剣魔神の記

ギルマン

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第4章

11.預言者の脅威

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 アルターが更に話を進める。
 それは、エイクも今し方考えたダグダロアの預言者に関することだった。
「加えて、そのトロア殿から情報提供があったという、ダグダロアの預言者についても考慮しないわけには行きません。
 伺う限りでは、その者はヤルミオンの森に妖魔を潜ませ、我が国とレシア王国の国境周辺の無法地帯に屯す妖魔を操り、南方のドゥムラント半島の妖魔にも影響を与え、更にユアン半島に現れたという魔王とも連携している。
 これはもはや大陸西方全域を巻き込んだ脅威といえるでしょう。ただ、この預言者の存在は推測の域をでません」

「発言をお許しください」
 そこで、今まで静かに話を聞いていたシャルシャーラが控えめに声を出した。
「なんだ、言ってみろ」
 エイクの許しを受け、シャルシャーラが語り始める。

「ユアン半島の魔王については心当たりがあります。
 ハリバダードの街ではその情報が出回り始めていました。私は表の情報も裏の情報も集めていたので、ある程度の事を把握しています。
 ですが、その魔王には本来ならアストゥーリア王国まで兵を送る余裕はないはずです。
 魔王はユアン半島を完全に掌握しているわけではないからです。他の神を奉じる者達が頑強に抵抗しているのです」

「そうか。確かにダグダロア信者はダグダロア信者以外の全ての者にとって敵だ。簡単にまとまるはずはないな」
 エイクはそう応じた。
「いえ、そこまで極端ではありません。詳しくご説明させていただいてもよろしいでしょうか?」
 そう聞いてくるシャルシャーラへ、エイクは「構わない。続けろ」と返した。

 シャルシャーラが改めて語り始める。
「まず、光の担い手の方々の中には、魔族は全て何らかの闇の神を信じていると考えている方もいますが、実際にはそういうわけではありません。
 むしろまともに神を信じない者の方が多いといえます。
 確かに闇の神々の教えは魔族の精神性にあったものです。しかし、闇の神々は己の教えに絶対的に従う事を信者に求めます。そのようなことを嫌う魔族は少なくありません。むしろ半分以上はそんな者達です。
 彼らも何かあるときには神の名を唱えます。戦いの前にはムズルゲルの名を、他者を騙そうとする時にはネメト様の名を、強くなりたいと思えばアーリファ、賢くなりたいと思えばゼーイムの名を唱えます。ですがそれは結局どの神もまともには信じていないからなのです。
 他にも自分は神よりも上位の存在だと本気で思っている者すらいます。
 これは魔族領域で生活している光の担い手達、要するに悪人として光の担い手の社会から逸脱した者達も同様です。

 それらの不信心者達は、いずれかの神の信徒の勢力が強くなれば、それに靡きます。
 しかし、真に闇の神々を信じている者達はそうは行きません。
 闇の神々は自分以外の神の教えを間違っていると考え、それぞれの信徒もそう信じているからです。ですが、それは全く協力ができないという事までは意味していません。
 協力というよりは互いに利用しあうという感じですが、ある神の信徒が他の神の信徒の下につくこともありえます。
 例えばゼノヴィア様の魔族帝国では、ゼノヴィア様が奉じていたアーリファ以外の神の信徒も、重要な地位についていました」

 ゼノヴィアの魔族帝国というのは新暦500年代の後半に、ドゥムラント半島に打ち立てられた史上最大といわれる魔族国家の事である。
 その勢力はドゥムラント半島の全域をほぼ制圧していたといわれている。
 しかし、絶対的な君主であったゼノヴィアの謎の死によって速やかに崩壊したと伝えられていた。

「ですが、ダグダロアだけは別です。
 かの神は己以外を信仰する者を一切許しません。信仰対象に値するのは己のみと思っているのです。
 結果としてその信徒達は、他の神を信じる者達を根絶やしにしようとします。必然的に他の神の信徒達も妥協する事は許されず、例外なく死を決して抵抗することになります。或いは信仰を捨てるかです。
 ただ、ダグダロアといえども、不信心者達まで皆殺しにしようとはしません。とりあえず、口先だけでもダグダロアを信じていると述べれば、配下に組み込んでいきます。
 結果として、魔族領域におけるダグダロアの信者の勢力拡大というのは、熱心な信者を中核として、不信心者達を取り込んで行われ、他の神々の信者達とは熾烈な戦いを繰り広げる事になります。
 ユアン半島でも、今正に同じ事が起こっているのです。

