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第4章
66.女格闘家
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格闘家という存在について、最初にエイクに教えたのも“伝道師”だった。
彼女はその時、格闘家はまともな武器防具を装備できない。だから、基本的に戦士の方が有利だと言った。
エイクは、自らも知識を深めその言葉は事実だと認識していた。
実際、武器防具の優劣は戦いにおいて決定的な要素になりうる。
だが、エイクは、相手が格闘家だと分かっても油断するつもりは微塵もない。むしろ警戒感を強めている。
(組み付かれたら、一瞬で負ける可能性もある)
と、そう考えていたからだ。
格闘術には相手に組み付き、関節を極めて破壊したり、首を締め上げて速やかに気絶させたりする技もあるという。
そのような技を上手く喰らってしまえば、一撃必殺ということになりかねない。
それを踏まえても、平均的には武器防具を装備した戦士の方が勝率は高いはずだ。だが、一撃必殺の術を持つ相手との戦いは慎重を要する。
少なくとも相手の技量を確実に見極めるまで、不用意な行動は出来ない。
そう考えたエイクは、殊更に守りを重視する構えをとった。
不用意に剣を振るえば、腕を掴まれてしまうかも知れない。相手の力量を見極めるまで、こちらからは攻撃しないつもりだ。
エイクがひたすらに守りを固めるつもりになっている事を見て取ったアズィーダは、構えを解き、無造作にエイクに向かって歩みを進める。
そして、剣の間合いに入る前に、突如動きを早めて一気に接近し、更にエイクの眼前で身体を捻り背を向ける。ほぼ同時に、振り上げられたアズィーダの踵がエイクの頭部を襲う。
目にも止まらぬ勢いで蹴り技が放たれたのである。
それは確かに、相当に優秀な戦士であっても見ることすら叶わない絶技だった。
だが、エイクの技量は相当優秀どころではない。しかも、今は守りに集中していた。エイクは容易くその攻撃を避ける。
続けざまに次の蹴りが迫る。だが、これも難なくかわす。
エイクは相手の動きに隙を見出した。
だが、攻撃を控えた。あえて隙を見せて攻撃を誘っている可能性を考慮したからだ。
アズィーダは体勢を低くして、足払いを放つ。エイクは短く後ろに飛び退いてこれもかわした。
着地したエイクの顔面に向けて拳が迫る。右、左、更に右の三連撃だ。
だがこれも、素早く後退するエイクを捉えることはなく空を切った。
更に拳や蹴りが次々と放たれるが、どれもエイクに当たることはなかった。
一連の攻撃をエイクは全て見切っている。
彼には相手について考察する余裕すら生じていた。
(ゴルブロの方が強かった)
エイクはかつての強敵と比べ、そんな印象をもった。
アズィーダの攻撃は確かにどれも鋭い。基礎的な身体能力は、英雄級の中でも上位と言えるほどの実力者だったゴルブロやエイクにも劣らない。
だが、攻守の巧緻さが足りなかった。エイクの目から見てしまえば、その動きは単調なのだ。
特に守備に関する技術は一段劣る。
無論、並みの戦士などとは比べ物にならないほど優れているが、エイクやゴルブロの域には達していなかった。
エイクはアズィーダの動きを慎重に見極めて、その守りの拙さが攻撃を誘うための演技ではなく、実力なのだと判断した。
そして、ついに攻撃に移った。
エイクのクレイモアが右上から袈裟切りに振るわれる。
アズィーダは後退して避ける。しかし、それはエイクが読んでいた通りのものだ。
エイクは一歩踏み込みつつ斬り返した。その動きは、今までよりもいっそう早く鋭い。クレイモアの切っ先が、アズィーダの右腋腹を斜め下から捉え、切り裂く。
アズィーダは素早く半歩後退した。
その一撃でアズィーダが受けたダメージは小さいものではなかった。
強大なオドに裏打ちされたアズィーダの肉体の強靭さは、エイクやゴルブロに匹敵する。だが、防具を身に着けていない影響はやはり小さくはない。
エイクは未だアズィーダの攻撃を警戒し、今の一撃に渾身の力は込めていなかった。
しかしそれでも、相手が並みの兵士程度なら、鎧ごと切り捨てて一撃で絶命させるほどの威力がある。
防具らしい防具を全く装備していないアズィーダに対しては、かなりのダメージを与えていた。
恐らく、後2・3回攻撃を受ければ、アズィーダは戦闘不能となるだろう。
「癒しを!」
アズィーダがそう唱える。速やかに傷が治り始めた。
神聖魔法、それも上位回復魔法だ。
そして同時に踏み込み、エイクの左腕を掴もうと両手を伸ばす。
エイクは上半身を捻ってその攻撃を避けた。
アズィーダはすかさず体勢を低くして、足払いを仕掛ける。
