剣魔神の記

ギルマン

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第3章

42.尋問の結果

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 9月13日。

 先日の内にセレナから連絡を受けていたエイクは、彼女の話を聞くためにロアンの屋敷へと赴いた。
 今日はアルターは連れてきておらず、エイク1人だ。

「グロチウスを直接尋問できたそうだな。直ぐに話しを聞かせてくれ」
 セレナと向き合ったエイクは、そう切り出した。

 その場にはセレナの他に、いつもどおりロアンも同席している。
 そして、セレナが話し始める。
「ええ、伝えておいたとおり、いい伝手ができたから早速使わせてもらったのよ。
 まず、ボスが気にしていた件だけれど、確かに4年前の7月のはじめに、差出人不明の手紙の事でフォルカスから相談を受けたそうよ。
 手紙が届いたのは炎獅子隊の隊舎のフォルカスの自室だと説明を受けていて、書いてあった内容は、妖魔討伐遠征の際にガイゼイクさんを指定したとおりに探索させれば、お前にも都合のいいことが起こる。ということ。
 そして、その手紙の指示に従った。
 その上で、その場所に赴いて何が起こるか確認し、ガイゼイクさんと魔物が戦うのを目撃して、これに介入した」

「そうか……。手紙の出し主については、何か言っていたか?」
「はっきりは分からないけれど、妖魔討伐の日程や探索場所をフォルカスが決めていたことを知らなければ、フォルカスにそんな指示をするはずがないから、炎獅子隊の内部事情に詳しい者、恐らくは軍の上層部の誰かではないかと思っていたみたい。
 はっきり言うと、グロチウスはルファス大臣を疑っていたわ」

(大司教から聞いていた話と同じだな。
 そして、グロチウスがルファス大臣を疑っていたなら、レイダーが俺を誘き出す為の手紙にルファス大臣が黒幕だと書いたのも、その影響と見るべきだろう。
 レイダーが父さんのことについて、何か知っている可能性は低いな)
 そう考えるエイクに、セレナが次の情報を報告した。

「それから、大事な情報が得られたわ。
 私が囚われていた時にレイダー達が私のところに来た事を、グロチウスは知らなかったわ」
「ん?」
 エイクにはその話しの何が大事なのか分からなかった。
 あるいは、セレナ個人にとっては重要なことかも知れないが、わざわざエイクに報告する事とは思えない。

 訝しげな様子を示すエイクに、セレナが説明を続ける。
「私に対してそうだったという事は、他の女達にも同じようにしていた可能性は高いわ。要するに、レイダーはグロチウスに秘密の内に、自分の都合で女達を使っていたのよ」
「そうか!分かった。至急その線で探ってみてくれ」
 エイクはセレナの言わんとすることをようやく理解してそう告げた。
 ロアンも「その件については私もお役に立てると思います」と述べた。

「後は、グロチウスがどうやってボスのオドを奪っていた特殊な魔道具やフロアイミテーターを手に入れたのかも分かったわ。
 ある女にその存在を教えられたからだそうよ。それは15年も前のことで、それが存在していたのはサルゴサの街の迷宮内。
 迷宮内の女に教えられた場所で、その魔道具と卵のような状態になっていたフロアイミテーターを見つけた。
 ちなみにその魔道具はネメト神に縁のあるものだそうで、グロチウスは神器と呼んでいたわ」
「その女というのは何者なんだ?」
「正体は不明。グロチウスはネメトを信仰する同士としか思っていなかったみたいね。
 ただ……」
 セレナはそこで言いよどんだ。

「何かあるなら教えてくれ」
 エイクがそう促すとセレナは話し始めた。
「本当は確実な証拠がない事を口にしたくはないのだけれど、その女はグロチウス以外の“呑み干すもの”のメンバーにも介入していたのではないかと思っているの」
「どうしてそう思うんだ」
「他の連中の口からも、その女と同一人物と思われる者の事が語られていたからよ」
 セレナはそこで一旦話しを切り、一度だけ深い呼吸をしてから、また話し始めた。

「詳しく話すわ。
 知ってのとおり、私は連中に捕らえられて、“呑み干すもの”の主要メンバーの何人もに酷い目にあわされたわ。
 そういうことをした後に口が軽くなるというのは本当なのね。連中はその時にいろいろしゃべっていたのよ。
 といっても、もちろん重要な内容ではないわ。ほとんどは、前にあんな女を抱いたとか、こんな女を犯したとか、そういった話ね。

