異世界陸軍活動記

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小隊長と軍団長

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 ◇

 どうして私がこんなことを‥‥‥

 心の中でそう思い軽く舌打ちした

 


 マシェルモビア第3軍団を率いるトルリ・シルベ。
 異例の速さで昇進した彼女は、自身の率いる第3軍団と第4軍団をまとめ、今ここに来るであろう人物を待っていた。
 かつて大陸深部を抜けたとして英雄にまで祀り上げられた彼女、その彼女はたった一人の人物を殺害するために6万の兵を率いこの場にいる

 
 その一人とは、サコナ・ソルセリー。
 最後の『破壊の一族』の一人として存在する人物

 サコナ・ソルセリーとは敵とはいえ共に深部を抜けた間柄であり、トルリにとって姉のような存在だった。元はと言えば自分達の部隊がサコナ・ソルセリー殺害の任務を受けたのだが、それを知っているにも関わらず深部移動中はトルリの事を気にかけていてくれた


 そしてもう1人の人物、ウエタケ・ハヤト
 グラースオルグとしてこの世界では知らぬものはおらず、その存在は恐怖そのものであった。そして常に先頭に立ち魔物を屠るその姿は、もう一つの名で呼ばれる『竜騎士』の姿に寸分違わなかった



 そのサコナ・ソルセリーもしくはウエタケ・ハヤト、そのどちらかがこの場に来ることになっている。
 たった1万の兵士の命の為に

 この両名のマシェルモビアでの評価は極めて高い、それはハルツールが考えている以上に高かった。
 本来、今作戦はソルセリー家の血を途絶えさせるための作戦の一つでしかなかった。もし仮にソルセリー家が既に滅んでいたとしても、違う時期にハルツールの兵を減らす為に使われていたと思う

 今回マシェルモビアは60にも及ぶ軍団を設立した。兵の数は計215万人、更に細部まで数えると優に250万は超えると思われる。
 その軍団を率いる軍団長も60人存在し、トルリ・シルベはその内の1人となっている。
 だがしかし、軍団長をまとめ上げる程の才能を持っている者は、トルリを含めマシェルモビアにはたった3人しかいない

 第1軍団を率い現在、大陸東部緩衝地帯でハルツールの砦を攻略中の『イバー・カード』。トルリが軍団長補佐を務めていた時の軍団長である。 
 イバー・カード率いる第一軍団が大陸緩衝地帯に侵入した事で、ハルツール軍は今回の作戦を実行した。
 元々ハルツールの作戦はマシェルモビアが考案したものであり、ハルツールにいるマシェルモビアの内通者から今作戦を持ちかけている。
 つまり、ハルツール側はまんまと策に乗せられたことになる

 第2軍団を率いるのは『サコッタ・ギャミ』
 サコッタは第5軍団と共にハルツールが奪取しようとしていた移転門を守備する

 そして第3軍団のトルリ・シルベ

 この3人以外は頭を務めるだけの能力が無い、他の57人の軍団長はトルリとサコッタに付随する2名以外、緩衝地帯において道を開けるだけの作戦に赴いている

 今作戦で最も重要なのが第3軍団のトルリ・シルベであろう、サコナ・ソルセリーをこの場で討ち取らなければならない。
 それだけなら楽な任務だが、この場にウエタケ・ハヤトが来る可能性もある。
 1万の兵を逃がす為にサコナ・ソルセリー本人がくるか、もしくはソルセリ―を逃がす為にウエタケ・ハヤトが来るか。
 軍の予測ではソルセリーが来る確率は60%、ウエタケが来る確率は20%と予測している。その他の選択肢もあるが、この二人のどちらかが来るだろうとされている。
 マシェルモビアにとっては実の所、ソルセリーよりもウエタケの方が厄介とみており、ウエタケが来ることを望んでいる。
 その為の6万の兵である

 ソルセリ―が残りウエタケが深部へ向かった場合、ソルセリーは討ち取れるがウエタケは空を飛べる召喚獣を持っているために深部を抜ける事が出来るだろう。
 だが、その逆の場合ウエタケが残りソルセリーが深部へ向かったとしたら、ウエタケはもちろん討ち取りソルセリーは深部で死亡するだろうと考える

 マシェルモビアが欲しいのはソルセリーもしくはウエタケの死体である。必要以上に痛めつけ無残な姿になった死体をハルツールに送り付け士気を下げる。
 これはマシェルモビアが建国した当初からやっていた事で、相手が有名な兵士であればある程効果がある。
 いくら強い兵士でも我が国を相手するとこうなると見せしめるため、そうして相手国の士気を落とす。
 サコナ・ソルセリーの父も、そして姉であるミュール・ソルセリーも必要以上に肉体に損害を与え、ハルツールに送り付けた。
 今回この嫌な役回りをトルリが受け持つ事になってしまった



 もう軍を辞めてしまおうか?

