをもぐもぐと食べながら首を傾げた。その右隣にはジェジェが同じように首を傾げる。ミュウ同様ジェジェもラックスベルから出たことはない。
「あんなぁ、おっちゃんあそぼーみたいな感じで国王陛下に会えるわけないやろ」
「んー、でもこないだの王命のことで聞きたいことあんねんけどって感じやったらいけへん?」
「あほか」
心底呆れた顔でメイソンはこれみよがしな大きなため息を吐く。メイソンの目の前の皿はもう空になっていて、ミュウだけがもぐもぐと大盛りの朝食を食べている。丸パンなんかはもう三つ目だ。
「ミュウ、あたしたちはここではよそものなのよ?おわかり?」
「ん?おかわりはもういらんで」
「ちがうわよ!ミュウはせけんしらずなのよ!」
頭に大きな水色のリボン、同じく水色のワンピースを着て飲み干した牛乳のグラスをドンと置いてそう言うのはミュウの対面に座るスゥだ。メイソンとサーシャの愛娘は七歳、昨夜は眠っていて会えなかった。こらスゥ、とサーシャがスゥを窘める。
「いい?あたしたちがなんてよばれてるか知ってる?やばんじんよ!?いなかの森の中にひきこもってるって言われてるのよ!!」
「スゥ、お前すげぇ言うやん」
ひゃははと笑うミュウにスゥは「笑いごとじゃない!」と憤る。ふんふんと荒い鼻息がミュウの前髪を揺らすほどスゥは突っかかってきた。
「ミュウ、あたしたちだってね、ひとじちなのよ!オブリス家なんていってるけど実体はただの十年にんきでやってきたいつまでたってもしんざんもののいなかものなの!」
「野蛮人に新参者に田舎者…」
「やから笑うな言うとるやろがミュウ!!」
「あ、言葉戻った」
あっはっはと喉奥を見せて笑うミュウにスゥの顔がみるみる真っ赤になっていく。もういい!とスゥが立ち上がったひょうしに大きな音を立てて椅子が倒れてしまった。ついでとばかりにバタンと扉を閉めて、パタパタと階段を駆け上がる音が聞こえてくる。その音を追ってサーシャも食堂から出ていってしまった。
「おっちゃん、誰がスゥにあんなこと吹き込んだんや」
「学校や」
「意地悪なやつがおんねんなぁ」
「親の受け売りやろ。どこも世襲制やからな。うちがおかしいって風潮や」
モーリブス家の名代のオブリス家はスゥの言う通りそれはただの役職名のようなものだ。便宜上オブリスと代々名乗ってはいるがその中身は十年で入れ替わる。
うんと昔は頭領の妻子が王都に住まうことを義務付けられていたようだが、今はそうではない。いつかの時代に何かあったのかもしれないがそれはもう知る由もない。
なのでオブリス家は王都に根を張ることはない、それは湖を裏切らないことと等しい。王家も湖もお互いに目を光らせているのだ。
「うちから始まったってのにずいぶんな言い草やな。歴史の授業はないんか」
「そんなもん、田舎者の世迷言や。眉唾物の子どもの絵空事みたいな話やで」
しっしっと追い払うように手を振ったメイソンは鼻で笑ってどかりと背もたれにもたれた。遠い昔、人は豊かな水源と実りある森の恩恵を受けて生きてきたと湖の民は皆そう伝え聞いている。そしてその中のひと握りの人々が新天地を求め湖を後にし人の住まうところは拡大していった、これがラックスベルでの通説だ。
ところ変わればとは言うが、湖の話は風化したおとぎ話のようなものなのもしれない。
「んじゃあさ、王様に会われへんのやったら大尉には会えるやろ?」
「まだ言うてんのかミュウ。オブリスにそんな力はないんやって。その王命やってな?突然うちに来て、『使者である』とかって置いていったんや」
使者である、と言った時のメイソンはもたれた背筋を伸ばして胸を突き出して威厳があるような声を出した。物真似らしい、なるほどなかなかに居丈高の人物であったようだ。
「陛下やってな、式典とかで顔合わすやん?『領主は息災か?』とかって、偉そうやねん。まぁ実際偉い人なんやけどな」
今度は王様の物真似をしたメイソンはぶつぶつと何事か呟いた。ミュウとジェジェは顔を見合わせて小さく肩を竦める。年に一度の里帰り、晴れ晴れとしたメイソンの顔が二人の頭には浮かんでいた。
「大尉に会うっちゅうか、見るだけやったら演習場行ったらおるんちゃうか?」
「え、それどこなん?」
「王都から西に二里半ちゅうとこやな。目立つさかいイヌゥで行くなや。ジェジェにおぶってもらえ」
はぁと息を吐いたメイソンは天井を見上げながらしっしっとと今度は確実にミュウ達を追い払った。
そんなわけでミュウは今ジェジェの背中におぶさっていた。出がけにナッツがクンクン鳴いて、最終的には頭からイヌゥ小屋に入ってお尻を見せてしまった。お土産に好物のジャーキーでも買って帰らねば機嫌が直りそうにない。
「ミー坊、落ちるなよ」
「大丈夫」
ジェジェの能力は脚力強化、全速力は馬をも凌ぐ速さだが持久力がない。全速力が続くのは半里ほど、なので今は馬より若干速度が落ちる程度で走っている。
王都を出て西は荒野が広がっている、確かにイヌゥでは目立つ。
いよいよ大尉の顔を拝むことができるのだ、あの挿絵のような出で立ちだろうか。
少しの怖さと緊張とドキドキが止まらない。ジェジェに伝わっていたらどうしよう。幼い頃から世話役としてずっと傍にいたジェジェ、こんなに大きな秘密を抱えるのは初めてだ。
※一里=約4km
※説明回ばかりが続いて申し訳ありません
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