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第3章
43.女妖
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実際、悠久の時を生きる者たちが、担い手の社会に暇つぶしの為に介入してくるという事は歴史上何度か起こっている。
特に、自らを担い手達よりも上位の存在とみなし、担い手達は遊び道具であるなどと公言する上位の吸血鬼の中には、そのような行いをする者が多い。
事実、そのような者の存在に気がついた、超一流の冒険者や英雄・勇者などと讃えられるほどの偉人などが、それらの者を撃退したり討ち取ったりしたという事件が歴史上何度か起こっている。
そして、死を超越した者達の中には、当然ながら女の姿をする者達もいる。
例えば、吸血鬼には女の個体もいるし、他にもサキュバス、スキュラ、アラクネ、ゴルゴーンなどの名を上げることが出来る。
サキュバスは上位の存在と位置づけられる妖魔で、女しか存在しない種族だ。
蝙蝠のような羽と細長い尻尾が生えた美しい女の姿をしている。
そして、例外なく人間の姿をとることが可能で、他者の精気を吸って若さを保つことが出来るため、実質的に不老不死だ。
スキュラ・アラクネ・ゴルゴーンはいずれも古代魔法帝国が作成した女の姿をした魔獣の一種で、基本的に老いることがない。
スキュラは下半身が多数の触手、アラクネは同じく下半身が巨大な蜘蛛になっている。ゴルゴーンは髪が無数の蛇になっており石化能力を持つ魔物だ。
どの魔物も、一般的にはそれほど極端に強くはない。中級クラスでも上位に位置する冒険者なら十分に対処できる。
しかし、古代魔法帝国の女魔術師の中には、自らの体をそんな魔獣につくり変えてしまった者達が存在する。
肉体的な強さをも求めたのか、それとも老いるよりも魔物になることを選んだのか、その理由は定かではないが、いずれにしてもそのような者達は、必然的に強大な古語魔法の使い手でもあり、ほぼ確実に人の姿に化ける事が可能である。
そのような者達が“呑み干すもの”の周辺で、暇つぶしの遊戯に耽っていた可能性は否定できない。
しばし考え込むエイクに、セレナが声をかけた。
「今のはあくまでも私の想像よ。もっと言えば、グロチウスやテオドリック達の周りに居たのが同一人物だというのも私の推測に過ぎない。
確実にいえるのは、グロチウスに特殊な魔道具やフロアイミテーターの存在を教えた謎の女がいたということだけ。
でも、最悪の可能性は考えておくべきだと思うわ。
もしも私の想像が正しければ、その女はボスに対して何らかの行動をとる可能性があるわ。
自分の遊び道具を壊されてボスに敵意を抱くかも知れないし、或いは興味を持つかも知れないから」
「そうだな。注意はしておくべきだろう」
エイクはそう答えた。実際セレナの意見を軽視する事は出来ないと思っていた。
彼女の見解には客観的にその正しさを証明するだけの確実な根拠は示されていない。だからこそ彼女自身「想像」と言っている。
だがセレナは斥候として優れた能力を持っているように思われる。
一芸に秀でた者は、第三者に対して客観的に説明するのは難しい微妙なニュアンスや雰囲気を感じ取って、真実を見出す事もある。いわゆる「勘が働いた」と表現される事象である。
もちろん、ただの思い込みに過ぎない場合もある為、「勘」を過剰に重視するべきではない。だがエイクはセレナの勘を軽視すべきでもないと思っていた。
そして、だからこそ、煩わしいと思わずにはいられなかった。
今のこの状況で、更に厄介な介入者が現れるなど面倒以外の何ものでもない。そう思ったのだ。
(だが、最悪なのはそんな存在が実在した上で、全く予期せぬ状況で介入される事だ。
そんな可能性があることを知って、心構えをしておけるだけでも大分違う。いい情報を教えてもらったと考えるべきだろう)
エイクはそうも考えて、セレナに感謝の言葉を告げた。
「貴重な意見だったと思う。助かった。今後もよろしく頼む」
そして、続けて確認した。
「それで、その女の容姿というのはどんなものなんだ?」
