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処分
しおりを挟む「あれ? いたのか」
後ろからオットの声が聞こえてくる、そうだよ最初から3人の兵士と一緒にいたよ、着いた瞬間にへたり込んでいたんだけど、仲間にですら忘れられるような存在なんだし仕方ないか
その存在すら忘れられ、へたり込んでいる彼女に
「何でいるの?」
と、問いかけたところ
「た、食べないでください!」
で返して来たドジっ子、トルリ・シルベ
「別に食べやしないよ、それで一つ確認したいんだけど、君これからどうするの?」
「ど、どうするってどういう事ですか‥‥‥‥」
「ここから一人で帰れるの?」
一瞬、何を言っているのだろうという顔をした後、全てを察したのか
「む、無理です、帰れません! 私を一人置いて行かないで下さい!」
後ろに倒れこんでいた状態から、俺にすがるように前のめりになって手を伸ばしてくるが‥‥
「いやぁぁぁ! 近寄らないでぇぇぇ!」
と言って後ろに後ずさる
自分から近づこうとしてからの「近づくな」とは一体‥‥‥‥
取りあえず話を先に進めたいのと、ちょっとだけイラッとしたので
「あんまり大声出していると、虫が寄ってくるかもよ」
と言って見たら、さっきまで騒がしかったのがピタリと止まった、子供のウソ泣きみたいだ。
「君を捕虜として連れて行ってもいいんだけど、それにはまず条件がある、破壊の一族のソルセリーの怪我を治してほし━━」
「やります! やりますから連れて行って下さい!」
「━━いんだけ‥‥ああ、そう? ならお願いするよ」
こうしてあっさりと交渉は成立した
「それなら‥‥」
『収納』に俺の作ったランスを仕舞い、支給品の槍を手に持ち、トルリ・シルベに槍の穂先を向けた。
「待ってください! 何で私に槍を向けるんですか、ちゃんと治すって言ったじゃないですか!」
槍を向けられたトルリ・シルベは慌てて少し後ずさる
確かにそう言った、でもね
「治す振りをして、そのままソルセリーに攻撃でもされたらたまらないからね、少しでも変な動きを見せたら‥‥そのまま突き刺す、楽には死なせないよ」
「そんな事しません! だ、だったらこれがあります」
ガサゴソと自身の『収納』から拘束具を取り出した
「これ、この前私がされていた拘束具です」
トルリ・シルベが出した拘束具は、確かに? 彼女に付けた拘束具‥‥だと思う。ロットナンバーが数字の7から始まっていた、あの時ラッキーセブンの7だなーと何となく覚えていた。7の後ろの数字は覚えてないけど
「何でまだ持っているの?」
「私の様な新兵には、まだこんなのは支給されないんです、なので万が一のために取って置いたんです」
中々物持ちがいい子みたいだ
「良かったね万が一の時が来て」
「え、ええ‥‥」
少し微妙な顔をしたトルリ・シルベ」だった
・・・・・・
・・・・・・
「『癒し』よ」
トルリ・シルベ詠唱すると、彼女の手から光が現れる
治療を専門にしている人なら詠唱をしなくても発動するのだけど、軍に所属している者の中で、詠唱無しで発動できる者は少ない、攻撃系の魔法なら相手のとっさの攻撃に対処するために、詠唱無しでも発動できるように皆努力はするが、回復系の魔法は違う、そこまで切羽詰まった状況時には使わないので、ほとんどの人が詠唱をし魔法を発動させる。
ちなみに俺は無詠唱で『癒し』を発動できるまで練習をかさねた、がしかし、俺の場合は魔法が発動しても効果が全く無い、なので回復魔法を使える人を見るとほんのちょっと、ほんのちょっとだけ妬ましく思ってしまう、ちょっとだけだけど。
