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そんなことがあってから数日後、今日は帝都大学院武術成果報告会の開催日だ。
学院の中でも個人の武術に関する成果を発表する場で、平たく言うと武術大会だ。
幾つもの種目が行われるが、中でも最も盛り上がるのは、東西に分かれて5人ずつの戦士が勝ち抜き戦を行う、団体闘技試合だろう。
この試合は、実戦さながらの白熱したものになる。
武器は、刃こそ潰してあるものの、金属製で本物と変わらない重さの物が使われる。そして、実際に相手を打ち据えて戦われる。勝敗の判定は審判が行うが、寸止めだの、初撃決着だのといったルールはないのだ。
結果的に出場者はほぼ確実に負傷するし、運が悪ければ死んでしまうことすらありえる。
下手な剣闘士試合よりもよほど迫力がある展開になることも珍しくない。
この試合には未来の主力戦士を見定める為に、皇帝・皇后両陛下が御臨席される事もあり、特に優れた成績を示した者には両陛下から直接褒美が与えられる。
下級貴族や平民にとっては、両陛下の知遇を得るまたとない機会であり、熱が入るのも当然だ。
だが、今年は、皇帝陛下はご公務の都合で御臨席せず、皇后陛下のみの御臨席となった。
この事は、いつにない緊張感を学院全体に与えていた。
はっきり言ってしまえば、皇后陛下は大変恐れられているからだ。
現在のこの国において、皇帝・皇后両陛下の権力は正に絶対的だ。逆らえる者は誰もいない。
だが、皇帝陛下は寛容且つ公明正大な方で、私情で物事を決するような事は絶対にしない。理不尽な権力行使はなさらない方だ。
しかし、皇后陛下は違う。
感情の起伏が激しく、気分屋で理不尽な行いもなさるし、時には残忍ですらある。
流石に何の咎もない相手を罰するような事はないが、気に入らない相手に対しては些細な咎でも過大に罰する。
かつて、皇后陛下の機嫌を害したある上級貴族が、徹底的に身辺を調査された挙句、使用人に不埒な行いをした事実を見つけられ、それに反逆罪が適用されて家ごと取り潰された事すらある。
何でも、国の宝である民を傷つける行いは国そのものに害をなす行為だ、という理屈だったそうだ。
その理屈がまかり通るなら、人を傷つける犯罪行為の全てに反逆罪が適用可能という事になってしまうわけだが、皇后陛下はそれを本当にやってしまうのだ。
皇帝陛下と皇后陛下を比べれば、その権力は皇帝陛下の方が上だ。
しかし、公明正大な皇帝陛下も皇后陛下にだけは甘く、皇后陛下の理不尽だけはまかり通ってしまう事がある。
この為、この国でもっとも気を使うべき相手は皇帝陛下ではなく皇后陛下だといわれている。
皇帝陛下も臨席してくれていれば、さすがの皇后陛下も無茶な言動は控えるようなので、まず問題はないが、皇后陛下1人だけということは皇后陛下を掣肘出来る者は誰もいない。
しかし、そんな恐れられている皇后陛下だが、にもかかわらず人気は異常に高い。なぜならとてつもなく美しい方だからだ。
特に一般庶民からは絶大な支持を得ている。
何しろ、皇后陛下の勘気を被るのは日頃から側近くにいる貴族や高級官吏で、一般庶民には直接的な被害はほぼない。
更に、いくら探しても何の咎も見つからない者は罰せられないから、庶民から見れば皇后陛下から苛烈な罰を受けている者は皆悪人だという事になる。
要するに、庶民から見た皇后陛下は、悪い事をしている貴族や官吏を手酷く罰してくれる痛快な為政者なのだ。
その上絶世の美女となれば人気も出ようというものだ。
そんな事もあって、皇后陛下の御臨席がある団体闘技試合には多くの観客が詰め掛けていた。
かく言う僕もその1人である。
もっとも、今年の団体闘技試合自体は甚だつまらない物になるだろう。
一方の側が圧倒的に有利だからだ。
団体闘技試合では、慣例としてその年の在校生の中で最も身分が高い者が将帥という地位に就いて東軍西軍を率いるという形をとる。
そして、その配下に先鋒・次鋒・中堅・副将・大将の5人の戦士が集って勝ち抜き戦を行う。
将帥も参加者の1人とされるが、通例では大将が敗れた時点で敗北を宣言することになる。
