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第4章
63.ヤルミオンの森の深部を進む
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翌日、エイクは、朝から女オーガが屯しているという場所へと向かった。
案内役として4体のミュルミドンが随行しており、全員が馬型のゴーレムに騎乗している。
エイクも馬型ゴーレムに乗る事になった。そのゴーレムは、本物の馬を乗りこなすのと同じような要領で動かす事ができた。
女オーガがいるのは、フィントリッドの城から南西の方向にある洞窟とのことだった。そこまではかなり距離があり、また、足場の悪い森の中を行く為、疲れを知らないゴーレムを持ってしても、到着までに4日ほどかかるのだという。
その洞窟は、元々は幻獣コアトルが巣穴としていたものだ。
コアトルは、翼の生えた巨大な蛇という姿をとる幻獣で、担い手達の言葉を発することはないものの、高い知能を有し、精霊魔法にも精通していて、通常でも成竜以上の脅威と見なされている。
なかでも、その洞窟を巣穴としていた個体は特別に強大な力を有しており、フィントリッドが言う、エイクの父ガイゼイクすら倒せるほどの力を持つ、森の魔物5体の内の1体なのだそうである。
そのコアトルの巣穴を占拠してしまった女オーガを、腕試しがてらにエイクがどうにかしてはどうか。というのが、フィントリッドの提案だ。
フィントリッド曰く、その強力なコアトルが女オーガを避けたのは戦うのを煩わしく思ったからで、女オーガがコアトルよりも強いわけではない。女オーガの実力は恐らくエイクよりも若干弱い位で、腕試しには手頃な相手だろう。とのことだった。
洞窟への道行きを共にすることになったミュルミドン達の内、上位種らしいリーダー格の1体は、担い手たちの言葉を流暢にしゃべる事が出来た。しかし、必要最小限のことしか口にしない。
他の3体にいたっては、何一つ言葉を発しなかった。偶にギィギィ、と音を立てて互いに意思疎通をしているだけだ。
森を行くエイクたちに襲い掛かってくる魔物や動物もいたが、そのほとんどが馬型ゴーレムに蹴散らされるか、4体のミュルミドンによって倒され、エイクが出る幕はなかった。
だが、三日目になって若干様相が変わった。
まず、繁茂する植物の種類が徐々に変わり、巨大なシダ植物が増える。そして、珍しい生物が襲ってきたのである。
それは、体長約4m高さは2m近くで、細い体形で二足歩行をする爬虫類だった。
ダイナソアと分類されるものの一種である。
(ダイナソアは、西方ではドゥムラント半島にしかいないと言われていたはずだが、ヤルミオン半島にもいたのか)
エイクは若干の驚きと共にそう思った。
(シックルラプトルだな)
鎌のような大きな鉤爪を持つ事から、エイクはその正体を看破した。
シックルラプトルは5体の群れで、素早く動いて襲って来ており、内1体がミュルミドンを掻い潜ってエイクの元に迫った。
エイクは、速やかに馬型ゴーレムから飛び降りる。エイクの馬術の技量では、騎乗したままではまともに戦えないからだ。
地上に立ったエイクは、クレイモアを抜き払い様に斬りつけ、一撃でそのシックルラプトルの長い首を斬り落とす。
エイクはそのままミュルミドン達に加勢し、間もなくしてシックルラプトルは全滅した。
戦いが終わった後、エイクはリーダー格のミュルミドンに声をかけた。
「こいつらと同じような動物は、他にもいるのかな」
だが、ミュルミドンから返答はない。
「こいつらと同じような動物が、この辺りには他にもいるのか、俺に教えて欲しい」
「いる」
エイクが言い直すと、やっとそのような返答があった。
(……まあ、とりあえず、この辺にもダイナソアはいるということのようだな。
ありえない事ではない。ヤルミオンの森の奥地は、まだ誰も探索に成功していない。全く未知の存在がいる可能性もあるんだ)
アストゥーリア王国ではヤルミオンの森は切り開いてはならないという国法があり、あまり奥深くに踏み込み事もタブー視されている。妖魔討伐遠征も、深部までは手を伸ばしていない。
北方都市連合領にはそのような法はないが、深部に至る前に相当強力な魔物の領域があるようで、深部まで足を運んで帰って来た者はほとんど存在していなかった。
