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第3章
16.大精霊使いの真意
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―――預言者。
それは信者に対して擬似的な神託を下す事ができる最上位の神聖術師の事である。
擬似神託の内容は己の意思で決める事ができるが、預言者が信じる神の意に反する事はなく、その存在は神意の地上代行者とみなされる。
無論頻繁に現れる者ではない。数百年に1人現れるかどうかといわれるほど稀な存在だ。
そして預言者が現れた信仰は、多くの場合隆盛を極める事になる。
「そうだ。更に言えば、預言者による擬似神託だとしても、それでもなお多すぎる。おそらく魔法装置を併用しているのだと思う。
古代魔法帝国時代に、擬似神託を効率的に下せる魔法装置が開発されていたのだ。それを開発したのは、デーモン召喚の術式を開発したのと同じ魔術師達だ。そ奴らはダグダロア信者でもあり、当時もダグダロアの預言者が出現していたのだといわれている。
要するに私は、この妖魔たちを操っている者はダグダロアの預言者であり、同時に相当優れた魔術師であるか、或いはそんな魔術師を配下にしているか、少なくとも協力関係を築いているのだろうと考えている。
今こちらから伝えられる事はこれくらいかな」
フィントリッドが想定している妖魔を操る者の正体は、エイクが父の仇として想像する者の姿と重なる部分が多かった。
エイクはフィントリッドと協力関係を築く事はやはり有意義だと感じた。そして、自分からも情報を提供する事にした。
「こちらからも今分かっているだけのことを伝えよう。
俺は先月トロールに率いられた妖魔の群れを倒した。連中はある辺境の村を狙っていた」
そう言ってエイクは、チムル村周辺で戦ったドルムドらのことについて詳しく語った。
エイクの話を聞きフィントリッドが感想を述べた。
「なるほど。軍隊のように鍛えられた妖魔というなら、恐らくユアン半島の魔王の配下だろう。そして、その動きを見る限り狙いはアストゥーリア王国のように思える。だが、ユアン半島の魔王が配下に下した命は拠点を作って待機しろ。というものだから、拠点にするためにその村を狙ったと言えなくもない。まだ結論は出せないな。
だが、有益な情報だ。早速対価を支払いたい。
まずは、テティスのことを今後好きに使ってもらって構わない。本人も納得しているようだしな」
フィントリッドの言葉を受け、テティスが頷いた。
エイクがそれに答える。
「なるほど、それで俺がダグダロア信者について調べる間に、テティスは俺について調べるという事になるのかな」
「……なぜそんなふうに思うのかな?」
フィントリッドは一瞬だけ間をおいてそう問い返す。
「さっき自分で言っただろう、悠久の時を生きる者には暇つぶしのネタになるような興味を持てる存在は貴重だ、と。
ダグダロア信者の調査に関しては部下任せだったのに、俺との会見には直ぐに自分自身で現れた。それは俺に興味を持っているからだ。その俺に部下を付けるのは俺について調べたいから。違うか?」
「……どうやらそなたの事を侮りすぎていたようだ。
そのとおりだ。確かに私はそなたに興味を持ってここまで来た。
そなたは何か秘密を隠しているな?」
「もちろん俺にも秘密くらいはある。だが当然教えるつもりはない。それはあなたも同じだろう?」
「そうだな。私も自分に関することを全て語ったわけではない。
それでどうするね。自分の事を探ろうとする者とは付き合えないかな」
「いいや、その程度の事は気にしない。お互い承知の上でつき合わせてもらえればと思っている」
それはエイクの本心だった。
この強大な力を持つ魔法使いに一度興味をもたれてしまった以上、興味を持つなと言っても聞き入れられる訳がない。結局は何らかの形で探りを入れられるだろう。
それくらいなら、互いにそれを承知の上で付き合った方がいい。実際、フィントリッドから得られる情報には価値があるものもあるはずだ。
エイクはそう判断していた。
「それは重畳。ではそれを理解した上でテティスを身近においてももらえるということでよいのかな」
「ああ」
「ならばそれはお願いしよう。先に言ったとおり好きなように使ってもらって構わない。
だが、少なくとも心身に癒せぬ傷を負わせることは止めてもらおう。
それから本人の意向もある程度は聞いてやって欲しい。これでも私のかわいい部下なのでね」
「承知した」
「それと念のため言っておくが、私がダグダロア信者に関する情報を求めているのも紛れもない事実だ。そして、情報を得るためにそなたに期待してることも。
私にとっても、ダグダロアの預言者で強力な古語魔法も扱い、多数の妖魔を操り、少なくとも一人の強力な魔王と連携しているなどという存在は、侮ってよい相手ではない。
私が自ら調査にあたっていないのは、我が身の安全を重視したからでもある。
そのような者が近くにいるなら、その存在について調査することは重要だ。