今年の西軍将帥となったのは、当然皇族であるセスリーン殿下だ。
東軍将帥はエルナバータ公爵嫡子オストロス殿だった。
しかし、現在のセスリーン殿下の不人気の為に西軍戦士のなり手がなかった。
この競技でそれぞれの配下になる事は、形式だけの行為とは見なされない。少なくとも、どちらかといえば属した将帥に近しいか、近しくなりたがっていると見なされる。
だから、両軍総帥の身分や立場に差があると、配下の戦士に偏りが出来てしまうこともある。
今年の場合、本来なら皇族のセスリーン殿下が有利になるはずなのだが、今の殿下の状況からその配下の戦士となることは倦厭されてしまい、学院1位から5位が全員東軍になってしまった。
まあ、あの人たちは前から揃って反セスリーン派だったからやむを得ない。
その上、6位以下の者からも辞退者が何人か出て、西軍には碌な戦士がそろっていない。
さすがに先鋒の5人抜きはないだろうが、次鋒か中堅でほぼ確実に勝負は決まるはずだ。
勝ち抜き戦で出番がなかった戦士の為に、少し時間を空けてから勝ったチームの戦士同士の試合が行われるから、そっちの方が盛り上がるだろう。
と思っていたのが、どうも様子がおかしい。
そろそろ皇后陛下が貴賓席にご入場して、試合が始まってもおかしくない時間なのに、貴賓席は空のままだ。会場で何かごたついているようである。
オストロス殿の側の陣幕には戦士達がとっくに集まっているのに、セスリーン殿下の方には一人も来ていないようだ。どういうことだ?
「それでは西軍将帥、出場予定の戦士達は全員急病により欠場ということですね」
審判がセスリーン殿下に向かってそう確認した。
「はい。そのとおりです」
殿下が答える。
……。
これはさすがに驚いた。
いや、殿下、いくらなんでも人望なさ過ぎでしょう。
というか、病欠とか言ったらしい連中、状況分かっているのか?
セスリーン殿下がちょっと困ったことになるだけじゃあ済まないぞ。本当にしゃれにならんことになるぞ。
慣例では、将帥が戦う前に敗北を宣言する事になっているが、それは試合が始まった後の話だ。
まずは試合自体を始めないといけない。一方が将帥ただ1人しかいなくてもそれは変わらない。そして始めたからには誰かは試合場に立たねばならない。将帥しかいないなら将帥その人が、だ。
つまり、このままだとセスリーン殿下自身が試合場に上ることになる。
殿下は一応戦闘用の装束を身にまとい鎧も身に付けているが、それは見た目を美しくする事のみに重点を置いた儀礼用のものだ。
それにそもそも殿下には大した戦闘能力はない。
対するオストロス側の先鋒は巨漢のムスタフ・エバルズ殿。
さすがに皇女殿下を打ち据えるような馬鹿なことはしないと思う。
多分降伏を促して、殿下がそれに応じれば試合は終了だ。しかし、そんなこと以前に自分の配下として戦うべき戦士が1人もおらず、自ら試合場に上るという行為自体が、殿下にとって耐え難い屈辱のはずだ。
「不測の事態で戦士が集まらぬ場合には、代理を立てることが可能です」
審判がそう説明する。
その言葉を受け、セスリーン殿下が回りに集まっている観客達を見回した。
観客達の中には生徒も少なからずいる。その中から代理を指名することは不可能ではない。
殿下の顔が僕の方に向き、目が合った。
殿下の視線は少しだけ留まる。何かを堪えるような表情に見えたのは気のせいだろうか?
けれど結局、殿下は他を向いてしまった。
殿下は一通り観客達を見渡したが、代理の戦士を指名することを躊躇っている。
ここで指名して万が一断られでもしたら恥の上塗りになるからだろう。
……ここは行くしかないな。
僕が殿下の取り巻きに留まっている理由を考えたら、ここで行かないという選択肢はない。
僕は挙手して精一杯の声で発言した。
「畏れながら申し上げます。ハバージュ男爵オーランが嫡子アーディル、僭越ながら西軍代理戦士に立候補いたします!」
セスリーン殿下がこちらを見る。さすがに驚いているようだ。そして告げた。
「無礼者! お前のような惰弱な者が出る幕ではありません。身の程を弁えなさい!」
その言い方はどうかと思いますよ?
