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第2章
32.森からの使い①
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エイクが下水道跡のアンデッド退治の為に家を出た少し後。
カテリーナもまた、買い物の為に1人で家を出た。
店先で食材などをみつくろいながらも、カテリーナはこのまま逃げ出したいという思いを懸命に押さえ込んでいた。
彼女にとってエイクは恐怖の対象でしかなかったし、彼の行為は身の危険を感じるほど激しいもので、今の境遇はカテリーナにとって、とても望ましいものではない。
この境遇から逃れたいというのが彼女の正直な気持ちだ。
しかし、エイクの下から逃げだせば、彼女は犯罪者として追われることになる。それも闇信仰に手を出して罪を犯した重罪人として、だ。
そうなってしまえば、彼女が生きる道は、闇信仰を受け入れるような悪辣な組織の、お抱え魔術師になるくらいしかない。
その境遇が今よりましとは到底思えなかった。
エイクの下から逃げ出すのは得策ではないのだ。
今の彼女にとって最善の行動は、せいぜいエイクに媚を売って、その行為が少しでも優しいものになるように努めることだろう。
そんな情けない事を考えていたカテリーナに、声がかけられた。
「お久しぶりです。カテリーナさん」
カテリーナが振り向いた先に居たのは、可憐なハーフエルフの少女だった。
身長はカテリーナよりも低く、緑かがった明るい茶色の髪は短く整えられていて、エルフの血を引くものの特長である尖った耳が良く見えた。
胸のふくらみはささやかなものだが、薄手の服をまとうその体形は、確かに女性のものだった。
カテリーナにハーフエルフの女の知り合いはいないが、その端正な顔はある人物を連想させた。
「分かりません?テティスです」
少女が名乗ったのは、正にカテリーナが連想した“夜明けの翼”のメンバーの名だった。
テティスと名乗った少女は微笑を浮かべながら続けた。
「私が本当は女だって、カテリーナさんには気付かれているかもしれないと思っていたんですが、勘違いでしたか?」
少女の言うとおり、カテリーナはテティスが性別を偽っているのではないかと疑っていた。
カテリーナは性別を完全に変えてしまう特殊な霊薬があることを知っており、テティスの日頃の仕草に女性的なものを感じる事があったからだ。
その点では、この女が自分はテティスだと名乗ったことは、カテリーナにとっては、そこまで驚愕の事態とは言えない。もちろん、それが事実であることを証明することも出来ないが。
だが、今はその事を確認している場合ではない。
死んでもおかしくないほどの傷を負ったのに、二日後に調査隊が赴いた時には忽然と姿を消していたテティス。
その背後には何かがあった可能性は非常に高い。そう考えれば、彼或いは彼女が、“夜明けの翼”に参加したのには何らかの意図があったからなのだろう。
また、テティスがエイク攻撃に参加してあのような目にあったのは、カテリーナら他のメンバーに騙された結果だ。個人的にカテリーナ達を恨んでもおかしくはない。
どちらにしても、今更穏便な理由でカテリーナに接触してくるとは思えなかった。
「あなたがテティスだとして、今更何の用なの」
そう問いながらカテリーナは周りの様子を伺った。
周りには買い物客も多くおり、荒事を起こせるような状況ではない。しかし、周りの状況など気にしない者も中にはいる。
カテリーナは、右手人指し指にはめた魔法の発動体の指輪を確認した。
エイクはカテリーナが魔法の発動体を持つことを許していた。彼女の魔法程度は自分にとって脅威ではないと知っているからだろう。
しかし、相手がまともな人間なら、カテリーナの魔法も有効なはずだ。
テティスは、困ったような調子で答えた。
「そんなに警戒しないでください。今日はちょっとしたお願いがあって来ただけです」
「どんな事?」
「あなたの今の主人。エイク様に私を紹介してください」
「無理よ!」
カテリーナは、ほとんど叫ぶような口調でそう即答した。
テティスの目的はカテリーナではなく、エイクだったようだ。
だが、カテリーナは自分に危害が加えられることよりも、むしろエイクの機嫌を損ねることのほうが怖かった。
今の彼女にはエイクの機嫌を損ねるのは自殺行為だとすら思えた。
そして彼女は、エイクが最近寄せられる会見の申し込みの大半を煩わしいと思っていることを知っていたのだ。
だが、テティスは食い下がった。
「待ってください。私の申出を無視すれば、恐らく、エイク様の不興を買いますよ。
エイク様は“夜明けの翼”の中で唯一取り逃がしたテティスのことを気にしているはずです。
その本人と名乗る者が現れたのに、あなたの一存で追い払う。そんな事をしてエイク様が喜ぶと思いますか?」
