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第2章
34.森からの使い③
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「その前に、人払いをお願いします」
テティスはそう告げた。
「……まあいいだろう」
エイクはそう返すと、紹介者としてその場にいたカテリーナに退室を命じた。
エイクと二人きりになったところで、テティスは改めて語り始めた。
「私の主の名前は、フィントリッド・ファーンソンといいます。ですがこの名はご存知ではないと思います。主の本名は、いかなる歴史書にも記されていないはずですから。
主の事を簡潔に説明するならば、あなた方がヤルミオンの森と呼ぶ森の、奥深くに居を構える強大な力を持つ魔法使い。ということになるでしょう。
そして、主はエイク様と協力関係を築きたいと望んでいます。
協力する内容は、悪神ダグダロアの信者への対応について」
その提案は、エイクの意表を突くものだった。
そして、関心を持たざるを得ないものでもある。
「ダグダロア信者がどう関係してくるんだ?」
エイクはそう問い返した。
「順を追ってご説明します。
この国では、最近ヤルミオンの森に強い妖魔が増えたと噂されています。エイク様は長年森で妖魔を狩っていたとのこと。その噂が事実だと、ご存知なのではありませんか?」
「心当たりはある」
「では、その中にダグダロアの神聖魔法を扱う者がいる事にはお気づきでしょうか?」
「ああ」
エイクは先日倒したドルムドのことを思いこしていた。
「この国の人々は、それらの強い妖魔は森の深部に居たもので、周辺部にまで姿を現すようになったと考えています。
しかし、それは誤りです。
実際にはそれらの妖魔は、外から森に入りこんで来た者達です。
少なくともダグダロアの神聖魔法を使う者は間違いなく外からの侵入者です。
森の深部には、ダグダロアの神聖魔法を使う者など全く存在していなかったからです。
主は以前から、自身の膝元ともいえる森の深部に、ダグダロアの徒が存在する事を許していませんでした」
エイクが話しに割って入った。
「待て、妖魔が大挙してヤルミオンの森へ移動したなどという話しはなかったはずだ」
「ええ、妖魔は大挙して動いてはいません。小規模ずつ時間をかけて移動して来ています。
しかも、人目につかない場所を選んで動き、道中で人里を襲うようなこともしていません。ですからほとんど目立ってはいません。
そもそも、小規模な妖魔の移動は日常的に起こっていること。
仮にトロールのような強大な妖魔が移動しているのを見かけた者がいても、それが何の被害ももたらさずに通り過ぎるならば、後を追って倒そうとしたり行方を探ったりはしないでしょう。
結果的に妖魔たちは誰からも見咎められることなく、森に到達しているわけです。
今回妖魔の侵入が始まったのはおよそ4年前。それだけの時間をかけて妖魔は少しずつ、慎重に森に入り込んで来ているのです」
「……」
沈黙するエイクにかまわず、テティスは話を続けた。
「言うまでもなく、複数の妖魔の群れが、偶然にそのような行動を取るはずがあるません。間違いなく何者かが意図的そんな行動を取らせているのです。
主はこれを、自身に対する攻撃だと考えました。主には敵も多く、敵が森に侵攻してくる事は、今までにも何度かあったことだからです。
主がその気になれば、妖魔ごとき千いようが万いようが問題になりません。
しかし、今回妖魔は、人の世界に近い森の周辺部にたむろしています。そのような場所で主が力を振るえば、どうしても目立ってしまいます。主は目立つ事を望んでいません。
主は、今は静かに過ごしたいと考えているからです。
力を振るうにしても、事態の全容を確認してから、1回で終わらせるべきだ。そう考えた主は、妖魔を操る何者かを探り始めました。
まず、森の中を入念に調べましたが、そのような者の存在も、妖魔を呼び寄せる何からの仕掛けも見つけられませんでした。
ですが、妖魔を何体か捕らえて情報を聞き出し、奴らがユアン半島に現れた魔王の命により、ブルゴール帝国、北方都市連合領を経てやって来た事が分かりました」
