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聞いて貰いたいこと

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 次の日の夜。
 誠は御祭に行くため、黒の甚平に着替え、サンダルを履いて、玄関で沙織を待っていた。

 沙織は階段の手擦りに掴まり、トン……トン……トン……と、踏み外さない様にゆっくりと下りていく。

 誠は階段の音に気付き、目を向けた。

 沙織の浴衣は白地で、帯は朝顔のような濃い紫をしており、柄は薄紫色の牡丹が大きく描かれていた。

 引き締まったボディラインに、透き通るよう白い肌が程良く露出しており、妖艶ささえ感じる。

 髪型はロングヘアを後ろで束ね、うなじが見えるように魅せている。

 おそらく今の沙織は20代前半。
 それなのに、どこか大人の色気を感じさせるメイクが、更に美しさを際立てていた。

「マコちゃん、どう?」

 沙織は玄関に着くと、照れ臭そうに両腕をあげ、可愛らしい仕草をみせる。

 未知なる沙織に触れた誠は、美しいものに心奪われるかのように、ただ茫然と立ち尽くしていた。

「もう! 黙ってないで、こういう時は、嘘でも反応するのよ」
 
 頬を膨らます、あどけない仕草が、大人の色気と入り交じる。

 誠は鼻で深呼吸をして、いままで感じた事が無い程の高揚感に、言葉を詰まらせているようだった。

「ごめん、似合っているよ。ただ沙織さんの浴衣姿を見たこと無かったから、想像以上でびっくりして……」

 沙織が満面な笑みを浮かべる。

「そう? それなら宜しい。行きましょ」

 沙織が誠に手を差し伸べる。
 誠は恥ずかしいのか、すぐに手を出さなかった。

 誠が躊躇っている間に、沙織は手を引っ込める。

「ごめん。もう子供じゃないもんね」
「あ、あぁ……」

 沙織が赤の鼻緒がついたシンプルな下駄を履き終えると、二人は玄関を出た。
 肩を並べて歩き出す。

 誠と沙織が、こうして肩を並べて歩くことは、決して珍しい事ではない。

 緊張することなんて何もないはず。
 だが今日の誠は緊張をしているようで、歩く速さが速くなっていた。

 並んでいた二人の肩が、段々と離れていく。

 沙織は誠の様子がいつもと違う事に気付いているのか、困ったように眉を顰めて、誠の背中を見つめている。

「マコちゃん、歩くの速いよ」

 誠は慌てて立ち止まり、沙織の方を向いた。

「あ、ごめん」
 
 沙織が、早足をして追いつく。

「何か考え事していたの?」
「――うん、そんな所」

「そう。浴衣は歩きにくいし、下駄は痛くなり易いの。女の子と歩く時は、気にしてあげてね」
「分かった。気をつける」
「うん!」

 また肩を並べて歩き出す。
 誠は沙織をチラチラ見ながら、歩く速度を調節していた。
 
「あれ、マコちゃん。どこ行くの?」

 誠が違う方向に行こうとした時、沙織が呼び止めた。

「何かあった時に人混みじゃ、マズイだろ? 少し離れた所で見ようぜ」

「そうか……良いところあるの?」
「うん、付いてきて」
「分かった」

 数分歩いて二人が辿り着いたのは、老朽化によって遊具が撤去された、高台にある公園だった。
 
 埋もれかかった木の階段を誠は先に上がり、沙織の方を向く。

「大丈夫? うまく登れる?」
「うん、大丈夫だよ」
 
 沙織は木の部分に上手く足を掛けながら登って行った。

 高台の頂上は草が生い茂っていて、広々とした敷地に、ベンチと外灯だけは残されていた。

 二人はゆっくりと進み、背もたれのない古い木のベンチに座った。

「花火が上がるのは、あっちかな?」
 
 沙織が目の前を指さす。

「うん。そうだよ」
「よくこんな所、知っていたね」

「中学生の時、見つけたんだ」
「へぇ……女の子と?」

「違うよ。男の友達と」
「残念」

 沙織がキョロキョロと辺りを見渡す。

「誰も居ないね。穴場なのに来ないのかな?」
「多分、来ないよ。もうすぐ花火が始まるもん」

 誠は沙織に腕時計を見せた。

「あら、本当だ」
 
 二人は視線を真っ直ぐに向け、夜空を見上げる。

 すると、一筋の光が空へと上がり、鮮やかなオレンジ色の大輪の花を咲かせた。

 破裂音と共に、光がパラパラと散っていく。
 
 沙織は雰囲気を壊さない様に、優しくパチパチと拍手をしていた。

「綺麗……でも、音が小さくて迫力はないね」

 沙織は残念そうにそう言うと、ベンチの上に手を乗せる。

「仕方ないよ。でも……沙織さんの声は、良く聞こえる」

 誠はそう言うと、沙織の手の甲に、包み込むように優しく手を乗せた。

 その瞬間、沙織の体がビクッと震え、緊張するかのように背筋がピンッと伸び、硬くなったように見えた。

 そのまま姿勢を崩すことなく、二人は色彩豊かな夜空を、黙って見つめる。

 数十分が経ち、誠が口を開く。

「あのさ」
「なに?」
「聞いてもらいたいことあるんだけど」
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