剣魔神の記

ギルマン

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第2章

36.冒険者の店の顛末

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「出資、ですか?」
 ガゼックは、予定通り行われた話し合いの場で、エイクから語られた提案の意味が、直ぐには理解出来ていないようだった。

 エイクは説明を続けた。
「そうだ。お前が俺に支払うべき50万Gを、出資金としてお前に預けるという形にしてもいいと考えている。
 その代わりお前は、月毎の収益に応じた配当金を俺に支払う事にする。
 裕福な貴族とかが偶にやっていることだ。これは俺とお前の両方に利点がある提案のはずだ」

 なおも腑に落ちないらしいガゼックにエイクは詳しい説明を始めた。
「お前にとっての利点は、金がない時には払わないでもいいという点だ。
 収益からの配当だから、収益が出なかった月は支払う必要はない。
 それに、収益からお前たちが生活をする為に必要な金を差し引いて、残りの金額の一部を、一定の割合でこちらにまわしてもらう事にするつもりだ。
 だから、配当金を払ったせいで生活が出来なくなるということにもならない。

 賠償金の分割払いということになれば、そういうわけには行かない。どんなに苦しい時にも払ってもらう事になる。
 そして、支払いが滞れば、その時点で全ての財産は差し押さえられ、まだ足りなければお前たちは一家そろって債務奴隷だ。
 もちろん、俺があくまでも一括支払いを求めた場合も、同じことになる。

 まあ、俺としては、賠償金を払ってもらう事にするなら、分割なんてのは面倒だから、一括支払いを求めるつもりだ。それでも俺には何ら問題はないからな。
 だが、出資金を預けて、配当金を受け取るという事にしておけば、店の収益が出続けた場合、いずれは本来の賠償額を超える金を手にする事が出来るかも知れない。これが俺にとっての利点だ。

 それに、俺としても、店に利益が出た方が自分の得になるから、仕事にも身が入る。
 今の俺の強さは知っているだろう?その俺が身を入れて仕事に励むなら、店にとっても有利になるはずだ。お前の経営の腕次第では、配当金を差し引いても今まで以上に稼げる可能性もあるだろう。

 カガル神殿での正式な契約を結んで、預けた出資金を返金する場合の条件について、一方の意思だけでは出来ないことにしておけば、お互い安心できる」

 エイクは実際これを名案だと思っていた。
 エイクはここ数日間の、所属する冒険者の店の店主に対して、優位な立場でいられるという状況が非常に気に入っていた。
 出来る事ならこの状況をずっと続けたい。

 賠償金の一括払いを求めた場合は、当然ながら、優位な立場を継続させることは出来ない。
  
 賠償金を分割払いさせるという形でも、当面は優位な立場を確保出来るだろう。
 しかしその場合、支払いを受ければ受けるほど、ガゼックの債務が減り、その分優位さが減っていくように思われる事が気に食わない。それに、支払いが完了すれば、名実ともに優位な立場ではなくなる。
 そうなる事を避けるために、いつまでの支払いが終わらないほどの、厳しい金利を課した場合、自暴自棄になって夜逃げでもされればそれまでだ。

 これに対して、出資金を預けて代わりに配当を受けるということにしておけば、そして、諸々の条件を上手く設定すれば、優位な関係を永続化することが出来るだろう。

 それに、ガゼックにとっても、金がないときは払わないで良くなる事は、経済的にも気持ちの上でも大きな利点のはずだ。
 実際、店に属する最有力冒険者パーティだった“夜明けの翼”が消滅した今こそ、“イフリートの宴亭”にとってもっとも苦しい時期のはずだ。
 少なくともしばらくの間は、満足な利益は出せないだろう。その間に余分な出費を気にしないでよいというのは大きい。

 その上エイクは、利益からガゼック達の生活費分として差し引く金額や、エイクに回すべき割合について、かなり良心的な数字を提示していた。
 エイクが提示した案に従っても、少なくとも、ガゼック達が極端に貧しい生活を強いられるという事にはならない。

