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あの日の再来
しおりを挟む「こっちだ! こっちに資材を持ってこい!」
「『重力』使える奴は手伝ってくれ!」
「そこぉ! もたもたするな!」
慌ただしく兵士達が動き回り、誰一人手の空いている者はいない、誰しもが鬼気迫る表情でいる。
数日前まではここまででは無かったが、その数日前にある報告がもたらされた
◆◇◆
砦の西側の壁が破壊され、その後も定期的にやってくる敵兵により、修理が大幅に遅れていた。
東側、南側は完成されているが、北側は未完成、そして西側は修理となっている。
今は壁に二つの穴が開いている状態
大陸東部西地区の重要拠点となったため、兵士の数は増員され、壁の拡張工事も行われ要塞化が進められていた。しかし、マシェルモビアはこの砦を幾度も攻撃をしてくるため今だに未完成でいる
そして調査の結果、西側の壁が破壊された原因というのが判明した。敵の新しい兵器でもなく、偶然と施工ミスであった事が分かった。
砦の壁の中には、地球で言うと鉄筋コンクリートのように、人工魔石を溶かした状態で鉄筋のように壁の内部に張り巡らしている。
それに魔力を流すことにより、壁の強度は増し、魔法攻撃にも耐える事が出来るようになっている、それが今回の調査で分かった事は、本来壁の内部に収まっていなければならないその人工魔石の鉄筋が、上手く繋がっておらず、一部壁の外側にはみ出していた事が分かった。
通常ならそこに当たっただけでは爆発などはしないが、今回、その剥き出しの部分に敵の魔法が当たり、たまたま運悪く爆発を起こし、それが内部の鉄筋を伝い中から壁が崩壊、という事だった。
その場所の壁を建設していた工作兵達は、出ていたのは知っていたが、時間に追われていた事から、この位なら‥‥と妥協をしてしまったという、結果死者まで出してしまい、本来ならそこを担当した責任者に処分が下るはずだったが、今は人手が足りず工事も遅れているので、ひとまず壁が完成してからという事になった。
◆◇
「それでね、この3番目の子がね、家に帰ると真っ先に「パパ―」って来るんだよ」
軍学校で一つ上だったカップル先輩、自分の子供の話を聞かせてこようとする、家に帰ると妻と子供が迎えてくれる瞬間が一番幸せとか、子供の顔を見ると疲れが吹っ飛ぶとか。
それってなんて回復薬? と思う。
子供の顔を見て疲れが吹っ飛ぶなら、休暇なんて1日でいいのでは? と思ってしまう、マラソン選手だったら各所に子供を配置して行けば、ほぼ全力疾走出来るだろう、疲れ知らずの超人だ。
取りあえず
「いいですねぇー」
と返しておこう、俺の隣ではチョコレートを引き出しに来たエクレールが、苦笑いで俺を見ている。
散々子供の事を話していた先輩だったが、その内自分の隊に呼ばれ、俺のいる場所から去っていった。
先輩が去った後、俺は本来していた作業に戻る、それは部隊の隊長としての日報だった。一日の終わりに何があったか、何をしたかを記入しそれを提出しなければならない。
いつもはタクティアに任せていたので楽だったけど、今はそのタクティアもいないので自分でやらなければならない。
ずっとまかせっきりだったせいか、いざ書こうとしても、何を書いていいのかさっぱり頭に浮かんでこない、タクティアは毎日さらさらと書いていたのに‥‥‥‥
何とか頭から捻りだし、報告書に記入する。
そして最後に自分の名と、自身に与えられている記号を記入する
記号は部隊の人間それぞれに与えられており、ソルセリーだったら破壊の一族の記号、回復持ちだったらそれ専用の記号、召喚者だったら、先行隊と召喚隊2種類の記号が用意されている。
俺は以前「その他」の記号を振り分けられていた。
その「その他」の記号とは、急遽代案で決められた記号で、初等部の時先生によく付けてもらっていた『良く出来ました』の記号をそのまま使われていた。
それが気に食わなくて自分で記号を作り、タクティアにそれを渡し、軍に申請してもらい、了承してもらう事が出来た。
その記号というのが
『さくら』を模した記号だった
真ん中に丸、そして周りに5つの花びらが付いている記号だ
ここに来るまでその記号に満足していた俺だったが、日報を書くようになりその考えは変わった。そのさくらの記号、どう見ても‥‥‥‥
『良く出来ました』
にしか見えない、と言うか小学校の時に、こんな判をテストの成績がいいと押されていた。
やってしまったか? と思ったけど、こっちの世界の人はその事を知らないのでよしとする、これで馬鹿にされることも無いからいいんじゃない?
