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夏休みなんです
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大和の発熱は一日ぐっすりと寝て起きた時にはすっかり下がっていた。
すっかり体も軽くなって治ったという大和だったが、周平と侑のもう一日ゆっくりしてとの圧に負けて未だ布団の中にいた。
粥を食べされられ、薬を飲んで、りんごジュースを飲まされ、そして周平の話を聞いている、若干白目で。
看病の名目でマナベは休み、運がいいのか悪いのか武尊は出勤日でいなかった。
侑は柳楽の爺が退院するので、お迎え行ってくると朝早くから出ていった。
クーラーの低い唸り声だけが聞こえる大和の部屋、数多の布や刺繍糸が整然と並んでいる。
「驚かないの?」
「いや、まぁ、今更感が強いというか」
ガーンと聞こえてきそうなくらい蒼白の周平に、ほんとにあれは無意識だったのかと大和の方がガーンとなった。
「仲、良いよね?」
「やまちとあっくんとも仲いいじゃん」
「そりゃそうだけど…。僕と、その、えーと、キスとかできる?」
「えー、やまちは友だちじゃんか」
「うん、だから、そういうことだよ?」
またしてもガーンと蒼白の周平に、くすくすと大和が笑う。
「ペー助、おめでと」
「いや、まだわからん。わからんぞ、こんなトントン拍子にいくなんてなにか、なにか、裏がある」
「ペー助、それは無理があるよ」
「やまちはさ、武さんの匂いわかる?」
「匂い?んー、なんか布の匂い」
「布?」
「うん、お母さんが端切れ溜め込んでたクッキーの缶を開けた時の匂い」
うむむ、と黙り込んでしまった周平に大和は首を傾げた。
なにかおかしなことを言ってしまっただろうか。
「俺、武さんの匂いわかんないんだよ。なんかいろいろ複雑な匂いがするんだ。強いて言うなら武さんの匂い」
「嫌いな匂いってわけじゃないんでしょ?」
「それは大丈夫。あ、そういや苦い匂いってなに?」
ん?と首を傾げる大和に周平が卯花来訪の話をした。
熱にうかされていて大和はほとんど覚えていないと言う。
「苦いっていうか珈琲豆を焙煎したような、香ばしいっていうかそういう匂いがするんだよ」
「へぇ…あのさ、気に入らないけど嫌いじゃないってどういうことだと思う?」
なにそれ?と大和は笑い、その拍子にコホコホと咳がでた。
背中をさすられてりんごジュースを飲んで、ふうとひと息吐く。
卯花編集長がさあ、と周平は続きを話して、あぁなるほどと大和は合点がいった。
「なんていうか、僕のこと嫌いだろうなとは思ってたけど憎まれてはないなって。あの人、子どもが駄々捏ねてるみたいに見えたんだよ。買ってもらったおもちゃの最新板を持ってる子を羨むみたいな。頑張った試験で二番だった時みたいな」
「全然わかんないんだけど」
「んー、上手く言えないんだけど…さっきの試験の話に例えると、すごく勉強がんばるじゃない?でも、結果は二番なの。そういう時ってすごく悔しいけど、自分を納得させようとするでしょ?自分は頑張ったんだからって、でも納得しきれない部分があったりしてさ。おもちゃも買ってすぐにそれの最新板が発売されたらなんか悔しくない?」
「おもちゃはわかる。それはなんか悔しい」
でもさぁ、とむうと口を尖らせる周平に大和はふふふと笑う。
周平の言うことはよくわかる、卯花になにがあるのか知らないがそれは大和には全く関係ない。
それを押し付けて気に入らないと言われてもどうしようもない。
こっちだって気に入られたい、なんて思っちゃいない。