だが、私は担い手たちの社会において情報収集する手段を余り持っていない。更に数少ないその手段のほとんどを、既に北方都市連合に差し向けてしまっている。
今の私はアストゥーリア王国内における協力者を必要としている。
だから、私に情報を回すことも怠らないでくれ。
当然ながら、私もそなたの秘密に興味があるからといって、無茶なことをしてそなたの機嫌を損ねるつもりはない。
この点は信じてほしい」
「信じよう。それから契約を結んだからには、情報提供も誠実に行うつもりだ」
「よろしく頼む。後、これは言うまでもないことだと思うが、私の存在は内密にしてくれ。
古の大精霊使いが今も実在しているなどという事が世間に知れ渡ってしまえば、煩わしいことになるのは確実だからだ。私の森での生活にすら支障が生じてしまうだろう。
まかり間違って、今のこの国の権力闘争などに巻き込まれるなどまっぴらだ。
私は基本的には静かに暮らしたいと思っている」
「もちろん分かっている」
「よし。では、改めて対価について相談しよう。
先の情報に加えて、黙ってそなたの事を探ろうとした侘び、それにテティスを近くにおいてもらうことに関しても対価が必要だな。
それなりものを提供しよう。何か欲しいものがあれば言ってくれ」
「俺が欲しいのは情報だ。あなたがヤルミオンの森に詳しいなら、父が殺された時の事について知っている限りの事を教えてくれ」
それが、エイクがもっとも欲しているものだった。
フィントリッドはすまなそうに視線を落としてエイクの要望への答えを口にした。
「父君の仇に関する情報か。確かにそれがそなたにとっては何より重要だろうな。私も父母の仇討ちの為に生きたことがある。力になってやりたい気もするが。すまないが、そなたの父君が死んだ時の事は私には全く分からない。
私は当時意図的に父君の周辺の状況を調べないようにしていたからだ」
「なぜだ?」
「そなたの父君を警戒していたからだ。
熟練の戦士というものは理屈では説明の付かない勘が働く事がある。
私が秘かに父君の周りを探れば、それに勘付かれてしまって逆に面倒な事になるかも知れないと思っていたのだ。
森の奥に自分の事を探る者がいると思われて、強力な戦士で国の要人でもある父君に森の奥に興味を持たれては面倒だったからな。
そなたの父君が部隊を率いて森に入ってくる時は、その目的ははっきりしていたし活動の期間や範囲が限られている事も分かっていた。だから、意図的にその間は父君やその部隊の活動範囲には探りを入れないことにしていた。
つまり、父君が死んだ時に限らず、父君が部隊を率いて森に入って来た時の、父君とその部隊の活動範囲で起こったことは、私には全く分からないのだ」
それは信者に対して擬似的な神託を下す事ができる最上位の神聖術師の事である。
擬似神託の内容は己の意思で決める事ができるが、預言者が信じる神の意に反する事はなく、その存在は神意の地上代行者とみなされる。
無論頻繁に現れる者ではない。数百年に1人現れるかどうかといわれるほど稀な存在だ。
そして預言者が現れた信仰は、多くの場合隆盛を極める事になる。
「そうだ。更に言えば、預言者による擬似神託だとしても、それでもなお多すぎる。おそらく魔法装置を併用しているのだと思う。
古代魔法帝国時代に、擬似神託を効率的に下せる魔法装置が開発されていたのだ。それを開発したのは、デーモン召喚の術式を開発したのと同じ魔術師達だ。そ奴らはダグダロア信者でもあり、当時もダグダロアの預言者が出現していたのだといわれている。
要するに私は、この妖魔たちを操っている者はダグダロアの預言者であり、同時に相当優れた魔術師であるか、或いはそんな魔術師を配下にしているか、少なくとも協力関係を築いているのだろうと考えている。
今こちらから伝えられる事はこれくらいかな」
フィントリッドが想定している妖魔を操る者の正体は、エイクが父の仇として想像する者の姿と重なる部分が多かった。
エイクはフィントリッドと協力関係を築く事はやはり有意義だと感じた。そして、自分からも情報を提供する事にした。
「こちらからも今分かっているだけのことを伝えよう。
俺は先月トロールに率いられた妖魔の群れを倒した。連中はある辺境の村を狙っていた」
そう言ってエイクは、チムル村周辺で戦ったドルムドらのことについて詳しく語った。
エイクの話を聞きフィントリッドが感想を述べた。
「なるほど。軍隊のように鍛えられた妖魔というなら、恐らくユアン半島の魔王の配下だろう。そして、その動きを見る限り狙いはアストゥーリア王国のように思える。だが、ユアン半島の魔王が配下に下した命は拠点を作って待機しろ。というものだから、拠点にするためにその村を狙ったと言えなくもない。まだ結論は出せないな。
だが、有益な情報だ。早速対価を支払いたい。
まずは、テティスのことを今後好きに使ってもらって構わない。本人も納得しているようだしな」
フィントリッドの言葉を受け、テティスが頷いた。
エイクがそれに答える。
「なるほど、それで俺がダグダロア信者について調べる間に、テティスは俺について調べるという事になるのかな」