事実、かなり目立つ建物であるフィントリッドの城すら、発見した者は誰もいないのである。
それよりも西は、少なくとも通常の光の担い手達にとっては、全く未知の領域だと言えた。
(というよりも、多分フィントリッドが自分の城まで到達できないように、何らかの手を打っているんだろう。
いずれにしても、この地では今まで俺が知っていた常識は通用しないかもしれない。気を引き締めないとな)
エイクはそんな事も考えていた。
4日目となり少し進んだところで、リーダー格のミュルミドンが、エイクに話しかけてきた。教えられた台詞を棒読みにしているような口調だった。
「我々はここで待機します。身を隠すのが苦手な我々が同行すると、相手に見つかってしまうからです。
相手が住んでいるのは、このまま真っ直ぐ西へ向かって2時間ほど進んだところにある山の、山麓に出来た洞窟です。
そこから南に2kmほどのところに湖があり、その周辺にも頻繁に姿を現すようです。
我々は、エイク様が戻られるまでここで待機します」
(これ以上聞いても何もしゃべらないんだろうな。
それから、随行者をなくすという事は、多分何か特殊な方法で俺を観察する術もあるということだ。
その方法を使って、ここから1人で探索する事も含めて、俺の能力を見極めようという考えなんだろう。
まあ、最初から想定していたことだ、それを承知の上で行動すればいい)
エイクはそう考えをまとめた。
(しかし、俺を観察する為に、わざわざ自分たちの支配領域まで招いたということは、支配領域以外の場所では、観察する事は出来ないと考えていいだろう。
日常生活を、四六時中フィントリッドらに見られているということはないわけだ。
まあ、そんな事ができるなら、あえてテティスを俺の近くに送り込む必要もないし、当然のことだな。
特別製の遠見の水晶球などは持っていないということだ)
エイクはまた、そのような事も考察していた。
離れた場所を観察する方法としては、遠見の水晶球という魔道具が有名である。
だが、この魔道具は、現代においては余り有用なものではない。見ることが出来る範囲と時間が著しく制限させているからだ。
具体的には、距離は2・300m程度、時間は連続しては5分ほどしか見ることが出来ず、相当の時間をあけなければ再度起動させる事も出来ない。
遠見の水晶球以外の、遠方を見る魔道具なども概ね同様でさほど有効ではなかった。
これは奇妙な事実だといえる。
なぜなら、古代魔法帝国時代には、同じ遠見の水晶球などを用いて、大陸の果てまで、時間制限もなしで、見ることが出来ていたからだ。
遠見の水晶球などの機能は著しく低下してしまっているのである。そしてその理由は、正しい使い方が忘れられたからではないと言われている。
正しい使い方を知っているはずの、古代魔法帝国の生き残りですら、かつてのような使い方が出来ていないからだ。
古代魔法帝国の魔術師の中には、アンデッドや魔獣にその身を変えるなどして、帝国の滅亡後も生き残った者もいる。
そして、新暦に入った後に、そのような者達が冒険者などに討たれたという事件も起こっている。
だが、もしもその者達が、遠見の水晶球やそれに類する方法で、遠方から敵対者を観察出来ていれば、むざむざ討たれることはなかっただろう。
むしろ隙をついて勝つことも容易だったはずだ。
ところが、そのようなことは出来ずに討たれてしまった。このことは、今や彼らにも遠見の水晶球などを十分に扱う事は出来ていないという事を証明している。
これは、現在では古代魔法帝国の生き残りも“瞬間移動”の魔法を使えないのと同様の奇妙な謎とされている。
同じ事は、遠距離で会話を行う魔道具でも起こっている。かつては大陸を越えて話し合うことすら出来たという魔道具を用いても、今や話せるのは数百m程度の距離だけで、使用時間も数分程度なのだ。
ちなみに、エイクもそのような事実を知っており、以前から不思議にも思っていた。
そのため、古代魔法帝国時代以前からの生き残りであるシャルシャーラに、そのことについて聞いたことがある。
その結果、興味深い事実を知る事が出来ていた。
シャルシャーラによると、一部の魔術が使えなくなったり、魔道具の機能が著しく低下したりといった事態は、古代魔法帝国滅亡前から起こっていたというのだ。
