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マシェルモビアの闇
しおりを挟むマシェルモビア軍、軍団長補佐を務めるトルリ・シルベ
かつてハルツール軍の捕虜となり、そして大陸深部を横断という偉業を成し遂げた女兵士、それが今ではマシェルモビアで唯一、世界でも唯一の軍団の団長補佐を務めるまでに成長した。
そのトルリ・シルベは軍団長と共に、軍の地下施設へと移動していた。
「シルベ、最初に言っておくがこれは軍事機密に当たる‥‥‥いや、マシェルモビアにとっても、この世界にとってもだ。口外した場合は‥‥‥言わなくても分かるな?」
「はい」
どれくらい降りるの?
トルリ・シルベは軍に地下施設があるのは知っている、そこでは新しい武器や兵器の製造など、外部には知られたくない実験などもしていたりする。
トルリ・シルベは一番深いフロアでも、地下4階までだと把握していた。
だが軍団長は見た事の無いカードのような物をかざすと、エレベーターは地下4階の既に通り越し、まだまだ深く降りていく、地下4階を示すランプは先ほどから点灯したままだ。
少し不安になったが、不意に少しだけ押さえつけられるような感じを覚える、どうやらエレベーターは止まったようだ。
エレベータは止まったが扉は開かないし、軍団長は降りようとしない、軍団長は背を向けたままトルリ・シルベに言った
「これからマシェルモビアの闇を見てもらう‥‥もう一度言うが、例え誰であろうとここで見た事は話すな」
「はい」
軍団長はもう一度カードを使用すると、エレベータの扉はゆっくりと開いた。
扉の前には4人の兵士が刀を構えた状態で立っており、4人の兵士は降りて来た人物が軍団長だと知ると両脇にそれる。
軍団長はそれを一瞥するとエレベーターから降り進みだす、トルリ・シルベもまた軍団長に続き歩き出す。
長い廊下の側面にはそれぞれ部屋があり、そのドアには窓が付いている物もあった、軍団長は歩くのが早く、比較的体の小さいトルリ・シルベは自ずと早足になる
たまたま窓が付いているドアから部屋の中を見る事が出来たが、自分が見た事の無い物であったため、それが何なのか判別が出来なかった。
じっくりと確認出来る訳もなく、軍団長の後についていく
「ここだ」
軍団長が足を止めたのは一つの部屋、そのドアには窓が無かった。持っていたカードを軍団長が照らすとドアのロックが外れ、二人は部屋の中に入って行く
最初に視界に入ったのは、中に液体が入った円柱型のガラスの筒、大きさもかなりあり、それが幾重にも重なるように並んでいた
「‥‥‥ッ!!」
それを認識出来た瞬間、武器を取り出そうとしてしまった。
「オ、オーガ‥‥」
「‥‥驚いたか? これがマシェルモビア軍の闇だ」
トルリ・シルベが武器を取り出そうとしていた手を一瞥し、再び歩き出す。この部屋の更に奥へ
「マシェルモビアはオーガの生産をしている」
「えっ‥‥」
軍団長が何を言っているのか理解できず、トルリ・シルベは思考が停止してしまうが、軍団長はトルリには構わず、そのまま部屋の奥へと進んだ。
トルリ・シルベは考えがまとまってないまま、慌てて軍団長の後に付いて行く
「この筒は合わせて2千本程ある、その内完全に成長出来るのは4分の1程度、通常のオーガよりは強さは劣るが、知能は通常のオーガよりも上になる、我々の簡単な命令ぐらいは聞けるぐらいにな」
筒に眠るように収まっているオーガだが、突然動き出し、自分達に牙をむいたら‥‥この数に一斉に襲われたらまず助からない。
そう考えるとじんわりと汗が噴き出してくる
「軍団長、このオーガはもしかしてハルツールとの‥‥‥‥」
「既に何度か戦わせている」