エイクの左足に向かって、自らの右足を右から左へと振りぬいた。
だが、エイクはその動きも見切っている。
素早く二歩退いてかわす。
続けざまに、右足を狙った足払いが来る事も見抜いていた。
アズィーダもまた後退し、両者は距離をおいて睨み会う形になった。
エイクが予想していた通り、アズィーダは魔法を使うのとほぼ同時に攻撃することが出来た。
使った魔法は神聖魔法。本人の申告を信じるならムズルゲルの神聖魔法だろう。
神代の昔にオーガという種族全体が暗黒神アーリファから授かった加護を用いて、異なる神の魔法を使った事になる。
「ちッ」
エイクは大きく舌打ちをし、厳しい視線をアズィーダに向ける。
だが、情勢はエイクの方が有利だ。
アズィーダの神聖魔法はそれなりに高度だったが、エイクが警戒するほどのものではない。
過去にエイクが対戦した者と比べるなら、チムル村を狙っていたトロールのドルムドよりも若干劣っているくらいだ。
そのくらいなら、魔法攻撃は魔法抵抗に優れたエイクにとっては恐れるに足りない。支援魔法にも状況を覆せるほどのものはない。
“防御領域”や“守護の衣”を使っても、多少の時間稼ぎにしかならない。
戦いながら回復が出来るという点に関しても、自己治癒の錬生術を修めたエイクも同様である。
そして、戦いの技術自体はエイクの方が上だ。
注意すべきなのは、やはり組み付かれる事くらいだろう。
だが、それでもアズィーダは薄い笑みを浮かべている。
エイクは、やはりそのことが気に喰わなかった。
次はエイクから仕掛けた。アズィーダが何かの準備をしているように思えたからだ。
クレイモアを下段に構えたまま距離を詰める。
すると、アズィーダは突如構えを解く。それと同時に、エイクはアズィーダの体内のオドが急激に動くのを感じた。
次の瞬間、エイクの眼前は炎に包まれていた。アズィーダが炎を吹いたのだ。
(火吹きの錬生術!)
そういう錬生術の奥義が存在する事は“伝道師”から聞いたことがあった。
エイクは慌てず、即座に魔法ダメージ軽減と炎耐性強化の錬生術を使う。マナ活性化による魔法ダメージ軽減も発動する。
結果、アズィーダの炎はエイクを傷つけることはなかった。
だが、炎が晴れた先に見えたものには驚いた。
アズィーダは一瞬の内に姿を変えていた。
その全身は鱗に覆われ、指先には鉤爪が生え、口からは鋭い牙がのぞいている。
更に背には竜のような羽が、尻のあたりからやはり竜を思わせる長い尾が生えていた。
彼女はその時、格闘家はまともな武器防具を装備できない。だから、基本的に戦士の方が有利だと言った。
エイクは、自らも知識を深めその言葉は事実だと認識していた。
実際、武器防具の優劣は戦いにおいて決定的な要素になりうる。
だが、エイクは、相手が格闘家だと分かっても油断するつもりは微塵もない。むしろ警戒感を強めている。
(組み付かれたら、一瞬で負ける可能性もある)
と、そう考えていたからだ。
格闘術には相手に組み付き、関節を極めて破壊したり、首を締め上げて速やかに気絶させたりする技もあるという。
そのような技を上手く喰らってしまえば、一撃必殺ということになりかねない。
それを踏まえても、平均的には武器防具を装備した戦士の方が勝率は高いはずだ。だが、一撃必殺の術を持つ相手との戦いは慎重を要する。
少なくとも相手の技量を確実に見極めるまで、不用意な行動は出来ない。
そう考えたエイクは、殊更に守りを重視する構えをとった。
不用意に剣を振るえば、腕を掴まれてしまうかも知れない。相手の力量を見極めるまで、こちらからは攻撃しないつもりだ。
エイクがひたすらに守りを固めるつもりになっている事を見て取ったアズィーダは、構えを解き、無造作にエイクに向かって歩みを進める。
そして、剣の間合いに入る前に、突如動きを早めて一気に接近し、更にエイクの眼前で身体を捻り背を向ける。ほぼ同時に、振り上げられたアズィーダの踵がエイクの頭部を襲う。
目にも止まらぬ勢いで蹴り技が放たれたのである。
それは確かに、相当に優秀な戦士であっても見ることすら叶わない絶技だった。
だが、エイクの技量は相当優秀どころではない。しかも、今は守りに集中していた。エイクは容易くその攻撃を避ける。
続けざまに次の蹴りが迫る。だが、これも難なくかわす。
エイクは相手の動きに隙を見出した。
だが、攻撃を控えた。あえて隙を見せて攻撃を誘っている可能性を考慮したからだ。
アズィーダは体勢を低くして、足払いを放つ。エイクは短く後ろに飛び退いてこれもかわした。
着地したエイクの顔面に向けて拳が迫る。右、左、更に右の三連撃だ。
だがこれも、素早く後退するエイクを捉えることはなく空を切った。
更に拳や蹴りが次々と放たれるが、どれもエイクに当たることはなかった。