ユアン半島というのはアストゥーリア王国から見て遥か北東方向に位置する、北のミヨルド海へと突き出た大きな半島だ。
その半島と周辺地域は魔族の領域となっている。
「主といえども、遠くユアン半島まで出向き、魔王と事を構えるのは容易い事ではありません。魔王の実力がはっきりしないならば猶更です。
それに、その妖魔が受けていた命は、森に辿り着いた後は、別命あるまで森の周辺部分に拠点を築いて待機しろ、というもので、魔王の真意は全くわかりません。
魔王が更なる勢力拡大を狙うにしても、いくつもの国を経た西の果ての森に兵を送るのは余りにも不自然。魔王自身が首謀者なのではなく、何者かとの取引の結果、兵を送っている可能性も考えられます。
より詳しく状況を探る必要がある。そう考えた主は、最も信頼できる者を北方都市連合領に送り込みました。
その者は、都市連合領に蠢くダグダロア信徒共を見つけ出し、既に暗闘が始まっています。
しかし、未だ全貌をつかめたとはいえない状況です。
そうこうするうちに、アストゥーリア王国から森に入り込んでくる妖魔も確認されるようになりました。
このことは、首謀者がユアン半島の魔王ではない可能性を強く示唆しています。
アストゥーリア王国での情報を収集する必要もある。そう考えた主によって、私が送り込まれたわけです。
ですが、主の配下の中で、担い手達の社会に入り込んで情報収集をすることが出来る者は限られています。
私は実質的に1人で行動する事になり、残念ながら有力な情報を得る事は出来ませんでした」
テティスの話を聞き、エイクは今更ながら、ドルムド一味から捕虜をとらなかった事を悔いていた。
あの時は、逃がさない事を最優先にして皆殺しにしてしまったが、もっと上手く立ち回っていれば、1体くらいは捕らえることが出来たかも知れない。
仮にテティスの話が事実ならば、ドルムドらが軍のような組織の一部隊なのではないか、というエイクの推測は正しかったことになる。
もしも捕虜を得ていれば、貴重な情報を得ることが出来た可能性もあったことだろう。
テティスの話は続いていた。
「私が“夜明けの翼”に加わったのも、情報収集の一環としてです。出自不明のよそ者が、手っ取り早く信用と影響力を得ようと思ったなら、有力冒険者になるのが早道ですし、私にはその程度の実力はありましたから。
それに“夜明けの翼”に何か後ろ暗い部分があると感じたのも、彼らに近づいた理由です。
そして、探りを入れた結果、テオドリックとジャックが神聖魔法を使える事を隠している事を知り、当たりを引いたかと思って、彼らに対する調査を進めました。
しかし、彼らが信仰していたのはダグダロアではなくネメトで、私が長い時間を費やした調査は空振りになってしまったわけです。
この私の不甲斐ない結果も踏まえて、主がエイク様に提案したいことは、ダグダロアに関する情報収集に手を貸して欲しい。ということです」
「俺は誰かの密偵役になるつもりはない」
「もちろん承知しています。密偵役として主に仕えろと言っているわけではありません。
エイク様が知った情報の内、ダグダロア信者や森に侵入する妖魔に関する事を、主にも伝えて欲しいというだけです。当然相応の見返りは用意するとの事です。
いずれにしても今後エイク様は、お父様の仇の情報を探られるはず。その過程で得られた情報の内、主にとっても興味がある情報を回して欲しい。というわけです」
テティスは一旦言葉を切った。
仮に彼女が伝えたその申出を承諾しても、エイクには特に支障は生じないだろう。
それにエイクには気にかかることもあった。
少しの沈黙の後、テティスはまた語りだした。
「それに、今お伝えした話は、より直接的にエイク様方にも関係するのかもしれません。
主は最近、今回の妖魔の動きは、自分を狙ったものではないのではないかと考え始めています。
妖魔の侵入が始まって4年も経つのに、主が住む森の深部へ侵攻する動きは全くなく、むしろ妖魔たちは、より人の世界に近い、森の外延部に拠点を築こうとしているように見えるからです。