「そんな事が起こり始めたのは、“敵性存在”が襲来するようになってから、しばらくしての事でした。
“瞬間移動”の他にも、超遠距離攻撃魔術、超広範囲攻撃魔術、集団を一度に操る魔術、なども徐々に使えなくなって行ったようです。
特に“敵性存在”との一大決戦をきっかけに、使える者は一気に減りました。そして、ついには全ての魔術師が全く使えなくなってしまったのです。
その、使えなくなっていった魔術は、全て“帝国市民”として認められた魔術師だけが使用を許されるものでした。
私は魔法帝国の中枢には触れられていませんでしたし、“市民”とは認められておらず、元々それらの魔術を使えなかったので、実感としては良くわからないのですが……。
ただ、あのような魔術や魔道具が問題なく使えていれば、そもそも“敵性存在”を撃退した後に、蛮族によって魔法帝国が滅ぼされる事もなかったはずです」
その時シャルシャーラはそのような事を述べた。
つまり、一部の魔術が使用不能になった事などは、古代魔法帝国滅亡の結果ではなく、むしろ原因だったというわけだ。
なお“帝国市民”というのは、古代魔法帝国時代の制度で、一種の地位である。
“市民”と認められた者は幾つかの特権を持ち同時に義務を負うものとされていた。
かつては限られた者にしか与えられない地位だったが、やがて乱発されるようになり、帝国末期には帝国に属する魔術師のほとんどが“市民”となっていたと言われている。
だが、妖魔であるシャルシャーラはその地位にはなかったのだった。
エイクは遠見の水晶球からの連想で、そのようなことを思い出していた。
(古代魔法帝国の滅亡には、解明されていない謎があるということだ。
機会があれば、フィントリッドに聞いてみてもいいかもしれないな。
魔法帝国に関してはさほど拘りはないようだし、もし何か知っていれば案外簡単に教えてくれるかも知れない。
まあ、どちらにしても、今考えるような事ではない)
エイクはそう考えをまとめると、リーダー格のミュルミドンに声をかけた。
「了解した。ここからは一人で進もう。
馬はここに置いて徒歩でゆくから、見張っておいて欲しい」
「分かった」
そんな簡潔な返答を受け、エイクは1人で先へと足を進めたのだった。
案内役として4体のミュルミドンが随行しており、全員が馬型のゴーレムに騎乗している。
エイクも馬型ゴーレムに乗る事になった。そのゴーレムは、本物の馬を乗りこなすのと同じような要領で動かす事ができた。
女オーガがいるのは、フィントリッドの城から南西の方向にある洞窟とのことだった。そこまではかなり距離があり、また、足場の悪い森の中を行く為、疲れを知らないゴーレムを持ってしても、到着までに4日ほどかかるのだという。
その洞窟は、元々は幻獣コアトルが巣穴としていたものだ。
コアトルは、翼の生えた巨大な蛇という姿をとる幻獣で、担い手達の言葉を発することはないものの、高い知能を有し、精霊魔法にも精通していて、通常でも成竜以上の脅威と見なされている。
なかでも、その洞窟を巣穴としていた個体は特別に強大な力を有しており、フィントリッドが言う、エイクの父ガイゼイクすら倒せるほどの力を持つ、森の魔物5体の内の1体なのだそうである。
そのコアトルの巣穴を占拠してしまった女オーガを、腕試しがてらにエイクがどうにかしてはどうか。というのが、フィントリッドの提案だ。
フィントリッド曰く、その強力なコアトルが女オーガを避けたのは戦うのを煩わしく思ったからで、女オーガがコアトルよりも強いわけではない。女オーガの実力は恐らくエイクよりも若干弱い位で、腕試しには手頃な相手だろう。とのことだった。
洞窟への道行きを共にすることになったミュルミドン達の内、上位種らしいリーダー格の1体は、担い手たちの言葉を流暢にしゃべる事が出来た。しかし、必要最小限のことしか口にしない。
他の3体にいたっては、何一つ言葉を発しなかった。偶にギィギィ、と音を立てて互いに意思疎通をしているだけだ。
森を行くエイクたちに襲い掛かってくる魔物や動物もいたが、そのほとんどが馬型ゴーレムに蹴散らされるか、4体のミュルミドンによって倒され、エイクが出る幕はなかった。
だが、三日目になって若干様相が変わった。
