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第4章
42.妖魔討伐作戦①
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エイクがサルゴサの街から王都アイラナへと向かった頃、王都では炎獅子隊の隊舎の一室に炎獅子隊幹部が集まり、会議が開催されていた。
内容は、近く実行される事となった、大規模な妖魔討伐についてである。
既に実質的に光竜隊へ異動となっているクリスティナは参加しておらず、代わりに副隊長へ昇格した、ヴァスコ・べネスという、40歳前後に見える男が参加している。
また、4人の正副隊長が座る机の上には、大きな地図が広げられていた。
それは、王都を中心としたアストゥーリア王国西部を、かなり詳細にまとめた物だ。
「説明を頼む」
炎獅子隊長メンフィウス・ルミフスが、参謀のマチルダに声をかけた。
「はい、ではご説明させていただきます」
メンフィウスの右斜め後方に立っていたマチルダは、そう告げるとメンフィウス真横まで進んで机の側に立ち、机の上に置いてあった指示棒を手にして説明を始めた。
「まず、例年の妖魔討伐遠征では、我々は王都から真っ直ぐ西進し、最短距離で森に入っていました」
そう告げつつ、マチルダは手にした指示棒の先端を王都にあわせ、それを西の方へ動す。そして説明を続けた。
「その後は少人数の分隊で行動し、周辺の妖魔を最初に掃討。
次に2隊に分かれて、それぞれ南北へ進みつつ妖魔を討ち、管轄範囲の端まで到達してから引き返し、合流して帰還していました。
しかし、今回は同じことは出来ません。既に森には相当に強力な個体も含む、100体規模の妖魔の群れさえ確認されているからです。
少数で行動している時に、そのような者達と遭遇した場合、我々も無視できない被害を被ってしまうでしょう。
我々の戦力は低下しているので、なおさらです」
炎獅子隊では、フォルカスの事件により、当時の隊長であるフォルカス本人と、副隊長の一人だったロドリゴ・イシュモスが死亡し、更に17名が連座して放逐された。
加えて副隊長クリスティナ以下合計20名が光竜隊へ異動になっている。
都合39名の欠員となったのである。
在野からの登用や衛兵隊からの昇格によって取り急ぎ定員200名を確保したものの、その戦力の低下は隠せないものがあった。
「そこで、今回は炎獅子隊に加えて衛兵隊1200を動員し、総兵力約1400という規模で作戦を実施します。
これは、戦の際に王都から戦地へ向かう予定の戦力でもあり、今回の妖魔討伐は、開戦を見据えた実戦訓練の意味もあります。
作戦の目的は、王国と境を接するヤルミオンの森の内、王都の管轄範囲とされる部分、及びその北の、迷宮都市サルゴサの管轄部分の妖魔の掃討です。
このため、サルゴサの守備隊や雇った冒険者とも連携して実施されます。
この作戦により、王都管轄部分以北の地域に対する西からの脅威を一掃し、民を安んじ、さらに、来る戦における兵の動員を円滑に行う事が可能となります」
マチルダはそこで一度言葉を切り、正副隊長の様子を確認した上で言葉を続けた。
「具体的な作戦行動ですが。基本的には全軍で王都管轄地域の最南端までくだり、そこで森に入り、妖魔を掃討しつつ北上することになります」
マチルダは、今度は指示棒を王都からまず南へ、その後に西のヤルミオンの森の中へ、そして更に北へと動かしつつ、そう説明した。
「サルゴサの部隊は、逆に北端から南下し、双方の管轄地域の境で合流する予定です。
ただし、森での行動に不慣れな衛兵を含む1400もの兵全体で森の中を北上するのは、効率が悪く非現実的です。
ですので、一度に全軍では森に入らず、本隊は森との境近くに位置し、そこから数百規模の部隊を適時森に送り込んで討伐を行い、付近の妖魔を殲滅した上で北上して行く形をとります。
森へ入る討伐部隊は交代制として、兵が満遍なく実戦を経験できるように随時編成を変える予定です。
また、討伐部隊は索敵も緊密に行い、大規模な妖魔の群れや強敵を発見した際には、本隊へ速やかに連絡するものとします。そして、援軍を請うか、状況次第では即座に森から脱して本隊と合流し、事態に対処するものとします。
部隊への補給は、森に沿って点々と存在する辺境の村々に物資を集積して行います。物資の集積については既に手配済みです。
ここまでで、何か質問はありますでしょうか」
特に質問は上がらず、マチルダは説明を続行した。
「この作戦における懸念点として、圧迫された妖魔たちが、王国の領域へとあふれ出してしまう可能性があげられます。
西の方、つまり森の奥に逃げ込まれるのはある程度やむを得ませんが、東にあふれ出るのは大問題です。