「負傷した場所に回復魔法を入れますよ」
トルリ・シルベの手に現れた光は、そのままソルセリーの目の中へと消えていった
実際に発動している所を見ると正直羨ましい。
「どうですか? とりあえず血は止まった様ですけど、痛みはまだありますか?」
「‥‥ええ、痛みは少し和らいだわ、ありがとう」
「良かったですぅー」
ほっと胸を撫でおろした後
「ほ、ほら! 良くなったって言っているじゃないですか、いいかげんその槍を下ろしてください」
「そうだね、ありがとう」
拘束具を付けていても、ソルセリーは今の所全く目の見えない状態、トルリ・シルベが魔法に制限が付いていたとしても、懐に隠してある刃物などで攻撃されるという可能性もあるので、念のために槍を向けていたが、その穂先を彼女から外した
「‥‥何で槍を『収納』に入れないんですか‥‥‥‥」
少しだけ抗議するような目で言われたが
「念のためだよ、念のため」
「槍なんかで脅さなくたって変なことはしませんよ!」
知っているよ、ドジっ子は基本自分の命を最優先する、少しの間だったが、彼女と一緒にいて分かったけど、間違いなく俺の知っているドジっ子と一緒だと思う、例え彼女が軍人だろうと、彼女みたいな人は軍の命令よりも、我が身を大事にするだろう。
全て兄さんの部屋にあった漫画の知識だけど、やっぱり兄さんは凄いよ、その全てが俺の人生の模範だ。
『収納』にしまわないのは、ただ単にほんの少しの魔力でも消費したくはないから、槍を持つ手が微かだけど震えているのが感じ取れる、先ほどから『探知』すら使っていない、ここはまだ視界が良い分目視で魔物の姿を捉えられるからいいものの‥‥
「一応危険な魔物が多いからね、用意に越したことはないさ、まぁ、それはどうでもいいんだ、君は食料は持っているかい?」
こっちはもう食料は尽きかけている、この先必ず食料の調達をしなければならない、ここ大陸深部には虫の魔物しかいない、周りには少しだけ木々も生えてはきているが、食べることが出来るのは虫くらいだろう、流石にそれはしたくない、バッタは‥‥何とか食える‥‥かな?
なので彼女が少しでも食料を持っていたら嬉しいんだけど、まぁ‥‥持ってないと思うけど
「食料はもうありません」
ほらね
「仲間の物を分けてもらってたのかい?」
「いえ‥‥あの人達も随分前に食料は尽きていました」
少し彼女の顔に陰ができたように感じた
随分前‥‥‥ちょっとだけ嫌な予感がする
「‥‥どうやってここまで来たの? 全く食べて無かったとか?」
「魔物を食べてました‥‥」
予感が当たってしまった、てか、それしかないからね
「ここまで来る途中に、よく魔物が死んでいたのでそれを食べて飢えをしのいでました‥‥」
多分だけど俺達が倒した魔物かもしれない
「中身がドロドロしたのもあったり、変なにおいがしたり、焼いても臭くて‥‥」
うっ! と、何かを戻しそうなそぶりをして口を押えている
少しだけ潤んでいる目を見ていると、何だかちょっと可哀そうと感じたので、『収納』から保存食用のパナンを出した、魔力が無いのに『収納』魔法を使ったせいで何だか気持ち悪い、視界には火花の様なものがチラチラと横切っている
「これ‥‥よかったら食べて」
彼女に差し出した
「いいんですか!!!」
さっきまで近寄らないでと言っていた彼女だが、俺の差し出した手を両手で握り、握り‥‥てか、凄い力で放そうとしない!
