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秋の終わり
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こたつの上には『もみじせんべい』という名の洋風せんべいと漬物、紅葉の葉を象ったアクリルキーホルダーにわさびふりかけが並んでいた。
「「 やったな? 」」
「・・・やめて」
「ペー助、つる婆がくれた小豆まだあるよな?」
「赤飯炊くか」
「やめて!」
ニヨニヨと笑う周平と侑に大和の顔は紅葉のように真っ赤になっている。
正座した膝の上では握られた拳がぷるぷると震えていた。
「ペー助の時はそんなのしなかったじゃん!」
「だって、あれはさぁ、やる気満々で出ていったもん」
なぁ?と侑が周平に向かい笑いかけ、今度は周平が真っ赤になった。
「あっくん、下世話だぞ」
「なんだよ、さっきまで一緒に笑ってたくせに」
ぷッと頬を膨らませ口を尖らせる侑に周平も大和もなんとも言えない。
映画や漫画で見たのとはまるで違うのだ、キラキラとエフェクトがかかったようなものじゃない。
現実は生々しく、そしてグロテスクでもある。
けれど、満たされた感覚は何物にも代えがたい。
素晴らしい映画を見たあとの充足感、大好きな食べ物を食べた満腹感、初めて逆上がりができた時の達成感。
そのどれとも違う、ただただ愛しいという想いだけがどこまでも満たされていく。
周平と大和は顔を見合わせてもにょもにょと笑った。
「俺も来るべき日のためにちゃんと復習した方がいい?」
へらりと笑ってもみじせんべいを齧る侑に、周平と大和は全力で首を振る。
周平は夜の営み授業のことなど頭から吹っ飛んでいた、大和に至っては忘れろと言われたのだ。
それになにより、あんな授業は当てにならない。
人の数だけ個性があるように、愛し方も千差万別なのだ。
「「 あっくん! 」」
「あんなものなんの役にもたたないから!」
「そうだよ!なんか考えようなんて頭回んないからね!」
「あんなにバナナ食わされたのに?」
「あぁー、あのバナナ美味しかったね」
「一本千円だっけ?立派だったよねぇ」
「ねっとり甘くて美味かったよな」
「なんの話?」
リビングの戸口にはネクタイを緩めながら武尊が立っていた。
出社日の武尊はスーツで髪型もきまっていてとてもかっこいい、と周平は思っている。
なので、おかえり!とすぐさま飛びついた。
よろけながらもそれを受け止め、ただいまと言ってくれる。
「バナナ食べたいの?買いにいく?」
なんとなく松竹梅の視線が武尊の股間に向いて、さっと顔を逸らした。
「さーて、俺は和明のストーカーしに行こっと」
「僕は、えっと僕は、疲れたからお昼寝しよっと」
バタバタとリビングを出ていく二人を見送って、武尊は周平に微笑んでちゅっとキスをした。
何の話?と聞かれても周平に言えるわけがない。
耳まで真っ赤な周平を抱き上げ、武尊は自室のようにしている仏間へ向かうのであった。
和明の通う高校では侑はちょっとした有名人になっていた。
受験があるから、と週一それも午後の数時間しか会えない侑は週に二回ほど和明のストーカーをしている。
無職の侑は時間だけはたっぷりあった。
校門で和明を待ち伏せ、塾の時間まで一緒に過ごす。
ある日そんな侑に声をかける者たちがいた。
「なぁ、あんた男オメガなんだろ?」
ニヤニヤと品の無い笑みを浮かべながら侑より背の高い彼らに囲まれた。
「そうだけどなに?」
「なぁ、恥ずかしくないの?」
「なんで?」
「歳下のアルファに媚び売ってフェロモンで誘惑でもした?青田買いってやつ?」
青田買いってなんだろう?と侑は疑問に思ったが、下卑た笑みにいい言葉では無いんだろうなと感じた。
なので侑は自分の直感を信じて、ヨッと足を上げ全体重をかけて目の前の男にヤクザキックをお見舞いした。
それは油断していた男のみぞおちに綺麗にきまり、男はよろよろとよろめいた。
振り上げた足はそのままに同じように笑っていた隣の男の脇腹に回し蹴りをキメる。
そちらもよろめき、さて最後の男だと思った時背後から抱きしめられた。
「なにしてんの」