学院の中でも個人の武術に関する成果を発表する場で、平たく言うと武術大会だ。
幾つもの種目が行われるが、中でも最も盛り上がるのは、東西に分かれて5人ずつの戦士が勝ち抜き戦を行う、団体闘技試合だろう。
この試合は、実戦さながらの白熱したものになる。
武器は、刃こそ潰してあるものの、金属製で本物と変わらない重さの物が使われる。そして、実際に相手を打ち据えて戦われる。勝敗の判定は審判が行うが、寸止めだの、初撃決着だのといったルールはないのだ。
結果的に出場者はほぼ確実に負傷するし、運が悪ければ死んでしまうことすらありえる。
下手な剣闘士試合よりもよほど迫力がある展開になることも珍しくない。
この試合には未来の主力戦士を見定める為に、皇帝・皇后両陛下が御臨席される事もあり、特に優れた成績を示した者には両陛下から直接褒美が与えられる。
下級貴族や平民にとっては、両陛下の知遇を得るまたとない機会であり、熱が入るのも当然だ。
だが、今年は、皇帝陛下はご公務の都合で御臨席せず、皇后陛下のみの御臨席となった。
この事は、いつにない緊張感を学院全体に与えていた。
はっきり言ってしまえば、皇后陛下は大変恐れられているからだ。
現在のこの国において、皇帝・皇后両陛下の権力は正に絶対的だ。逆らえる者は誰もいない。
だが、皇帝陛下は寛容且つ公明正大な方で、私情で物事を決するような事は絶対にしない。理不尽な権力行使はなさらない方だ。
しかし、皇后陛下は違う。
感情の起伏が激しく、気分屋で理不尽な行いもなさるし、時には残忍ですらある。
流石に何の咎もない相手を罰するような事はないが、気に入らない相手に対しては些細な咎でも過大に罰する。
かつて、皇后陛下の機嫌を害したある上級貴族が、徹底的に身辺を調査された挙句、使用人に不埒な行いをした事実を見つけられ、それに反逆罪が適用されて家ごと取り潰された事すらある。
何でも、国の宝である民を傷つける行いは国そのものに害をなす行為だ、という理屈だったそうだ。
その理屈がまかり通るなら、人を傷つける犯罪行為の全てに反逆罪が適用可能という事になってしまうわけだが、皇后陛下はそれを本当にやってしまうのだ。
皇帝陛下と皇后陛下を比べれば、その権力は皇帝陛下の方が上だ。
しかし、公明正大な皇帝陛下も皇后陛下にだけは甘く、皇后陛下の理不尽だけはまかり通ってしまう事がある。
この為、この国でもっとも気を使うべき相手は皇帝陛下ではなく皇后陛下だといわれている。
皇帝陛下も臨席してくれていれば、さすがの皇后陛下も無茶な言動は控えるようなので、まず問題はないが、皇后陛下1人だけということは皇后陛下を掣肘出来る者は誰もいない。
しかし、そんな恐れられている皇后陛下だが、にもかかわらず人気は異常に高い。なぜならとてつもなく美しい方だからだ。
特に一般庶民からは絶大な支持を得ている。
何しろ、皇后陛下の勘気を被るのは日頃から側近くにいる貴族や高級官吏で、一般庶民には直接的な被害はほぼない。
更に、いくら探しても何の咎も見つからない者は罰せられないから、庶民から見れば皇后陛下から苛烈な罰を受けている者は皆悪人だという事になる。
要するに、庶民から見た皇后陛下は、悪い事をしている貴族や官吏を手酷く罰してくれる痛快な為政者なのだ。
その上絶世の美女となれば人気も出ようというものだ。
そんな事もあって、皇后陛下の御臨席がある団体闘技試合には多くの観客が詰め掛けていた。
かく言う僕もその1人である。
もっとも、今年の団体闘技試合自体は甚だつまらない物になるだろう。
一方の側が圧倒的に有利だからだ。
団体闘技試合では、慣例としてその年の在校生の中で最も身分が高い者が将帥という地位に就いて東軍西軍を率いるという形をとる。
そして、その配下に先鋒・次鋒・中堅・副将・大将の5人の戦士が集って勝ち抜き戦を行う。
将帥も参加者の1人とされるが、通例では大将が敗れた時点で敗北を宣言することになる。
今年の西軍将帥となったのは、当然皇族であるセスリーン殿下だ。
