剣魔神の記

ギルマン

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第3章

22.称賛の声

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「信じられない。ドラゴ・キマイラ相手にたった一人で一方的に完勝だなんて」
 マルギットは思わずそう声に出してしまっていた。
(最初の貧弱な攻撃も確実に羽を切り落とす為の作戦だったんだわ)
 そしてそうも考えた。

 マルギットは、エイクがドラゴ・キマイラが上空から炎や魔法で攻撃してくることを想定して、投擲用のダガーを多数用意し魔法の荷物袋に入れているのを知っていた。
 だが、ダガーの投擲による攻撃ではいかにも効率が悪いし、結局逃げられてしまう可能性も高い。
 エイクは、何とか接近戦に持ち込みたい、キマイラは自信過剰な性格であることが多いので、向こうから接近戦を仕掛けてくる可能性も高いはずだ。と、マルギットらに語っていた。

 そして、そのエイクの予想通り、ドラゴ・キマイラは接近戦を仕掛けてきた。
 だが、いきなり大きな打撃を与えて警戒されてしまえば、直ぐに上空に退避されてしまうだろう。
 最初に貧弱な攻撃をあえて繰り出したのはドラゴ・キマイラを油断させて、確実に翼を切り裂ける態勢を確保する為だったように思えた。

 この作戦は成功し、羽を失ったドラゴ・キマイラはそのまま倒されてしまった。
 全てがエイクの計算どおりに進んだようにマルギットには見えていた。

 倒しきるまでの攻防も見事なものだった。
 ドラゴ・キマイラのほとんどの攻撃を避け、自身の攻撃は的確に当てた技量、一撃ごとに多大なダメージを与えた強力な力、そして受けてしまった攻撃や炎の吐息にも耐え切った耐久力。
 その全てが超一流のものといえる。

(すごい。本当にすごいわ!)
 マルギットは、心中でそう賞賛の声を上げた。

 ドラゴ・キマイラを倒したエイクは何か作業を始めている。自身の傷に対する応急処置をしているようだった。
「行きましょう」
 マルギットは護衛の戦士と御者に声をかけ、エイクの方に向かって馬車を進めさせた。



 マルギットたちがエイクの近くまで来た時、エイクは応急処置をほぼ終わらせていた。
 傷薬を浸み込ませた布を傷口にあて固定する程度の行為だったが、それくらいでエイクの出血は止まった。
 竜頭の炎の吐息による火傷も大したものではない。
 桁違いのオドとそれに基づく生命力あればこその結果だった。

「お見事でした」
 マルギットがエイクに声をかけて来る。随分と興奮している様子だ。
「ありがとうございます」
 エイクはややぶっきらぼうにそう答えた。
 実はエイクは、今の自分の戦いに不満を持っていた。

 元々エイクは、人に見られているこの戦いにおいて、自分の能力の全てを使うつもりはなかった。
 例えば、エイクは魔法ダメージ軽減と炎と冷気に対する耐性強化の錬生術、更にマナの活性化による魔法ダメージの軽減を併用することにより、魔力を帯びた炎と冷気に対しては極めて強い耐性を発揮することが可能で、今やドラゴ・キマイラの炎程度ならば全くダメージを被らないことも出来た。
 しかし、今回の戦いにおいては、基礎的な身体強化と炎と冷気への耐性強化の練成術しか使わずに、あえてダメージを被っていた。

 また、今自己回復の錬生術を使わないのも、その能力を隠す為だ。

 だが、剣を振るっての攻防については、その強さを故意に隠そうとしたり偽ろうとはしていなかった。なぜなら、バフォメットを公衆の面前で剣を以って打ち倒したという、誤魔化し様がない事実が既にあるからだ。
 バフォメットは近接戦闘能力だけ見てもドラゴ・キマイラよりも強い。
そのバフォメットに剣を以って打ち勝ったエイクが、ドラゴ・キマイラに苦戦してみせてはむしろ不審がられてしまうだろう。

