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第3章
19.魔獣討伐の依頼②
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「9月1日に、王都にある当家の屋敷に情報が寄せられました。ある隊商が当家の領内で竜に襲われたという内容でした。
といっても襲われたのは夜間で、魔物の姿をしっかりと見たわけではなく、確実に言えるのは空を飛んで火を吹いたという事くらいでした。
私達は、襲われた隊商から死者が出ていないという情報から、その正体はそこまで強力な魔物ではないと推測しました。
仮に竜だとしても幼竜か小竜、恐らくは竜ですらなくワイバーンだろうと考えたのです」
(まあ、妥当な推測だろうな)
エイクはそう考えた。
竜という生き物は、幻獣の中でも際立って長い時間をかけて成長する存在である。そして、さほど成長しないうちから親元を離れる性質があるので、非常に幅広い年代の竜が人の前に姿を現すのだ。
さらに、成長段階による強さの差がとても大きい。
人々はそんな竜を、幼竜・小竜・成竜・大竜・老竜、そして古竜と、成長段階に応じて分けて呼んでいた。
竜は歳を経るごとにその強さを増していく。特に古竜は別格とされており、最強の魔物の代名詞となっている。
しかし、幼竜や小竜はそれほどの脅威ではない。だからこそ、“竜殺し”の栄誉が与えられるのは、成竜以上の竜を倒した場合に限られている。
そして、人前に現れる竜の大半は幼竜か小竜だった。
竜に襲われたが死者は出なかったという情報を聞けば、相手は幼竜か小竜と判断するのが妥当なところだ。
ワイバーンは亜竜と呼ばれることもあるが、それは前足がないということ以外は姿形が竜に似ているからという、外見上の理由からでしかなく、実際には竜の一種ではない。
その強さも、中堅どころの冒険者パーティならば十分に対応できるくらいである。
出現頻度は幼竜よりも高く、空を飛んで火を吐く魔物といえばまずワイバーンを思い浮かべるのもまた妥当な考えだろう。
「しかし、実際にはその魔物はドラゴ・キマイラだったということですか」
エイクはそう確認した。
「そのとおりです。当家では連絡を受けた当日に調査隊を派遣しました。目撃された場所から王都までは、空を飛ぶ魔物にとっては大した距離とはいえません。
当家の領内で目撃された魔物への対応が遅れた結果、王都に被害でも出れば大変な責任問題になります。当家としても最大限に急ぎました。
そして、翌日現場近くに到着しました。そこに現れたのがドラゴ・キマイラだったのです。
確かに夜目には、上に伸びた竜の頭が目立ったことでしょう。しかし胴体の正面の右には獅子の頭が、左には山羊の頭が付いていました。異様に長く器用に動いていた尻尾の先が蛇の頭になっていたのも確実です。体長は尻尾を除いても竜の首まであわせて7mほどはありました。
私自身がこの目で確認しています。間違いなくドラゴ・キマイラです」
「あなたが直接ですか?」
エイクは訝しく思った。目の前の女性は戦いの心得は全くないように見えていたからだ。
或いは何らかの魔法にでも通じているのだろうか?