東軍将帥はエルナバータ公爵嫡子オストロス殿だった。
しかし、現在のセスリーン殿下の不人気の為に西軍戦士のなり手がなかった。
この競技でそれぞれの配下になる事は、形式だけの行為とは見なされない。少なくとも、どちらかといえば属した将帥に近しいか、近しくなりたがっていると見なされる。
だから、両軍総帥の身分や立場に差があると、配下の戦士に偏りが出来てしまうこともある。
今年の場合、本来なら皇族のセスリーン殿下が有利になるはずなのだが、今の殿下の状況からその配下の戦士となることは倦厭されてしまい、学院1位から5位が全員東軍になってしまった。
まあ、あの人たちは前から揃って反セスリーン派だったからやむを得ない。
その上、6位以下の者からも辞退者が何人か出て、西軍には碌な戦士がそろっていない。
さすがに先鋒の5人抜きはないだろうが、次鋒か中堅でほぼ確実に勝負は決まるはずだ。
勝ち抜き戦で出番がなかった戦士の為に、少し時間を空けてから勝ったチームの戦士同士の試合が行われるから、そっちの方が盛り上がるだろう。
と思っていたのが、どうも様子がおかしい。
そろそろ皇后陛下が貴賓席にご入場して、試合が始まってもおかしくない時間なのに、貴賓席は空のままだ。会場で何かごたついているようである。
オストロス殿の側の陣幕には戦士達がとっくに集まっているのに、セスリーン殿下の方には一人も来ていないようだ。どういうことだ?
「それでは西軍将帥、出場予定の戦士達は全員急病により欠場ということですね」
審判がセスリーン殿下に向かってそう確認した。
「はい。そのとおりです」
殿下が答える。
……。
これはさすがに驚いた。
いや、殿下、いくらなんでも人望なさ過ぎでしょう。
というか、病欠とか言ったらしい連中、状況分かっているのか?
セスリーン殿下がちょっと困ったことになるだけじゃあ済まないぞ。本当にしゃれにならんことになるぞ。
慣例では、将帥が戦う前に敗北を宣言する事になっているが、それは試合が始まった後の話だ。
まずは試合自体を始めないといけない。一方が将帥ただ1人しかいなくてもそれは変わらない。そして始めたからには誰かは試合場に立たねばならない。将帥しかいないなら将帥その人が、だ。
つまり、このままだとセスリーン殿下自身が試合場に上ることになる。
殿下は一応戦闘用の装束を身にまとい鎧も身に付けているが、それは見た目を美しくする事のみに重点を置いた儀礼用のものだ。
それにそもそも殿下には大した戦闘能力はない。
対するオストロス側の先鋒は巨漢のムスタフ・エバルズ殿。
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多分降伏を促して、殿下がそれに応じれば試合は終了だ。しかし、そんなこと以前に自分の配下として戦うべき戦士が1人もおらず、自ら試合場に上るという行為自体が、殿下にとって耐え難い屈辱のはずだ。
「不測の事態で戦士が集まらぬ場合には、代理を立てることが可能です」
審判がそう説明する。
その言葉を受け、セスリーン殿下が回りに集まっている観客達を見回した。
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けれど結局、殿下は他を向いてしまった。
殿下は一通り観客達を見渡したが、代理の戦士を指名することを躊躇っている。
ここで指名して万が一断られでもしたら恥の上塗りになるからだろう。
……ここは行くしかないな。
僕が殿下の取り巻きに留まっている理由を考えたら、ここで行かないという選択肢はない。
僕は挙手して精一杯の声で発言した。
「畏れながら申し上げます。ハバージュ男爵オーランが嫡子アーディル、僭越ながら西軍代理戦士に立候補いたします!」
セスリーン殿下がこちらを見る。さすがに驚いているようだ。そして告げた。
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