もしも、物資を集積した辺境の村に被害が出た場合、作戦の継続に支障が出ます。また、それ以前に、我々の作戦行動の結果、民に犠牲を出してしまえば本末転倒ですから。
そのような事を防ぐ為に、各辺境の村には雇い入れた冒険者の方々を配置し、更に連絡役の兵士も数名ずつ置く事といたします。
冒険者の皆様には、森への索敵を密に行ってもらい、変事があれば速やかに伝令を走らせ、更に狼煙や灯火による伝達も併用して、情報を近隣の村々や本隊へ伝えてもらう手はずとなっています。
サルゴサの部隊も同じように対処する予定です。
加えて、本隊から離れて村々を巡回する別働隊も組織します。
別働隊は、炎獅子隊から概ね重騎兵20、軽騎兵30を抽出し、衛兵隊からも馬に乗れる者150名程度を選抜して、200名規模の混成騎馬隊とします。機動力を重視し、変事があれば速やかに対応するためです。
この別動隊も、変事を察した場合には速やかに本隊に連絡する体制を整え、本隊との合流前には独自で出来る限りの対応をとることとします。
以上を踏まえまして、皆様の配置をお伝えします。
まず、ルミフス隊長は、当然ながら基本的に本隊にいていただきます。
森へ実際に分け入る討伐部隊は、ギスカー副隊長とパトリシオ副隊長がそれぞれ1部隊を指揮し、交代で森に入っていただきます。
そして、別働隊の指揮はべネス副隊長にお願いいたします」
その説明を聞き、ヴァスコ・べネスはその厳つい顔を更に歪めた。
自身の配置に不満があったからだ。
(俺は後方支援か、軽んじられたものだ……)
彼はそう考えていた。
ヴァスコは子爵家の次男で、家督は継げなかったが貴族家の一員としての誇りを持っていた。
その彼にとって、平民の、しかも自分よりも遥かに若い者達の後塵を拝している現状は大いに不満だった。
特に、最近急速に腕を上げ、自分を抜き去って先んじて副隊長となったパトリシオに対しては思うところがある。
(確かに俺は、最近は試合であの若造に負け越していた。奴に抜かれるのもやむを得ん。
だが、実戦経験は俺の方がはるかに上だ、本当の戦となれば遅れはとらないはずだ)
そんな事を考えていたヴァスコは、今回の大規模な作戦に期するものがあった。
ところが、その作戦における配置は、戦闘が起こるかどうかも怪しい別働隊の指揮官というものだ。これでは手柄を立てることは難しい。ヴァスコはそう思っていた。
しかし彼は、自分が手柄を立てたいから配置を代えてくれ、などと言い出すような恥知らずではなく、不満を口にすることはなかった。
内容は、近く実行される事となった、大規模な妖魔討伐についてである。
既に実質的に光竜隊へ異動となっているクリスティナは参加しておらず、代わりに副隊長へ昇格した、ヴァスコ・べネスという、40歳前後に見える男が参加している。
また、4人の正副隊長が座る机の上には、大きな地図が広げられていた。
それは、王都を中心としたアストゥーリア王国西部を、かなり詳細にまとめた物だ。
「説明を頼む」
炎獅子隊長メンフィウス・ルミフスが、参謀のマチルダに声をかけた。
「はい、ではご説明させていただきます」
メンフィウスの右斜め後方に立っていたマチルダは、そう告げるとメンフィウス真横まで進んで机の側に立ち、机の上に置いてあった指示棒を手にして説明を始めた。
「まず、例年の妖魔討伐遠征では、我々は王都から真っ直ぐ西進し、最短距離で森に入っていました」
そう告げつつ、マチルダは手にした指示棒の先端を王都にあわせ、それを西の方へ動す。そして説明を続けた。
「その後は少人数の分隊で行動し、周辺の妖魔を最初に掃討。
次に2隊に分かれて、それぞれ南北へ進みつつ妖魔を討ち、管轄範囲の端まで到達してから引き返し、合流して帰還していました。
しかし、今回は同じことは出来ません。既に森には相当に強力な個体も含む、100体規模の妖魔の群れさえ確認されているからです。
少数で行動している時に、そのような者達と遭遇した場合、我々も無視できない被害を被ってしまうでしょう。
我々の戦力は低下しているので、なおさらです」
炎獅子隊では、フォルカスの事件により、当時の隊長であるフォルカス本人と、副隊長の一人だったロドリゴ・イシュモスが死亡し、更に17名が連座して放逐された。
加えて副隊長クリスティナ以下合計20名が光竜隊へ異動になっている。
都合39名の欠員となったのである。
在野からの登用や衛兵隊からの昇格によって取り急ぎ定員200名を確保したものの、その戦力の低下は隠せないものがあった。
「そこで、今回は炎獅子隊に加えて衛兵隊1200を動員し、総兵力約1400という規模で作戦を実施します。
これは、戦の際に王都から戦地へ向かう予定の戦力でもあり、今回の妖魔討伐は、開戦を見据えた実戦訓練の意味もあります。
