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夢に想う
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翔の見る夢は続いている。
鮮やかに色づき、佐斗の気持ちが流れこんでくる。
佐斗は恵一郎を兄のように慕っていた。
そうあの日、字を書くのに身を寄せられるまでは。
間近に感じる恵一郎に佐斗の心臓は跳ね上がり、それからまともに恵一郎の顔が見られなくなった。
佐斗、と低く落ち着いた声音で呼ばれると背中がゾワゾワと落ち着かない。
笑いかけられると、血が逆流し顔が真っ赤になってしまう。
佐斗の中にいる翔は思う、佐斗それは恋だよと。
ただ、佐斗は十五歳、恵一郎は二十二歳。
歳の開きもあるが、男同士である。
「衆道っていうんだっけ?」
「何それ?」
「昔の同性愛?みたいなの。ほら、信長と蘭丸とか有名じゃん」
「えー、聞いた事ないわ」
勇輝はスマホをいじって翔に見せる。
それは衆道について書かれたものだった。
「その、翔の夢の朝井様ってかっこいいの?」
「え?うーん、そうかな?」
翔は曖昧に笑って言葉を濁す。
佐斗の中にいるからか、翔の目から見ても恵一郎はとても魅力的だ。
おっとうと酒を酌み交わし少し酔った所などは色気たっぷりだし、魚の身を綺麗に骨から外す所作は美しい。
なんといっても、佐斗と呼ぶ声がいい。
ジワジワと蝉の声がうるさい。
そういえば花姫屋敷の林も蝉の声がよくしていたな、と思い出す。
焼け付くアスファルトの上を寮まで歩く。
藁草履だと藁が焼けてしまうだろうか、とクスリと笑う。
「気になるんならさぁ、歴史資料館行ってみたらいいじゃん」
「は?どこにあんの、それ」
「こないだオープンした道の駅。ほら、高速降りたとこの。あそこの敷地内にあるんだって」
「へぇ」
翔は気のない返事をしたが、頭の中は資料館でいっぱいだった。
花姫屋敷と呼ばれるようになった頃、琴乃様は庭先の花を見に少しづつ表へ出れるようになった。
佐斗はいつものように花姫屋敷へ、おっかぁから言付かった豆を届けに来ていた。
「佐斗。姫様がお前に礼を言いたいそうだからおいで」
琴乃様付きのあんが佐斗を呼びにきた。
礼なんて、と思いながら佐斗はあんの後を追う。
その後ろを恵一郎もゆっくりついて行く。
咲き乱れた花の中に琴乃様は静かに佇んでいて、夏の日差しで暑かろうに頭巾をすっぽり被っていた。
覗くのは澄んだ双眸だけだが、とても美しい瞳をしていた。
「佐斗や、いつぞやは綺麗な貝殻をありがとう」
琴乃様の声はか細かったが、とても可愛らしい声だった。
佐斗はどぎまぎしてしまい、真っ赤な顔であうあうとしか声が出なかった。
その様子を恵一郎が笑い、あんが笑い、そして琴乃様が笑った。
とてもとても小さな声だったが、ふふと確かに笑った。
琴乃様は静かに佐斗に近づき、その日に焼けた手をとった。
「佐斗の仲良しと一緒にお食べ」
手のひらに薄い桃色の和紙に包まれたものがのっていた。
その包みを開けると、白と桃色のお星様が入っている。
なんだろう?と首を傾げる佐斗に琴乃様はまたうふふと笑った。
「金平糖というのですよ。甘くて美味しいの」
琴乃様は桃色の一粒をつまみ佐斗の口にひょいと放り込んだ。
その一粒は甘くて、舌の上で転がすとどんどん甘みが広がっていった。
暑い暑い夏の庭先での一幕。
小さく笑う琴乃様、袖口でそっと目尻を抑えるあん、金平糖の甘さに目を蕩けさせる佐斗、それを見守る恵一郎。
この日を境に琴乃様は目に見えて気を取り戻し始めた。
ピンポンと言う高い音に翔はふっと目を覚ました。
