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第3章
48.迷宮都市
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エイクとミカゲの間に、多少のいざこざはあったものの、馬車はその日の内に無事にサルゴサの街に到着した。
時刻は夜になっていたが、街にはまだ活気が満ちていた。
サルゴサの街は、王都から北に向かい北方都市連合領へ続く街道から、やや西にそれた場所にある。
ヤルミオンの森にも程近く、魔石などの迷宮からの産出物に依存して成立している都市だ。
必然的に、迷宮に潜って産出物を持ち帰る冒険者の存在は極めて重要であり、時には夜通し騒ぐ事もある冒険者を相手にするために、夜まで営業している店も多いのだ。
ヘラルドはエイクをベルヤミン商会が手配していた宿に案内した。
ちなみに、ミカゲと別の宿であり、エイクはその事を幸いだと考えていた。
宿に着いたところで、ヘラルドから明日の出発時間等が伝えられ、更に念を押すように注意事項が告げられた。
「今お伝えした通り、明日は早くからの出発になりますので、そのつもりでお願いします。
それから、街を出歩くな、などとは申しませんが、騒動を起こさないようにくれぐれも気をつけてください。
この街には気が立っている冒険者が多いですから」
「分かっています」
エイクはそう答えた。
実際エイクもくだらない騒動に巻き込まれる気などはなかった。
サルゴサの街に気が立っている冒険者が多いというのは間違いない事実だ。
その原因は、この街の迷宮の管理方法にあるといえる。
サルゴサの街の迷宮は王国政府が管理しているのだが、迷宮の規模はアストゥーリア王国全体でも有数のもので、その敷地は広大で、出入り口も幾つもあり、出入りする冒険者を完全に管理することは出来ていない。
つまり、迷宮に入った冒険者全員に魔石等の獲得物を申告させ、その一部を供出させて政府の利益にするというやり方が出来ないのだ。
この為政府は、入場料金を定め定期的に納めた冒険者に入場許可証を与え、その代わり迷宮内で得た物は全て冒険者たちの所有とするという事にしていた。
そして、全ての冒険者の店と商店に、入場許可証を持たない冒険者から迷宮の産物を買い取ることを禁じた。
このようにして、入場料金により定期収入を得ることにしたのだ。
入場料金は全ての冒険者に対して定額とされ、しかもそれなりの高額に設定されている。この為、場合によっては収支が赤字になってしまうこともある。
赤字に陥ってしまった冒険者達は、平静ではいられないというわけだ。
また、儲けが少ない冒険者は、大儲けをした者に対してより強い敵愾心を持ってしまうし、他の冒険者たちは全てライバルだ、という感覚もかなり強くなってしまう。
更に、“もぐり”の摘発を冒険者に任せていることが、冒険者達をより剣呑な雰囲気にさせてしまっている。
入場料金が比較的高額である為、密売人と結託した上で料金を払わずに迷宮内に入ろうとする者も少なからず現れてしまう。これが“もぐり”と呼ばれる者達である。
王国政府は“もぐり”の摘発も十分にはこなせなかった為、この対策にも冒険者を使う事とした。
迷宮内では入場許可証であるエンブレムを胸元近くの目立つ場所に付けるのが義務とされ、付けずに迷宮に入った者を不法侵入した犯罪者と見なして、捕らえれば報奨金を出すことにしたのだ。
この結果、必然的に迷宮内で正規の探索者と“もぐり”の戦闘が起こることになり、時には抵抗した“もぐり”によって正規の探索者が殺されてしまうことも生じた。
そしてこのことは、“もぐり”による返り討ちに見せかけて冒険者を殺すという事件をも誘発させていた。
実際、迷宮内で武器によって殺され身包み剥がされた冒険者の遺体が見つかっても、“もぐり”による犯行なのか、正規の探索者による犯行なのか簡単には分からない。
このため、金に困った冒険者が他の冒険者を襲って殺し、“もぐり”の犯行に見せかけて、身包み剥いでしまうという事件が発生してしまう事があるのだ。
そんなことが頻発して迷宮内が無法地帯のようになってしまうと、迷宮にもぐる冒険者が激減し、サルゴサの街全体が衰退してしまう。
それを避けるために、サルゴサの街にある全ての冒険者の店と主だった商会が連携して、非道な冒険者の取締りと、“もぐり”や密売人の摘発を熱心に行うようになった。この結果、現在はある程度の治安は守られている。