セレナの推測が正しく、その女が容姿を変えずに行動しているなら、当然ながらその姿形を知っておく必要がある。
まあ、本当に自ら課したルールなら、既に変更している可能性も大いにあるが、“呑み干すもの”の周辺に居た頃の容姿を知っておくにこした事はないだろう。
セレナはほんの少しだけ間をおいてから答えた。
「色白で、髪は長い黒髪。紫っぽい色の瞳。年のころは20歳くらい。要するに、見た目は私に似ていたらしいわ」
「……なるほど」
エイクはそう短く答えたが、何となく察する事があった。
要するにセレナを犯した男達は、そのセレナと似たような容姿の女を過去に抱いた事を思い出して、その時の事をぺらぺらとしゃべったのだろう。
更にセレナが続ける。
「ちなみに、その女の話をした者たちは、全員が全員ともその女の方が私よりも“いい女”だった。と言っていたから、その女を見出す参考になるのではないかしら」
セレナは特別な感情を表に出すこともなく、淡々と告げた。
「……」
エイクは不用意な言葉を発することを避け沈黙した。
自分を犯した男達が、自分よりも“いい女”について語るというその状況でセレナがどんな感情を持ったか、エイクには推し量る事も出来ないが、少なくとも愉快なものではなかっただろう。
愚かな返答をすれば、セレナを怒らせたり傷つけたりするかも知れないと思ったのだ。
そして、その話は案外重要な情報かも知れないとも考えていた。
(セレナは相当の美人だ。女の好みは人それぞれだろうが、だからこそ、そいつら全員が揃ってセレナより上だと思う女をものにしていたというのは不自然だ。
その女に何らかの精神に働きかける術をかけられていた可能性がある)
そう思ったのだ。
その可能性は、セレナの推測や想像を補強するものだといえた。
いずれにしてもエイクは、この話に直接言葉を返す事はせずに結論だけを告げた。
「とりあえず、今重視するのはやはりレイダーの動向だ。ゴルブロが来た時に効果的に迎え撃つ為にも、今はそれを中心に探ってくれ」
「ええ分かったわ」
セレナはそう答える。
その後、ロアンも交えての若干の打ち合わせや相談を経てから、エイクはこの日のセレナとの話し合いを終えたのだった。
特に、自らを担い手達よりも上位の存在とみなし、担い手達は遊び道具であるなどと公言する上位の吸血鬼の中には、そのような行いをする者が多い。
事実、そのような者の存在に気がついた、超一流の冒険者や英雄・勇者などと讃えられるほどの偉人などが、それらの者を撃退したり討ち取ったりしたという事件が歴史上何度か起こっている。
そして、死を超越した者達の中には、当然ながら女の姿をする者達もいる。
例えば、吸血鬼には女の個体もいるし、他にもサキュバス、スキュラ、アラクネ、ゴルゴーンなどの名を上げることが出来る。
サキュバスは上位の存在と位置づけられる妖魔で、女しか存在しない種族だ。
蝙蝠のような羽と細長い尻尾が生えた美しい女の姿をしている。
そして、例外なく人間の姿をとることが可能で、他者の精気を吸って若さを保つことが出来るため、実質的に不老不死だ。
スキュラ・アラクネ・ゴルゴーンはいずれも古代魔法帝国が作成した女の姿をした魔獣の一種で、基本的に老いることがない。
スキュラは下半身が多数の触手、アラクネは同じく下半身が巨大な蜘蛛になっている。ゴルゴーンは髪が無数の蛇になっており石化能力を持つ魔物だ。
どの魔物も、一般的にはそれほど極端に強くはない。中級クラスでも上位に位置する冒険者なら十分に対処できる。
しかし、古代魔法帝国の女魔術師の中には、自らの体をそんな魔獣につくり変えてしまった者達が存在する。
肉体的な強さをも求めたのか、それとも老いるよりも魔物になることを選んだのか、その理由は定かではないが、いずれにしてもそのような者達は、必然的に強大な古語魔法の使い手でもあり、ほぼ確実に人の姿に化ける事が可能である。
そのような者達が“呑み干すもの”の周辺で、暇つぶしの遊戯に耽っていた可能性は否定できない。
しばし考え込むエイクに、セレナが声をかけた。
「今のはあくまでも私の想像よ。もっと言えば、グロチウスやテオドリック達の周りに居たのが同一人物だというのも私の推測に過ぎない。