「あ、和明おかえり。こいつらなんかムカついた」
「いくらムカついても蹴っちゃダメでしょ」
「なぁ、青田買いってなに?」
振り仰ぐ侑の瞳は無知だった、なぜそんなことを言いだしたのか、そして目の前の男たちに蹴りをいれた理由を和明は瞬時に悟った。
ザワザワと人垣ができる中、和明は件の男達で侑に蹴られていない男に歩み寄って握手するように右手を握った。
「僕の恋人が乱暴でごめんね?」
にこやかな和明と苦悶の表情を浮かべる男、ぽんぽんと肩を叩き耳元で囁いた言葉に男は悲鳴をあげて逃げていった。
──受験の前にこの右手使えなくしてやろうか
それから侑に絡む輩はいなくなり、文化祭の時に写真を撮ったクラスメイトが声をかけるようになった。
「あー、あっくんだぁ」
「また待ち伏せ?」
「うん。おかえり、さっちゃんとゆめちゃん」
「ただいまぁ」
さっちゃんとゆめちゃんは以前は和明のことをちょっといいなと思っていたらしい。
だから侑は、俺は和明のことがかなりいいなと思っていると伝えたらなぜだか懐かれた。
飴ちゃん食べる?とリュックから巾着を出して二人に中身を見せる。
「チョコもあるよ」
「あっくん、それ大阪のおばさんだよー」
「そんなこと言う奴にはやらんぞ」
「もらうしー」
巾着の中にはパイン飴やサイダーの飴、おばさんチョイスの黒飴とかではないから大丈夫なはずと侑は思う。
「あっくん、今度うちらと遊びに行こうよ」
「いい・・・」
「ダメ」
「うわ、出たよ」
「和明おかえり」
ただいま、と言う和明に見下ろされたさっちゃんとゆめちゃんはぴゅっと駆け出した。
「あっくん、またねー!」
「バイバーイ!」
バイバーイと侑も両手を使って大きく手を振ってそれを見送った。
「なんであいつらは『あっくん』でOKなんだよ。歳上には敬意を、だろ?」
「だって、可愛いじゃん」
「僕は?」
「可愛くない」
指を絡ませた恋人繋ぎで二人は駅へ向かう。
中卒の侑は、この放課後デートがいいなと思っている。
これだけは周平にも大和にもできないものだ。
季節は秋から冬へ、繋いだ手の温かさが身に染みる季節。
んふふと笑ってなに?と聞かれてなんでもないと言って、そんなことないだろと言われてまたんふふと笑って──
そんななんでもない秋の終わり。
「「 やったな? 」」
「・・・やめて」
「ペー助、つる婆がくれた小豆まだあるよな?」
「赤飯炊くか」
「やめて!」
ニヨニヨと笑う周平と侑に大和の顔は紅葉のように真っ赤になっている。
正座した膝の上では握られた拳がぷるぷると震えていた。
「ペー助の時はそんなのしなかったじゃん!」
「だって、あれはさぁ、やる気満々で出ていったもん」
なぁ?と侑が周平に向かい笑いかけ、今度は周平が真っ赤になった。
「あっくん、下世話だぞ」
「なんだよ、さっきまで一緒に笑ってたくせに」
ぷッと頬を膨らませ口を尖らせる侑に周平も大和もなんとも言えない。
映画や漫画で見たのとはまるで違うのだ、キラキラとエフェクトがかかったようなものじゃない。
現実は生々しく、そしてグロテスクでもある。
けれど、満たされた感覚は何物にも代えがたい。
素晴らしい映画を見たあとの充足感、大好きな食べ物を食べた満腹感、初めて逆上がりができた時の達成感。
そのどれとも違う、ただただ愛しいという想いだけがどこまでも満たされていく。
周平と大和は顔を見合わせてもにょもにょと笑った。
「俺も来るべき日のためにちゃんと復習した方がいい?」
へらりと笑ってもみじせんべいを齧る侑に、周平と大和は全力で首を振る。
周平は夜の営み授業のことなど頭から吹っ飛んでいた、大和に至っては忘れろと言われたのだ。
それになにより、あんな授業は当てにならない。
人の数だけ個性があるように、愛し方も千差万別なのだ。
「「 あっくん! 」」
「あんなものなんの役にもたたないから!」
「そうだよ!なんか考えようなんて頭回んないからね!」
「あんなにバナナ食わされたのに?」
「あぁー、あのバナナ美味しかったね」
「一本千円だっけ?立派だったよねぇ」
「ねっとり甘くて美味かったよな」
「なんの話?」
リビングの戸口にはネクタイを緩めながら武尊が立っていた。
出社日の武尊はスーツで髪型もきまっていてとてもかっこいい、と周平は思っている。