一連の攻撃をエイクは全て見切っている。
彼には相手について考察する余裕すら生じていた。
(ゴルブロの方が強かった)
エイクはかつての強敵と比べ、そんな印象をもった。
アズィーダの攻撃は確かにどれも鋭い。基礎的な身体能力は、英雄級の中でも上位と言えるほどの実力者だったゴルブロやエイクにも劣らない。
だが、攻守の巧緻さが足りなかった。エイクの目から見てしまえば、その動きは単調なのだ。
特に守備に関する技術は一段劣る。
無論、並みの戦士などとは比べ物にならないほど優れているが、エイクやゴルブロの域には達していなかった。
エイクはアズィーダの動きを慎重に見極めて、その守りの拙さが攻撃を誘うための演技ではなく、実力なのだと判断した。
そして、ついに攻撃に移った。
エイクのクレイモアが右上から袈裟切りに振るわれる。
アズィーダは後退して避ける。しかし、それはエイクが読んでいた通りのものだ。
エイクは一歩踏み込みつつ斬り返した。その動きは、今までよりもいっそう早く鋭い。クレイモアの切っ先が、アズィーダの右腋腹を斜め下から捉え、切り裂く。
アズィーダは素早く半歩後退した。
その一撃でアズィーダが受けたダメージは小さいものではなかった。
強大なオドに裏打ちされたアズィーダの肉体の強靭さは、エイクやゴルブロに匹敵する。だが、防具を身に着けていない影響はやはり小さくはない。
エイクは未だアズィーダの攻撃を警戒し、今の一撃に渾身の力は込めていなかった。
しかしそれでも、相手が並みの兵士程度なら、鎧ごと切り捨てて一撃で絶命させるほどの威力がある。
防具らしい防具を全く装備していないアズィーダに対しては、かなりのダメージを与えていた。
恐らく、後2・3回攻撃を受ければ、アズィーダは戦闘不能となるだろう。
「癒しを!」
アズィーダがそう唱える。速やかに傷が治り始めた。
神聖魔法、それも上位回復魔法だ。
そして同時に踏み込み、エイクの左腕を掴もうと両手を伸ばす。
エイクは上半身を捻ってその攻撃を避けた。
アズィーダはすかさず体勢を低くして、足払いを仕掛ける。
エイクの左足に向かって、自らの右足を右から左へと振りぬいた。
だが、エイクはその動きも見切っている。
素早く二歩退いてかわす。
続けざまに、右足を狙った足払いが来る事も見抜いていた。
アズィーダもまた後退し、両者は距離をおいて睨み会う形になった。
エイクが予想していた通り、アズィーダは魔法を使うのとほぼ同時に攻撃することが出来た。
使った魔法は神聖魔法。本人の申告を信じるならムズルゲルの神聖魔法だろう。
神代の昔にオーガという種族全体が暗黒神アーリファから授かった加護を用いて、異なる神の魔法を使った事になる。
「ちッ」
エイクは大きく舌打ちをし、厳しい視線をアズィーダに向ける。
だが、情勢はエイクの方が有利だ。
アズィーダの神聖魔法はそれなりに高度だったが、エイクが警戒するほどのものではない。
過去にエイクが対戦した者と比べるなら、チムル村を狙っていたトロールのドルムドよりも若干劣っているくらいだ。
そのくらいなら、魔法攻撃は魔法抵抗に優れたエイクにとっては恐れるに足りない。支援魔法にも状況を覆せるほどのものはない。
“防御領域”や“守護の衣”を使っても、多少の時間稼ぎにしかならない。
戦いながら回復が出来るという点に関しても、自己治癒の錬生術を修めたエイクも同様である。
そして、戦いの技術自体はエイクの方が上だ。
注意すべきなのは、やはり組み付かれる事くらいだろう。
だが、それでもアズィーダは薄い笑みを浮かべている。
エイクは、やはりそのことが気に喰わなかった。
次はエイクから仕掛けた。アズィーダが何かの準備をしているように思えたからだ。
クレイモアを下段に構えたまま距離を詰める。
すると、アズィーダは突如構えを解く。それと同時に、エイクはアズィーダの体内のオドが急激に動くのを感じた。
次の瞬間、エイクの眼前は炎に包まれていた。アズィーダが炎を吹いたのだ。
(火吹きの錬生術!)
そういう錬生術の奥義が存在する事は“伝道師”から聞いたことがあった。
エイクは慌てず、即座に魔法ダメージ軽減と炎耐性強化の錬生術を使う。マナ活性化による魔法ダメージ軽減も発動する。
結果、アズィーダの炎はエイクを傷つけることはなかった。
だが、炎が晴れた先に見えたものには驚いた。
アズィーダは一瞬の内に姿を変えていた。
その全身は鱗に覆われ、指先には鉤爪が生え、口からは鋭い牙がのぞいている。
更に背には竜のような羽が、尻のあたりからやはり竜を思わせる長い尾が生えていた。
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