 そう判断して遠慮なしに戦ったエイクにとっては、獅子頭の噛み付きを2回も受けてしまったのは不本意だった。
 エイクは普通にその攻撃を避けようとした。
 そして本来ならば避けることも可能だったはずなのに、見切りを誤って食らってしまったのだ。不覚としか言いようがなかった。

(上手く羽を切り落としたところまでは成功だった。だがその後は良くなかった)
 それが、今回の戦いに対するエイクの自己評価である。

「エイク様、お約束どおり回復薬をお渡しします。お使いください」
 そんなエイクの心中に気付く事もなく、マルギットはそう言って回復薬の瓶を用意している。
 だがエイクは、それを受け取るのに躊躇いを感じた。

(今負っているダメージは、あえて被った火傷と自分の不覚で負ったものだ。しかも、やろうと思えば自力で治せるのに、自分の都合で治していない。
 そんなダメージを癒すために回復薬をもらうのは、何か悪いな。ラスコー伯爵もさほど裕福というわけではないらしいし)
 そんなふうに思ったのだ。

(だが、ダメージを負っているのに全くいらないというのも不自然だ。そうだな・・・)
「2瓶だけ貰っておきます。そのくらいで十分です」
 いろいろ考えた結果、エイクは2瓶だけ貰うという中途半端な結論を出して、そう口にした。

「ありがとうございます」
 そう告げるマルギットの様子を見る限り、エイクのその対応にもなにやら感じ入るところがあったようだ。



 その後エイクと護衛の戦士達は協力して山羊頭と獅子頭を切り落とした。持ち帰って討伐をした事を証明するためだ。
 また、胴体の心臓付近を切り裂いて魔石を回収した。

 スライムなどの人工生物、ゴーレム、魔獣といった、古代魔法帝国に由来する魔物の多くは、その体に魔石を宿している。
 諸々の理由で魔術師達が意図的に埋め込んだ場合もあれば、体内で生成される場合もあるというが、基本的に強大なものほど上質の魔石を身に宿す。

 戦いに余り時間を費やすと、魔石が劣化してしまうこともあるのだが、今回エイクはさほど時間をかけずに倒す事に成功していたため、かなりのマナを溜め込んだ上質の魔石を得ることが出来た。かなりの値打ちものだ。
 これは約束どおりエイクのものとされた。

 最後にドラゴ・キマイラの全部で4つの頭部を布で包んで、馬車の後部の荷台にロープで括りつけ、一行は帰途についた。



「本当に感服いたしました。
 もちろんエイク様の強さを疑っていたわけではありませんが、あそこまで完璧な戦いを見ることができるとは、感激です」
 マルギットが未だ興奮冷めやらぬといった様子でそう語った。
 彼女は繰り返しエイクを賞賛している。行きの時の無口さとは人が変わったかのようだ。

(俺がバフォメットを倒したことは知っているはずなのだから、ドラゴ・キマイラを倒したからといってそんなに驚く事もないだろうに。それとも実際に目で見ると感じ方も違うという事なのかな?)
 エイクはそんな事を思った。

 エイクのその感想は正解だった。
 マルギットはバフォメットやドラゴ・キマイラの強さを知識として概ね理解していた。だから、エイクならばドラゴ・キマイラを討てるだろうという事も頭では理解していた。
 だが、エイクの見事な戦いぶり、即ち巨大で恐ろしい魔物をたった一人の人間が剣一本で打ち倒す有様を、実際にその目で見ると、彼女は感激せずにはいられなかったのだ。

「それほどでもありません」
 今回の自分の戦いに不満足だったエイクは、本心からそう答えたが、マルギットの賞賛は止まなかった。

「ご謙遜が過ぎます。
 いえ、アークデーモン殺しにして、妖魔100体殺しの英雄にとっては、ドラゴ・キマイラ討伐程度は誇るべき功績ではないのかも知れませんが」
「すみません。妖魔100体殺しというのは止めてください。私のことをそう呼ぶのは適切ではありません。その異名は、1回の戦闘で100を超えるほどの敵を倒した者に与えられるものです。
 私は確かに1日で100近い妖魔を倒した事はありますが、それは少数ずつ何回もに分けて戦った結果ですから、100体殺しと呼ばれる資格はありません」

