剣魔神の記

ギルマン

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第2章

27.下水道のアンデッド②

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 下水道跡に降りた技師達からは、その魔物の詳しい情報などを得る事が出来た。確かにそれはゾンビドッグのようだった。
 エイクは更に問いを重ねた。
「前に点検に降りたのはいつごろですか?」
 ゾンビドッグを作り出した何らかの事象は、前回の点検から今回の点検までの間に起こったはずだ。
 前回の点検の時期が分かれば、下水道跡で何が起こったのかを推測する役に立つかもしれない。
 そう思ったエイクだったが、返答は予想外のものだった。

「いや、分からんね。俺はここに来て20年になるが、少なくともその間は誰も降りたことはないはずだ。その前の事も特に記録はないと思う」
 エイクは首をかしげた。
「そんなに長い事降りていなかったのに、何で今回だけは点検をする事になったんですか?」
 その間には、3ヶ月前と同程度の地震は何度も起きているはずだ。

「ああ、今回は実際に崩れちまったんでね。
 下水道は今の廃墟区域の下を通っていた。そこら辺では下水道の天井部分の上面は地面に露出していたから、当然破損する事もあった。
 周りに人が住んでいる内は、ちょっとした破損でも直ぐに見つかるから、その度に補修していたんだ。
 だが、人が住まなくなって大分経つからな。いつの間にか破損が進んでいたんだろう。
 とうとう小さな崩落が起きちまった。
 応急処置はしてあるが、下からしっかり補修する必要があるし、そんな事が起こった以上、しっかり点検する必要もある、って事になったんだよ」

「なるほど……」
 そう呟いて、エイクは王都の地理を思い浮かべた。

 アストゥーリア王国の王都アイラナは、元々は円形の外壁に囲まれていた城塞都市だ。
 外壁の東西と南の三方には城門があり、都市の北端近くには王城がそびえ立っている。
 王城の周りには城壁が築かれており、この城壁は外壁と区別して内壁と呼ばれていた。
 内壁の城門は南に向けて一箇所のみ設置されていて、その城門前には王城前広場が設けられている。

 王城前広場はやや東西に長い方形の広い空間になっており、凱旋式などの大規模な式典の会場となる。
 内壁の城門部分は特に分厚い壁になっており、その上の部分にはかなりの広さがあり、屋根なども設えた豪奢な建造物が構築されている。これは王族等が式典を観閲する為の観閲所だ。
 また、国家の重大事が起こった際には、王城前広場に集まった民衆に対して、将軍や大臣、時には国王自らが、そこから激を飛ばしたり演説をしたりする事もあった。

 王城と王城前広場の東西には各種官舎や貴族の屋敷が立ち並び、貴族街を形成している。
 そして広場から南方は、直ぐに庶民の住む一般市街地になっている。
 これは、民衆も式典を見やすいようにする為の配慮だと言われている。

 王城前広場の西側の、貴族街と一般市街地の間にあたる場所にハイファ神殿があり、東側の、やはり貴族街と一般市街地の間にはトゥーゲル神殿が配置されていた。
 これは、王侯貴族に信者が多いが、一般民衆の信者も軽視することは出来ないという、両神殿の性格を表した配置だと言える。

 この王城と王城前広場を中心にした一帯は、ちょっとした丘のような高台になっており、下水道はこの丘の上に位置する王城等の重要施設と、ハイファ神殿、トゥーゲル神殿の下に張り巡らされていた。
 そして、下水道の本管は丘から西南方向に伸びて王都の外に汚水を運んでいた。
 現在、王都の西側はかなり広い範囲が廃墟区域となっているので、確かに下水道跡は廃墟区域の下にもある事になる。

 ちなみに、現在の王都アイラナは、当初の円形の城塞都市から大きく姿を変えていた。
 まず、オフィーリア女王の時代に王都の南東方向に巨大地下図書館が発見され、これを取り囲むように外壁が拡張され、大きな突出部が構築された。
 この突出部には、間もなく図書館の蔵書を目当てにした者達が多く移り住み、イスマイム神殿や賢者の学院も移築されて、大きく発展した。
 この区域は、図書館街と呼ばれるようになっている。