 そんな話の中で、何人かの口から同じ容姿の女の事が語られていた。
 ところが、彼らはその女の容姿についてはほとんど同じように語っているのに、各々が語る相手が同一人物かも知れないとはまったく考えていなかった。
 なぜなら、それぞれが語る女の性格や境遇がまったく違っていたから。

 例えば、テオドリックは、親の仇といって切りかかって来た女剣士を返り討ちにして、散々に犯したと言っていた。
 ジャックは、純朴な町娘を騙して全てを奪ってやったと言っていた。
 他もそんな感じ。それぞれの人間がその女と会った状況や女の性格は全然違う。
 ところが、容姿については皆がほとんど同じ形容をしている。
 傍から聞くと、それは同じ1人の女がいくつもの役を演じているように思えるの。

 しかも、その女との出会いは、彼らにとって重要な意味を持つものになっていた。
 テオドリックはその捕らえた女を、裏で訳ありの女を買い取っているという話を聞いたばかりだった娼館に売り渡した。その娼館が“精霊の泉”で、それがテオドリックと“呑み干すもの”が関わるようになるきっかけだった。
 ジャックの場合は、その女から何もかも奪い取った時に、初めてネメトの神聖魔法が使えるようになったと言っていたわ。

 でもおかしいの。ロアンさんに確認したのだけれど、テオドリックがその娘を捕らえたという時期には、“精霊の泉”はもちろん、“呑み干すもの”も、訳あり女を買い取るなんてことはしていなかった。当然そんな話が世間に出回っていたはずはない。
 そもそも、ずっと裏に隠れていた“呑み干すもの”と、突然“精霊の泉”を訪れた冒険者がいきなり接触できたなんて不自然すぎる。
 ジャックが言っていた町娘もその実在は確認できなかったわ」

 ロアンが補足説明を行った。
「女性の買い取り云々という話については間違いありません。
 私は自分が携わった娘達の事は全て記憶していますが、そんな女性が連れ込まれた事を私は把握していません。
 それに、“呑み干すもの”の関係者が店の表に出て来る事なんて一度もありませんでした。
 もしも、テオドリックがそんな出来事を切っ掛けに“呑み干すもの”と関りを持ち始めたというのが事実なら、それはまず間違いなく仕組まれた出会いです」

 セレナが話を続ける。
「他にも“呑み干すもの”の幹部の何人かは、その同じ容姿をした女との関わりを切っ掛けに、グロチウスと知り合っていた。
 そして、グロチウス本人に魔道具やフロアイミテーターの情報を与えた女も、同じ容姿をしていた」

「その女が“呑み干すもの”を操っていたということのか?」
「操っていた、というのは違うと思うわ。
 彼らがその女と会ったのは一度きりで、いちいち行動を指示されていたわけではない。
 ただその女は、グロチウスに貴重な魔道具や魔物を手に入れさせ、何人かの人間をグロチウスに接触させただけ。
 後は、多分成り行きを見て楽しんでいたのではないかと思うの。実際、ここ数年はその女らしき者を見た者はいなかったみたい。
 当然、男達は操られていたとは思っていないし、事実操られるというほどの直接的な影響は受けていない。
 だから、男達をいくら尋問しても、その女の情報は出てこない」

「そんな事をする目的は?何か意見があれば教えてくれ」
「これは完全な私の想像なのだけれど、人ならざる者の暇つぶしなのではないかと思うわ。
 もしも何らかの合理的な目的があって行っていたなら、わざわざ同じ容姿で活動するとは思えない。そんな事をすれば当然ばれる可能性は上がるのだから。
 少なくとも髪を染めるとか、多少なりとも見た目を変えることくらいはするべきだわ。
 それなのにそういうことを全くしていないのは、それを自らに課したルールとして一種の遊戯のような感覚で行動していたのではないかと思うの。

 魔物に中には、そんな風に担い手の社会に介入してくる者もいるのでしょう?
 特に寿命を持たない存在の中には、そういうことをする者も多いと聞くわ。
 その同じ姿の女は、少なくとも10年間は“呑み干すもの”の近くで活動していたはずだけれど、その間容姿を全く変えていない。
 まあ、10年間全く老けない女もいるかも知れないけれど、実際に老いる事がない存在である可能性も考えられるのではないかしら。
 結局はそれが同一人物だという私の推測が正しければ、という仮定の話に過ぎないのだけれど」

(ありえる話だ。何しろ悠久の時を生きる者にとっては、暇つぶしのネタは貴重らしいからな)
 フィントリッドが語ったそんな言葉を思い出し、エイクはそう考えた。
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