まず、繁茂する植物の種類が徐々に変わり、巨大なシダ植物が増える。そして、珍しい生物が襲ってきたのである。
それは、体長約4m高さは2m近くで、細い体形で二足歩行をする爬虫類だった。
ダイナソアと分類されるものの一種である。
(ダイナソアは、西方ではドゥムラント半島にしかいないと言われていたはずだが、ヤルミオン半島にもいたのか)
エイクは若干の驚きと共にそう思った。
(シックルラプトルだな)
鎌のような大きな鉤爪を持つ事から、エイクはその正体を看破した。
シックルラプトルは5体の群れで、素早く動いて襲って来ており、内1体がミュルミドンを掻い潜ってエイクの元に迫った。
エイクは、速やかに馬型ゴーレムから飛び降りる。エイクの馬術の技量では、騎乗したままではまともに戦えないからだ。
地上に立ったエイクは、クレイモアを抜き払い様に斬りつけ、一撃でそのシックルラプトルの長い首を斬り落とす。
エイクはそのままミュルミドン達に加勢し、間もなくしてシックルラプトルは全滅した。
戦いが終わった後、エイクはリーダー格のミュルミドンに声をかけた。
「こいつらと同じような動物は、他にもいるのかな」
だが、ミュルミドンから返答はない。
「こいつらと同じような動物が、この辺りには他にもいるのか、俺に教えて欲しい」
「いる」
エイクが言い直すと、やっとそのような返答があった。
(……まあ、とりあえず、この辺にもダイナソアはいるということのようだな。
ありえない事ではない。ヤルミオンの森の奥地は、まだ誰も探索に成功していない。全く未知の存在がいる可能性もあるんだ)
アストゥーリア王国ではヤルミオンの森は切り開いてはならないという国法があり、あまり奥深くに踏み込み事もタブー視されている。妖魔討伐遠征も、深部までは手を伸ばしていない。
北方都市連合領にはそのような法はないが、深部に至る前に相当強力な魔物の領域があるようで、深部まで足を運んで帰って来た者はほとんど存在していなかった。
事実、かなり目立つ建物であるフィントリッドの城すら、発見した者は誰もいないのである。
それよりも西は、少なくとも通常の光の担い手達にとっては、全く未知の領域だと言えた。
(というよりも、多分フィントリッドが自分の城まで到達できないように、何らかの手を打っているんだろう。
いずれにしても、この地では今まで俺が知っていた常識は通用しないかもしれない。気を引き締めないとな)
エイクはそんな事も考えていた。
4日目となり少し進んだところで、リーダー格のミュルミドンが、エイクに話しかけてきた。教えられた台詞を棒読みにしているような口調だった。
「我々はここで待機します。身を隠すのが苦手な我々が同行すると、相手に見つかってしまうからです。
相手が住んでいるのは、このまま真っ直ぐ西へ向かって2時間ほど進んだところにある山の、山麓に出来た洞窟です。
そこから南に2kmほどのところに湖があり、その周辺にも頻繁に姿を現すようです。
我々は、エイク様が戻られるまでここで待機します」
(これ以上聞いても何もしゃべらないんだろうな。
それから、随行者をなくすという事は、多分何か特殊な方法で俺を観察する術もあるということだ。
その方法を使って、ここから1人で探索する事も含めて、俺の能力を見極めようという考えなんだろう。
まあ、最初から想定していたことだ、それを承知の上で行動すればいい)
エイクはそう考えをまとめた。
(しかし、俺を観察する為に、わざわざ自分たちの支配領域まで招いたということは、支配領域以外の場所では、観察する事は出来ないと考えていいだろう。
日常生活を、四六時中フィントリッドらに見られているということはないわけだ。
まあ、そんな事ができるなら、あえてテティスを俺の近くに送り込む必要もないし、当然のことだな。
特別製の遠見の水晶球などは持っていないということだ)
エイクはまた、そのような事も考察していた。
離れた場所を観察する方法としては、遠見の水晶球という魔道具が有名である。
だが、この魔道具は、現代においては余り有用なものではない。見ることが出来る範囲と時間が著しく制限させているからだ。
具体的には、距離は2・300m程度、時間は連続しては5分ほどしか見ることが出来ず、相当の時間をあけなければ再度起動させる事も出来ない。