確実にいえるのは、グロチウスに特殊な魔道具やフロアイミテーターの存在を教えた謎の女がいたということだけ。
でも、最悪の可能性は考えておくべきだと思うわ。
もしも私の想像が正しければ、その女はボスに対して何らかの行動をとる可能性があるわ。
自分の遊び道具を壊されてボスに敵意を抱くかも知れないし、或いは興味を持つかも知れないから」
「そうだな。注意はしておくべきだろう」
エイクはそう答えた。実際セレナの意見を軽視する事は出来ないと思っていた。
彼女の見解には客観的にその正しさを証明するだけの確実な根拠は示されていない。だからこそ彼女自身「想像」と言っている。
だがセレナは斥候として優れた能力を持っているように思われる。
一芸に秀でた者は、第三者に対して客観的に説明するのは難しい微妙なニュアンスや雰囲気を感じ取って、真実を見出す事もある。いわゆる「勘が働いた」と表現される事象である。
もちろん、ただの思い込みに過ぎない場合もある為、「勘」を過剰に重視するべきではない。だがエイクはセレナの勘を軽視すべきでもないと思っていた。
そして、だからこそ、煩わしいと思わずにはいられなかった。
今のこの状況で、更に厄介な介入者が現れるなど面倒以外の何ものでもない。そう思ったのだ。
(だが、最悪なのはそんな存在が実在した上で、全く予期せぬ状況で介入される事だ。
そんな可能性があることを知って、心構えをしておけるだけでも大分違う。いい情報を教えてもらったと考えるべきだろう)
エイクはそうも考えて、セレナに感謝の言葉を告げた。
「貴重な意見だったと思う。助かった。今後もよろしく頼む」
そして、続けて確認した。
「それで、その女の容姿というのはどんなものなんだ?」
セレナの推測が正しく、その女が容姿を変えずに行動しているなら、当然ながらその姿形を知っておく必要がある。
まあ、本当に自ら課したルールなら、既に変更している可能性も大いにあるが、“呑み干すもの”の周辺に居た頃の容姿を知っておくにこした事はないだろう。
セレナはほんの少しだけ間をおいてから答えた。
「色白で、髪は長い黒髪。紫っぽい色の瞳。年のころは20歳くらい。要するに、見た目は私に似ていたらしいわ」
「……なるほど」
エイクはそう短く答えたが、何となく察する事があった。
要するにセレナを犯した男達は、そのセレナと似たような容姿の女を過去に抱いた事を思い出して、その時の事をぺらぺらとしゃべったのだろう。
更にセレナが続ける。
「ちなみに、その女の話をした者たちは、全員が全員ともその女の方が私よりも“いい女”だった。と言っていたから、その女を見出す参考になるのではないかしら」
セレナは特別な感情を表に出すこともなく、淡々と告げた。
「……」
エイクは不用意な言葉を発することを避け沈黙した。
自分を犯した男達が、自分よりも“いい女”について語るというその状況でセレナがどんな感情を持ったか、エイクには推し量る事も出来ないが、少なくとも愉快なものではなかっただろう。
愚かな返答をすれば、セレナを怒らせたり傷つけたりするかも知れないと思ったのだ。
そして、その話は案外重要な情報かも知れないとも考えていた。
(セレナは相当の美人だ。女の好みは人それぞれだろうが、だからこそ、そいつら全員が揃ってセレナより上だと思う女をものにしていたというのは不自然だ。
その女に何らかの精神に働きかける術をかけられていた可能性がある)
そう思ったのだ。
その可能性は、セレナの推測や想像を補強するものだといえた。
いずれにしてもエイクは、この話に直接言葉を返す事はせずに結論だけを告げた。
「とりあえず、今重視するのはやはりレイダーの動向だ。ゴルブロが来た時に効果的に迎え撃つ為にも、今はそれを中心に探ってくれ」
「ええ分かったわ」
セレナはそう答える。
その後、ロアンも交えての若干の打ち合わせや相談を経てから、エイクはこの日のセレナとの話し合いを終えたのだった。
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