「隊長は子供が嫌いなのか?」
今日の分のチョコレートを食べ終わり、満足したエクレールが唐突にそんな事を聞いてきた
「何でそう思うの?」
「機嫌が悪い時や興味が無い時、言葉と表情が真逆になる癖がからな、今も言葉では興味ありげだったが、顔は無表情だったぞ」
あれ? 顔にで出たか?
「そんな事ないだろうに」
「これでも長い事一緒に居るからな、そこら辺は隊長本人よりも詳しいぞ、はっはっはー」
何とも気持ちのいい笑い方をする
別に嫌いという訳ではない、何となく視界に入れたくないだけだ。
‥‥‥‥あれ? それって嫌いって事なのか?
お祭りや七五三とかで、子供が浴衣や着物を着ていると、周りの人は
「かわいいねぇ~」
とか言ったり、ニコニコしながらそれを見ていたりするけど、俺はそれを見ても何とも思わない、逆に見て楽しいのか? と、思ってしまう。
それに気がついたのは高校に入ったぐらいの時だった。
初等部に居た時、周りはほぼ子供だったが、子供というよりも同級生という考えが強かったのと、とにかく、言葉を覚えるのに必死だったからそんな事は思って無かったけど。
エクレールとそんな会話をしている時だった
マシェルモビアの軍団が動いた
という情報が流れてきたのは
「ああ、遂に動いたか」 というのが兵士たちの率直な感想だ
マシェルモビアの軍団の情報は既に兵士全てにいきわたっており、誰もがその存在を知っていた。
そしてその兵士の殆どは、大陸東部の海沿い、つまり大陸東部の東地区を進軍するだろうと考えている、これは補給の事を考え、船を使い海から物資を運ぶためだ。
長い事、海軍に予算を割いてきた事もあり、大陸東側の制海権はハルツールが持っている。そのため、例え軍団でも進軍はあまり進まないだろうと考えていた。
ただし、押している大陸東部の東地区の優位は無くなるだろうと考えられていた。
今、俺がいる砦では、軍団と戦闘する可能性のある東地区の兵士達は運が無いと囁かれていた。
それがこの砦にいる兵士達の考え方だった。
マシェルモビアの軍団の情報が届いた頃から、砦に攻撃を仕掛けてくる頻度が上がったように感じた。ただし、砦を攻略しようとするよりも、壁の破壊に重点を置いた攻撃だった。
直しては壊され、直しては壊されの繰り返し。
完成していたらそうそう壊される代物では無いのだが、未完成が故に壊れやすい、改修よりも修復に時間を掛ける方が多くなった。
『軍団が動いた』という情報があった以降、軍団の足取りは全くつかめて無かったが、ハルツールが躍起になってその行方を追っている時、新しい情報が入ってきた。
『大陸東部、西地区を移動中』
船で運ばないのか? なら補給方法は?
色々疑問は尽きないが、西地区を移動という事は、間違いなく目的地はこの砦になる。その報告にこの砦を任されている司令は慌てふためいた。
文字道りの慌てふためいたである、その慌て要はそれを見ていた下の者達に伝播し、砦は混乱に陥った。
そして情報はそれだけではない、ソルセリーの力を使って攻略した後、その後取り返されたヨルド要塞、その要塞に到着したとの未確認の情報も伝わってきた。
敵はすぐ目の前
上の者から下の者まで混乱し、色々な憶測まで飛び交うまでになった。
そんな中、リクレク中隊のカシ・ヒタミア中隊長により混乱は納められる、兵士を一か所に集め激を飛ばしたのだ。
普通こういうのは、もっと階級の上の人がする物だが、流石エリート集団を束ねる隊長がなせる業なのか? カシ・ヒタミア中隊長の言葉を聞いた兵士達は平静を取り戻すことになる。こんなのををカリスマと言うんだと思う。
俺も一緒になって混乱していたので、カシ・ヒタミア中隊長が何を言っていたかよく覚えて無いが、たしか‥‥「頑張ろう」とか、そんな事を言っていたような気がする。
すると何となく周りがやる気を出して来たので、俺も何となくやる気が出て来た。
まずは壁の修復、そして万が一の場合を想定して、砦の南側に脱出用の仕掛けを作る、罠を仕掛けそれを一気に起動させ、敵が混乱している時に無理やり突破するという物だった。
軍団規模の兵数にそれが通用するかどうかは知らないが
軍本部にも援軍を要請し、援軍が来るまで後数日かかる、これも間に合えばいいが‥‥‥‥
これが数日前に起きた出来事だった。
◆◇
この砦にいる誰もが昼夜問わず壁の修理に動いている、皆疲労もたまっている頃だろう、俺も特別に仕事がある、ここには竜翼機が3機しかおらず、上空からの偵察に3機だけでは流石に無理がある。
前から竜翼機の追加を申請している様だが、数が少なくこっちには回せないという事だった。
という訳で、俺も召喚獣を使い空からの偵察に出ている、そして土埃が立つ場所を見つけてしまった
「なんだ?‥‥」
敵軍の移動では無いと思う、まさかこんなお粗末な移動はしないだろう、上空から接近してみるとそれは人では無く魔物だった、しかも大型の‥‥
「オーガ? 何でこんな所に」
オーガは大陸西部に生息する魔物であり、東部には存在しない、しかしそれよりも驚くことが
「この数は一体‥‥」
もはや数さえ数えきれないほどの大群が、砦の方へ向けて一直線に進んでいた。
今砦に向かわれるとマズイ、この場で処理してしまおうか?