作戦の目的は、王国と境を接するヤルミオンの森の内、王都の管轄範囲とされる部分、及びその北の、迷宮都市サルゴサの管轄部分の妖魔の掃討です。
このため、サルゴサの守備隊や雇った冒険者とも連携して実施されます。
この作戦により、王都管轄部分以北の地域に対する西からの脅威を一掃し、民を安んじ、さらに、来る戦における兵の動員を円滑に行う事が可能となります」
マチルダはそこで一度言葉を切り、正副隊長の様子を確認した上で言葉を続けた。
「具体的な作戦行動ですが。基本的には全軍で王都管轄地域の最南端までくだり、そこで森に入り、妖魔を掃討しつつ北上することになります」
マチルダは、今度は指示棒を王都からまず南へ、その後に西のヤルミオンの森の中へ、そして更に北へと動かしつつ、そう説明した。
「サルゴサの部隊は、逆に北端から南下し、双方の管轄地域の境で合流する予定です。
ただし、森での行動に不慣れな衛兵を含む1400もの兵全体で森の中を北上するのは、効率が悪く非現実的です。
ですので、一度に全軍では森に入らず、本隊は森との境近くに位置し、そこから数百規模の部隊を適時森に送り込んで討伐を行い、付近の妖魔を殲滅した上で北上して行く形をとります。
森へ入る討伐部隊は交代制として、兵が満遍なく実戦を経験できるように随時編成を変える予定です。
また、討伐部隊は索敵も緊密に行い、大規模な妖魔の群れや強敵を発見した際には、本隊へ速やかに連絡するものとします。そして、援軍を請うか、状況次第では即座に森から脱して本隊と合流し、事態に対処するものとします。
部隊への補給は、森に沿って点々と存在する辺境の村々に物資を集積して行います。物資の集積については既に手配済みです。
ここまでで、何か質問はありますでしょうか」
特に質問は上がらず、マチルダは説明を続行した。
「この作戦における懸念点として、圧迫された妖魔たちが、王国の領域へとあふれ出してしまう可能性があげられます。
西の方、つまり森の奥に逃げ込まれるのはある程度やむを得ませんが、東にあふれ出るのは大問題です。
もしも、物資を集積した辺境の村に被害が出た場合、作戦の継続に支障が出ます。また、それ以前に、我々の作戦行動の結果、民に犠牲を出してしまえば本末転倒ですから。
そのような事を防ぐ為に、各辺境の村には雇い入れた冒険者の方々を配置し、更に連絡役の兵士も数名ずつ置く事といたします。
冒険者の皆様には、森への索敵を密に行ってもらい、変事があれば速やかに伝令を走らせ、更に狼煙や灯火による伝達も併用して、情報を近隣の村々や本隊へ伝えてもらう手はずとなっています。
サルゴサの部隊も同じように対処する予定です。
加えて、本隊から離れて村々を巡回する別働隊も組織します。
別働隊は、炎獅子隊から概ね重騎兵20、軽騎兵30を抽出し、衛兵隊からも馬に乗れる者150名程度を選抜して、200名規模の混成騎馬隊とします。機動力を重視し、変事があれば速やかに対応するためです。
この別動隊も、変事を察した場合には速やかに本隊に連絡する体制を整え、本隊との合流前には独自で出来る限りの対応をとることとします。
以上を踏まえまして、皆様の配置をお伝えします。
まず、ルミフス隊長は、当然ながら基本的に本隊にいていただきます。
森へ実際に分け入る討伐部隊は、ギスカー副隊長とパトリシオ副隊長がそれぞれ1部隊を指揮し、交代で森に入っていただきます。
そして、別働隊の指揮はべネス副隊長にお願いいたします」
その説明を聞き、ヴァスコ・べネスはその厳つい顔を更に歪めた。
自身の配置に不満があったからだ。
(俺は後方支援か、軽んじられたものだ……)
彼はそう考えていた。
ヴァスコは子爵家の次男で、家督は継げなかったが貴族家の一員としての誇りを持っていた。
その彼にとって、平民の、しかも自分よりも遥かに若い者達の後塵を拝している現状は大いに不満だった。
特に、最近急速に腕を上げ、自分を抜き去って先んじて副隊長となったパトリシオに対しては思うところがある。
(確かに俺は、最近は試合であの若造に負け越していた。奴に抜かれるのもやむを得ん。
だが、実戦経験は俺の方がはるかに上だ、本当の戦となれば遅れはとらないはずだ)
そんな事を考えていたヴァスコは、今回の大規模な作戦に期するものがあった。
ところが、その作戦における配置は、戦闘が起こるかどうかも怪しい別働隊の指揮官というものだ。これでは手柄を立てることは難しい。ヴァスコはそう思っていた。
しかし彼は、自分が手柄を立てたいから配置を代えてくれ、などと言い出すような恥知らずではなく、不満を口にすることはなかった。
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