主は、妖魔たちを操る者の目標は都市連合かアストゥーリア王国であり、その為の戦力を隠す場所として、森の周辺部を選んだのではないか。と、そう考えています」
それは、エイクが気にかかったことでもあった。
実際ドルムドらはチムル村に攻撃を仕掛けて来ていた。それは正にアストゥーリア王国への攻撃の第一波だったのかもしれない。
更に推測を重ねるならば、もし妖魔を操る者がアストゥーリア王国への侵攻を考えていた場合、その最大の障害となるのは王国最強の戦士だった父ガイゼイクだろう。
そう考えれば、森への妖魔の侵入が、父の死を待っていたかのように4年前から始まったということも、大いに気にかかる。
テティスの主が探ろうとしている相手が、エイクが求める仇と同一の存在である可能性は十分にありえる。
考え込むエイクに対し、テティスは更に言葉を重ねた。
「それに、私の主と友好関係を築く事は、エイク様にとっても有益なはずです。主の力は本当に強力で、寿命による死すら克服した、悠久なる存在です」
「まさか、アンデッドなのか?」
「違います。主の配下には恐ろしく強いアンデッドもいますが、主自身は違います。主が死を克服した方法は、そのような短絡的なものではありません」
「分かった。その申出を受けてもいい。だが、お前の主という者と一度会って話をしたい」
エイクはそう答えた。
テティスの主への関心が高まっている事を、認めざるを得なかったからだ。
森の奥に潜む、死を超越したとまで称し、万の妖魔すらものともしないと豪語する魔法使い。それだけでも十分に興味深い。
そして、先ほどテティスは「主の本名は歴史書に記されていない」と言った。
それは、偽名ならば歴史書に記されている。ということを意味しているようにも聞こえる。大いに興味をそそられる表現だった。
やや緊張を解いた様子でテティスが答えた。
「もちろんです。主も是非一度エイク様お会いしたいと言っています。むしろ出来る限り早く会う事が主の望みです。
ただ、主と会うにあたっては、注意していただくことがあります。
故なくしてエルフやハーフエルフを虐げたり、蔑む言動をしたりすることは、絶対にやめてください。
主は基本的に理性的です。しかし、正当な理由もなくエルフやハーフエルフが虐げられるのを見聞きすると、理性を失う事があります。
主は、私と同じハーフエルフなのです」
(ハーフエルフか)
エイクの関心は一層高まった。
「それは約束する」
元より、父の仇の関係者でもない限り、こちらから積極的に誰かを虐げるつもりはない。エイクはそう確約した。
仮に父の仇の関係者にエルフの血を引くものがいた場合は、その者を攻撃する事は正当な理由があると認めて貰うほかないが。
その答えを聞いて更に緊張を緩めたらしいテティスは「ちなみに、命を狙った代償にその身を捧げるのは正当な理由と言えるので、私のことは好きにしてもらっても大丈夫ですよ」と述べ、からかうような笑みを見せた。
そんなテティスを無視してエイクは話しを進めた。
「会うなら来月2日以降にして欲しい。1日に父の屋敷に引っ越す予定がある。それまでは落ち着かないだろう。
それから、早めに会う機会を設けるなら、そちらからこの街に出向いてきて欲しい。俺は今、ヤルミオンの森の奥地まで赴く余裕はない」
「分かりました。主は出来るだけ早く会うことを望むでしょう。この街を訪れる事にも不服はないはずです。早速報告して日程の調整の為にまた来させてもらいます」
そう言って立ち上がったテティスに、エイクも立ち上がりつつ声をかけた。
「待て。詫びのしるしに俺に身を捧げるんだろう?報告はその後でもいいはずだ」
彼は結局、己の欲望に従う事にしたのだった。
テティスは一瞬目を大きく開いて驚いたようだったが、エイクの様子から、彼が直ぐにでもそれを望んでいる事を察すると「お手柔らかにお願いします」と述べて、エイクの間近に歩み寄った。
エイクはテティスを軽々と抱え上げる。
その体の柔らかな感触に、更に欲望を刺激されたエイクは、テティスの耳元に口を寄せ「優しいのは、余り期待するな」と告げた。
その剣呑な様子にテティスは思わず身を堅くしたが、エイクは構わず彼女を寝室に運んだ。