ただもし何か心に重石があるのならいつかそれが軽くなればいいとは思う。
そしたらあの苦い匂いもふくよかな匂いになるかもしれない。
ま、僕には関係ないけどねと大和は胸の内でペロと小さく舌を出した。
その頃柳楽の爺の退院に侑は付き添っていた、爺が捻挫をしているためだ。
「一人で帰れるわ」
しかめっ面の爺にハイハイと言いながら少ない荷物を持ってやって、ロビーで意外な人物と出会った。
「よう、孫じゃん。どうした?」
「どうしたって、僕のおじいちゃんなんだけど?」
「和明、学校は?」
「夏休みだよ」
「じゃ、なんで制服着てんの?」
「なんで家族でもないのにこの人が来てんだよ」
「なんだ、焼きもちか」
ガキだなぁ、と言いながら侑はひょこひょこ歩く爺を支えてタクシー乗り場までゆっくりと歩く。
ちょっと待って!と追いかけてくる和明も侑はタクシーに乗せて一同は帰路についた。
「ペー助が昼飯作って待ってるから皆で食べようぜ」
「これ以上は迷惑かけられん」
「阿呆だな、爺は。泥舟に乗ったら最後までって言うだろ」
「それ言うなら乗りかかった船だろ。阿呆はどっちだ」
「さすが爺の孫だな。ムカつくこと言いやがって」
爺を間に挟み、和明と侑はバチバチと火花を散らせるのだった。
※今日、みんなめっちゃ喋ってんな・・・
おまけ────
「やまち、べろりんとの練習まったく役にたたなかったよ」
「あー、そうかもね」
「わかってたけど、生身の人間の舌は熱いし分厚いしぬろぬろ動く」
「あぁ、うん」
「良かったのは鼻呼吸できたってことだけだな」
「ペー助、武さんとそういうキスしたんだ」
「…………」
※べろりんとは、正式名称『ディープキス練習人形』
ゆり花学院特製人形のそれはだらりと垂れた舌がチャームポイント。
松竹梅はべろりんと呼んでいる。
卒業間近に行われた『夜の営み授業』で使用。
軒並み中退していくので、その授業までたどり着けた者は殆どいないため幻の授業と呼ばれている。
すっかり体も軽くなって治ったという大和だったが、周平と侑のもう一日ゆっくりしてとの圧に負けて未だ布団の中にいた。
粥を食べされられ、薬を飲んで、りんごジュースを飲まされ、そして周平の話を聞いている、若干白目で。
看病の名目でマナベは休み、運がいいのか悪いのか武尊は出勤日でいなかった。
侑は柳楽の爺が退院するので、お迎え行ってくると朝早くから出ていった。
クーラーの低い唸り声だけが聞こえる大和の部屋、数多の布や刺繍糸が整然と並んでいる。
「驚かないの?」
「いや、まぁ、今更感が強いというか」
ガーンと聞こえてきそうなくらい蒼白の周平に、ほんとにあれは無意識だったのかと大和の方がガーンとなった。
「仲、良いよね?」
「やまちとあっくんとも仲いいじゃん」
「そりゃそうだけど…。僕と、その、えーと、キスとかできる?」
「えー、やまちは友だちじゃんか」
「うん、だから、そういうことだよ?」
またしてもガーンと蒼白の周平に、くすくすと大和が笑う。
「ペー助、おめでと」
「いや、まだわからん。わからんぞ、こんなトントン拍子にいくなんてなにか、なにか、裏がある」
「ペー助、それは無理があるよ」
「やまちはさ、武さんの匂いわかる?」
「匂い?んー、なんか布の匂い」
「布?」
「うん、お母さんが端切れ溜め込んでたクッキーの缶を開けた時の匂い」
うむむ、と黙り込んでしまった周平に大和は首を傾げた。
なにかおかしなことを言ってしまっただろうか。
「俺、武さんの匂いわかんないんだよ。なんかいろいろ複雑な匂いがするんだ。強いて言うなら武さんの匂い」
「嫌いな匂いってわけじゃないんでしょ?」
「それは大丈夫。あ、そういや苦い匂いってなに?」