「あの金平糖どんな味だったんだろ。佐斗の心は甘いって喜んでたけど」
バスに揺られながら翔は思う。
資料館まではあと少し。
菱海の地にも秋が訪れた。
琴乃様は表に出る回数が増え、また食事もよくとるようになったという。
「魚がね、美味しいって言うてくれるんよ」
ようは井戸端で芋を洗いながら言う。
佐斗はそれを聞きとても嬉しく思った。
「あぁ、佐斗。来ていたのか」
低く落ち着いた声音は恵一郎で、それだけで佐斗の顔は真っ赤になってしまう。
「佐斗。今日は藤吉と約束しているから、一緒に帰ろう」
恵一郎はそう言って佐斗を見つめる。
佐斗はぶんぶんと首を縦に振り、それを見たように笑われた。
「佐斗、あんた朝井様がほんとに好きだねぇ。兄様だと思ってるんか?」
「おようさん!」
恵一郎はそうだな、と笑って佐斗の小さな胸がきゅうと痛んだ。
恵一郎は真実、佐斗を弟としか見ていないような気がする。
それが佐斗にはもどかしい。
佐斗は恵一郎が好きなのだから。
林を抜け海への坂を二人で下る。
「佐斗、琴乃様はだいぶ良くなった」
「はい。みんな嬉しく思っています」
「匙の三雲先生がな、江戸藩邸ではなく領地に帰ることを薦めている」
「・・・それはいつですか?」
「暖かくなってからだ」
佐斗の胸が押し潰されそうにぎゅうぎゅうと痛むのを翔は感じた。
佐斗が涙を堪えているのも。
悲しいね、佐斗。
翔の心もぎゅうぎゅうと痛んで涙が溢れそうになる。
ゆさゆさと誰かに揺さぶられている。
誰だろう、翔はそっと瞼を持ち上げる。
「君、君、大丈夫かい?」
あぁ、この声──・・・
「・・・朝井様」
翔は熱に浮かされたように恵一郎の名を呼ぶ。
まだ夢を見ているのかもしれない。
この頃になると翔はずっと夢を見ていたいと思っていた。
佐斗に、恵一郎に会いたい。
佐斗に伝えたい、琴乃様のことを。
琴乃様を庇って海に沈むことを。
「佐斗・・・」
翔はふわふわと浮遊感を感じながら意識を手放した。
鮮やかに色づき、佐斗の気持ちが流れこんでくる。
佐斗は恵一郎を兄のように慕っていた。
そうあの日、字を書くのに身を寄せられるまでは。
間近に感じる恵一郎に佐斗の心臓は跳ね上がり、それからまともに恵一郎の顔が見られなくなった。
佐斗、と低く落ち着いた声音で呼ばれると背中がゾワゾワと落ち着かない。
笑いかけられると、血が逆流し顔が真っ赤になってしまう。
佐斗の中にいる翔は思う、佐斗それは恋だよと。
ただ、佐斗は十五歳、恵一郎は二十二歳。
歳の開きもあるが、男同士である。
「衆道っていうんだっけ?」
「何それ?」
「昔の同性愛?みたいなの。ほら、信長と蘭丸とか有名じゃん」
「えー、聞いた事ないわ」
勇輝はスマホをいじって翔に見せる。
それは衆道について書かれたものだった。
「その、翔の夢の朝井様ってかっこいいの?」
「え?うーん、そうかな?」
翔は曖昧に笑って言葉を濁す。
佐斗の中にいるからか、翔の目から見ても恵一郎はとても魅力的だ。
おっとうと酒を酌み交わし少し酔った所などは色気たっぷりだし、魚の身を綺麗に骨から外す所作は美しい。
なんといっても、佐斗と呼ぶ声がいい。
ジワジワと蝉の声がうるさい。
そういえば花姫屋敷の林も蝉の声がよくしていたな、と思い出す。
焼け付くアスファルトの上を寮まで歩く。
藁草履だと藁が焼けてしまうだろうか、とクスリと笑う。
「気になるんならさぁ、歴史資料館行ってみたらいいじゃん」
「は?どこにあんの、それ」
「こないだオープンした道の駅。ほら、高速降りたとこの。あそこの敷地内にあるんだって」
「へぇ」
翔は気のない返事をしたが、頭の中は資料館でいっぱいだった。
