剣魔神の記

ギルマン

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第3章

63.盗賊ギルドの行動

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 9月18日も深夜を回った頃、盗賊ギルド“黒翼鳥”のギルド長であるドロシーは部下から報告を受けていた。
 その内容は芳しいものではない。

「すみません。1人逃げられました……」
 ドロシーは眉をよせてしかめ面を作りながら、確認の為に尋ね返した。
「逃がしたんじゃあなくて、逃げられたんだね」

「そ、そうです」
「3倍からの人数集めてその様かい。
 で、こっちの被害は?」
「死人はいませんが10人が重傷です。他の4人も軽傷を負っています」
「はぁ!?そりゃあ、追跡役まで一緒になって戦ったってことかい?」
「そうです」
「そこまでして、1人逃がしたのかい。
 死人が出なかったのは結構だが、我事ながら情けないったらないね」

 ドロシーはそう告げて嘆息した。
 今回“黒翼鳥”もゴルブロ一味の一部に対して襲撃を仕掛けたのだが、思うような結果を出せなかったのだ。
 そして“黒翼鳥”が、襲撃を仕掛けたのはエイクとの関係を慮ったからだった。

 エイクが王都を留守にしているうちに、ゴルブロとその配下と名乗る者達が王都に入り込み、エイクの悪口を吹聴するという事態を受け、ドロシーも自分が偽情報を掴まされ、それをエイクに伝えてしまっていたことを悟った。
 そしてその偽情報を信じたが故に、エイクに良くないことが起こったのだろうということも推測された。

 エイクが王都に帰還したとの情報を得ると、ドロシーも早速エイクの下に使者を送り、偽情報を伝えてしまったことについての謝罪の意思を伝えた。
 だがエイクからは、意図的に自分を騙したのではないかとの疑念が述べられ、そうでないというならば今後の行動でその事を証明しろ、との要求があったのだ。
 そのエイクの言葉を伝えた使者は、エイクの気迫に中てられたようで、怯えきってガタガタと震えていた。

 もっとも、実のところエイクは、“黒翼鳥”やドロシーが裏切っている可能性も低いと思っていた。
 “黒翼鳥”を味方につけても、ゴルブロはともかくレイダーには何の旨みもないからだ。

 レイダーからしてみれば、せっかくゴルブロという強者を遠方から招き入れたのに、“黒翼鳥”まで味方に引き込んで共存してゆくのでは得る物が少なすぎる。
 “黒翼鳥”が完全にレイダーの軍門に下りその配下になるというならば、意味があるだろうが、ドロシーがそんな決断を容易く行うとも思えない。

 そして、ゴルブロの立場でもレイダーの立場でも、何も“黒翼鳥”を味方につけたりせずとも、上手く偽情報さえ掴ませればそれで事は足りるのだから、それ以上の工作をするとは思えない。
 エイクはそう考えていた。
 要するに、一騎打ちのときのゴルブロの言葉は、エイクを動揺させるためのはったりに過ぎなかったのだろうと思っていたのだ。

 だが、これは確証があることではない。
 実際“黒翼鳥”がどのように動くか確認したいと思っていたエイクは、その事をそのまま伝えたのだった。

 このエイク言動を受けて、自分達も直接動かざるを得ない考えたドロシーは、早速荒事が得意なメンバーを集めた。また、深い関係を築いている冒険者パーティにも速やかに声をかけた。
 そうやって、それらの者を戦闘部隊としていつでも動けるように準備しておき、最大限の注意を払ってゴルブロ一味の動向や情勢の動きを探った。

 そして、ゴルブロ一味がいきなり賞金首にされたという情報を得ると、これこそエイクの策であろうと考え、これに乗じて自分達でも直接ゴルブロ一味の一部に攻撃を仕掛ける事にしたのだ。

 ドロシーはこのエイクの策を上手い手だと思った。
 社会の裏側に潜んで闇から攻撃してくるからこそ恐ろしい盗賊を、表の世界の戦いで叩き潰せるからだ。

 例えば普通なら、大物の盗賊ともなれば、賞金首にされてもどうにかなるだけの手段を用意していることが多い。
 具体的には、利益の供与や脅迫のネタを掴むことで、秘かに有力者を味方につける。
 下手に手出しすると家族や友人知人に恐るべき被害が及ぶと多くの者に認識させて、手を出しにくい状況にする。
 偽りの身分を複数用意する。
 街中で暮らす事を諦め、街の外に根拠地を持って、必要に応じて街に侵入することにする。
 といった方法が考えられる。

 そういった手を打った上で、相手の弱みを狙ったり隙を付いたりして闇から攻める。
 それが本来の盗賊の戦い方だ。

 ところが、これほど早くに賞金首になるとは思っていなかったゴルブロ一味は、そのような手を何も講じていない。
 それどころか、自分達はまだ犯罪者扱いされないと信じて、社会の裏側に身を潜めるどころか、逆にあえて目立つように声高にエイクの悪口を言い立てていた。
 これでは狩って下さいと言っているようなものだ。

 ドロシーもこの状況なら自分達にも有効な攻撃が出来ると考え、4人で行動していたゴルブロ一味の者達を、準備していた戦闘部隊12人で襲撃させた。
 更にゴルブロ一味の内の1人を意図的に逃がして、後をつけて隠れ家を探しあてようと考え、追跡役を2人用意してもいた。

 ところが、3倍の人数でも勝てずに追跡役まで参戦する事になり、それでもなお1人に逃げられてしまったのである。
 狙った相手は、ゴルブロ一味の中では下っ端といえるような者達だったにも関わらず、このような結果になってしまったのだ。

 ドロシーは暗澹たる思いで状況を分析した。
(たかが下っ端相手にこんな様じゃあ、あたしら単独でゴルブロ一味と戦ったら1日と持たないね。
 あたしらだけじゃあない。仮に他の盗賊ギルドも合わせて束になっても全く敵わない。
 これほど差があるんじゃあ、裏切ってゴルブロにつく奴らも続出するだろうし、冗談じゃあなく、2・3日でこの街の裏社会は丸ごと連中のものになっちまう。
 こうなると、いよいよエイクの奴に期待するしかないね)

 そう考えるドロシーだったが、不安を感じずにはいられなかった。
(しかし、今回のエイクの策、最初はいい手だと思ったけど、もし今日一日で勝負を決められなかったら拙い事になるんじゃあないかね?
 エイクは分かってるんだろうね?
 獣って奴は、半端に手負いにしちまった時が一番危険だってことを)
 と、そんな風にも考えてしまっていたからだ。

 しかし、武力という面に関しては“黒翼鳥”では、ゴルブロ一味に全く敵わない事が明らかになってしまった今、ドロシーに出来ることは、エイクを側面から援護する事だけである。
 それで果たしてエイクがゴルブロに勝てるのだろうか、ドロシーはそんな不安を拭い去る事がどうしても出来なかったのだった。
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