 トルリは目を閉じそう考える。
 本来結婚資金を貯めるため、一般の兵士よりも給料の高い士官になる為に軍大学に入った。一緒に入学を決意した婚約者は試験に落ちてしまったが、トルリは見事合格し今のこの状況にある

 一方の婚約者だが、軍を辞め一般の会社で営業をすることにした。
 彼はそっちの方で水が合ったのか、かなりの成績を出し今は住宅販売の営業をしている。その月によってはトルリの給料の3倍もの金額を稼いでおり、正直トルリが軍隊にいる必要はもう無くなっていた

 瞼を開けると目の前にはおびただしい程の兵士がいる、自分がこれほどの兵士の上に立つという事自体信じられない、正直自分には合っていないと思っている。
 そのうえ、一番戦いたくない相手とこれから戦わなくてはならない、軍団長補佐からは竜翼機を偵察に出させるか? と最初聞かれたが必要ないと答えていた

 トルリは必ずあの人が一人で来ると分かっていた。
 必ず来ると分かっていた。
 だからここには居たくなかった


「現れました、数3。魔石砲の攻撃を確認」
 双眼鏡を覗く兵士からの報告、その直後に爆発音が微かに聞こえてくる

 数3‥‥
「それは人ですか?」

「はい?」
 報告をした兵士は双眼鏡から目を離し、トルリを見る
 
「もう一度確認してください、それは人ですか?」

 兵士はもう一度双眼鏡で確認し
「人‥‥ではありません、あれはウエタケの召喚獣ノームです」


 やはり‥‥貴方が来たんですね
 

「軍団長、召喚主が現れました。ウエタケ・ハヤトで間違いありません」

「そうですか‥‥ならば作戦どおり魔法攻撃を主体にし、召喚獣で牽制、その背後には召喚者殺しを持つ者をつけて下さい、第4軍団にもそのように」
 当初の作戦通りにと軍団長補佐に伝える

「あ‥‥‥」

「どうしました?」

「‥‥‥対象が、白い仮面を」

 

 


 ◆


「おう、待たせたな」

「案外早かったですね大将、逃げても良かったんですよ」
 
 顔をこちらに向けながら魔石砲をぶっ放すノーム1号、良くあれで当たるなぁと感心するが、よくよく考えたら何処に撃っても敵兵に当たる気がする。それだけ真正面には敵の姿があった

「男が一度決めた事を曲げるわけないだろう」 

「へへっ、そうですかい、大将の為に戦場を温めときやしたから思う存分やっちゃってください」

「おう、別に温めても何も変わらないけどな、でもありがとう!」
 
 言うと同時に周りに水魔法を張り巡らせた。敵兵であるフロルドが使っていた湿気魔法、それを一気に広めるた瞬間、正面から飛んできたおおびただしい数の敵の魔法が全て爆発し、その爆煙により双方の視界が遮られる