「……なぜそんなふうに思うのかな?」
フィントリッドは一瞬だけ間をおいてそう問い返す。
「さっき自分で言っただろう、悠久の時を生きる者には暇つぶしのネタになるような興味を持てる存在は貴重だ、と。
ダグダロア信者の調査に関しては部下任せだったのに、俺との会見には直ぐに自分自身で現れた。それは俺に興味を持っているからだ。その俺に部下を付けるのは俺について調べたいから。違うか?」
「……どうやらそなたの事を侮りすぎていたようだ。
そのとおりだ。確かに私はそなたに興味を持ってここまで来た。
そなたは何か秘密を隠しているな?」
「もちろん俺にも秘密くらいはある。だが当然教えるつもりはない。それはあなたも同じだろう?」
「そうだな。私も自分に関することを全て語ったわけではない。
それでどうするね。自分の事を探ろうとする者とは付き合えないかな」
「いいや、その程度の事は気にしない。お互い承知の上でつき合わせてもらえればと思っている」
それはエイクの本心だった。
この強大な力を持つ魔法使いに一度興味をもたれてしまった以上、興味を持つなと言っても聞き入れられる訳がない。結局は何らかの形で探りを入れられるだろう。
それくらいなら、互いにそれを承知の上で付き合った方がいい。実際、フィントリッドから得られる情報には価値があるものもあるはずだ。
エイクはそう判断していた。
「それは重畳。ではそれを理解した上でテティスを身近においてももらえるということでよいのかな」
「ああ」
「ならばそれはお願いしよう。先に言ったとおり好きなように使ってもらって構わない。
だが、少なくとも心身に癒せぬ傷を負わせることは止めてもらおう。
それから本人の意向もある程度は聞いてやって欲しい。これでも私のかわいい部下なのでね」
「承知した」
「それと念のため言っておくが、私がダグダロア信者に関する情報を求めているのも紛れもない事実だ。そして、情報を得るためにそなたに期待してることも。
私にとっても、ダグダロアの預言者で強力な古語魔法も扱い、多数の妖魔を操り、少なくとも一人の強力な魔王と連携しているなどという存在は、侮ってよい相手ではない。
私が自ら調査にあたっていないのは、我が身の安全を重視したからでもある。
そのような者が近くにいるなら、その存在について調査することは重要だ。
だが、私は担い手たちの社会において情報収集する手段を余り持っていない。更に数少ないその手段のほとんどを、既に北方都市連合に差し向けてしまっている。
今の私はアストゥーリア王国内における協力者を必要としている。
だから、私に情報を回すことも怠らないでくれ。
当然ながら、私もそなたの秘密に興味があるからといって、無茶なことをしてそなたの機嫌を損ねるつもりはない。
この点は信じてほしい」
「信じよう。それから契約を結んだからには、情報提供も誠実に行うつもりだ」
「よろしく頼む。後、これは言うまでもないことだと思うが、私の存在は内密にしてくれ。
古の大精霊使いが今も実在しているなどという事が世間に知れ渡ってしまえば、煩わしいことになるのは確実だからだ。私の森での生活にすら支障が生じてしまうだろう。
まかり間違って、今のこの国の権力闘争などに巻き込まれるなどまっぴらだ。
私は基本的には静かに暮らしたいと思っている」
「もちろん分かっている」
「よし。では、改めて対価について相談しよう。
先の情報に加えて、黙ってそなたの事を探ろうとした侘び、それにテティスを近くにおいてもらうことに関しても対価が必要だな。
それなりものを提供しよう。何か欲しいものがあれば言ってくれ」
「俺が欲しいのは情報だ。あなたがヤルミオンの森に詳しいなら、父が殺された時の事について知っている限りの事を教えてくれ」
それが、エイクがもっとも欲しているものだった。
フィントリッドはすまなそうに視線を落としてエイクの要望への答えを口にした。
「父君の仇に関する情報か。確かにそれがそなたにとっては何より重要だろうな。私も父母の仇討ちの為に生きたことがある。力になってやりたい気もするが。すまないが、そなたの父君が死んだ時の事は私には全く分からない。
私は当時意図的に父君の周辺の状況を調べないようにしていたからだ」
「なぜだ?」
「そなたの父君を警戒していたからだ。
熟練の戦士というものは理屈では説明の付かない勘が働く事がある。
私が秘かに父君の周りを探れば、それに勘付かれてしまって逆に面倒な事になるかも知れないと思っていたのだ。
森の奥に自分の事を探る者がいると思われて、強力な戦士で国の要人でもある父君に森の奥に興味を持たれては面倒だったからな。
そなたの父君が部隊を率いて森に入ってくる時は、その目的ははっきりしていたし活動の期間や範囲が限られている事も分かっていた。だから、意図的にその間は父君やその部隊の活動範囲には探りを入れないことにしていた。
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