異世界陸軍活動記

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昔の悪い思い出よりも今を生きる

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「バール! お前何でここに!?」

 目の前には、もう二度と会えないのではないかと思っていたバールの姿があった。軍学校では同じ学年だったが目指す目標が違った為、陸軍と海軍に別れそれぞれの道を歩むこととなった。
 バールは俺よりも1年早く卒業し、巡洋艦にて索敵班として海軍所属となったのだが‥‥

「なんでって俺は海軍所属だぞ? それと俺の艦がラベル島に行く事になったんだよ、聞いてなかったか?」

「全く聞いてない」
 また教えてくれなかったのかタクティアの奴‥‥いや、タクティアはバールの事知らないから仕方ないか、それ以前に乗る艦の変更があったかもしれないし、ア、アンドレアだっけ? 艦の名前すら忘れかけているし

「そんなの酷いぞ、俺はこの日を心待ちにしてたのにさ。‥‥それにしてもお前変わったな、最初ぱっと見分かんなかったよ、最初はお前の好物のダイモみたいなひょろひょろした体だったのにな」

 好物って訳ではないけれど、あの時は何となくよく口にしていた。俺の事を変わったと言ったバールだが、彼の方もすっかり変わっていた。 
 元々見た目は良く軍学校一のイケメンだったのが、何というか更に洗練されたイケメンになった。話し方は昔と変わりないが、その佇まい一つでも分かる。
 パリッとした軍服に身を包み背筋がピンと伸び、その笑顔から溢れんばかりの光を放ち、その口から覗く歯も白く輝いている。
 まるで後光が差しているようで眩しい
 
 駄目だこいつ、本物のイケメンだ! 

 
 一方の俺はと言えば
 
 道の端で寝ていたせいか、所々誇りを被ったしわくちゃの軍服に身を包み、吐く息は酒臭く、ボサボサの頭に今にも死にそうな顔。
 何で鏡も見ていないのに顔の事が分かるかって? 
 そりゃ抱えているエクレールがそんな顔しているから自分もそうに違いない。
 ぐったりしたエクレールを抱える同じくぐったりした俺、何となく成功した人と失敗した人を見ているような気になる

 バールと差を付けられた感が強い、給料は俺の方が貰っていると思うが、世の中お金だけではない

「所でハヤトが抱えている女性は‥‥そういった関係なのか?」
 
 抱えているエクレールを見てそう言うが、何となく戸惑っている感が強い。そりゃあ俺だってこんなボロボロになっている人を見たら戸惑うだろう。
 第一、制服をきた軍人が道に転がっているのがそもそもおかしい、サーナタルエだったらお巡りさんに補導され、後でタクティアにグチグチ説教されるのは間違いない

「全く関係ないよ、というか俺の部隊の隊員だよ、閉店まで飲んで皆でそこに寝てたんだよ」
 そう言って道の端っこを指さす」

「そこで寝てたって‥‥どんな飲み方をしてんだよ」
 呆れた声を出すが、それでもバールは笑っていた


「まあいいか、それよりも改めて。久しぶりだなハヤト、どうやらいままで無事だったようだな」
 スッと右手を出してくる

「うん、バールも元気で何よりだよ」
 出された手をぎゅっと握った。少したくましくなったバールの手に驚くが、バールはそれ以上に俺の手に驚いていた

「うわっ! ごつい手になったな!」

「まーね」

 もう会えないかと思っていたバール、海軍はどちらかといったら生存率が高い。それは海の場合あまり戦闘が起きないのと、ハルツールだけにある『耐壁』の魔法。
 それにより艦は守られ、よほど哨戒を怠らなければ危険にさらされる事は無い。
 だからバールは定年まで生き残るのではないか? と思っていた

 一方、陸軍に入った俺は今まで何度も危険な目に会ったし、実際死にかけた事も何度かある。
 バールとこうして顔を合わせていると『ああ、俺は生きているんだな』と感じた

 ビックリし、バールは手を放しそうになっていたが、その放しそうになった手に更に力を込めた

「ハヤト、どうやら約束を守れそうだな」

「約束? なんかしてたっけ?」
 覚えがないな

「忘れたのかよ、互いに生きて生きて生き延びて、そしたら一緒に酒でも飲もうって言ってただろう? まだ退役はしてないがな。でも今はお互いに生きてるんだ、約束の半分くらいは守られてるだろ?」