「いいんですか!!!」
少しだけ怒気をはらんだ声で聞いてくる、とても必死だ
「いいんですね!!!」
「う、うん」
俺が何もしなくても彼女を気持ち的に圧倒していたはずなのに、今は俺の方が彼女に圧倒されている
おサルさんのように俺の手からパナンを奪い取ると、むしゃむしゃと勢いよく食べ始めた
むしゃむしゃ
「あぁぁぁぁぁぁー!」
むしゃむしゃ
「アァァァァァぁ‥‥」
むしゃむしゃ
「あぁぁぁ‥‥あー‥‥ぐすっ‥‥ぐすっ」
ついには泣き出してしまった
その気持ちは何となく分かる気がする、俺も彼女と同じ境遇だったら、いくら嫌いなパナンでも美味しく頂ける自信はある
「泣きながら食べると味が分からなくなると思うよ」
「うっ‥‥うっ‥‥味が薄くなった気がします、でも今までの人生で一番美味しいパナンです」
「そうか、よかったね」
「はい‥‥はぃ‥」と言いながら、その後も彼女は泣きながらパナンを食べ続けていた
・・・・・
・・・・・
「ありがとうございます、やっとまともな食事を取ることが出来ました、私はいつでも出発できますかよ、直ぐにでも行きますか?」
食べ終わると彼女はとても上機嫌になり、俺との物理的な距離がとても近くなった、先ほどまでとはまるで別人だ
もーも太郎さん桃太郎さん、お腰に付けた何とやら。何故だかその歌詞が頭に浮かんだ
「それはいいんだけど、君、棺桶持ってるの?」
「棺桶ですか? 持ってませんけど、どうしたんですか?」
「え? いや、だって‥‥いいの? あれ、回収しなくても」
ワームに食われ、巨大なヒュケイによって取り出されたマシェルモビアの兵士の死体を指さす
俺が倒したマシェルモビアの兵士は2人、その2人の遺体は黒い球体に飲まれたので髪一本ですら残っていない、ただ、ワームに食われた遺体は原型はほぼないものの、ほぼその場に残ってはいた、残ってはいたが‥‥
「ベルフ、棺桶はもっているか?」
「持ってるぞ」
「悪いけど出してもらえないかな?、もう『収納』を使うのも辛くてね目がチカチカするんだ」
「分かった‥‥ほら、使ってくれ」
目の前にドスンと出された棺桶に彼女は目を少し泳がせる
「えっ‥と、その‥‥」
「早く回収して出発しよう、ここに長くいてもいいことはないからね」
「はぃ‥‥」
今にも消えそうな声で答えた彼女は、血だらけのミンチになった仲間の遺体を、こう‥‥何と言うか、ハッキリ言うと嫌そうに棺桶に入れていた、できるだけ体に触れないように腕だけの力で。
別に手伝ってあげても良かったんだけど、俺は立っているだけで辛いし、何より敵兵の手でよりは仲間の手で入れられた方がいいと思ったから手伝わなかったんだけど、棺桶に入れた後、自分の手に付いた血を嫌そうに見ているのを見ると、どうやら手伝って欲しかったみたいだった、それ以前に触れたくなかったんだろう、この子は何と言うか前も思ったが‥‥仲間意識とかが余りないんだろうか?
「魔力があったら遺体にも『洗浄』魔法魔法を掛けてあげたかったんだけど、今は無理なんだ、ごめんね。君には後で掛けてあげるから」
「はい、お願いします」
自分の手に付いた血を見ながら、彼女は付いた血をキレイにしてもらえると思っているだろうが、俺がキレイにしてあげたいのは彼女の下半身の方だったりする、この子は自分で気づいてないのだろうか?
「なら出発しようか、さっきも言ったけど俺の魔力がカラでね『探知』魔法が使えないんだ、ここら辺は遮蔽物が無いから目視で魔物を発見できるだろうけど、地下にもぐっているワーム何かは『探知』でも探せない、ただ、あいつらは移動する時に少しだけ地面が動くんだ、ソルセリーが目をやられた今、彼女の代わりにトルリも周囲の監視をしてほしい」
「はい」
まだ手に付いた血が気になるのか、これから手術を始める医師のように体の前に手のひらを出している
「ベルフ、ソルセリーを頼むよ」
「ああ、了解した」
「じゃあ行こうか」
大陸深部を抜け、ハルツールに帰還するために再び移動を開始した、ここで魔物に襲われたら種類によっては詰むことになるだろう、今日はやたらと戦闘が多くもう勘弁してほしい、魔物すら眠る夜に早くなって欲しいと思っていた時の事だった。
急に体が重くなり足が思うように前に進めなくなった、疲れが溜まっているからだろうか?