 更に加えて、ブルゴール帝国もユアン半島の魔族の争いに介入しようとしています。これは、ハリバダード公国による工作の結果でもあります。
 ハリバダード公国は、最近自国に対する侵略の意図を露骨に見せるようになったブルゴール帝国の目を逸らす為に、自分達が掴んだユアン半島の魔王の情報を、あえてブルゴール帝国内で吹聴しています」

 ユアン半島及びその周辺の魔族領域はブルゴール帝国と境を接している。
 確かにユアン半島に強大な魔王が君臨するようになれば、ブルゴール帝国は他国を侵略するどころではなくなる。

「この行為はある程度の効果があり、ブルゴール帝国では軍属や雇った冒険者などをユアン半島に盛んに送り込み、状況を確認しています。この動きは魔王にとって無視できないものでしょう。
 いずれにしても、そんな状況でそれなりの戦力をアストゥーリア王国まで送りこむとは思えません。……普通なら」

「それでも送り込んでいるなら、それは普通の行いではないという事だな」
 エイクがそう問いかける。
「そうです。もしそんなことをしているなら、それは依頼や協力関係などの結果ではないはずです。
 実質的な命令に従ってのことと考えるべきでしょう。
 そして、仮にも魔王を名乗るほどの強力なダグダロア信者に命令を出せる存在。そんな者は、神意の地上代行者たる預言者以外に考えられません」
「……」
 エイクはしばし沈黙した。

 彼が倒したトロールのドルムドは間違いなくダグダロア信者で、恐らく何者かに仕えていた。フィントリッドはユアン半島の魔王の配下だろうと述べていた。
 その想像が正しく、そして、ユアン半島の魔王が誰かの命令に従いでもしない限りアストゥーリア王国まで配下を送る事はない情勢だとするならば、預言者は実在しており、しかも魔王にすら命令を下す事ができるということになる。
 深刻な状況といえるだろう。

(それにしても、さすがにシャルシャーラは情報に敏いな)
 エイクはまたそうも考えた。
 ハリバダードの街にとってはユアン半島の魔族やブルゴール帝国の動向は重要である。そのため、政府や大規模な商会などはかなりの情報を収集しているはずだ。
 シャルシャーラはその情報を抜かりなく収集していたようだ。やはり密偵としては優秀といえる。

(いずれにしてもこの事はフィントリッドにも伝えるべきだ。
 預言者やユアン半島の魔王に関する情報こそ、彼がもっとも欲しているものだろうからな)
 そしてそんなことにも思い至っていた。
 ちなみにフィントリッドは、このロアンの屋敷の一室を借りて生活している。エイクは今日すべき事を済ましたら、その後早速にでもフィントリッドと話そうと考えていた。

「つまり、預言者は実在していると考えるべきだという事ですな」
 アルターがまた発言した。
「となると、とりあえずの問題は、その預言者と“虎使い”の関係です」
 そしてそう続ける。
「まず一つ、両者は同一の存在であるという可能性が考えられます。
 根拠といえるのは、両者が共に強大な力を持っており、アストゥーリア王国に関わっている事、そして、高度な古語魔法に通じている事、といったところです。無視することは出来ない可能性でしょう。この可能性の変形として、“虎使い”が預言者の配下の一員であるという事も考えられます。
 このような場合は、先ほど想定した“虎使い”の戦力は、即ち預言者の全勢力の内、アストゥーリア王国方面部隊の戦力と考えるべきだという事になるでしょう。
 
