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番外編

探偵物語 後

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 喧騒の料理店でたったひとつお通夜のようなテーブル、その上にはサーモンの生春巻きやすっかり冷めてしまったスープカレー、タイ風春雨サラダにカオマンガイなどが並んでいたが、どれもこれも中途半端に残っていた。
 侑の目に涙はもうない、ないがぼんやりと見つめる先には和明がいた。

「シュウ、もう出ようか」
「うん…あっくん行こ?」
「梅園君、探偵ごっこなんて言ってすまない」

 侑は小さく首を振る。詫びだから、と全て卯花が支払い揃って店を後にした。香辛料とハーブ、お酒と香水とごちゃ混ぜになった匂いを初夏の風がどこかへ運んでいく。爽やかな風に侑の気持ちも落ち着いてきた。

「あっくん、俺らはずっとあっくんと一緒にいるから」
「…うん」

 周平の言葉に慰められ、頭を撫でてくれる大和にホッとする。

「和明がモテるのは知ってたから」

 高校生の時だって和明はモテていた。卒業式の時も釦を軒並み取られていたし、校門で待ち伏せして放課後デートの時も和明に向く視線はどれも好意が感じられた。今更だと思う、でもあの頃はそんなものに嫌悪すらあるような感じだったのに、今日は笑みを浮かべていた。それがなんだか悔しい、胸がチリチリする。

「梅園君、和明君ならきっと大丈夫だよ。彼は意味の無いことはしないと思う」
「卯花さん、どういうこと?」

 大和を筆頭に揃いも揃って首を傾げ、その中には武尊も含まれていて卯花は苦笑する。あのね、という卯花の声は続かなかった。

「あれ?侑さん?」
「…和明」
「今日こっちの方出てくるって言ってた?何してんの?」
「あ、えっと、…探偵ごっこ」

 なんてタイミングが悪いんだろう。ぐずぐずせずにさっさと駅へ迎えば良かった。和明の両隣にはもちろんあの美人な二人がいて、もちろん他の人も華やかでいわゆるカースト上位という感じがした。な人生を歩んできたという自信に裏打ちされた堂々とした人達。狭い世界に閉じこもる侑とは違う、噛み締めた唇が痛い。

「柳楽くん、だれ?」
「あぁ、僕の恋人」

「…へ?」

 間抜けな侑の声が舗道に落ちた。

「この人が?」
「そうですよ」

 ぽかんと開いた口が塞がらない侑を美人なアルファが指さして、綺麗なオメガがつま先から頭のてっぺんまでまじまじと侑を見やった。

「可愛いでしょ?」

 言いながら和明は侑に歩み寄った。

「探偵ごっこってなに?」
「ご、ご、合コンだと思ってぇぇぇ」

 うわぁんと堰が切れたように侑は泣きだした。涙と鼻水と噛み締めた唇からはほんの少しの血が浮いている。なんの含みもない声音で恋人だと言ってくれた。それが嬉しくて、と同時に自分がやたらと小さい人間に思えて感情が抑えきれない。

「馬鹿だね」
「馬鹿って言うなぁぁぁ」
「心配になったの?」

 うんうんと頷きながらえぐえぐと侑は泣き、周りはぽかんとするばかり。呆れた視線は侑を突き刺し、ますます情けなくなって高ぶった気持ちが治まらない。

「だって俺、中卒だからぁぁ」
「それは別に関係ないでしょ」

 泣きじゃくる侑の頭に和明の手が乗る。じんわりと温かいなにかが頭のてっぺんから入ってきた。いつもそう、和明の手のひらは温かいものをくれる。

「あの、僕は新人で、こんなこと言うのもアレなんですけど」

 和明はアルバイト仲間を見据えて口を開いた。

「この人、僕の恋人で一緒に暮らしててそのうち番になって結婚すると思います。だから今、僕に好意を持ってくれてるとかこの先そうなるかもという人がいたら…すみません、今、答えておきます。僕はこの人以外考えられないのでお断りします」

 謝罪なのか宣言なのか、なんの決意を聞かされているのだとその場にいた面々は思ったが、和明がそれはそれはいい顔で言うもんだから「はい」としか皆言えなかった。

「では、今後ともよろしくお願いします」

 行こう、ひっくひっくと肩を揺らす侑の手を引いて和明は歩きだした。その後を周平たちも追いかける。華やかな面々は依然ぽかんとし、なぜか大和がそれにぺこぺこと頭を下げながら。

「──か、和明…プロポーズみたい」
「うん、そうだね。まぁ、もう家族みたいなもんだけど」
「…家族」
「前に僕言ったよね?良い暮らしがしたいって。そのために受験頑張るって。そこで終わりじゃないんだよ、勉強も頑張るけど人脈も作って行かなきゃ。卯花さんっていう強力なコネはあるけど、いつ大和さんに捨てられるかわからないしね」

 そんなことしないよ!と大和の声にふはっと和明が笑う。

「…ごめん。こっそり盗み見するみたいにして」
「安心した?」
「うん」
「アルバイトは辞めないけどいい?」
「そこまで言ってない」

 侑は知らない、和明のアルバイトの目的が侑とのデート代だということを。受験だなんだのと侑にはデートらしいデートをしてやれていない。我慢させた分これからは存分に二人でデートをしたい。それに、祖父がいる家では雰囲気になっても落ち着かない。だから、これは侑とこれまで以上になるための資金なのだ。
 にっこりと和明が笑いかけると侑もそれに無邪気に応えた。その笑みに深い意味があることも知らずに。

「これからもよろしくね」
「うん。俺も頑張る」

 この後、侑は働き始めることになる。松竹梅行きつけの思い切り蔦の絡まる喫茶店、めでたく二人目を懐妊した奥さんの代わりに。そこで侑の焼くケーキが美味しいと評判になるのはまた別のお話。


 ※読んでくださりありがとうございます。









───おまけ

「卯花さん、あの時なんて言おうとしてたんですか?和明くんが意味の無いことしないって」
「あぁ、俺もすぐに思い出せなかったんだけど、あの和明君の隣に居た女性は原繊維はらせんいって大手繊維メーカーの専務の末娘だよ。うちの創立パーティで見かけたことがある」
「それが?」
「ほら、和明君はなかなか打算的だからね。どこに自分の将来に有利に運ぶコネがあるかわからないから愛想よくしてたんじゃないかな?」

あるあるな話だよ、と笑みを深める様を見て薄ら寒い思いをした大和であった。

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