ゴボボ‥‥
筒の中のオーガの口から空気が漏れる、その音にピクリと反応しつつ
「ま、魔物を使役するなんて、それは‥‥許される事なんですか?」
「普通の考えだったら許されないだろうな、しかしここにいるオーガは半分は人のようなものだ。‥‥‥あれが人だと言い切れるならな」
軍団長は止まる事無く奥に進んで行く、この部屋はかなり広く、所々に柱も立っている、そして進む先にはオーガが入っている筒よりも小さい筒がいくつかあった。
筒には同じく液体で浸されており、筒の内部には肉の塊のような物が浮いている、見た目的にも気持ち悪いが、近くでそれを確認すると肉の塊ではなく袋の様な物だった。下の方には大きな穴が開いている。
「コレがオーガが誕生する母体だ。これにオーガの種を掛け合わせ、あの筒のオーガ達を作っている」
その肉の袋はヒラヒラと揺れている
「母体‥‥‥? ですか?」
「そうだ、この肉塊は、元は人の女だ」
「‥‥‥‥え?」
「ハルツール軍の捕虜が元々中に入っていた。今はオーガの量産体制が整い、ここにいる元捕虜以外の捕虜は使ってないようだがな」
トルリ・シルベは言っている事がよく分からず、その袋をじっと見つめていた
・・・・・
・・・・・
「コレが‥‥‥‥人?」
理解が追い付いた時、頭を殴られたような強い衝撃が彼女を襲い
「‥‥‥‥‥‥‥‥うッ!!」
べちゃべちゃと胃の中の物が床に吐き出される
「おえぇぇえ!!」
すぐにでもその場から離れたいという衝動と、そして後悔。
知りたくは無かった。軍団長補佐など断ってしまえばよかったと。
「‥‥次の作戦では、ここにいるオーガを使う。だが、隊員達はもちろんそんな事は知らない、この事は一部の者しか知らされていない。
オーガ達を操る特殊部隊が最初敵を強襲し、オーガが全滅後に我々の部隊が当たる事になる、使用するオーガは2千匹だ」
胃の中の物を全て吐き出したはずなのに、それでもまだ何かが出てこようとし、トルリ・シルベを苦しめる
「こ、こんな‥‥‥‥」
出てこようとする物を無理やり飲み込み、トルリ・シルベは軍団長に
「こんな事をしてまで、戦争に勝つ気なのですか? ほ、捕虜に対しこのような扱いをするなんて、明らかに条約違反です!」
自身がハルツール軍の捕虜となった時、こんな非道な扱いは一切受けなかった。魔物を口元に押し付けられたこともあったが、それだって冗談の一つであったと自分でも理解していた。
それに敵の捕虜だったとしても、食料がほぼ無いにも関わらず、平等に分けてくれていた。
だが、自身が忠誠を誓う国マシェルモビアはそうでは無かった。
トルリ・シルベは、軍に対し、そして国に対し怒りと同時に悲しみを覚える
「勘違いするな、これは軍や国が決めた事では無い、女神の意思だ」
「‥‥‥‥え!?」
「女神サーナが、神託を我が国に与えて下さっているのは知っているな?」
「はい‥‥」
数カ月前に公表された女神の神託、マシェルモビアは現在、女神の神託を受けられる人物が存在しており、女神サーナが直接降りて来られ、その者に神託を与えていると言う。
「これも‥‥その神託の内の一つだ」
軍団長の顔には影が差していた。軍団長本人もこの場所の事は不本意なのだろう
「そんな‥‥女神が‥‥‥‥」
女神サーナ
トルリ・シルベは一度、女神サーナが降り立った場所にいた事がある、あの時はハルツールの軍人4名と大陸深部を通過しようとしていた時だ。
天使ネクターが、グラースオルグことウエタケ・ハヤトを消滅させようとした時、それまで天使ネクターがウエタケ・ハヤトを圧倒していたのにも関わらず、気づいた時にはその立場が逆転していた。
ウエタケ・ハヤト曰く、女神サーナが助けてくれたと。