 このエイクの自己申告も正しい。
 1回の戦闘で100もの敵を倒すことは、例え相手がどれほど弱小なものだったとしても賞賛されるべき偉業である。普通の者は体力が尽きてしまって、そのようなことは実現できないからだ。
 回復薬や回復魔法は体力の消耗も回復させるが、生命力の回復と異なり、体力は最低でも数分程度は休まなければ回復しない。
 このため全く休息なしに戦い続けて100もの敵を倒すのは相当の難事である。故にそのような事を為した者は畏敬を込めて100体殺しと呼ばれる。
 つまり、間を置きながら戦って、合計で100体近くの妖魔を倒したという実績しか持たないエイクには、妖魔100体殺しと呼ばれる資格はない、ということになる。

 実際あの妖魔討伐の際に、妖魔を率いていたドルムドが配下の全てを集めて絶え間なくエイクと戦わせるという作戦を採ったならば、あの時のエイクは体力が尽きて敗れてしまったことだろう。

 エイクはその事を説明したが、マルギットのエイクへの高評価はまるで変わらなかった。
「それはつまり、各個撃破によって効率的に敵を倒したということですよね。私はむしろその方が賞賛に値すると思います」
 マルギットはそんな感想を口にした。

 事務的な態度を崩し、エイクに向けて瞳を輝かせて話しかけてくるマルギットは魅力的で、エイクも悪い気はしない。
「ありがとうございます」
 エイクは素直にそう答えた。

 また、口では謙虚な発言をしたエイクだったが、心中では別の事も考えていた。
(まあ、今の俺なら、実際雑魚妖魔の100体くらいは一度に倒せるだろうがな)
 そう思っていたのだ。

 彼がそう考える理由は、一撃で周り中の敵を薙ぎ払う戦い方に熟達したと言えるからだった。
 一撃で敵を薙ぎ払うなら、多数の敵に対して効率的にダメージを与えられる。
 そして、今のエイクならば、一振りでゴブリンどころか強めのボガードでも3体から6体ほど倒せるだろう。
 結果として体力が尽きる前に100体くらいを倒すことは可能だ。
 エイクはそんな感覚を持っていた。

 加えて、エイクは先ほどのドラゴ・キマイラとの戦いで、自分の肉体自体の防御力が若干向上しているとも感じていた。
 ドラゴ・キマイラの獅子頭の攻撃を食らってしまったのは不覚だったが、その結果受けたダメージは思ったよりも若干少なかったのである。
 真に鍛え上げられたオドの持ち主は、肉体そのものが強靭になり防御能力も高まる。
 エイクもそんな能力を高めようと努めていたが、短い期間でも多少の効果はあったのだ。

 その防御力の向上はそれほど劇的なものではないので、一撃で多大なダメージを与えて来る強敵との戦いではさほどの影響はない。
 だが、元々威力がそれほど高くない格下の攻撃を受ける場合は、大きな影響があるはずだ。
 通常の防具の効果に加えて、防御力強化の錬生術を併用すれば、受けても全くダメージを被らないという事もこれまで以上に起こり得る。

 これらの結果エイクは、格下の敵を相手にする場合なら、その数が相当多くても勝てるだろうと思うようになっていた。
(もっとも、格下といっても強さ次第ではあるが……)
 エイクはそう考えつつ、マルギットの護衛の戦士達に一瞬だけ意識を向けた。
(このくらいの強さの相手でも、50人から60人くらいは倒せるだろう)
 そしてそんなふうに考えたのだった。 

 その護衛の戦士達は、エイクがそんな失礼な事を考えているとは思わずに、エイクの武勇を素直に称賛した。
 そうして、帰りの馬車は随分と和やかな雰囲気に包まれたのだった。
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