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複雑

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「――どうしたの?」

 沙織はその先を躊躇うかのように沈黙を挟んだが、誠の話を聞く姿勢を見せた。

「えっと、こんな時に言うのはなんだけど……」

 沙織は誠の話が途中であるのに、いきなりスッと立ちあがる。

 誠を置き去りにして、崖の方へと歩いていく。
 崖から落ちない程度の距離をあけ、立ち止まると、花火に向かって指をさす。

「ねぇ、ねぇ。あれ、蝶々じゃない? 可愛いね」

 沙織はそう言うと、ベンチに戻ることなく、その場でスッとしゃがみ込んだ。

 誠は話を逸らされた事に腹を立てたのか、苛立ちの表情を浮かべ立ち上がる。
 
 沙織に近づくと、後ろから「ちゃんと、聞いてほしい」
 
 沙織は数秒、姿勢を崩さなかったが、観念したかのようにスッと立ち上がると、誠の方を向く。

 誠の真剣な眼差しをみて、その先の言葉に不安を抱えているかのように、困ったような表情を浮かべた。

 それでも誠の勢いは止まらない。
 沙織の両肩にソッと手を乗せ、沙織から目を離さない。

「俺、沙織さんのことが――」

 誠がそう言い掛けたとき、沙織の両手が伸び、踏みこまれたくない意志を表すかのように、誠の肩を突き飛ばす。

「言わないでッ」

 沙織の悲痛の叫びが辺りに響く。

「お願い、それ以上言わないで……それ以上言われたら私、どうしたらいいのか、分からなくなっちゃうよ!」

 誠に好意がない訳ではない。
 好意があるからこそ、それ以上言って欲しくない。

 そんな沙織の心が込められた言葉が、誠を困惑させる。

 誠は目を潤わせ、自分をみている沙織を見て、ただ黙って立っていた。
 沙織は涙を指で拭う。

「マコちゃん、しゃがんで」

 沙織は鼻をすすり、涙声になりながらも、強い意志を込めるかのような口調で、お願いをする。
 
 これから何が起き、何を言われるのか.。
誠は不安に満ちた表情を浮かべているが、黙って言う事を聞き、両膝を曲げた。

「あなたはもう大人。これで最後にするね」

 沙織は子離れを宣言するかのように、優しい声でそう言うと、誠の頭をポンポンと叩き、優しく撫で始める。

 やはり名残惜しいのか、柔らかくてサラサラの誠の髪を、いつもより長くゆっくりと、首の方まで撫でていた。

 誠も沙織の手の温もりが名残惜しいのか、足をプルプルと震わせながらも、何も言わずに堪えていた。

「ごめん。これ以上、触っていたら、倒れちゃうね。戻って、大丈夫よ」

 沙織はそう言うと、誠の頭から手を離す。
 誠はスッと足を伸ばし、元に戻った。

「いい? 誠さん。良く考えて。私はもう死ぬの。死ぬのよ」

 沙織が諭すように語り出す。

「誠さんには言っていなかったけど昨日、晴美ちゃんに会ったの。あの子、ハッキリ若返りの薬は止まらないと言ったわ」

「調べても駄目、持っていた本人も止められない。どう考えても助からない」

「ちゃんと現実を受け入れて。大学行って、お金を貯めて、温かな家庭を持つの。私のために何かする必要はない。私は私の人生を歩む。だからあなたは、あなたの人生を歩みなさい」

 本当に死ぬかなんて、まだ分からない。
 それは沙織の心の片隅にもあるはず。

 だが、息子のこれからの人生を案じて、最後だと伝えることで、自分から独立させようとしているようだった。
 
「言いたいのは、これだけ」

 鮮やかだった空は、ただの星空へと変わり、微かに聞こえた破裂音も消え、静寂へと変わる。

「終わっちゃったね。さぁ、帰りましょ」

 沙織は、いたたまれない気持ちでいっぱいなのか、そそくさと来た道を歩き出す。

 誠は先に行ってしまった沙織を追いかけず、まだ動こうともしない。

 取り残された誠は、月明かりの下で、後悔するかのように唇を噛みしめていた。

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