 その後王国の繁栄に伴う人口の増加に対応する為に、まず東側に市街地が拡張され、図書館街を囲んでいた外壁に接続する形で、これを囲む城壁も築かれた。
 次いで、南側にも同じように拡張がなされた。
 この区域はそれぞれ東新市街、南新市街と呼ばれている。

 当初極端な突出部となっていた図書館街は、この東と南への市域の拡張によって取り込まれた形になっており、少なくとも外から見ると、周りと一体化している。
 だが、図書館を取り込むために築かれた外壁は、一部で東及び南新市街へ抜ける為の穴が設けられたものの、全域で残っており、都市内部においては、はっきりと区域分けがなされていた。

 全体として王都アイラナは東と南へ大きく拡大した事になる。
 これらの拡大部分と区別して、元からの市域は旧市街、あるいは本市街と呼ばれていた。

 このような繁栄と拡大を遂げた王都アイラナだったが、今ではその人口を最盛期から比べて大きく減らし、廃墟区域などと呼ばれる場所まで出現する事となってしまっていた。
 そしてその影響は、下水道跡の破損という形でも現れているのだった。

(だが、定期的な点検と整備をしていれば、崩落などという事態にはならなかったはずだ。そんな事にも手が回っていない。こういう事が、国が衰えるという事か)
 エイクはそう思い、改めてこの国が衰退しつつあるという事実を意識した。
 エイクが生まれ成長したのは、父ガイゼイクや軍務大臣エーミール・ルファス公爵らの活躍により、王国をめぐる情勢がやや好転した時期だった。この為、エイクはこれまで王国の衰退を意識した事は余りなかった。

 だが、こうしてその衰えを実感してしまうと、やはり寂しさのような感情を抱いた。
 この国は自分が生まれた国であり、父がこの国の為に戦っていたのは紛れもない事実だったからだ。

 一時感慨に囚われたエイクだったが、直ぐに依頼のことに意識を向けなおした。
 エイクは最後に、その崩落があったという場所を聞き、技師の前を辞した。
 技師の話を聞いても、ゾンビドッグが現れた理由は依然不明だった。

(やはり、ゾンビドッグの発生原因について調べる必要がある)
 エイクはそう思った。
 容易ならざる事態も想定されるからこそ、それなりの準備を整えるべきだ。

 そしてエイクは、別のことも懸念していた。
(縦穴を通って下水道跡に降りるとなると、その縦穴を封じられたら閉じ込められる。万が一に備えて、脱出路も確保したい。自分でも下水道の構造も出来るだけ調べるべきだ)

 エイクは技師達から下水道の構造も聞いていたが、その情報は不十分だと思われた。
 技師達が実際に下水道跡に降りたのはこれが初めてで、しかも本道を少し歩いただけでゾンビドッグを目撃して逃げて来てしまっていたからだ。

 エイクはそんな事も考え合わせ、今後の行動を決めた。
(明日は久しぶりに大図書館に篭ろう。せっかく特別推薦をさせたんだ、下水道の構造も調べられるはずだ)
 大図書館は、元々は古代魔法帝国時代に地下に築かれたものだが、発見後に地上にも巨大な建物が築かれ、そこには、魔法帝国滅亡後から現在までの多くの書物や資料が収められている。
 この場所を知識の一大集積地にしようと考えた、オフィーリア女王と大精霊使いの政策の結果だった。

 そこには王都の構造に関する資料もあり、冒険者の店からの特別推薦を受けたエイクは、その一部も閲覧する事が出来るはずだ。
 現在の王都の防衛に関わるような資料は当然見られないが、大昔に廃止された歴史上の遺構である下水道跡に関する資料くらいは、見ることが可能だろう。

(それに、これを機にアンデッドやアンデッド化が起こる原因についても、もう一度調べてもいい)
 そう考えると、エイクの気持ちは弾んだ。

 エイクは、新しい知識を得る事に喜びを感じている自分を意識していた。
 かつては剣の鍛錬だけにかまけて勉学を怠っていた事を考えると、随分と変わったものだった。

 そして知識を得る事は、確かに彼に勝ち残る為の強さを与えてくれていた。
 彼が自分が学んでいた知識に救われたことは、一度や二度ではない。
(強くなる為には知識も必要だと教えてもらったおかげだ)
 エイクはそのことを懐かしく思っていた。
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