剣魔神の記

ギルマン

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第4章

24.注意すべき者②

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(エイクさんの話を聞く限りでは、ジュディアは最初からかなり暴力的な性向を持っていたようね)
 エイクから、特別訓練におけるジュディアの行いを聞いて、テティスはそう考えた。
(仮にも訓練で、降伏を告げて武器を捨てた者を思いきり打ち据える。それも錬生術まで発動させて全力で。そんなの、ただの殺人行為だわ)
 実際エイクは、ジュディアとの立ち合いでは死を意識することが少なからずあったと言っていた。エイクはその時の事を思い出したようで、随分と憤っていたが、テティスにはそれは当然だと思えた。

(まあ、人はその場の雰囲気で残虐な事をすることもあるから、ジュディアが跳び抜けて残忍だとも思わないけれど……)
 テティスは、人間というものが、周りの雰囲気に流されたという理由で、信じがたいほど残虐な行いをして、他人を死に至らしめる存在であることを知っていた。
 人は、空気を読んだ結果として人を殺す。人にとって殺人とはそれほど軽い行いである。テティスはそう思っている。

(けれど、エイクさんは特別訓練の参加者達の中でも、特にジュディアに対して危険を感じていたようだから、彼女の暴力への志向が相当強いのも間違いない。
 そんな彼女が、エイクさんに敗れ、逆に暴力によって屈服させられた。相当の鬱屈が溜まったでしょう。
 その状況で、彼女は冒険者として戦うようになり、多分戦闘で鬱憤を晴らすようになった。
 そして、その冒険の過程で悪と言える相手を討ち殺した。
 その結果、はまってしまったんでしょうね。正義の名の下に暴力を振るう事の心地よさに)

 テティスはジュディアの事をそう分析した。
 実際、今にして思えば、ジュディアは最初の冒険で既に、悪と言える相手と戦う事を好んでいた。
 その冒険でテティス達“黄昏の蛇”一行は、善悪とは関係ない巨大昆虫であるジャイアントタイガービートルを討伐したのだが、その道中で一般的に邪悪な存在であるとされる妖魔とも戦っていた。
 そして、ジュディアは、ジャイアントタイガービートルと戦う時よりも、妖魔と戦う時の方が明らかに生き生きとしていたのである。

 更にその後の冒険で、“黄昏の蛇”はオークを討伐する機会もあった。
 その時もジュディアは嬉々としてオークを殺していた。
 そして、ゴルブロ一味の幹部のマンセルと戦った時、ジュディアは抵抗する術を失ったマンセルの股間を笑みを浮かべながら蹴り潰した。
 テティスには、ジュディアがその行為を楽しんでいるようにしか見えなかった。

 悪を討つ、正義を為すと言いつつ、暴力を振るう事を楽しむ。それは明らかに異常だ。しかし、テティスは世の中にはそのような人間もいる事を知っている。
 テティスはそのような人間を“狂った正義漢”と分類していた。
 そして、そんな人間は、テティスにとってもっとも忌まわしく、かつ扱いにくい存在だ。

(本当の正義漢ならいいのよ。正義や善良さ基づいて行動するのだから、その行動は読みやすいし、話も通じる。
 逆に根っからの悪人でも対応はしやすいわ。損得で動くのだから。残虐行為に悦びを見出すような異常者ともなれば、その行動を予想するのは難しいけれど、それでも、少なくとも我が身を犠牲にしてまで行動する事はない。
 でも、狂った正義漢は本当に何をしでかすか分からない。
 連中は正義という目的の為ならなら、どんな手段をとってもいい、というような理屈を振りかざして、とんでもない非道もやってのける。
 しかも、正義に酔っている事も多いから、正義の為なら損得を無視して、我が身を顧みない事すらしかねない。最悪の連中だわ)
 テティスはそう思った。