 エイクはガゼックはこの提案を断らないだろうと思っていた。



 しばらく考えてから、ガゼックは答え始めた。
「ありがたい話しだと思います。そうしていただけるなら……」
「だが、この案には大きな問題がある」
 そこに、エイクが割って入る。
「問題、ですか?」
「ああ、俺がお前の事を信頼出来ないという問題だ。まさか自分が信じてもらえるとは思っていないよな」
「そ、それは……」
 この4年間のエイクへの態度。そして法廷の場で、あそこまであからさまな嘘をついたこと。
 それらを考えれば、とても反論する事は出来ない。

 声を詰まらせるガゼックに向かってエイクが告げる。
「だから、お前の身内と特別に親密な関係にでもならない限り、この話は進められない」
 そう言ってエイクは、マーニャの方を見た。



 エイクの指示通り、マーニャもこの話し合いに参加していた。
 彼女は明るい赤色の髪をツインテールにまとめ、極力地味な服を身に着け、今まで黙ってエイクとガゼックの話しを聞いていた。

 エイクと目を合わせたマーニャは、一度大きく呼吸をしてから話し始めた。その声は震えていた。
「そ、それは私があなたと深い仲になれば、今のお話しを進めてもらえるという事ですか?」
「そうだ」
 エイクは言い切った。

 それは、エイクがマーニャを同席させるように指定した時から、予想されていたことだった。

 マーニャも覚悟を決めてこの場にいた。
 ガゼックはマーニャの方を見ることが出来ないでいた。

「お、お受けします」
 マーニャは目を閉じてそう答えた。

 エイクはその答えに満足気に笑顔を見せた。そして続けて告げた。
「そうか。それじゃあ2階に行こう」
「え?」
「2階に空いている部屋があるだろう?少なくともガルバやジャックが使っていた部屋はまだ誰も入っていないはずだ。それを使わせてもらおう」
「い、今から?」
「不服か」
「い、いえ。だ、大丈夫です」
「それじゃあ早速案内してもらおうか」
「……分かりました」
 マーニャはそう答えて立ち上がった。
 ガゼックは身動き一つせず、黙って俯いていた。



 案内された部屋で、エイクはマーニャに服を着たまま寝台に横になるように命じた。
 そして、寝台で身を震わせる彼女に語りかけた。
「安心しろ。お前を、俺を殺そうとした女達と同じに扱うつもりはない。
 俺は公平な人間だ。人を殺そうとする事と、人を侮辱する事の違いは分かっている。
 そして、やられたことに見合う分のお返しをすることにしている。
 お前にもそうしてやるよ」

 マーニャはとても安心する事など出来なかった。自分が今までエイクにしてきた行いを思い返せば、少なくとも優しくしてもらえるとは、とても思えない。
 彼女は思わず「許して……」と呟いた。
 しかし、エイクは「許す事は出来ないな」と返すと、マーニャにのしかかり、その服に手をかけた。
 そして、自分では公平な行いと思っている行為を、たっぷりと彼女に加えたのだった。



 しばらくの後、エイクは望むとおりの事を行って、とても満足していた。
 幾度ともなく屈辱的な扱いを受けてきたこの“イフリートの宴亭”で、店主の娘で、本人自身も繰り返しエイクに侮蔑的な言動を取っていたマーニャを思うとおりに扱った事は、この店そのものを完全に屈服させた証のように思えた。

 エイクは、寝台に伏せたままのマーニャに冷酷に告げた。
「この部屋はこれからも空けておけ。また使わせてもらう」
 マーニャはかすかに頷いた。

 1階に下りたエイクは、先ほどの場所から全く動かずにいたガゼックに向かって「満足させてもらったよ。カガル神殿で正式な契約書を作るのは後日にしよう」とわざわざ告げて、“イフリートの宴亭”を後にした。



 今日は、この後シャムロック商会に出かける用もあった。
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