「どうしたハヤト、怪我でもしていたのか?」
「疲れでも溜まっているんだろう、足が動かないんだ」
「はは、今日は散々だったからな」
「今日はもう何も起きないで欲しいよ」
動かない足を何とか動かそうと踏み出した時
グッ
体が硬直したようになった。全身に電気の様な物が走る、鼓動そして呼吸が速くなり体中から汗が噴き出し全身が震える
「あ・ああ・・・あ」
「ハヤト‥‥‥? おい! どうした!?」
ベルフに肩を掴まれ揺さぶられる
駄目だ逃げなきゃ! ここにいたらまずい、逃げないと!
脳がここからすぐに離れろと警鐘を鳴らす
マズイマズイマズイマズイ!!!!!
頭では逃げようと考えているが体が動かない
逃げたい! 逃げ出したい! 逃げなきゃ殺される!
自分が何に怯えているのか訳も分からずと言った所だったが、過去に一度だけ同じことがあった。あの時も突然だった
「また‥‥グラースオルグになったんだね‥‥」
背中に魔法陣の様な羽を広げふわりと地に降り立つ、銀髪の整った顔の青年
「あ、ネ‥‥ネクター」
「天使ネクター!」
「えっ! 本物」
「何? 何が起きているの? 天使?」
「あわわわわ‥‥」
俺とネクターを除く4人は跪く
最初に会った時と同じ男性の姿をしたネクターは、髪の色と同じ銀の瞳で俺を見つめる、それは心の奥底までも見通されるようで少しだけ不快でもあった
「力が‥‥強くなっている、やっぱり君はあの時に殺しておいた方が良かったのかもしれないね、そうすれば今苦しんでいることも無かった、君はとても危険だ‥‥だからこの場で処分する、君とは少しの間だったけど色々話が出来て楽しかったよ。‥‥‥‥ごめんね」
自身が持つ威圧をまき散らし、一歩一歩俺に近づいてくる、それに連動して俺の心臓の鼓動も早くなった
「て、天使ネクター! お待ちください」
ベルフがネクターを止めようと声をかけるがネクターは止まらない
あ‥‥だめだ‥‥ここで殺される‥‥
死に対する覚悟もできないまま、ネクターは俺の顔に手を当て‥‥
そんな‥‥ネクター‥‥
「あっ!! ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
絶叫がこだまする
ん? えっ?
俺の体の動きを止めていたネクターの威圧がフッと掻き消えた。俺は命を取られることなくその場にいる、絶叫していたのは俺を殺そうとしていたネクターだった。
「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
さっぱり理解が追いつかない
「は、母上! お許しを! ぎゃぁぁぁ!!!」
母上?
俺と対面して絶叫しているネクターに気を取られていたが、気づくとネクターの後ろには一人の女性? が立っていた、白のドレスに茶色がかった揺れる髪、そして整ったその顔、あまりにも美しいその女性はそこにいるのがおかしいくらいの異彩を放っていた。
一枚の絵の様な、もしくは現実世界に飛び出したCGの様な‥‥
何でこんな所に女性が? 母上? ネクターは母上って言ってた‥‥てことは!
「母上! 彼は危険です、今のうちに、今のうちに処分しておいた方がこの世界のために‥ぎゃあぁぁl!」
相当の苦痛を感じているのか、整っているネクター顔が醜く歪んでいる
「断罪者よ‥‥‥‥私とマシェルは手出し無用と告げたはず‥‥」
「しかし、彼は!━━━!!!」
声すら出せないほどの苦痛なのか、ネクターの目からは涙が流れていた
「控えろ」
「━━あ━━・・・・!」
その場に崩れ落ちるネクター
そのネクターを、氷の様な目で見つめるその女性はネクターの母、つまり女神サーナだった。
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