「ノーム出し惜しみはするなよ、これで最後なんだ。持っている弾薬を全部使え、死んだ後に『まだ弾が残ってましたぁ』なんて情けない事を言うんじゃないぞ」

「言われなくとも分かってやすよ」

 煙で視界が遮られているにもかかわらず、ノーム達は次々と魔石砲を打ち込む。もちろん適当に撃っている訳ではなく的確に狙いを定め撃っている

「分かっているなら結構、なら俺も出し惜しみは無しで!」

 左手に嵌めているブレスレッドに魔力を通すと仕掛けが作動し、ブレスレッド表面の蓋が開く。そこから白い錠剤が飛び出しソレを口で捉え、そのまま奥歯で噛み砕く

「出ろ、オロチ」



 ◇


「軍団長、どうやらこちらが要求したサコナ・ソルセリーはいないようです、緩衝地帯に待機する部隊に連絡を入れますか?」

 軍団長補佐は一族が居ない事を確認し、緩衝地帯の部隊にハルツールの軍を叩かせるか聞いてくる、でも、これで合っている。軍がやりたかった事はこれで間違いない

「その必要性はありません」

「はい」
 補佐は返事をするとすぐに前を向き直った



「対象、召喚獣オロチを出してきました」
 爆発で発生した煙で全容が見えないなか、煙の上の方にうごめく影が見える。双眼鏡を持つトルリにもそれは確認できた

 召喚獣を変えてきた?‥‥
「でしたら魔法攻撃はそのまま続け、こちらの召喚獣を前に出し盾にしてください」
 
 いくら魔法に長けていても、いくら特別な召喚獣を出してきても結果は同じ、たった一人で6万の兵に抗えるはずがない

「そのまま召喚獣で押し上げ、召喚獣は召喚者殺しを持つ者で対処を、対象は作戦通り第4所属の中隊に任せます」

 あれだけの魔法を打ちこめばもう虫の息だろう、仮面を掛けて来たと聞いた時は少しヒヤリとしたけど‥‥、これで全て終わる

 トルリはこの段階で全て終わったと感じた

 だが

「軍団長、先程から魔法攻撃が届いてないように思えるんですが」

「届いてない?」
 トルリは双眼鏡で確認すると、先ほどからこちらの魔法攻撃は対象のだいぶ前で爆発している様に見える。しかも全て着弾する前、空中での爆発だった

 一体どうやっているのか‥‥ただ単に魔力で対処しているだけなのだろうか?

 
 攻撃対象には一度に数百もの魔法が放たれている、それをたった一人で対処できるはずがない。いくら魔力が高いと言えどもこんなに持つはずがないし、それどころかどんなに手数を多くしても数百攻撃を全て撃ち落とせるはずがない


「特に問題はありませんこのまま召喚獣を前に出しなさい、対象は飛んでくる魔法に手一杯でしょうから」

 全ては問題ない、作戦通りで間違いないと確信、こちらの犠牲はゼロでこの戦い‥‥いや、残酷な、一方的な攻撃は終わる。
 そう思っていたのだが

「軍団長‥‥対象が多重召喚を行っています」

「‥‥なんですって?」
 トルリが双眼鏡で覗くと丁度、見た場所にいた我が軍の召喚獣が魔石砲により攻撃され、吹き飛ばされた所だった。更に追い打ちをかけるように見えない何かによって更に攻撃を受けている。
 その見えない攻撃により魔法の爆発による煙も一緒に吹き飛び、その隙間から1体の人型召喚獣と大型の召喚獣の一部を確認できた

「ど、どうして、彼は多重召喚は出来ないはず」
 
 被害無しでこの任務を終わらせるはずだったトルリだが、それは元から不可能な事だった。トルリ及びマシェルモビア全ての兵士が気づいてはいなかったが、空には黒く淀む雨雲が集まって来ていた


 ◆
 



「ノーム! 弾はまだあるな!」

「まだ沢山ありやすよ! 大将は銃火器は使わないんでしょ? だったらあっしらに弾下さいよ!」

 爆発の音で声が聞き取りにくく、両方とも声が大きくなる

「ほらお前ら受け取れ!━━」
 投げて渡そうと思ったのだが
「━━あれ、無い!」
 『収納』の中にあったと思っていたはずの弾が入って無かった

「もう受け取ってやすよ!」
 だが何故かノーム達は俺の弾を受け取っていた

「さっき確認した時は入ってたのに、何で‥‥」

「前に大将の『収納』に穴を開けときましたからね! 大将の『収納』とあっしらの『収納』は穴で繋がってるんですよ!」

「は、はぁ?」
 たった今知った事実、よく後で食べようと『収納』に入れておいた食べ物が無くなっている事があったが‥‥
「お、お前らなんてことしてんだよ! てか穴って!」
 
 勝手に穴を開けられたという怒りよりも、そんな事が出来るの? という驚きの方が大きい

「そんな些細な事よりも大将! あれ見て下さいよあれ!」

 本来それは些細な事では無いのだが、ノームが顎で指す先には急速に広がる雲があった
「アレやったらどうですか!? 景気づけにパッとやっちゃって下さいよ!」

「雨雲‥‥」
 この世界の天候は女神が決める、雨は大地を潤す為に定期的に女神によって作られ、大地にを潤す。だがしかし、今この時に雨を降らせる理由などは特に無いはず。
 だとしたら、俺が何を出来るかを知ってて今雨を降らせようとしているのだろうか?