 あー‥‥言った
「もちろん覚えてるよ」

「今忘れてただろ」
 くっくっとバールは笑う

「ラベル島にさ、いい店があるんだよ海軍兵士御用達の店だ。陸軍の連中だと少々問題あるみたいんだが‥‥まあ、お前なら問題ないだろう」

 ラベル島にはバールの艦も駐留するみたいだし、ラベル島に行く楽しみが増えてしまった。だがそこで、バールの一歩後ろにいた海軍の制服を着た兵士、多分同じ竜翼機のパイロットだと思うが━━

「班長、そろそろ‥‥」
 時間を気にしてバールに声を掛ける

「おっ‥‥そうか、悪いハヤト俺達はもう行かなきゃいけないみたいだ。お前の乗る艦より先行して哨戒しなきゃいけないし、竜翼機の整備に手間取っててな、話の続きはラベル島で」

「うん、気を付けてな」

 互いに握っていた手を離し、バールは港に行こうとするが‥‥‥
「ハヤト‥‥お前が辛い時に一緒に居てやれなくてわるかった。‥‥じゃ! ラベル島で一足先に待ってるぞ」

 そう言い残し去っていった

 辛い時とは多分軍学校4年目の事を指しているんだろう、仮入隊の部隊が壊滅し、その後グラースオルグの『威圧』のせいで苦しんでいた事を‥‥
 バールの背中を見送っていると何となくあの時の事が思い出され、涙が溢れてきそうになるが、握手したばかりの手でそれを拭い、大きく息を付いた。

「ふぅ‥‥」
 見た目だけでなく、中身もイケメンとか

 それはいいとして、さて‥‥
「これはどうしようか?」

「くぁー‥‥、くぁー‥‥」
 俺とバールが話している間にまた寝てしまったエクレール、口を大きく開け変な寝息を立てていた。さっきまでは支えていたはずが、完全に俺に寄りかかり自分で動く気は毛頭ないらしい

 ここはサーナタルエではないので召喚獣を呼びだし運ぼうとするが、何故かコスモは出てこようとしないし、デュラハンの馬の方ハン子は一度出て来たが、途中で後ずさりし勝手に戻って行った

 いったいなんだよ、なんで出てこないんだよ
 ちょっとイラッとしつつ、しょうがなくおぶって行くことにする

 お姫様抱っこという運び方がある
 女性なら憧れる抱かれ方だが、実際やる男の方がかなりしんどい。重心が前になるし、50キロから60キロの重さを長時間持っているのは苦行以外の何物でもない。俺は『重力』魔法があるから問題ないが、この人が通る場所でお姫様抱っこは悪目立ちする、それにされる方も首に力を入れなければいけないので、辛いと思う。
 さらに意識の無い人を抱っこする場合は、される側にかなり負担がかかるのでこれは止めた方がいい、となると背中でおんぶしかない、どっちみち朝から女の人、更に軍服を着た人を軍服を着た人がおんぶとは絵ずら的に非常に悪い

 一輪車でもあったらそれに乗せて運ぶんだけど、無いからどうしようもないのだ

「大人しくおんぶされてろよ」
 
 酒臭いエクレールをおんぶするが、俺も酒臭いからイーブン

「よっこいしょういち」
 意外と重いエクレールに対し、すぐに『重力』を掛け軽くする、帰る途中道行く人が奇異の目で見てくるが、いちいち気にしてはいけない。
 実際はエクレールを捨ておいて逃げ出したい気分だが

「うん‥‥‥うぉ‥‥‥ううん」
 背中でもぞもぞとエクレールが動く

 起きたかな?
「エクレール、目が覚め━━」
「おろろろろろろろろ!」

 温かい物が肩にかかる感覚、それはとても酸っぱい匂いで、一日の朝を全て台無しにする力を持っていた。
 色々と収まったエクレールはそのまま寝息を立てる、エクレールの吐息が俺の耳にかかり少々くすぐったく感じるが、それと同じく俺の鼻にはエクレールの嘔吐物の匂いがほのかに香る

