剣魔神の記

ギルマン

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第2章

4.魔法を受ける訓練

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 その後エイクは、ロアンと話しを続けエイクがロアンの為に行うべき具体的な内容を確認した。
 その中で気になる事実を知った。グロチウスに関することだった。

 ロアンによると、グロチウスは元々20年近くも前から“精霊の泉”で用心棒をしていた男だったのだという。
 当時は何の変哲もない者で、名前もグロチウスなどという大仰なものではなく、ジャンと名乗っていた。
 ところが、いつの間にかネメトの神聖魔法を使うようになり、仲間を集め、ローリンゲン侯爵家の嫡男だったフォルカスと知己を得て、当時“精霊の泉”の庇護者だった貴族の弱みを握ってその動きを封じ、12年ほど前に“精霊の泉”を乗っ取ってしまったのだという。
 店乗っ取りの動きが表面化した頃、丁度先代から店を譲られた直後だったロアンはこれに抵抗する事に失敗してしまった。という話しだった。

 ロアンから聞いたグロチウスの経歴をみると、如何にして他者のオドを奪うなどという特殊な魔道具を入手したり、フロアイミテーターを飼いならしたりすることができたのか、全く不明だった。

 魔道具については偶然入手したということもあるかもしれない。
 しかし、本来遺跡などに存在するフロアイミテーターを飼いならし、街中に配置するというのは相当難しい行為である。
 本来ならば、そのような事を行う為には、イミテーターを作り出した古語魔法に関する相当詳しい知識が必要なはずだ。
 だが、グロチウスがそのような知識を得ていた様子はない。

 エイクにとってグロチウスは、初めてその存在を知った時から、王都の裏社会を支配しつつある強大な力を持つ闇司祭だった。
 そのような人物なら、特殊な魔道具を持っていたり、強力な魔物を従えていたりしてもおかしくない。そう思えたのだが、彼の過去を知る者からその経歴を聞くと、いつの間にそんな事を行えたのか不思議だった。

 もちろん、ロアンもグロチウスの経歴を全て知っているわけではないだろう。いつの間にかそのような知識や力を得ていた、というだけの話しかもしれない。
 しかしエイクは、ロアンの話しを聞いたことで、グロチウスと“呑み干すもの”にはまだ知られていない秘密があるのではないか、との印象を持った。

(どっちにしても、今考えることではないな)
 ロアンが帰った後もしばらくそんな事を考えていたエイクは、そう思って思考を切り変えた。
 仮に“呑み干すもの”にまだ秘密があったとしても、今すぐ解き明かさなければならないということはない。
 父の死の真相を探る事や、自らが強くなる事の方が優先順位は高い。

 そして、思わぬ来客で時間をとったが、予定していた事を行おうと考え、近くに控えていたリーリアに声をかけた。
「カテリーナを起こして来てくれ」

 エイクは昨日予定通りカテリーナの身柄を引き取っていた。
 そして、やり場のない憤りを彼女の身体にぶつけてしまっていた。
 裁判でエイクを陥れようとした事に対する罰である、という大義名分もあって、その行為は激しいものになった。
 その結果、カテリーナは朝直ぐに動くのは厳しそうな有様になっていた。
 だが、そろそろ動き出してもらっても良いだろう。
 そう考えたエイクはリーリアに付け加える。
「魔法を使う準備をして居間に来させてくれ」
「魔法、ですか?」
「ああ、魔法攻撃を受ける訓練をしたい」
「ッ!……かしこまりました」
 リーリアは一瞬驚いたようだったが、直ぐにそう応えて引き下がった。



 リーリアに引き連れられて来たカテリーナは、やはり憔悴していた。
 しかし、エイクの言いつけに背く事への恐怖が勝り、速やかに身支度を整えてやって来たようだった。
 そして、エイクが上半身裸になっているのを見ると、顔を青ざめさせ身を震わせた。
 エイクは攻撃魔法を受ける時に、衣服を傷つけたくないと考えそんな格好をしていたのだが、詳しい説明はせずにカテリーナに命じた。