なので、おかえり!とすぐさま飛びついた。
よろけながらもそれを受け止め、ただいまと言ってくれる。
「バナナ食べたいの?買いにいく?」
なんとなく松竹梅の視線が武尊の股間に向いて、さっと顔を逸らした。
「さーて、俺は和明のストーカーしに行こっと」
「僕は、えっと僕は、疲れたからお昼寝しよっと」
バタバタとリビングを出ていく二人を見送って、武尊は周平に微笑んでちゅっとキスをした。
何の話?と聞かれても周平に言えるわけがない。
耳まで真っ赤な周平を抱き上げ、武尊は自室のようにしている仏間へ向かうのであった。
和明の通う高校では侑はちょっとした有名人になっていた。
受験があるから、と週一それも午後の数時間しか会えない侑は週に二回ほど和明のストーカーをしている。
無職の侑は時間だけはたっぷりあった。
校門で和明を待ち伏せ、塾の時間まで一緒に過ごす。
ある日そんな侑に声をかける者たちがいた。
「なぁ、あんた男オメガなんだろ?」
ニヤニヤと品の無い笑みを浮かべながら侑より背の高い彼らに囲まれた。
「そうだけどなに?」
「なぁ、恥ずかしくないの?」
「なんで?」
「歳下のアルファに媚び売ってフェロモンで誘惑でもした?青田買いってやつ?」
青田買いってなんだろう?と侑は疑問に思ったが、下卑た笑みにいい言葉では無いんだろうなと感じた。
なので侑は自分の直感を信じて、ヨッと足を上げ全体重をかけて目の前の男にヤクザキックをお見舞いした。
それは油断していた男のみぞおちに綺麗にきまり、男はよろよろとよろめいた。
振り上げた足はそのままに同じように笑っていた隣の男の脇腹に回し蹴りをキメる。
そちらもよろめき、さて最後の男だと思った時背後から抱きしめられた。
「なにしてんの」
「あ、和明おかえり。こいつらなんかムカついた」
「いくらムカついても蹴っちゃダメでしょ」
「なぁ、青田買いってなに?」
振り仰ぐ侑の瞳は無知だった、なぜそんなことを言いだしたのか、そして目の前の男たちに蹴りをいれた理由を和明は瞬時に悟った。
ザワザワと人垣ができる中、和明は件の男達で侑に蹴られていない男に歩み寄って握手するように右手を握った。
「僕の恋人が乱暴でごめんね?」
にこやかな和明と苦悶の表情を浮かべる男、ぽんぽんと肩を叩き耳元で囁いた言葉に男は悲鳴をあげて逃げていった。
──受験の前にこの右手使えなくしてやろうか
それから侑に絡む輩はいなくなり、文化祭の時に写真を撮ったクラスメイトが声をかけるようになった。
「あー、あっくんだぁ」
「また待ち伏せ?」
「うん。おかえり、さっちゃんとゆめちゃん」
「ただいまぁ」
さっちゃんとゆめちゃんは以前は和明のことをちょっといいなと思っていたらしい。
だから侑は、俺は和明のことがかなりいいなと思っていると伝えたらなぜだか懐かれた。
飴ちゃん食べる?とリュックから巾着を出して二人に中身を見せる。
「チョコもあるよ」
「あっくん、それ大阪のおばさんだよー」
「そんなこと言う奴にはやらんぞ」
「もらうしー」
巾着の中にはパイン飴やサイダーの飴、おばさんチョイスの黒飴とかではないから大丈夫なはずと侑は思う。
「あっくん、今度うちらと遊びに行こうよ」
「いい・・・」
「ダメ」
「うわ、出たよ」
「和明おかえり」
ただいま、と言う和明に見下ろされたさっちゃんとゆめちゃんはぴゅっと駆け出した。
「あっくん、またねー!」
「バイバーイ!」
バイバーイと侑も両手を使って大きく手を振ってそれを見送った。
「なんであいつらは『あっくん』でOKなんだよ。歳上には敬意を、だろ?」
「だって、可愛いじゃん」
「僕は?」
「可愛くない」
指を絡ませた恋人繋ぎで二人は駅へ向かう。
中卒の侑は、この放課後デートがいいなと思っている。
これだけは周平にも大和にもできないものだ。
季節は秋から冬へ、繋いだ手の温かさが身に染みる季節。
んふふと笑ってなに?と聞かれてなんでもないと言って、そんなことないだろと言われてまたんふふと笑って──
そんななんでもない秋の終わり。
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