ん?と首を傾げる大和に周平が卯花来訪の話をした。
熱にうかされていて大和はほとんど覚えていないと言う。
「苦いっていうか珈琲豆を焙煎したような、香ばしいっていうかそういう匂いがするんだよ」
「へぇ…あのさ、気に入らないけど嫌いじゃないってどういうことだと思う?」
なにそれ?と大和は笑い、その拍子にコホコホと咳がでた。
背中をさすられてりんごジュースを飲んで、ふうとひと息吐く。
卯花編集長がさあ、と周平は続きを話して、あぁなるほどと大和は合点がいった。
「なんていうか、僕のこと嫌いだろうなとは思ってたけど憎まれてはないなって。あの人、子どもが駄々捏ねてるみたいに見えたんだよ。買ってもらったおもちゃの最新板を持ってる子を羨むみたいな。頑張った試験で二番だった時みたいな」
「全然わかんないんだけど」
「んー、上手く言えないんだけど…さっきの試験の話に例えると、すごく勉強がんばるじゃない?でも、結果は二番なの。そういう時ってすごく悔しいけど、自分を納得させようとするでしょ?自分は頑張ったんだからって、でも納得しきれない部分があったりしてさ。おもちゃも買ってすぐにそれの最新板が発売されたらなんか悔しくない?」
「おもちゃはわかる。それはなんか悔しい」
でもさぁ、とむうと口を尖らせる周平に大和はふふふと笑う。
周平の言うことはよくわかる、卯花になにがあるのか知らないがそれは大和には全く関係ない。
それを押し付けて気に入らないと言われてもどうしようもない。
こっちだって気に入られたい、なんて思っちゃいない。
ただもし何か心に重石があるのならいつかそれが軽くなればいいとは思う。
そしたらあの苦い匂いもふくよかな匂いになるかもしれない。
ま、僕には関係ないけどねと大和は胸の内でペロと小さく舌を出した。
その頃柳楽の爺の退院に侑は付き添っていた、爺が捻挫をしているためだ。
「一人で帰れるわ」
しかめっ面の爺にハイハイと言いながら少ない荷物を持ってやって、ロビーで意外な人物と出会った。
「よう、孫じゃん。どうした?」
「どうしたって、僕のおじいちゃんなんだけど?」
「和明、学校は?」
「夏休みだよ」
「じゃ、なんで制服着てんの?」
「なんで家族でもないのにこの人が来てんだよ」
「なんだ、焼きもちか」
ガキだなぁ、と言いながら侑はひょこひょこ歩く爺を支えてタクシー乗り場までゆっくりと歩く。
ちょっと待って!と追いかけてくる和明も侑はタクシーに乗せて一同は帰路についた。
「ペー助が昼飯作って待ってるから皆で食べようぜ」
「これ以上は迷惑かけられん」
「阿呆だな、爺は。泥舟に乗ったら最後までって言うだろ」
「それ言うなら乗りかかった船だろ。阿呆はどっちだ」
「さすが爺の孫だな。ムカつくこと言いやがって」
爺を間に挟み、和明と侑はバチバチと火花を散らせるのだった。
※今日、みんなめっちゃ喋ってんな・・・
おまけ────
「やまち、べろりんとの練習まったく役にたたなかったよ」
「あー、そうかもね」
「わかってたけど、生身の人間の舌は熱いし分厚いしぬろぬろ動く」
「あぁ、うん」
「良かったのは鼻呼吸できたってことだけだな」
「ペー助、武さんとそういうキスしたんだ」
「…………」
※べろりんとは、正式名称『ディープキス練習人形』
ゆり花学院特製人形のそれはだらりと垂れた舌がチャームポイント。
松竹梅はべろりんと呼んでいる。
卒業間近に行われた『夜の営み授業』で使用。
軒並み中退していくので、その授業までたどり着けた者は殆どいないため幻の授業と呼ばれている。
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