花姫屋敷と呼ばれるようになった頃、琴乃様は庭先の花を見に少しづつ表へ出れるようになった。
佐斗はいつものように花姫屋敷へ、おっかぁから言付かった豆を届けに来ていた。
「佐斗。姫様がお前に礼を言いたいそうだからおいで」
琴乃様付きのあんが佐斗を呼びにきた。
礼なんて、と思いながら佐斗はあんの後を追う。
その後ろを恵一郎もゆっくりついて行く。
咲き乱れた花の中に琴乃様は静かに佇んでいて、夏の日差しで暑かろうに頭巾をすっぽり被っていた。
覗くのは澄んだ双眸だけだが、とても美しい瞳をしていた。
「佐斗や、いつぞやは綺麗な貝殻をありがとう」
琴乃様の声はか細かったが、とても可愛らしい声だった。
佐斗はどぎまぎしてしまい、真っ赤な顔であうあうとしか声が出なかった。
その様子を恵一郎が笑い、あんが笑い、そして琴乃様が笑った。
とてもとても小さな声だったが、ふふと確かに笑った。
琴乃様は静かに佐斗に近づき、その日に焼けた手をとった。
「佐斗の仲良しと一緒にお食べ」
手のひらに薄い桃色の和紙に包まれたものがのっていた。
その包みを開けると、白と桃色のお星様が入っている。
なんだろう?と首を傾げる佐斗に琴乃様はまたうふふと笑った。
「金平糖というのですよ。甘くて美味しいの」
琴乃様は桃色の一粒をつまみ佐斗の口にひょいと放り込んだ。
その一粒は甘くて、舌の上で転がすとどんどん甘みが広がっていった。
暑い暑い夏の庭先での一幕。
小さく笑う琴乃様、袖口でそっと目尻を抑えるあん、金平糖の甘さに目を蕩けさせる佐斗、それを見守る恵一郎。
この日を境に琴乃様は目に見えて気を取り戻し始めた。
ピンポンと言う高い音に翔はふっと目を覚ました。
「あの金平糖どんな味だったんだろ。佐斗の心は甘いって喜んでたけど」
バスに揺られながら翔は思う。
資料館まではあと少し。
菱海の地にも秋が訪れた。
琴乃様は表に出る回数が増え、また食事もよくとるようになったという。
「魚がね、美味しいって言うてくれるんよ」
ようは井戸端で芋を洗いながら言う。
佐斗はそれを聞きとても嬉しく思った。
「あぁ、佐斗。来ていたのか」
低く落ち着いた声音は恵一郎で、それだけで佐斗の顔は真っ赤になってしまう。
「佐斗。今日は藤吉と約束しているから、一緒に帰ろう」
恵一郎はそう言って佐斗を見つめる。
佐斗はぶんぶんと首を縦に振り、それを見たように笑われた。
「佐斗、あんた朝井様がほんとに好きだねぇ。兄様だと思ってるんか?」
「おようさん!」
恵一郎はそうだな、と笑って佐斗の小さな胸がきゅうと痛んだ。
恵一郎は真実、佐斗を弟としか見ていないような気がする。
それが佐斗にはもどかしい。
佐斗は恵一郎が好きなのだから。
林を抜け海への坂を二人で下る。
「佐斗、琴乃様はだいぶ良くなった」
「はい。みんな嬉しく思っています」
「匙の三雲先生がな、江戸藩邸ではなく領地に帰ることを薦めている」
「・・・それはいつですか?」
「暖かくなってからだ」
佐斗の胸が押し潰されそうにぎゅうぎゅうと痛むのを翔は感じた。
佐斗が涙を堪えているのも。
悲しいね、佐斗。
翔の心もぎゅうぎゅうと痛んで涙が溢れそうになる。
ゆさゆさと誰かに揺さぶられている。
誰だろう、翔はそっと瞼を持ち上げる。
「君、君、大丈夫かい?」
あぁ、この声──・・・
「・・・朝井様」
翔は熱に浮かされたように恵一郎の名を呼ぶ。
まだ夢を見ているのかもしれない。
この頃になると翔はずっと夢を見ていたいと思っていた。
佐斗に、恵一郎に会いたい。
佐斗に伝えたい、琴乃様のことを。
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