彼の行為は、確かに余り優しいものにはならなかった。
テティスはそう告げた。
「……まあいいだろう」
エイクはそう返すと、紹介者としてその場にいたカテリーナに退室を命じた。
エイクと二人きりになったところで、テティスは改めて語り始めた。
「私の主の名前は、フィントリッド・ファーンソンといいます。ですがこの名はご存知ではないと思います。主の本名は、いかなる歴史書にも記されていないはずですから。
主の事を簡潔に説明するならば、あなた方がヤルミオンの森と呼ぶ森の、奥深くに居を構える強大な力を持つ魔法使い。ということになるでしょう。
そして、主はエイク様と協力関係を築きたいと望んでいます。
協力する内容は、悪神ダグダロアの信者への対応について」
その提案は、エイクの意表を突くものだった。
そして、関心を持たざるを得ないものでもある。
「ダグダロア信者がどう関係してくるんだ?」
エイクはそう問い返した。
「順を追ってご説明します。
この国では、最近ヤルミオンの森に強い妖魔が増えたと噂されています。エイク様は長年森で妖魔を狩っていたとのこと。その噂が事実だと、ご存知なのではありませんか?」
「心当たりはある」
「では、その中にダグダロアの神聖魔法を扱う者がいる事にはお気づきでしょうか?」
「ああ」
エイクは先日倒したドルムドのことを思いこしていた。
「この国の人々は、それらの強い妖魔は森の深部に居たもので、周辺部にまで姿を現すようになったと考えています。
しかし、それは誤りです。
実際にはそれらの妖魔は、外から森に入りこんで来た者達です。
少なくともダグダロアの神聖魔法を使う者は間違いなく外からの侵入者です。
森の深部には、ダグダロアの神聖魔法を使う者など全く存在していなかったからです。
主は以前から、自身の膝元ともいえる森の深部に、ダグダロアの徒が存在する事を許していませんでした」
エイクが話しに割って入った。
「待て、妖魔が大挙してヤルミオンの森へ移動したなどという話しはなかったはずだ」
「ええ、妖魔は大挙して動いてはいません。小規模ずつ時間をかけて移動して来ています。
しかも、人目につかない場所を選んで動き、道中で人里を襲うようなこともしていません。ですからほとんど目立ってはいません。
そもそも、小規模な妖魔の移動は日常的に起こっていること。
仮にトロールのような強大な妖魔が移動しているのを見かけた者がいても、それが何の被害ももたらさずに通り過ぎるならば、後を追って倒そうとしたり行方を探ったりはしないでしょう。
結果的に妖魔たちは誰からも見咎められることなく、森に到達しているわけです。
今回妖魔の侵入が始まったのはおよそ4年前。それだけの時間をかけて妖魔は少しずつ、慎重に森に入り込んで来ているのです」
「……」
沈黙するエイクにかまわず、テティスは話を続けた。
「言うまでもなく、複数の妖魔の群れが、偶然にそのような行動を取るはずがあるません。間違いなく何者かが意図的そんな行動を取らせているのです。
主はこれを、自身に対する攻撃だと考えました。主には敵も多く、敵が森に侵攻してくる事は、今までにも何度かあったことだからです。
主がその気になれば、妖魔ごとき千いようが万いようが問題になりません。
しかし、今回妖魔は、人の世界に近い森の周辺部にたむろしています。そのような場所で主が力を振るえば、どうしても目立ってしまいます。主は目立つ事を望んでいません。
主は、今は静かに過ごしたいと考えているからです。
力を振るうにしても、事態の全容を確認してから、1回で終わらせるべきだ。そう考えた主は、妖魔を操る何者かを探り始めました。
まず、森の中を入念に調べましたが、そのような者の存在も、妖魔を呼び寄せる何からの仕掛けも見つけられませんでした。
ですが、妖魔を何体か捕らえて情報を聞き出し、奴らがユアン半島に現れた魔王の命により、ブルゴール帝国、北方都市連合領を経てやって来た事が分かりました」
ユアン半島というのはアストゥーリア王国から見て遥か北東方向に位置する、北のミヨルド海へと突き出た大きな半島だ。
