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苛立ち

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 その日のお昼。
 
 節電のため消灯している部屋で、昼食を済ませた石田は、自分の席に戻って、一人で携帯を触っていた。
 楓もお昼を食べ終わったのか、石田に近づいていく。

「もう食べ終わったの?」

 石田は携帯を上着のポケットにしまうと、楓の方を向いた。

「はい」
  
 楓は自分の椅子に座ると、その先の会話を躊躇うかのように、パソコンを見つめたまま、黙り込む。
 会話が続くのかと、石田は楓の方を向いたまま、様子を見ている。

 楓はクルッと椅子を回転させ、石田の方を向くと、
「ねぇ、品質管理の畑中君って、石田君の同期なんでしょ?」

「はい。大学時代からの友達で、一緒に入社しました」
「へぇー……あの子って彼女、居るのかな?」
「え、彼女ですか? 居ないと思います」

 予想外の質問に、石田はキョトンと驚いた表情を見せていた。

「そう。じゃあ好きな子は居るのかな?」
「そこまでは……大学の時の話ですけど、可愛い女の子を振っていたぐらいですから、もしかすると、居るかもしれません」

「そうなんだ……」

 楓が沈んだ声でそう言って、暗い表情を見せると、石田も何か感じ取ったように暗い表情を見せる。
 
 楓は席をスッと立つと、「教えてくれて、ありがとう」
「いえ」

 楓は石田の返事を聞くと、居た堪れなかったようで、そそくさと部屋の出口へと歩いて行った。
 石田は振られた後かのような悲しい表情を浮かべ、その背中を黙って、見送っていた。

 ※※※

 その日の夕方。
 誠はA4の紙を片手に、石田の所へ来ていた。

「石田。この生産の計画。0が一つ抜けているぞ」
「あ?」

 石田は機嫌が悪そうに返事をし、誠の方に体を向ける。

「製造ラインが止まって、迷惑が掛かるから、早めに直しておいてくれ」
「そんなこと、言われなくても分かっているよ! あとで直すからっ」

 石田の当たり散らすかのような強い口調に、誠は一瞬、ムッとした表情を浮かべるが、すぐに鼻で深呼吸をして冷静さを保つ。

「分かった」

 誠はそう返事をすると、それ以上は何も言わずに去って行った。

「ちっ、偉そうに……」

 石田はまだイライラしている様子で、パソコン作業の続きを始めた。

 ※※※
 
「ただいま」
 
 誠は家に帰りダイニングに入ると、台所に居る沙織に声を掛けた。
 
「お帰りなさい」

 沙織が台所から出てくる。

「誠さん」
「なに?」
「今日、会社で何かあった?」

「会社で? いや何も」
「そう? それなら良いけど」

 喫茶店で楓の話を聞いた沙織は、少しでも楓の情報を探り出そうと疑いの眼差しで、ジーッと誠の目を見つめている。

「何でいきなり、そんなこと聞くんだ?」

 誠は目が泳ぐ事もなく、怪しい様子は見られない。

「ちょっと気になることがあって……ねぇ、楓さんって知ってる?」

「あぁ、知っているよ」
「どんな人?」

「どんな人? うーん……明るくて社交的な人かな」
「可愛い? 美人?」

「可愛いと思うよ」
「へぇー……」

 沙織は焼き餅を焼いているのか、冷やかな眼差しで、そう言った。

「なに? 別に仕事で絡むだけで、何も思ってないよ」

 誠はそれを察し、作業着の上着を脱ぎながら、無実をアピールする。
 
「分かった、ありがとう」

 沙織は、その言葉を素直に受け入れ、誠から上着を受け取ると、腕に掛けた。

「さて、ご飯にする? お風呂にする?」
「今日はお風呂にしようかな」

「分かった。御飯の準備をしておくね」
「うん」

「冷奴なんだけど、ビール飲む?」
「飲む飲む」

「じゃあ、用意しておくね」
「おう」

 ※※※

 その日の夜。
 晴美が若返り薬を購入した高層ビルに挟まれた、細くて薄暗い路地裏。
 そこで晴美はまた、露店を出していた女性と会っていた。

「お金を用意したわ。例の薬はまだある?」

 晴美が女性に声を掛ける。

「えぇ、ありますよ」
 
 女性が毒々しい緑色の液体が入った小瓶を露店のテーブルにポンっと置く。
 晴美は顔を歪めながら手に取り、ドロドロとした液体を見つめる。

「これ、大丈夫なの?」
「えぇ、大丈夫ですよ」

 女性はニコリと笑顔で答えた。

「――分かった。若返り薬の事もあるし、信頼する」

 晴美は一旦、小瓶をテーブルに置き、黒いハンドバッグから札束を出し、テーブルの上に重ねていく。

「それにしても、若返り薬ならともかく、この薬、需要あるの?」
「ふふふ、ありますよ」

 女性が不敵の笑みを浮かべる。

「へぇ……」

 晴美は女性の笑みをみて、不気味に思ったのか、顔が引きつっていた。

「これで最後ね」

 晴美が最後の札束をテーブルに置くと、女性は札束を手に取り、確認を始めた。

「確かにお受取り致しました。毎度ありがとうございます」

 晴美は小瓶を手に取ると、ハンドバッグに入れ、そそくさと去って行った。
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