そう思ったが、脳裏にあの時の事が甦った
「そういえば‥‥あの時も‥‥‥‥まさか!」
信号弾を取り出し、それを砦に向けて発射する、色は赤、危険を知らせる信号弾
「戻るぞ、コスモ!」
急旋回を行い、砦に直行する
俺が砦に戻った時、丁度砦に所属する竜翼機も戻ってきた。そして俺が降り立つと、リクレク中隊のカシ・ヒタミアが駆け寄ってくる
「なにがあった!」
「もうすぐオーガの大群がやってきます」
「オーガだと!?」
「数は不明、土埃で把握は出来ませんでしたが、相当数だと思われます、それで、俺の思い違いだといいのですが‥‥」
「なんだ?」
「以前、似たような経験があります、オーガが本来生息しない場所に出現し、そのオーガを倒しきった後、マシェルモビアの兵士が現れました。 場所は大陸中央緩衝地帯」
カシ・ヒタミア中隊長は少しだけ体をのけ反らせた後
「司令に報告を‥‥他の隊員達、砦の兵士達にもオーガの戦闘の後、直ぐにマシェルモビアとの戦闘になる可能性があると伝えよ」
後方に待機していた隊員に指示を出す
「ハッ!」
「今の話を聞いていた者達もすぐに配置につくんだ! 壁の修理は中止だ!」
その場にいた兵士達はパッとその場から離れ、戦闘態勢時の持ち場に散っていく、その兵士たちの後ろ姿を見送っているカシ・ヒタミア中隊長の手は、わずかながら震えていた。
俺の視線に気づいたのか、自身の左腕を右手でぐっと掴み、深く深呼吸をする
「俺だって怖いのさ、正直、軍団規模の敵兵を相手できるとは思わない、間違いなくこの砦は落ちるだろうさ、お前の言う通りオーガの次にマシェルモビアが攻めて来て、それが軍団だった場合だがな。
こっちは色々と期待を背負っているからな、無敗のリクレク中隊の名に恥じない戦いをするさ、お前も竜騎士と呼ばれているんだから、英雄らしい働きをしてくれ、まぁ、お互い生きてまた会おうじゃないか」
右手を軽く上げ、カシ・ヒタミア中隊長も持ち場に移動した
「うーん‥‥やっぱ無理そうか」
連戦連勝のリクレク中隊の隊長が無理だと言い切ってしまった。何となくそうだろうと思ったけど‥‥‥
オーガの大群の襲撃の後、マシェルモビアの兵が来る、ただの勘だが間違いなく来るだろう、しかも規模は軍団、約3万程の兵士達だ。
この砦にいる全部が全部戦闘を行える訳では無いが、こちらの数は2千5百程、しかも壁は破壊され、修理もまだ終わってはいない。
「撤退を考えておいた方がいいか」
となると、そのまま自分の持ち場に付けない、逃げるとしてもエクレールを連れて行かないと
エクレールは怪我人が出た場合に備え、砦で待機している。俺はエクレールを自身の持ち場に連れ出すことにした。
◆◇
「隊長、私は砦で待機しないといけないのだが」
ちょっと付いてきてくれと、砦内部にいたエクレールを連れ出し、自分の持ち場に移動する
「それは別にいいんだよ、元々俺と一緒にこっちにいるのが元々の持ち場だから、何かあった時の為に、エクレールの事はあの場所に預けていただけだし、俺も他にやる事があったしね」
「そうなのか?」
「うん、‥‥‥‥それと」
エクレールだけに聞こえるよう耳元で
「もしもの事があれば、直ぐにでも撤退する」
「撤退‥‥」
エクレールは少し驚き
「今回は‥‥そこまでなんだな?」
「はっきりとは言えないけど、最初から撤退の事を頭に入れて戦って欲しい、無理はするなよ、それと俺から離れないように、見失うと撤退したくても出来なくなる」
「分かった」
頷くが、言った途中で『?』な顔になった。
「隊長はどこにいても私達をすぐ見つけるではないか、『探知』魔法を使って常に見ているんだろ? なら心配ないだろうに」
常に見ている、というのは何だか誤解を受けそうで嫌だが(実際どこにいるか常に見てはいたけど)今はそれが出来ないから言っている