その半島と周辺地域は魔族の領域となっている。
「主といえども、遠くユアン半島まで出向き、魔王と事を構えるのは容易い事ではありません。魔王の実力がはっきりしないならば猶更です。
それに、その妖魔が受けていた命は、森に辿り着いた後は、別命あるまで森の周辺部分に拠点を築いて待機しろ、というもので、魔王の真意は全くわかりません。
魔王が更なる勢力拡大を狙うにしても、いくつもの国を経た西の果ての森に兵を送るのは余りにも不自然。魔王自身が首謀者なのではなく、何者かとの取引の結果、兵を送っている可能性も考えられます。
より詳しく状況を探る必要がある。そう考えた主は、最も信頼できる者を北方都市連合領に送り込みました。
その者は、都市連合領に蠢くダグダロア信徒共を見つけ出し、既に暗闘が始まっています。
しかし、未だ全貌をつかめたとはいえない状況です。
そうこうするうちに、アストゥーリア王国から森に入り込んでくる妖魔も確認されるようになりました。
このことは、首謀者がユアン半島の魔王ではない可能性を強く示唆しています。
アストゥーリア王国での情報を収集する必要もある。そう考えた主によって、私が送り込まれたわけです。
ですが、主の配下の中で、担い手達の社会に入り込んで情報収集をすることが出来る者は限られています。
私は実質的に1人で行動する事になり、残念ながら有力な情報を得る事は出来ませんでした」
テティスの話を聞き、エイクは今更ながら、ドルムド一味から捕虜をとらなかった事を悔いていた。
あの時は、逃がさない事を最優先にして皆殺しにしてしまったが、もっと上手く立ち回っていれば、1体くらいは捕らえることが出来たかも知れない。
仮にテティスの話が事実ならば、ドルムドらが軍のような組織の一部隊なのではないか、というエイクの推測は正しかったことになる。
もしも捕虜を得ていれば、貴重な情報を得ることが出来た可能性もあったことだろう。
テティスの話は続いていた。
「私が“夜明けの翼”に加わったのも、情報収集の一環としてです。出自不明のよそ者が、手っ取り早く信用と影響力を得ようと思ったなら、有力冒険者になるのが早道ですし、私にはその程度の実力はありましたから。
それに“夜明けの翼”に何か後ろ暗い部分があると感じたのも、彼らに近づいた理由です。
そして、探りを入れた結果、テオドリックとジャックが神聖魔法を使える事を隠している事を知り、当たりを引いたかと思って、彼らに対する調査を進めました。
しかし、彼らが信仰していたのはダグダロアではなくネメトで、私が長い時間を費やした調査は空振りになってしまったわけです。
この私の不甲斐ない結果も踏まえて、主がエイク様に提案したいことは、ダグダロアに関する情報収集に手を貸して欲しい。ということです」
「俺は誰かの密偵役になるつもりはない」
「もちろん承知しています。密偵役として主に仕えろと言っているわけではありません。
エイク様が知った情報の内、ダグダロア信者や森に侵入する妖魔に関する事を、主にも伝えて欲しいというだけです。当然相応の見返りは用意するとの事です。
いずれにしても今後エイク様は、お父様の仇の情報を探られるはず。その過程で得られた情報の内、主にとっても興味がある情報を回して欲しい。というわけです」
テティスは一旦言葉を切った。
仮に彼女が伝えたその申出を承諾しても、エイクには特に支障は生じないだろう。
それにエイクには気にかかることもあった。
少しの沈黙の後、テティスはまた語りだした。
「それに、今お伝えした話は、より直接的にエイク様方にも関係するのかもしれません。
主は最近、今回の妖魔の動きは、自分を狙ったものではないのではないかと考え始めています。
妖魔の侵入が始まって4年も経つのに、主が住む森の深部へ侵攻する動きは全くなく、むしろ妖魔たちは、より人の世界に近い、森の外延部に拠点を築こうとしているように見えるからです。
主は、妖魔たちを操る者の目標は都市連合かアストゥーリア王国であり、その為の戦力を隠す場所として、森の周辺部を選んだのではないか。と、そう考えています」
それは、エイクが気にかかったことでもあった。