しかし、それでも迷宮内で冒険者が不審な死を迎える事は稀に起こっている。
そのような環境で冒険をしている為、サルゴサの冒険者達は基本的には警戒心が強く、他の冒険者達に余り気を許さない。
そんな事もあって、サルゴサの街においては冒険者同士のいざこざはかなり頻繁に起こってしまうのである。
エイクもそのような事情を承知していた。
しかし、それでもエイクはざっとサルゴサの街を見て回る事にした。
せっかくサルゴサに来たのだから見聞を広めたいと思ったからだ。
今までの人生のほぼ全てを強くなる為に費やしてきたエイクは、王都から比較的近いサルゴサの街にすら一度も訪れたことがなかったのである。
(出来れば武器屋を見てみたかったが、さすがに夜にやっている店は無いようだな)
サルゴサの街を歩きながらエイクはそんな事を考えていた。
サルゴサの街では、時折準魔剣ともいえる武器が出回る事があると聞いていたからだ。
それは、数十年以上という長期間迷宮内に放置され、迷宮に影響されて質を変化させた武器の事である。
迷宮内には魔物や魔石などを発生させる術がかけられており、この術はただの金属にも微弱な影響を与える。長期間継続してその影響を受けた金属は、武器として加工するのにより適した物へとその質を変化させる。
そのような金属は硬鉄鋼、硬化銀などと称され、良質の武器の原料となる。
例えば、エイクが持つクレイモアにも硬鉄鋼が使われている。
そういった良質の金属を得る為に、迷宮内の所定の場所には意図的に金属塊が保管されている。そうやって変質させた金属も迷宮の産物の一つなのだ。
とはいっても迷宮内に保管される期間は数年程度である。それ以上は質の変化も緩やかになり効率が著しく悪くなるからだ。
だが、そんな採算性を度外視して、長期間迷宮の影響を受け続けた武器が見つかることもある。
一般的な冒険者が簡単には立ち入れないような、迷宮の奥で息絶えた冒険者が手にしていた武器が、意図せずに数十年以上も放置された場合などである。
そのような武器は準魔剣と呼ばれるほどの性能を有する事があり、稀に見つかると希少な品として扱われるのだ。
エイクもそんな武器を欲していたのだが、少なくとも今日はそんな武器を探す事は出来なかった。
それを残念に思いながら、しばらくサルゴサの街を見て回ったエイクだったが、幸いな事に大したトラブルには巻き込まれずに宿に戻り、翌日を迎える事となった。
時刻は夜になっていたが、街にはまだ活気が満ちていた。
サルゴサの街は、王都から北に向かい北方都市連合領へ続く街道から、やや西にそれた場所にある。
ヤルミオンの森にも程近く、魔石などの迷宮からの産出物に依存して成立している都市だ。
必然的に、迷宮に潜って産出物を持ち帰る冒険者の存在は極めて重要であり、時には夜通し騒ぐ事もある冒険者を相手にするために、夜まで営業している店も多いのだ。
ヘラルドはエイクをベルヤミン商会が手配していた宿に案内した。
ちなみに、ミカゲと別の宿であり、エイクはその事を幸いだと考えていた。
宿に着いたところで、ヘラルドから明日の出発時間等が伝えられ、更に念を押すように注意事項が告げられた。
「今お伝えした通り、明日は早くからの出発になりますので、そのつもりでお願いします。
それから、街を出歩くな、などとは申しませんが、騒動を起こさないようにくれぐれも気をつけてください。
この街には気が立っている冒険者が多いですから」
「分かっています」
エイクはそう答えた。
実際エイクもくだらない騒動に巻き込まれる気などはなかった。
サルゴサの街に気が立っている冒険者が多いというのは間違いない事実だ。
その原因は、この街の迷宮の管理方法にあるといえる。
サルゴサの街の迷宮は王国政府が管理しているのだが、迷宮の規模はアストゥーリア王国全体でも有数のもので、その敷地は広大で、出入り口も幾つもあり、出入りする冒険者を完全に管理することは出来ていない。
つまり、迷宮に入った冒険者全員に魔石等の獲得物を申告させ、その一部を供出させて政府の利益にするというやり方が出来ないのだ。
この為政府は、入場料金を定め定期的に納めた冒険者に入場許可証を与え、その代わり迷宮内で得た物は全て冒険者たちの所有とするという事にしていた。
そして、全ての冒険者の店と商店に、入場許可証を持たない冒険者から迷宮の産物を買い取ることを禁じた。
このようにして、入場料金により定期収入を得ることにしたのだ。
入場料金は全ての冒険者に対して定額とされ、しかもそれなりの高額に設定されている。この為、場合によっては収支が赤字になってしまうこともある。