 訂正、ほのかどころか凄く香る

 まみれた俺達二人を見て 
 「うわっ!」と言って避ける人もいるなか

 俺は静かに目を閉じ、ゆっくりうな垂れた


 ・・・・

 ・・・・

「今日は運んでもらってすまなかったな隊長、それにしても昨日は羽目を外しすぎた感じだが、昔馴染みの二人と会えたし一緒に飲めて楽しかったよ。また機会があれば4人で飲みたいものだな!」

「うん‥‥‥」

 すっかり酒が抜け‥‥とまではいわず、適度に残っているエクレールは少しテンションが高い、鼻歌交じりの彼女は知らないのだろう。
 自分が嘔吐した事を‥‥‥

 あの後、肩に流れた温かい物が冷たくなるまで立ち尽くし、ようやく動く気持ちになり『洗浄』魔法を掛け、跡形もなくキレイにした。体には少しの汚れも無く、道で寝ていた時に着いた埃までキレイに取れた。
 だがしかし、体がキレイになっても心に負った傷まではキレイに治らない

「隊長はどうしたんだ? 二日酔いか? 『癒し』でも掛けるか?」
 言ってる側から『癒し』魔法を掛けてくるエクレール

「うん‥‥ありがとう‥‥‥」

「あれ? 治らなかったか?」

「大丈夫‥‥心の問題だから‥‥‥」

「そうか、何か出来る事があったら言ってくれ、相談ぐらいにはのれるから」




 ◆◇

 喉元過ぎればなんとやら、意外と喉を過ぎるのが早く朝のダウナーな気持ちはどこかに行ってしまった。
 終わった事はどうでもいい、俺はこれからを生きる今を生きる男。過去には囚われない。
 なにせ、ラベル島ではバールと飲む約束をしたし、それに人生で初の船である。バスさえ乗った事が無い俺が色々すっ飛ばして船に乗れるのだから、飛行機は竜翼機があるからもう乗ったけどね。でも船は別、海なし県生まれた俺からしたら船など見るだけでもめずらしいのに、乗れるとなると気分が高まる。
『海は広いな大きいな♪』と歌いながら行こうか? それとも『泳げおやき君』でも歌おうか?

「時間だねぇ~」
 既に鼻歌交じりで港に向かうことにする、隊員とはそこで合流。一緒に軍艦に乗り込むことになる。持ち物は全て『収納』に入れてあるので手ぶらで問題ない。
 しわくちゃの制服ではなくパリッとした制服に着替え