遠見の水晶球以外の、遠方を見る魔道具なども概ね同様でさほど有効ではなかった。
これは奇妙な事実だといえる。
なぜなら、古代魔法帝国時代には、同じ遠見の水晶球などを用いて、大陸の果てまで、時間制限もなしで、見ることが出来ていたからだ。
遠見の水晶球などの機能は著しく低下してしまっているのである。そしてその理由は、正しい使い方が忘れられたからではないと言われている。
正しい使い方を知っているはずの、古代魔法帝国の生き残りですら、かつてのような使い方が出来ていないからだ。
古代魔法帝国の魔術師の中には、アンデッドや魔獣にその身を変えるなどして、帝国の滅亡後も生き残った者もいる。
そして、新暦に入った後に、そのような者達が冒険者などに討たれたという事件も起こっている。
だが、もしもその者達が、遠見の水晶球やそれに類する方法で、遠方から敵対者を観察出来ていれば、むざむざ討たれることはなかっただろう。
むしろ隙をついて勝つことも容易だったはずだ。
ところが、そのようなことは出来ずに討たれてしまった。このことは、今や彼らにも遠見の水晶球などを十分に扱う事は出来ていないという事を証明している。
これは、現在では古代魔法帝国の生き残りも“瞬間移動”の魔法を使えないのと同様の奇妙な謎とされている。
同じ事は、遠距離で会話を行う魔道具でも起こっている。かつては大陸を越えて話し合うことすら出来たという魔道具を用いても、今や話せるのは数百m程度の距離だけで、使用時間も数分程度なのだ。
ちなみに、エイクもそのような事実を知っており、以前から不思議にも思っていた。
そのため、古代魔法帝国時代以前からの生き残りであるシャルシャーラに、そのことについて聞いたことがある。
その結果、興味深い事実を知る事が出来ていた。
シャルシャーラによると、一部の魔術が使えなくなったり、魔道具の機能が著しく低下したりといった事態は、古代魔法帝国滅亡前から起こっていたというのだ。
「そんな事が起こり始めたのは、“敵性存在”が襲来するようになってから、しばらくしての事でした。
“瞬間移動”の他にも、超遠距離攻撃魔術、超広範囲攻撃魔術、集団を一度に操る魔術、なども徐々に使えなくなって行ったようです。
特に“敵性存在”との一大決戦をきっかけに、使える者は一気に減りました。そして、ついには全ての魔術師が全く使えなくなってしまったのです。
その、使えなくなっていった魔術は、全て“帝国市民”として認められた魔術師だけが使用を許されるものでした。
私は魔法帝国の中枢には触れられていませんでしたし、“市民”とは認められておらず、元々それらの魔術を使えなかったので、実感としては良くわからないのですが……。
ただ、あのような魔術や魔道具が問題なく使えていれば、そもそも“敵性存在”を撃退した後に、蛮族によって魔法帝国が滅ぼされる事もなかったはずです」
その時シャルシャーラはそのような事を述べた。
つまり、一部の魔術が使用不能になった事などは、古代魔法帝国滅亡の結果ではなく、むしろ原因だったというわけだ。
なお“帝国市民”というのは、古代魔法帝国時代の制度で、一種の地位である。
“市民”と認められた者は幾つかの特権を持ち同時に義務を負うものとされていた。
かつては限られた者にしか与えられない地位だったが、やがて乱発されるようになり、帝国末期には帝国に属する魔術師のほとんどが“市民”となっていたと言われている。
だが、妖魔であるシャルシャーラはその地位にはなかったのだった。
エイクは遠見の水晶球からの連想で、そのようなことを思い出していた。
(古代魔法帝国の滅亡には、解明されていない謎があるということだ。
機会があれば、フィントリッドに聞いてみてもいいかもしれないな。
魔法帝国に関してはさほど拘りはないようだし、もし何か知っていれば案外簡単に教えてくれるかも知れない。
まあ、どちらにしても、今考えるような事ではない)
エイクはそう考えをまとめると、リーダー格のミュルミドンに声をかけた。
「了解した。ここからは一人で進もう。
馬はここに置いて徒歩でゆくから、見張っておいて欲しい」
「分かった」
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