それは確かにその通りかも知れなかった。
カテリーナは少し考えてから、答えた。
「……紹介はしてもいい。でも、口添えのような事は一切出来ないわよ。
それに、あなた、覚悟は出来ているのでしょうね?あなたは巻き込まれただけだと思っているかもしれないけれど、あなたも私達と一緒にあの人を攻撃したのは間違いない事実。
あの人があなたを許すとは限らない。
私と同じ目にあわされるかもしれないわよ」
カテリーナの脅しのような言葉に、テティスは真剣な表情で答えた。
「そうなっても仕方がありません。私にも、なんとしても果たさなければならない使命があるんです」
―――使命がある。
そう言うからには、テティスは個人として動いているわけではない。
彼女にはやはり何かの背後関係があり、それ故にエイクに接触しようとしているのだろう。
そして彼女の口調や表情を見る限り、その使命は彼女にとって相当重要なことのようだ。
そんな事情を察しつつ、カテリーナは改めて、テティスの顔から足元まで視線を動かした。
テティスの容姿は、大半の男が魅力的に感じるほどのものだ。
そして、彼女はカテリーナを同じ境遇に陥る覚悟もあるようだ。
もし彼女がエイクに気に入られた結果、或いは逆に不興を買った結果、手篭めにでもされて、そのまま自分と同じ境遇になったならば、その分自分の負担が減る。
それはカテリーナにとって望ましいことだ。
そんな事を考えたカテリーナは、テティスの事をエイクに紹介する事に決めた。
そうと決まれば早い方がいい。
カテリーナは、エイクが待つことを嫌うことを察していた。
(会うなら、今日が良いわ)
カテリーナはそう思った。
エイクは、アンデッド退治が長引く可能性も考慮して、今日は他の予定を一切入れていない。だが、カテリーナはアンデッド退治が長引くはずがないと思っていた。
(ドラゴンゾンビでもいない限り、あの人が手間取るはずがない。むしろ予定より早く帰ってくるかもしれない)
その空いた時間に、テティスとの会見を設定できれば、エイクの不興を買う可能性は高くないだろう。
そう考えたカテリーナはテティスに提案した。
「今日、この後時間はあるかしら。あの人が帰ってくるのを待って、今日の内に話しをするのが一番いいはずよ」
「大丈夫です。こっちも早い方が助かります」
同意を得たカテリーナは、テティスを家へと案内した。
こうしてエイクは、帰宅早々にテティスと会見の機会を持つことになったのだった。
カテリーナもまた、買い物の為に1人で家を出た。
店先で食材などをみつくろいながらも、カテリーナはこのまま逃げ出したいという思いを懸命に押さえ込んでいた。
彼女にとってエイクは恐怖の対象でしかなかったし、彼の行為は身の危険を感じるほど激しいもので、今の境遇はカテリーナにとって、とても望ましいものではない。
この境遇から逃れたいというのが彼女の正直な気持ちだ。
しかし、エイクの下から逃げだせば、彼女は犯罪者として追われることになる。それも闇信仰に手を出して罪を犯した重罪人として、だ。
そうなってしまえば、彼女が生きる道は、闇信仰を受け入れるような悪辣な組織の、お抱え魔術師になるくらいしかない。
その境遇が今よりましとは到底思えなかった。
エイクの下から逃げ出すのは得策ではないのだ。
今の彼女にとって最善の行動は、せいぜいエイクに媚を売って、その行為が少しでも優しいものになるように努めることだろう。
そんな情けない事を考えていたカテリーナに、声がかけられた。
「お久しぶりです。カテリーナさん」
カテリーナが振り向いた先に居たのは、可憐なハーフエルフの少女だった。
身長はカテリーナよりも低く、緑かがった明るい茶色の髪は短く整えられていて、エルフの血を引くものの特長である尖った耳が良く見えた。
胸のふくらみはささやかなものだが、薄手の服をまとうその体形は、確かに女性のものだった。
カテリーナにハーフエルフの女の知り合いはいないが、その端正な顔はある人物を連想させた。
「分かりません?テティスです」
少女が名乗ったのは、正にカテリーナが連想した“夜明けの翼”のメンバーの名だった。
テティスと名乗った少女は微笑を浮かべながら続けた。
「私が本当は女だって、カテリーナさんには気付かれているかもしれないと思っていたんですが、勘違いでしたか?」
少女の言うとおり、カテリーナはテティスが性別を偽っているのではないかと疑っていた。
カテリーナは性別を完全に変えてしまう特殊な霊薬があることを知っており、テティスの日頃の仕草に女性的なものを感じる事があったからだ。
その点では、この女が自分はテティスだと名乗ったことは、カテリーナにとっては、そこまで驚愕の事態とは言えない。もちろん、それが事実であることを証明することも出来ないが。