赤字に陥ってしまった冒険者達は、平静ではいられないというわけだ。
また、儲けが少ない冒険者は、大儲けをした者に対してより強い敵愾心を持ってしまうし、他の冒険者たちは全てライバルだ、という感覚もかなり強くなってしまう。
更に、“もぐり”の摘発を冒険者に任せていることが、冒険者達をより剣呑な雰囲気にさせてしまっている。
入場料金が比較的高額である為、密売人と結託した上で料金を払わずに迷宮内に入ろうとする者も少なからず現れてしまう。これが“もぐり”と呼ばれる者達である。
王国政府は“もぐり”の摘発も十分にはこなせなかった為、この対策にも冒険者を使う事とした。
迷宮内では入場許可証であるエンブレムを胸元近くの目立つ場所に付けるのが義務とされ、付けずに迷宮に入った者を不法侵入した犯罪者と見なして、捕らえれば報奨金を出すことにしたのだ。
この結果、必然的に迷宮内で正規の探索者と“もぐり”の戦闘が起こることになり、時には抵抗した“もぐり”によって正規の探索者が殺されてしまうことも生じた。
そしてこのことは、“もぐり”による返り討ちに見せかけて冒険者を殺すという事件をも誘発させていた。
実際、迷宮内で武器によって殺され身包み剥がされた冒険者の遺体が見つかっても、“もぐり”による犯行なのか、正規の探索者による犯行なのか簡単には分からない。
このため、金に困った冒険者が他の冒険者を襲って殺し、“もぐり”の犯行に見せかけて、身包み剥いでしまうという事件が発生してしまう事があるのだ。
そんなことが頻発して迷宮内が無法地帯のようになってしまうと、迷宮にもぐる冒険者が激減し、サルゴサの街全体が衰退してしまう。
それを避けるために、サルゴサの街にある全ての冒険者の店と主だった商会が連携して、非道な冒険者の取締りと、“もぐり”や密売人の摘発を熱心に行うようになった。この結果、現在はある程度の治安は守られている。
しかし、それでも迷宮内で冒険者が不審な死を迎える事は稀に起こっている。
そのような環境で冒険をしている為、サルゴサの冒険者達は基本的には警戒心が強く、他の冒険者達に余り気を許さない。
そんな事もあって、サルゴサの街においては冒険者同士のいざこざはかなり頻繁に起こってしまうのである。
エイクもそのような事情を承知していた。
しかし、それでもエイクはざっとサルゴサの街を見て回る事にした。
せっかくサルゴサに来たのだから見聞を広めたいと思ったからだ。
今までの人生のほぼ全てを強くなる為に費やしてきたエイクは、王都から比較的近いサルゴサの街にすら一度も訪れたことがなかったのである。
(出来れば武器屋を見てみたかったが、さすがに夜にやっている店は無いようだな)
サルゴサの街を歩きながらエイクはそんな事を考えていた。
サルゴサの街では、時折準魔剣ともいえる武器が出回る事があると聞いていたからだ。
それは、数十年以上という長期間迷宮内に放置され、迷宮に影響されて質を変化させた武器の事である。
迷宮内には魔物や魔石などを発生させる術がかけられており、この術はただの金属にも微弱な影響を与える。長期間継続してその影響を受けた金属は、武器として加工するのにより適した物へとその質を変化させる。
そのような金属は硬鉄鋼、硬化銀などと称され、良質の武器の原料となる。
例えば、エイクが持つクレイモアにも硬鉄鋼が使われている。
そういった良質の金属を得る為に、迷宮内の所定の場所には意図的に金属塊が保管されている。そうやって変質させた金属も迷宮の産物の一つなのだ。
とはいっても迷宮内に保管される期間は数年程度である。それ以上は質の変化も緩やかになり効率が著しく悪くなるからだ。
だが、そんな採算性を度外視して、長期間迷宮の影響を受け続けた武器が見つかることもある。
一般的な冒険者が簡単には立ち入れないような、迷宮の奥で息絶えた冒険者が手にしていた武器が、意図せずに数十年以上も放置された場合などである。
そのような武器は準魔剣と呼ばれるほどの性能を有する事があり、稀に見つかると希少な品として扱われるのだ。
エイクもそんな武器を欲していたのだが、少なくとも今日はそんな武器を探す事は出来なかった。
それを残念に思いながら、しばらくサルゴサの街を見て回ったエイクだったが、幸いな事に大したトラブルには巻き込まれずに宿に戻り、翌日を迎える事となった。
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