女神サーナは優しく、物凄く美しい方だったとウエタケ・ハヤトは言っていた。
自分の知っている女神サーナの話と、ウエタケ・ハヤトが語る女神サーナ、どう考えても女神がこのような事を神託として我が国に伝えた。というのはトルリ・シルベに取って信じがたいものだった。
◆◇◆
「物資の補給、全て整いました」
「ご苦労様、持ち場に戻って下さい」
「ハッ!」
トルリ・シルベは手渡された資料に不備は無いか、自身の目で確かめる。
「問題なし‥‥と」
マシェルモビアの闇を知った数か月後、彼女は以前自身が配属されたことのあるヨルド要塞にいた。
そこは一度ハルツール軍によって奪われた場所だったが、マシェルモビア軍はその後押し戻し奪い返すことに成功している。
以前地上にあったカモフラージュの為の要塞部分は、破壊の一族の『消滅』魔法で破壊され、その後ハルツールによって新しく砦として建造されていた。
メインであった地下の部分は、崩落や岩の様な物で塞がれており、ほとんど使い物にならなくなってしまったが、この場所はハルツールに侵攻するにあたり、マシェルモビアからして見れば重要拠点でもあった。
軍団という大規模な部隊を運用するためには、その分大量の補給物資が必要になる、普通考えるなら海から補給物資運ぶのが妥当だろう。
陸から運ぶとしたらかなりの兵を補給部隊に回さなければならないし、空から運ぶとしても、竜翼機を一体どの位運用しなければならないのか? その分のコストは? となる。
しかし、今回、大陸東部の海沿いに当たる東地区ではなく、海から離れた西地区を進むルートを選んだ。通常なら考えられないルートだが、マシェルモビアには一部の上層部にしか知らされていない秘密があった。
『簡易移転門』
通常の移転門とは違い、一度きりの使い捨て、尚且つ一方通行、作るにしてもかなりのコストがかかる。
軍の最重要機密の一つでもあり、一般の兵にはその存在も知らされていない
女神の神託によりもたらされた『簡易移転門』、今回それを使い作戦に当たる事になる。ヨルド要塞の地下通路、ハルツールに発見されていない部分が残っておりその場所に設置し、物資を移動。
一般の兵には、陸や空から運んできたという事にしている
そして別の『簡易移転門』を使い、今回攻める砦の付近に設置し、2千匹のオーガを送り込む。もちろんオーガの事は一般の兵には伝えていない
物資の確認をしたトルリ・シルベは、軍団長に報告に向かう事にする
最近、彼女の顔は軍団長補佐という立場からか、顔つきが変わってきた。「凛々しい」といった表現が合うだろうか? しかし、心の中は昔とあまり変わってなかった。
帰りたいよぉ~
他の者が聞いたら士気が下がるであろう事を考えていた。まさか自分達の上司がこんな事を考えているとは、他の兵士達は思っても無いだろう
軍団長補佐になってから大分経つが、今回は軍団長補佐としての初めての作戦になる、それだけだったらまだよかったかもしれない。
だが今回行く場所は、かつて大陸深部を共に通過した時一緒だった『グラースオルグ』ウエタケ・ハヤトがいると報告されている。
共に戦った事もある人物、というのもあるが、実際にグラースオルグになった姿を目にしている彼女からしたら、今すぐにでも逃げ出したい気分でいっぱいだった。
もう二度と会う事も無いだろうと思っていたのだが‥‥‥‥
嫌だなぁ‥‥‥‥嫌だなぁ
彼女は戦闘前から戦意喪失状態であった。
一方で‥‥‥
今から行く場所に心を踊らせる者もいた。
「やっと‥‥‥‥やっと、また会えるなぁ~、グースよぉ~」
穂先が黄色に輝く槍を見つめ、笑みを浮かべている男だった。
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