だが、今はその事を確認している場合ではない。
死んでもおかしくないほどの傷を負ったのに、二日後に調査隊が赴いた時には忽然と姿を消していたテティス。
その背後には何かがあった可能性は非常に高い。そう考えれば、彼或いは彼女が、“夜明けの翼”に参加したのには何らかの意図があったからなのだろう。
また、テティスがエイク攻撃に参加してあのような目にあったのは、カテリーナら他のメンバーに騙された結果だ。個人的にカテリーナ達を恨んでもおかしくはない。
どちらにしても、今更穏便な理由でカテリーナに接触してくるとは思えなかった。
「あなたがテティスだとして、今更何の用なの」
そう問いながらカテリーナは周りの様子を伺った。
周りには買い物客も多くおり、荒事を起こせるような状況ではない。しかし、周りの状況など気にしない者も中にはいる。
カテリーナは、右手人指し指にはめた魔法の発動体の指輪を確認した。
エイクはカテリーナが魔法の発動体を持つことを許していた。彼女の魔法程度は自分にとって脅威ではないと知っているからだろう。
しかし、相手がまともな人間なら、カテリーナの魔法も有効なはずだ。
テティスは、困ったような調子で答えた。
「そんなに警戒しないでください。今日はちょっとしたお願いがあって来ただけです」
「どんな事?」
「あなたの今の主人。エイク様に私を紹介してください」
「無理よ!」
カテリーナは、ほとんど叫ぶような口調でそう即答した。
テティスの目的はカテリーナではなく、エイクだったようだ。
だが、カテリーナは自分に危害が加えられることよりも、むしろエイクの機嫌を損ねることのほうが怖かった。
今の彼女にはエイクの機嫌を損ねるのは自殺行為だとすら思えた。
そして彼女は、エイクが最近寄せられる会見の申し込みの大半を煩わしいと思っていることを知っていたのだ。
だが、テティスは食い下がった。
「待ってください。私の申出を無視すれば、恐らく、エイク様の不興を買いますよ。
エイク様は“夜明けの翼”の中で唯一取り逃がしたテティスのことを気にしているはずです。
その本人と名乗る者が現れたのに、あなたの一存で追い払う。そんな事をしてエイク様が喜ぶと思いますか?」
それは確かにその通りかも知れなかった。
カテリーナは少し考えてから、答えた。
「……紹介はしてもいい。でも、口添えのような事は一切出来ないわよ。
それに、あなた、覚悟は出来ているのでしょうね?あなたは巻き込まれただけだと思っているかもしれないけれど、あなたも私達と一緒にあの人を攻撃したのは間違いない事実。
あの人があなたを許すとは限らない。
私と同じ目にあわされるかもしれないわよ」
カテリーナの脅しのような言葉に、テティスは真剣な表情で答えた。
「そうなっても仕方がありません。私にも、なんとしても果たさなければならない使命があるんです」
―――使命がある。
そう言うからには、テティスは個人として動いているわけではない。
彼女にはやはり何かの背後関係があり、それ故にエイクに接触しようとしているのだろう。
そして彼女の口調や表情を見る限り、その使命は彼女にとって相当重要なことのようだ。
そんな事情を察しつつ、カテリーナは改めて、テティスの顔から足元まで視線を動かした。
テティスの容姿は、大半の男が魅力的に感じるほどのものだ。
そして、彼女はカテリーナを同じ境遇に陥る覚悟もあるようだ。
もし彼女がエイクに気に入られた結果、或いは逆に不興を買った結果、手篭めにでもされて、そのまま自分と同じ境遇になったならば、その分自分の負担が減る。
それはカテリーナにとって望ましいことだ。
そんな事を考えたカテリーナは、テティスの事をエイクに紹介する事に決めた。
そうと決まれば早い方がいい。
カテリーナは、エイクが待つことを嫌うことを察していた。
(会うなら、今日が良いわ)
カテリーナはそう思った。
エイクは、アンデッド退治が長引く可能性も考慮して、今日は他の予定を一切入れていない。だが、カテリーナはアンデッド退治が長引くはずがないと思っていた。
(ドラゴンゾンビでもいない限り、あの人が手間取るはずがない。むしろ予定より早く帰ってくるかもしれない)
その空いた時間に、テティスとの会見を設定できれば、エイクの不興を買う可能性は高くないだろう。
そう考えたカテリーナはテティスに提案した。
「今日、この後時間はあるかしら。あの人が帰ってくるのを待って、今日の内に話しをするのが一番いいはずよ」
「大丈夫です。こっちも早い方が助かります」
同意を得たカテリーナは、テティスを家へと案内した。
こうしてエイクは、帰宅早々にテティスと会見の機会を持つことになったのだった。
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