「敵なら敵らしくしててもらえば良かったのに、一体どっちなんだか」
 
 今この場であの魔法を使えば、間違いなく敵のど真ん中に落ちると思う、ただ‥‥‥
「雷って音と衝撃の割には攻撃範囲が狭いんだよな‥‥」

 まあいい
「ノーム3分後に落とすぞ!」

「へい!」

「オロチは落とす寸前に魔法陣に戻すからな!」
 オロチは身長がデカいからね、こっちに曲がってきたら困る

 ブレスレッドに魔力を流し飛び出して来た錠剤を口に含んだ




 ◇



「ん? 雨‥‥」
 頬に跳ねた水の感覚で雨が降り出した事が分かった。知らないうちに空は黒く染まり、その雲が太陽の光を遮る。
 部下は傘を持っていたのか私に差し出してくるが、それを手をかざす事で断る。
 雨が降るという事はこの大地は乾いているのだろう、大地に恵みをもたらす雨に感謝をしつつ戦況を見守る。
 戦況と言っても敵はたったの一人、一斉にかかってしまえば瞬時に終わるだろう。だが相手は魂さえ喰らうと言われるグラースオルグでもある。
 グラースオルグに殺された者は、死んでもその魂が解放される事は無く苦しみが続くと言われている。故にいくら圧倒的な戦力差があるとしても、誰も彼に対し突撃するのを嫌がる、だから被害が出ないようじわじわと魔法で削り、弱った所を叩く。
 本当ならごく一部の兵士以外は皆彼と戦いたくないのだ。だが逆に彼と直接戦いたいと願う者もいる。

 近しい者が彼によって殺され、その復讐に臨む者達。その者達は第4軍団の一中隊にまとめて配属してある。彼にトドメを刺すとしたら多分彼らの内の誰かだろう

 それにしても多重召喚なんて‥‥、そんな事が出来ると報告など受けて無いのに

 などと考えていた時だった

 

 カッ!!

 目の前が真っ白に染まる、同時に

 ピシャァァァァアアア!!!!!

「っ!!!!」
 トルリは反射的に体制を低くした。強烈な光と轟く音に涙を流しつつ、トルリは攻撃をされたと予測。トルリの側に居た補佐や士官兵士達も頭を抱えて身動きが取れない。いち早く状況を確認するためにトルリは顔を上げその方法を確かめようとしたが、その時見てしまった。
 空に浮かぶ雨雲から白い光が落ちてくるところを‥‥

 
 雷魔法? いえ、違う、あんなの雷魔法じゃない、あの威力‥‥女神の

 2度目の雷が第4軍団の中心に落ちる、その音にトルリは再び頭を下げる、その音と光に頭を下げさせられたと言ってもいい、恐怖により身を屈める事しか出来なかった

「め、女神が私達を━━」
 いえ違う、女神の意思じゃない


 ‥‥‥だとしたら、まさか彼が? 彼がこの魔法を?

 トルリ・シルベは、今回のこの作戦には女神の意思が加わっている事を知っている。女神が今作戦を望んでいるのだ。
 この事を知っているのは軍の上層部のごく一部。
 そして実際に作戦を実行している兵士では、第一軍団を率いるイバー・カードと、トルリ・シルベだけだった。
 だから今の攻撃が女神のはずがない、だとしたら残るは一人しかいない

「グラースオルグの姿じゃなくても、こんな事が出来るの? あの人は」
 自分の手が震えているのも気付かない。
 この時からトルリ・シルベは徐々に冷静さを失っていった

 だが、それはトルリだけではない、近づかなければ、遠くから攻撃してれば、そう思っていた兵士達全員から冷静さが失われていった

 
 


 ◆

 

「結局落とせたのは5発だけだったか」
 空にあった雨雲は5発目を落とした時点でキレイに消え去っている

 以前、タスブランカでリテア様を護衛後に砦を落とす際に使った方法で、魔法を無効化する砦を攻略した際に使用した。
 特に名前は付けていないが、名を付けるとしたら『お天気魔法』だろうか? 全く捻りが無い

 つまり魔法ではなく本物の雷を落としたが、やはり思っていた程の被害は出せなかった。そもそも威力はあっても範囲が異常に狭すぎる。
 向かって左側にいる敵兵のど真ん中に落とせたが、被害はさほどではない

 だが、あれほど飛んできていた魔法は一切を止めている。まぁ、本物の雷を見た事が無い人達ばかりだから戦意を挫く事が出来ただろう、動くなら今しかない

「突っ込むぞノーム! 突っ込めば魔法攻撃もうかつに出来ないだろう!」

「ういっす!」

「出てこいオルトロス! 道を開け!」
 召喚魔法陣から飛び出した、見た目柴犬の二匹は先を争うように飛び出し駆けた
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