実際ドルムドらはチムル村に攻撃を仕掛けて来ていた。それは正にアストゥーリア王国への攻撃の第一波だったのかもしれない。
更に推測を重ねるならば、もし妖魔を操る者がアストゥーリア王国への侵攻を考えていた場合、その最大の障害となるのは王国最強の戦士だった父ガイゼイクだろう。
そう考えれば、森への妖魔の侵入が、父の死を待っていたかのように4年前から始まったということも、大いに気にかかる。
テティスの主が探ろうとしている相手が、エイクが求める仇と同一の存在である可能性は十分にありえる。
考え込むエイクに対し、テティスは更に言葉を重ねた。
「それに、私の主と友好関係を築く事は、エイク様にとっても有益なはずです。主の力は本当に強力で、寿命による死すら克服した、悠久なる存在です」
「まさか、アンデッドなのか?」
「違います。主の配下には恐ろしく強いアンデッドもいますが、主自身は違います。主が死を克服した方法は、そのような短絡的なものではありません」
「分かった。その申出を受けてもいい。だが、お前の主という者と一度会って話をしたい」
エイクはそう答えた。
テティスの主への関心が高まっている事を、認めざるを得なかったからだ。
森の奥に潜む、死を超越したとまで称し、万の妖魔すらものともしないと豪語する魔法使い。それだけでも十分に興味深い。
そして、先ほどテティスは「主の本名は歴史書に記されていない」と言った。
それは、偽名ならば歴史書に記されている。ということを意味しているようにも聞こえる。大いに興味をそそられる表現だった。
やや緊張を解いた様子でテティスが答えた。
「もちろんです。主も是非一度エイク様お会いしたいと言っています。むしろ出来る限り早く会う事が主の望みです。
ただ、主と会うにあたっては、注意していただくことがあります。
故なくしてエルフやハーフエルフを虐げたり、蔑む言動をしたりすることは、絶対にやめてください。
主は基本的に理性的です。しかし、正当な理由もなくエルフやハーフエルフが虐げられるのを見聞きすると、理性を失う事があります。
主は、私と同じハーフエルフなのです」
(ハーフエルフか)
エイクの関心は一層高まった。
「それは約束する」
元より、父の仇の関係者でもない限り、こちらから積極的に誰かを虐げるつもりはない。エイクはそう確約した。
仮に父の仇の関係者にエルフの血を引くものがいた場合は、その者を攻撃する事は正当な理由があると認めて貰うほかないが。
その答えを聞いて更に緊張を緩めたらしいテティスは「ちなみに、命を狙った代償にその身を捧げるのは正当な理由と言えるので、私のことは好きにしてもらっても大丈夫ですよ」と述べ、からかうような笑みを見せた。
そんなテティスを無視してエイクは話しを進めた。
「会うなら来月2日以降にして欲しい。1日に父の屋敷に引っ越す予定がある。それまでは落ち着かないだろう。
それから、早めに会う機会を設けるなら、そちらからこの街に出向いてきて欲しい。俺は今、ヤルミオンの森の奥地まで赴く余裕はない」
「分かりました。主は出来るだけ早く会うことを望むでしょう。この街を訪れる事にも不服はないはずです。早速報告して日程の調整の為にまた来させてもらいます」
そう言って立ち上がったテティスに、エイクも立ち上がりつつ声をかけた。
「待て。詫びのしるしに俺に身を捧げるんだろう?報告はその後でもいいはずだ」
彼は結局、己の欲望に従う事にしたのだった。
テティスは一瞬目を大きく開いて驚いたようだったが、エイクの様子から、彼が直ぐにでもそれを望んでいる事を察すると「お手柔らかにお願いします」と述べて、エイクの間近に歩み寄った。
エイクはテティスを軽々と抱え上げる。
その体の柔らかな感触に、更に欲望を刺激されたエイクは、テティスの耳元に口を寄せ「優しいのは、余り期待するな」と告げた。
その剣呑な様子にテティスは思わず身を堅くしたが、エイクは構わず彼女を寝室に運んだ。
彼の行為は、確かに余り優しいものにはならなかった。
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