「はい。私には戦う術は何もありませんが、魔物に関しては当家で最も詳しかったので同行したのです」
エイクの疑問を察したのか、マルギットがそう答えた。そして説明を続ける。
「現場は比較的開けていて見晴らしが良く、魔物が昼間に現れてくれたおかげもあって、直ぐに確認する事ができました。街道近くの岩山から現れたので、その岩山に住み着いてしまった可能性が考えられます。
もし、魔物の正体がワイバーンか幼竜だったなら、その調査隊のメンバーだけでも倒せると踏んでいたのですが、ドラゴ・キマイラでは到底適いません。上手く逃れる事が出来ただけでも幸運でした。
私達が逃げ帰って来たのが昨日。
直ぐに状況を検討し、そして先ほど申し上げたとおり、一縷の望みを持ってエイク様にお声かけさせていただきました。そのような事情ですので、出来るだけ早く確実な対応が必要です。明日の朝には出発していただければと考えています」
「明日で大丈夫ですか?」
「はい。エイク様にも準備が必要でしょうから。それにこのことは既に王国政府にも報告してあり、明日討伐隊を派遣する事も打ち合わせ済みです。
エイク様に受けていただければ対応はこちらに任せていただける。受けていただけなければ王国政府が討伐に乗り出すという段取りになっています。
そしてどちらにしても、今日中に王都の比較的近くに危険な魔物が現れたとの布告が出されます。
首尾よく討伐に成功すれば、エイク様の名声は王都に轟くことでしょう」
(一応こちらの利益も考えてくれているということか)
エイクはそう考えた。そのような状況なら、王都に轟くは大げさすぎるとしても、確かに名声は得やすいだろう。
マルギットは最後にひとつ条件をつけた。
「ただ。討伐に向かう際には私共も同行させていただきます。
状況の確認は出来る限り迅速に行いたいからです。
討伐確認もそうですが、例えばドラゴ・キマイラの姿が見られなくなっていた場合には、その原因などの調査も直ぐに行う必要がありますから」
「それはあなた方の護衛も仕事に含まれるということですか?」
「いいえ。自分達の身は自分達で守ります。その代わりドラゴ・キマイラとの戦いを援護する事も期待しないでください」
「分かりました。その条件で結構です」
そうして明日の出発時間などを確認した上で前金を受け取った。
更にエイクは自分がドラゴ・キマイラ討伐の指名依頼を受けたことを、他の冒険者達に知らしめておくよう店主のガゼックに指示した。
そうしておいた方が名声を得るのに有利だろうと判断したからだ。
その上で“イフリートの宴亭”を後にした。
エイクは出発が明日の朝ということになって良かったと考えていた。
最低限の準備をしたいのもそのとおりだったが、その他にも理由があった。
今日はジュディア・ラフラナンを犯罪奴隷として引き取る事になっている日だ。
エイクは、彼女を引き取ったならば早速その体を楽しみたいと思っていたのだった。
といっても襲われたのは夜間で、魔物の姿をしっかりと見たわけではなく、確実に言えるのは空を飛んで火を吹いたという事くらいでした。
私達は、襲われた隊商から死者が出ていないという情報から、その正体はそこまで強力な魔物ではないと推測しました。
仮に竜だとしても幼竜か小竜、恐らくは竜ですらなくワイバーンだろうと考えたのです」
(まあ、妥当な推測だろうな)
エイクはそう考えた。
竜という生き物は、幻獣の中でも際立って長い時間をかけて成長する存在である。そして、さほど成長しないうちから親元を離れる性質があるので、非常に幅広い年代の竜が人の前に姿を現すのだ。
さらに、成長段階による強さの差がとても大きい。
人々はそんな竜を、幼竜・小竜・成竜・大竜・老竜、そして古竜と、成長段階に応じて分けて呼んでいた。
竜は歳を経るごとにその強さを増していく。特に古竜は別格とされており、最強の魔物の代名詞となっている。
しかし、幼竜や小竜はそれほどの脅威ではない。だからこそ、“竜殺し”の栄誉が与えられるのは、成竜以上の竜を倒した場合に限られている。
そして、人前に現れる竜の大半は幼竜か小竜だった。
竜に襲われたが死者は出なかったという情報を聞けば、相手は幼竜か小竜と判断するのが妥当なところだ。
ワイバーンは亜竜と呼ばれることもあるが、それは前足がないということ以外は姿形が竜に似ているからという、外見上の理由からでしかなく、実際には竜の一種ではない。
その強さも、中堅どころの冒険者パーティならば十分に対応できるくらいである。
出現頻度は幼竜よりも高く、空を飛んで火を吐く魔物といえばまずワイバーンを思い浮かべるのもまた妥当な考えだろう。
「しかし、実際にはその魔物はドラゴ・キマイラだったということですか」
エイクはそう確認した。
「そのとおりです。当家では連絡を受けた当日に調査隊を派遣しました。目撃された場所から王都までは、空を飛ぶ魔物にとっては大した距離とはいえません。
当家の領内で目撃された魔物への対応が遅れた結果、王都に被害でも出れば大変な責任問題になります。当家としても最大限に急ぎました。
そして、翌日現場近くに到着しました。そこに現れたのがドラゴ・キマイラだったのです。
確かに夜目には、上に伸びた竜の頭が目立ったことでしょう。しかし胴体の正面の右には獅子の頭が、左には山羊の頭が付いていました。異様に長く器用に動いていた尻尾の先が蛇の頭になっていたのも確実です。体長は尻尾を除いても竜の首まであわせて7mほどはありました。
私自身がこの目で確認しています。間違いなくドラゴ・キマイラです」
「あなたが直接ですか?」
エイクは訝しく思った。目の前の女性は戦いの心得は全くないように見えていたからだ。
或いは何らかの魔法にでも通じているのだろうか?