「いざ! 大海原へ!」

「大将、大将」

「ん、お? 何だよ」
 気合が乗った所で、ノームがひょっこりと魔法陣から顔を出して来た

「出来たんですよ大将、ほら見てくだせえ」
 ノームは俺に皿を差し出し、差し出された皿には魚の切り身のような物が乗せられていた

「何これ、魚?」

「ういっす!」

「‥‥え? 食べろって?」

「ういっす!!」

「時間ないんだよ、これから港に行かなきゃならないんだ。後にしてくれる?」

「ちょっとだけ、ちょっとだけでいいんで味見してもらいたいんですがね」

 あんまり食べたくないんだが、ノームがあまりにもニコニコしていたので仕方なく皿に手を伸ばす

「あれからおやっさんにきつくスモークしてもらいやしたから、まだ途中ですがこれでも十分行けますよ」

「燻製にしたのね、何かちょっと硬いと思ったら‥‥‥おやっさんて誰だ?」

「細かい事は気にせずどうぞどうぞ」

 おやっさんも気になるが、出港まで時間に余裕がある訳でもないので、言われた通り口に運ぶ、少し茶色になっており魚特有の匂いが鼻に突く

 魚嫌いなんだよな‥‥‥


 上武家では月に一度しか食卓に魚が出ない、出汁なんかにはもちろん魚を使ったりするが焼き魚などは月一ぐらいだった

 あれは小学6年の事、給食ででたサバの味噌煮。そこから武田君が虫を発見した事から始まる
「赤い虫入ってた!」
 給食中に急に叫び、武田君の席に一斉に男子が群がる。俺も男子なので例にもれず群がった。そこには小さく細い赤い虫の様なものがうねうねと動いていた。
 武田君はまだ動く虫を丁寧に指でつまみ、お盆の端に寄せておくと残りの給食をかき込みその虫を持って理科室に走る。他の男子も一斉に走って行った。
 俺も遅れながら理科室へ、そこにはスライドガラスに乗せられた小さな虫を皆で顕微鏡で覗く姿があった。
「隼も見なよ」
 進められて顕微鏡をのぞいてみると小さく赤い虫が元気よく動いている。
 赤い虫を発見した武田君はその日、クラスのヒーローだった

 その話を家でした所、姉の洋子が物凄く反応し、ネットで調べたらしくその日を限りに魚を食べなくなった。
 丁度そのころ寄生虫のアニキサスが話題になった時期で、父親と兄さんも魚を敬遠しだし何となく魚は食卓から遠ざけられた

 俺も高校に入ってから寄生虫の事をネットで調べてしまい、魚の口から「こんにちわ」をしている大きな虫を見て無理になった。それ以来魚は、匂いだけでも敬遠してしまう。
 実際はアニキサス以外の寄生虫は食べても問題ないらしいが、俺にはちょっと無理

 てなわけで、じっくりと表面を確認し、細長い虫がいないか確認してから嫌々口にした
 パクリと口に入れ噛むと、少し匂いがきつく顔をしかめたくなる

 うわぁっ、くさっ

 口から入ってきた匂いが鼻の方に抜ける、その匂いは生臭いというか若干香ばしいような、それでいて、噛めば噛むほどその匂いが気にならなくなり、さらに舌の奥に感じる痺れるような感じがする、これは匂いと相まって口や鼻、喉を通り‥‥‥
 俺はこらえきれなくなり飲み込んだ

 ゴクッ!

「どうです? 大将」
 ノームが笑顔で感想を聞いてくるが‥‥

「・・・・・・・」




「・・・・・・・」





「・・・・美味い」

「でしょう!?」

「なんだこれ? これなんだ?」

「スモークしたのを網で焼いたんですよ」
 
 俺は口の中に電流が走った。
 最初臭みのあった匂いがあっという間になくなり、口の中には少し香ばしい匂いがいっぱいに広がり、少しだけ硬い表面を噛み破ると中からふっくらとした身が溢れ出てくる、皮の方はかりッとし、柔らかな中の身と皮の違いが、さらに食感を良くする。
 そして噛めば噛むほど身の旨味が溢れ出し、口いっぱいに広がった

 気付けば皿の上に在った燻製が全て無くなっている

「もう‥‥無くなってる」

「うちらも食ってましたからね」
 いつの間にかノーム1号から3号まで出て来て燻製を食べていた

「お前ら俺の燻製を━━ま、まあいい、それよりこれはなんだ? 何でこんなに美味いんだ?」

「むぐむぐ‥‥ゴックン そりゃあ大将、砂糖が入ってないからなんじゃないですかね」

「燻製だから砂糖は入っていないだろう、肉は燻製でも━━」

「肉は甘いって言いたいんでしょ?」

「そうだ、肉を焼いただけでもかなり甘いのに‥‥でもこれは‥‥‥」

「そりゃあ大将、当然ですぜ。砂糖漬けにしたら魚は死んでしまいますからねぇ」

「‥‥‥あっ! そうか!」

 ノームが何を言っているのか一瞬分からなかったが、その意味を理解した。
 この世界の家畜は、フォアグラを作るように無理やり砂糖を食べさせ、肉自体を甘くしている。それを約1年、長くても2年で出荷し市場に出ることになる。
 だが魚の場合、そんな事をしたら間違いなく死ぬ。海に砂糖を撒くわけにもいかないし、そもそも‥‥

「この魚は天然物ですからね、甘いはずがないんですよ」

「‥‥‥こうしちゃいられない」

「大将?」

「魚を買い占めに行こう、この魚どこで買った?」
 こうしちゃいられないと俺の足は既に走り出していた

「港の市場ですが‥‥あっ、いや、大将! そろそろ急がないと出港の時間に遅れやすよ!」
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