 両者が対等な協力者同士である可能性は低いと思われます。
 ダグダロアの教義から考えると、預言者がダグダロア信者以外の者と対等な関係を築くとは思えませんし、ダグダロア信者は全て預言者に従うはずだからです。
 また、両者が敵対している可能性もあります。
 仮に“虎使いが”他の神を、まあそれはデーモンを扱う事から、冒涜神ゼーイムやそれに連なる小神しか考えられませんが、それを信仰している場合や、神を全く信じていなかった場合には、預言者と敵対することでしょう。
 最後に、現状では両者が全く関わりがないという可能性もあります。

 いずれにしても、ダグダロアの預言者の存在は大陸西方全域に対する脅威であり、無視することは出来ません。
 ですが、その存在が強大であり行動範囲も広いということは、その者に敵対する者の範囲も広がる事を意味します。
 実際、ユアン半島の魔王やドゥムラント半島の魔族の一部を率いているならば、それはブルゴール帝国やレシア王国にとっても敵だといえます。
 最終的には、それらの国々が日頃の敵対関係を超えて連合を組んで、預言者率いるダグダロア信者と戦う、という展開になることも考えられます」

「それは、光と魔の大戦が、今後この大陸西方で起こるということなのかしら?話しが大きすぎて実感がわかないのだけれど……」
 セレナがアルターにそう問いかけた。
 強大な魔王が出現した時などに、光の担い手達が国家や種族の境さえ越えて協力して戦う。そんなことが歴史上何度か起こっており、それは光と魔の大戦、或いは光魔決戦などと呼ばれている。

「そうです。そのような可能性も十分に考えられます。
 むしろ、ダグダロアの預言者が出現したならば、そのような事態になるほうが当然だと考えておくべきでしょう。ダグダロアの預言者とはそれほどの存在です」
「……」
 セレナは悩ましげに沈黙した。

(大げさな話になって来たな)
 エイクもまた、そう黙考していた。
 彼も、預言者なるものの存在の大きさは認識していたが、他者の口から語られるのを聞いたことで、その脅威を新たに感じていたのだ。
 そしてエイクには、預言者に対しては、もうひとつの別の状況が起こり得ると思っていた。
 それは、預言者の標的がフィントリッド・ファーンソンだった場合の事だ。その可能性はまだ否定されていない。

(もし、預言者が何からの理由でフィントリッドを狙っていて、それが明らかになった場合、預言者とフィントリッドという、化け物同士の対決になるだろう。
 そして、その方が厄介だ)
 エイクはそう思った。
 光の担い手達が国や種族の枠を超えて力を合わせ、強大化した闇の勢力と対抗する。そういう事態は、歴史上何度か起こっている。
 その点で、それはエイクにとってもまだ想像の範疇の事態だ。

 だが、複数の精霊王を同時顕現させるような怪物的な精霊使いと、闇の勢力が激突した場合にどんな事が起こるかは想像できない。
 ただ、そうなった場合フィントリッドは、光の担い手達の社会を守ろうなどという観点を持たずに戦うのは間違いないだろう。フィントリッドは善良とは言えないから存在だからだ。
 何しろ、テティスが言うには、フィントリッドの配下には強力なアンデッドさえいるそうだ。その時点で、一般的な倫理観からは逸脱している。
 今のところフィントリッドの言動からは、異常さや残虐性は見受けられない。しかし、アンデッドすら配下に加えるような者が、強敵と戦う際に、他者が受ける被害まで配慮するとは思えない。
 この点では光と魔の大戦の方が遥かにましである。

(どちらにしても、そんな戦いになった場合、俺個人など、取るに足らない駒のひとつになってしまうだろう。情けない!)
 エイクはそうも考え、悔しさをかみ締めた。
 エイクとしては、出来る事ならば、最強に至り、自分の剣一つでそんな大戦を生じさせない、或いは終わらせるほどの者になりたいと願っている。しかし、今の自分ではそんなことは到底不可能だ。

 今の時点でもエイクは一国で1・2を争うほどの強者であり、どんな大戦が起こったとしても、駒のひとつくらいには数えられる実力はあるはずだ。エイクはそう自覚していた。
 しかし、それは所詮小駒のひとつに過ぎない。その事がエイクには悔しくてならなかった。
(少しでも強くならなければ)
 そしてエイクは、そんな気持ちを新たにしていた。
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