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夢に泣く

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菱海の穏やかな海も冬になるとやはり荒れることが多い。
波は高くなり、漁に出る回数もグッと減る。
おっとうは土間に座り込み、網に空いた穴を修繕し補強している。
おっかぁは綻びが出来てきた夜着を繕っている。
その中にあって佐斗は障子を少しだけ開けてぼんやりと空を眺めている。
冬の長雨は気分が鬱々としてため息ばかりがでる。

「佐斗、なしたね?」
「おっかぁ、琴乃様はどこへ帰るんだ?」
「琴乃様がどこの姫様だか詮索しちゃならんて三雲先生が仰ってただろ?」
「じゃぁ、文も書けんのか」
「佐斗、たとえ琴乃様の国がどこかわかっても佐斗の書いた文が琴乃様に届くことはなかろうよ」

気を取り戻しつつある琴乃様は村の子らを集めて寺子屋の真似事をしている。
子らは琴乃様を慕い、琴乃様もあんもそれを受け止めてくれる。
琴乃様が歌いながらポンポンとつく紙風船が子らは大好きだ。

「ことのさまのおめめきれいね」

すっぽり頭巾の琴乃様はそう言われる度にうふふと笑う。
子らが集まるとようは張り切って芋を蒸したり、握り飯を作ったりする。
朝井様もたまに一緒に握り飯を握る。
大きくて不格好なそれ。
手についた米粒をぺろりと舐めとる仕草に佐斗はいつも釘付けになる。

佐斗は糸のように降りてくる雨に恵一郎を思う。
今、なにをされていますか?

五日ぶりに雨が上がり、花姫屋敷への登り坂を佐斗と喜一は村の子らを連れて行く。

「琴乃様はお元気やろうか」
「雨が長かったからなぁ。雨は気が塞ぐよ」
「そうな」

曇天の冬にあって久しく見るお天道様。
冬を越すと琴乃様と朝井様は国へ帰る。
はしゃぐ子らの軽い足取りとは裏腹に佐斗の足は重い。
屋敷の門前には恵一郎が懐手で待っており、ワイワイと近づく子らに笑みを向ける。

「久しいな、佐斗。それに喜一」

佐斗、と最初に名を呼ばれたことが嬉しい。

「朝井様、お変わりはありませんか?」
「あぁ、長雨は気が滅入るな。ここはほら海に近い故、海鳴りが酷くてな。琴乃様が怯えておったがお天道様を見ると気を取り戻したよ」

子らは我先にと庭先へ走る。
一番小さいも、とたとたと駆けていく。
それを喜一が、みの!手ぇつながな危なかろう!と追いかけていく。
その後ろ姿を見ながら恵一郎と佐斗は並んで歩く。

「佐斗も手を繋いでやろうか?」
「子どもではありません」

佐斗の赤い頬を、尖らせた唇を見やって恵一郎はくつくつと笑う。

庭先の花々には雨の雫がおりて冬の柔らかな陽射しにキラキラと輝いている。
そこに佇む琴乃様は美しく、天女のようだと思った。
佐斗と喜一は飯炊き女のようの手伝いをしながら、庭先の子らを見る。
琴乃様が歌いながら紙風船を上についている。
恵一郎は井戸端で薪割りに精を出している。
カコンカコン、と子気味良い音が林に響く。
冷たい風がさぁっと吹いて見上げると雲がお天道様を隠そうとしていた。
また一雨くるかもしんねぇな、と佐斗は庭先に視線を戻した。
さっきの風で飛んだのだろう、紙風船をみのが追って、そのみのを琴乃様が追っている。
ふわふわと紙風船は崖の方ヘ方へと飛んでいく。
あんは他の子らの相手をしており、喜一は屋敷の裏だ。
これはいけない、佐斗は大声を張り上げた。

「琴乃様!そっちへ行っちゃなんね!!」

脱兎の如く駆け出した佐斗。
海風がぶわりと強く吹き付け、みのの手から紙風船が舞い上がる。
それに手を伸ばすみのを琴乃様は引き寄せ、また強い海風が二人を襲う。
その風に琴乃様の体が傾いだ。
琴乃様のはためく着物の袂を佐斗はむんずと掴み引き寄せる。
勢いよく引き寄せた反動で琴乃様はみのを抱えたまま尻もちをつき、佐斗はそれを見てほっと息をついた。
瞬間、唸りをあげた海風に叩きつけられ佐斗の体はぐらりと揺れる。
視界に入るのはお天道様が引っ込んだ曇天の空。
いつの間に駆けつけたのだろう、恵一郎の叫ぶ声が聞こえる。

「佐斗ー!!」

恵一郎の手が空を切り、佐斗はそのまま崖下の海へ落ちて行った。
崖上から顔を覗かせる恵一郎の顔。
その双眸だけを見つめて佐斗はどぶんと沈んだ。

──朝井様、佐斗のこと忘れないで
──朝井様、あの時手を繋げば良かった
──朝井恵一郎様、佐斗はあなたをお慕いしておりました

佐斗の気持ちが翔に流れ込んでくる。

佐斗、佐斗、佐斗──・・・
最期に大好きな人の顔を見て逝ったのは佐斗の救いになったかい?
佐斗、それでも俺は悲しいよ。

俺はどうしてこんな夢を見る?
佐斗を助けられないのにどうして?






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