「これはタクティアにしか教えて無いんだけど、俺『探知』魔法が使えなくなったんだ」
えっ! と、大きい声を出した後、エクレールは両手で口を押えた
「い、いつからだ」
「パルドラ要塞に居た時から、原因は聞かないでね、あと誰にも言わない事、バレたら一発でエクレールがバラしたって分かるからね」
「あ、ああ、約束する」
「という訳で、俺の側から離れないで」
流石に女神に取られたとは言えず、その話はそれで打ち切った。
俺達の持ち場は、砦北側の壁の上、壁は敵の攻撃により修理が進まず所々無い場所があり、そこを兵士達が壁の中に入られないよう守っている。俺は魔法が得意なので、完成している壁の上で魔法で支援する。
撤退時は、エクレールをペガサス形態のコスモに乗せ壁から降ろし、俺は壁からダイブ、『風』『重力』魔法を使い着地後、デュラハンの馬の方、ハン子にエクレールと一緒に乗り、南側の仕掛けが用意してある壁から逃げる算段をしていた。
そうこう考えているうちに、オーガの物であろう土埃が、前方に立ち込めているのが見えてきた。
◆◇
マシェルモビア軍、軍団長補佐であるトルリ・シルベは、軍団長と数名の兵士を連れ、ハルツール軍が持つ砦の近くまで来ていた。
木の上に上り『潜伏・隠蔽』の魔法を使い、姿は消してある。
本隊は少し後方に下げている、それもそのはず、彼らに魔物を使役している所を見せたくはないからだ。
今、ここまで近づいている理由は、軍団による作戦開始のタイミングを見計らっているからだ。
「敵砦、攻撃を開始しました」
オーガとの戦闘が始まったようだ、双眼鏡で覗いている兵士が報告する、チカチカと砦付近が光っているのは魔法だろう。
「オーガ全滅後、予定道り部隊を投入します」
あらかじめ決められていた作戦どおり、オーガ全滅後に後方に待機させてある部隊を投入する事になっていた。
返事の無い軍団長を不思議に思い、軍団長の方を見ると、砦の方角を見据え、忌々しそうに見ていた。
軍団長からしても、魔物を使うというのは不本意なのだろう
「特殊部隊からの連絡、最後の一匹が簡易移転門から移動を終えました」
「ん? 一匹だと」
オーガ達は簡易移転門を使い、そこから直接砦に向かっている、しかし今の報告は少し奇妙に感じた。『簡易移転門からの移動が全て終わった』なら分かるが、『最後の一匹』と報告するのは少し変では無いだろうか?
軍団長がその奇妙な報告を受け、それを聞いたトルリ・シルベも妙に感じた。
鳥が一斉に空に飛び立つ、飛び立った場所は簡易移転門がある場所だった。
そしてその鳥が飛び立った場所の木が、左右に割れるように倒れていった
あれ? 木が倒れ‥‥‥‥
‥‥‥‥え?
微かに聞こえる木が割れ、倒れる音、その音の後に大きな頭が木の上から姿を現した。
「な、な、な、何ですか!? あれは!?」
木の上に現れたのは間違いなくオーガの頭だった。大体この辺りの樹木の高さは20メートル程、
通常オーガの身長は大きくて5メートル程、しかし、今、目に見えているオーガはそれを遥かに上回る大きさだった。
「軍団長! あれは一体なんですか!?」
トルリ・シルベは我を忘れ、軍団長に詰め寄った。しかし、軍団長から帰ってきた返答は
「私は‥‥こんなのは聞いていない‥‥‥‥」
茫然とした表情で呟くだけだった
「ぐ、軍団長、特殊部隊からの報告です、いま目にしているオーガは偶然誕生した特殊個体、戦闘の実験をするので、あの個体が撤退をするまで軍団の攻撃は控えて欲しいと」
「実験‥‥だと?」
今そこにいるマシェルモビアの兵士達が茫然とそれを見ている中
その巨体のオーガは木々を掻き分け悠々と砦に向かい歩き出した
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