「はい。私には戦う術は何もありませんが、魔物に関しては当家で最も詳しかったので同行したのです」
エイクの疑問を察したのか、マルギットがそう答えた。そして説明を続ける。
「現場は比較的開けていて見晴らしが良く、魔物が昼間に現れてくれたおかげもあって、直ぐに確認する事ができました。街道近くの岩山から現れたので、その岩山に住み着いてしまった可能性が考えられます。
もし、魔物の正体がワイバーンか幼竜だったなら、その調査隊のメンバーだけでも倒せると踏んでいたのですが、ドラゴ・キマイラでは到底適いません。上手く逃れる事が出来ただけでも幸運でした。
私達が逃げ帰って来たのが昨日。
直ぐに状況を検討し、そして先ほど申し上げたとおり、一縷の望みを持ってエイク様にお声かけさせていただきました。そのような事情ですので、出来るだけ早く確実な対応が必要です。明日の朝には出発していただければと考えています」
「明日で大丈夫ですか?」
「はい。エイク様にも準備が必要でしょうから。それにこのことは既に王国政府にも報告してあり、明日討伐隊を派遣する事も打ち合わせ済みです。
エイク様に受けていただければ対応はこちらに任せていただける。受けていただけなければ王国政府が討伐に乗り出すという段取りになっています。
そしてどちらにしても、今日中に王都の比較的近くに危険な魔物が現れたとの布告が出されます。
首尾よく討伐に成功すれば、エイク様の名声は王都に轟くことでしょう」
(一応こちらの利益も考えてくれているということか)
エイクはそう考えた。そのような状況なら、王都に轟くは大げさすぎるとしても、確かに名声は得やすいだろう。
マルギットは最後にひとつ条件をつけた。
「ただ。討伐に向かう際には私共も同行させていただきます。
状況の確認は出来る限り迅速に行いたいからです。
討伐確認もそうですが、例えばドラゴ・キマイラの姿が見られなくなっていた場合には、その原因などの調査も直ぐに行う必要がありますから」
「それはあなた方の護衛も仕事に含まれるということですか?」
「いいえ。自分達の身は自分達で守ります。その代わりドラゴ・キマイラとの戦いを援護する事も期待しないでください」
「分かりました。その条件で結構です」
そうして明日の出発時間などを確認した上で前金を受け取った。
更にエイクは自分がドラゴ・キマイラ討伐の指名依頼を受けたことを、他の冒険者達に知らしめておくよう店主のガゼックに指示した。
そうしておいた方が名声を得るのに有利だろうと判断したからだ。
その上で“イフリートの宴亭”を後にした。
エイクは出発が明日の朝ということになって良かったと考えていた。
最低限の準備をしたいのもそのとおりだったが、その他にも理由があった。
今日はジュディア・ラフラナンを犯罪奴隷として引き取る事になっている日だ。
エイクは、彼女を引き取ったならば早速その体を楽しみたいと思っていたのだった。
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