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釣り合うかどうか

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竹田家がホットケーキの甘い匂いで充満している時、大和は山の空気を深呼吸していた。

自然のグラデーションとは欺くも素晴らしい。
鮮やかな赤、深い緑に明るい黄色、山が燃えているようだというのは誰が言った言葉だったか。
大和はほぅと息を吐いて山々を見つめていた。
山の中腹にある展望台はぐるっと360度、山に囲まれている。

「はい、おまたせ」
「あ、ありがとうございます」

木でできたベンチ、温かく甘いカフェオレ、そよぐ風はひんやりとして太陽は高い。

「寒くない?」
「大丈夫です」

車を降りる時にマフラーをぐるぐると巻かれた、山は寒いから、そういう理由で。
淡いピンクのマフラーは暖かく、鼻を埋めると香ばしい匂いがする。
侑が着るとオーバーサイズのカーディガンは大和にはぴったりで、デニムのシャツと合わせてカッチリとした印象になってしまう。

「松下君はすき焼き好き?」
「はい、牛も豚も好き」
「豚?」
「ん、豚」
「・・・豚」

豚はないかもなぁ、と卯花は思った。
展望台からまだずっと登った山頂付近には、すき焼きで有名な食事処がある。
夕食はそこで、と言う卯花に大和はあの蕩けるような笑みを見せて頷いた。
ぐるぐるとカーブを繰り返す登坂では、大きくセンターラインをはみ出して下るトラックに出くわした。

「ここ、少し見通し悪いから」
「運転って難しいですか?」
「マニュアルならそうかもだけど、限定ならそんなことないよ」
「へぇ。免許とろうかなぁ」
「嘘、やっぱり難しい。コツがいるから」
「やっぱり。うちのお父さんはたまに、急ブレーキを踏んだりするけど卯花さんはそんなことないですもんね」
「あぁ、まぁ、うん、どこか行きたいところあったら車だすから」

キョトンと目を丸めた大和は、いいんですか?と言う。
もちろんどこへだって、と思いを込めて卯花は大きく頷いた。
下心しかない嘘と提案に我ながら呆れてしまうし、それに素直な大和が可愛くて仕方ない。

「じゃあ、お米とか醤油とか油とか重いものを買う時に・・・」
「え?」
「え?駄目ですか?」
「いや、ふっ、うん、あははは、うん、いいね。ははは、重いものは全部買おう」

なんで笑うの、と言いながら大和もなんだか笑いが込み上げてきて車内は笑い声でいっぱいになった。


そして今、大和は目の前に座る卯花をじっとりと見つめていた。
女将の手馴れた手つきで目の前で出来上がっていくすき焼きは、甘い匂いが食欲をそそる。
ごゆっくり、と静かに閉まる襖を見届けてから大和は口を開いた。

「すき焼きに豚はないって知ってたんですね?」

だからあの時、展望台で何度も豚?と言ったのか。
お品書きには牛肉しかなかった、ランクや産地や部位を選べるようになっていてどこにも豚の文字は無かった。
大和の家は父も兄達も柔道をやっているからかよく食べる。
家でのすき焼きは最初こそ牛肉だが、途中から豚肉に変わった。
それが普通だと思っていた、竹田家ですき焼きをしたことはない。
していたら一般的には牛肉だと教えてもらえてたかもしれない。
恥ずかしくて顔に、頭に血が昇ってカッカッと熱い。

「今度作ってくれる?その、豚のすき焼きを」
「きっと卯花さんの口には合わない」
「そんなの食べてみないとわからないし、肉じゃがだって地域によって違うって言うし」

肉が固くなるから食べよう、という言葉にポロと涙が溢れた。
こういう些細な違いが、後々大きな違いを生むのではないだろうか。
例えば、目玉焼きには醤油か塩コショウか。
ゆで卵は半熟か固茹でか、オムライスはチキンライスかバターライスか。
松下君どうして泣くの?と傍でオロオロとする卯花が視界に入ってきた。

「僕は卯花さんとは釣り合わないです」
「え?」
「僕は、こんなお肉食べたことない家庭で育ったので」
「俺と釣り合うかどうか考えてくれたの?」
「はい」
「それは、俺のことを少なからず想ってくれているということ?」

ん?と大和は首を傾げた。
確かにただの友人なら釣り合いなんて気にしないんだろうか。
あぁでも、告白だってなんだって卯花さんがしてくれることはいつだって嬉しかった。
ゆり花で教わったことができなくても嫌な顔をしなかった。

「そう・・・」

かもしれない、とは言えなかった。
自分より大きな体に抱きしめられたから。
すんと鼻を鳴らすと香ばしい匂いが胸の中を満たしていった。
包み込まれる感覚が気持ちいいと思う。
そっと頬に手のひらが乗って見上げると鼻先がちょんと触れた。
唇が触れ合うまであと少しというところで、ほとほとと襖が叩かれた。
お食事中失礼します、と襖を開けた女将は手をつけていないすき焼きと抱き合う二人を見てギョッとした。

「─先程、連絡があったのですが中腹でトラックが横転したようです。引き上げるのに明日の朝までかかるらしく、宜しければ山頂にある当店系列の旅館にご案内させていただきますがどうされますか?」

見開いた目を瞬時に伏せて話す女将はプロッフェショナルだなぁ、トラックってあのすれ違ったやつかなぁ、お肉が煮えてるなぁ、と大和は恥ずかしさから現実逃避をするしかなかった。
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