「魔法攻撃を受ける訓練をしたい。無駄に部屋や服に傷を付けたくないから、広範囲の魔法は避けて、服がないところを狙ってくれ」
 カテリーナはエイクの意図を理解したが、やはり困惑した。
「そ、それは、本気で、ですか?」
「もちろん。そのくらいでないと訓練にならないだろう?
 前の時は“魔力の投槍”だけだったから、他の魔法を、特に直接ダメージを与えるものだけじゃあなく、相手の能力を下げたり行動を妨げたりする魔法も経験しておきたい」
「本当に?」
 カテリーナはなおも困惑していた。

 エイクは、相手を殺す事もある攻撃魔法を意図的に受けるという行為に、なんら問題を感じていないようだった。
 だがカテリーナにとっては、それは常軌を逸した行いだった。

 確かにカテリーナの魔法は、普通ならエイクに対してそれほど大きな効果を上げないだろう。実戦でエイクがカテリーナの攻撃魔法に耐え切ったことでそれは証明されている。
 だが、魔法には実力以上の大成功というものが起こることがある。
 確率は非常に低いが、大成功が何回か重なれば、普通では考えられない威力となり、格下が放つ魔法で一撃で死ぬ。などということも全くないとはいえない。
 そんな危険な行為を自ら望むとは、正気の沙汰とは思えない。

 なかなか動かないカテリーナに、エイクは語気を強めた。
「俺はお前の身元引受人だ。俺が、お前はやはり闇の神の信者だったと言えば、お前は再度審問にかけられる。結果は十中八九火刑だ。それが嫌なら俺の言う事に逆らうな。昨夜しっかり教えてやっただろう?」
「は、はい」
 カテリーナはまた震えていた。

 エイクが言葉を続ける。
「俺の行動に何か合理的な問題があると思うなら意見は聞く。そういう時ははっきりと言え。これも命令だ。
 それで、今は何か反対する理由があるのか?」
「き、危険はないのですか?」
「この前俺と戦った時、お前は本気だったんだろう?」
「はい」
「なら、気にするほどの危険はない。
 それとも、本気で放てば俺を殺せるような魔法でも隠しているのか?」
 カテリーナは大きくかぶりを振った。そんなものがあればとっくに使っている。
「ありません。……命令に従います」
 カテリーナはそう応えて魔法の詠唱を始めた。

 しばらくして、エイクの考えの方が正しかった事が証明された。
 カテリーナはそのマナが続く限り、考えられる限りの魔法をエイクに放った。
 だが、その全てがエイクにかすり傷ていどしか与えなかった。
 恐らく実力以上の大成功が十回以上重なって起こっても、エイクを殺す事は出来ないだろう。
 そんなことが起こるのを心配するのは、道を歩いていたら突然古竜が襲ってくる事を心配するのと大して変わらない。
 要するにエイクが言ったとおり、気にするような危険ではなかったのだ。
 カテリーナは自分を支配する男の強さを改めて知り、深く絶望した。

 カテリーナのマナが尽きた事を知ったエイクは、上着を着るとカテリーナに告げた。
「今後は俺が家で鍛錬する時は、出来るだけ近くにいるようにしろ。今の様な訓練をするかもしれないし、魔法やその他に知識について聞くことがあるかもしれない」
 カテリーナは賢者の学院にも属しており優秀な成績を修めていたという、彼女の知識の中には自分にとって有益なものもあるだろう。
 エイクはそう思ったのだった。
 カテリーナは黙って頷いた。



 その日の午後、エイクは“イフリートの宴亭”に赴くことにした。早速適当な仕事を探す為だ。
 金銭収入については、劇的に改善されそうだったが、己の強さを磨く為、また名を上げる為にも、やはり仕事をこなす必要はある。
 エイクは改めてそう考えていた。
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