 今のところジュディアは、自分自身の過去の行いを悪行だったと認識し、エイクに従う事に納得しているように見える。
 だが、ひとたびエイクの事を悪と認識したならば、正義を成すという理由付けで、容易く裏切るだろう。
 しかも、その場合どれほど卑劣な行動をとるか分からない。正義という目的の為には、手段を選ぶ必要はないという発想になるからだ。
 そして、悪は許さないといいつつも、実際には暴力行為を楽しもうとするからでもある。

 例えば、エイクが居ない時にジュディアがいきなり裏切って、“黄昏の蛇”のメンバーの誰か1人を不意打ちで切り殺したとする。
 そうなれば、残りの2人を倒す事も不可能ではないだろう。ジュディアの他に真っ当な前衛役がいないからだ。
 つまり、ジュディアの行動次第でパーティ全滅もあり得る。

(やっぱり前衛がもう1人必要だわ)
 テティスはそう結論づけた。
 以前から、戦いのバランスという面でも前衛がもう1人必要だと思っていたが、今はジュディアに対する抑止という意味でも、前衛役が必要だと考えたのである。
 しかし、それは簡単な事ではない。
 上級冒険者の位置に手が届くところまで来ている、“黄昏の蛇”のジュディアを押さえることが出来る戦士など、簡単に見つかるはずがないからだ。
 テティスはしばし思い悩んでしまった。



 エイクが、迷宮都市サルゴサからかやって来た調査員達と話し、サルゴサに赴くことに同意した日の夜。サルゴサの街のとある冒険者の店で、冒険者達がエイクの事について語り合っていた。
 彼らにとって、街を代表する冒険者パーティだった“叡智への光”が討たれたのはとてつもない大事件であり、それを為したというエイクに興味を持たずにはいられなかったからだ。

「エイクって奴はこの街に来るかな?」
「そりゃあ来るだろ。連れて来ねえなら、官憲の連中は何しに王都まで行ったんだって話だ。
 “叡智への光”が、迷宮の中のどこで討たれたのかも分かってねえんだ。当事者を連れてきて、現場を確認しなけりゃあ話しが進まねぇ」
「お前、本気でエイクってガキが1人であいつ等を倒したと思ってるのか?
 現場が不明で、死体も見つかっていないんだ。あいつらが討たれたって話自体がガセなんじゃあないか?
 だいたい、戦士がたった一人であいつ等を倒すなんて、出来るわけがない」
「出来ねえことはないだろ。
現場は迷宮内だったんだ。“叡智への光”の連中が魔物との戦いで疲弊していたのかも知れねえし、罠とかを利用されたのかも知れねえ」

 比較的若い冒険者達がするそんな話に、年かさの冒険者が口を挟んだ。
「若造共、お前らのちんけな了見でものを言うな。
 確かに“叡智への光”は、お前らや、俺よりも、遥かに強かった。
 だが、上には上がいる。あいつらを容易く倒せる男を俺は見たことがある」
「そりゃあ、誰のことだ?」
「ガイゼイク・ファインド。俺はあの英雄が戦場で戦うのを見た。あの男なら、“叡智への光”ごときまとめて瞬殺だ。
 その息子が同じ事を出来たとしても、俺は驚かん。実際、王都でアークデーモンやドラゴ・キマイラを1人で討ったって話もある」

「おい、そんな話しまで信じているのか?
 英雄ガイゼイクなら、確かにそんなことも出来るかも知れねえが、エイクって奴はまだ17・8のガキだろう。そんな歳でそこまで強いはずねえだろ」
「そういう決め付けをやめろって話をしているんだ」

 その冒険者の店の片隅に、そんな冒険者達の言い合いに耳を傾ける者がいた。
 長く美しい黒髪を背中で束ねた、比較的小柄な若い女だ。ハードレザーアーマーを身に纏い、大振りなシャムシールを腰に佩いている。
 「エイク・ファインド、ですか。ガイゼイク・ファインドの息子が、この街に来るのですね……」
 その女は小さな声でそう呟くと、悩まし気に表情を歪めた。
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