8 / 17
ギブミー
しおりを挟む
「じゃあ行きましょうか」
馬車は乗り合いらしく、私達の他にも先客が居た。
真っ黒いローブに包まれた異教徒の女と、太った商人、そして小綺麗過ぎる婦人とその娘が座っていた。
娘は私よりすこし幼かったが背格好は同じくらいだった。
ボロ布を纏った私とは対照的に、その女の子は乗り合い馬車には相応しくない白いドレスを着ていた。
母親の方は、すこし色味は抑えられているものの上品な服装だった。
「ちっ、何時まで待たせるんだ」
商人が悪態をつくが乗り合い馬車は満席になるまでは出発しないと相場が決まっている。
貴族風の母娘も先を急ぎたい様子だが、馬車使いは全く焦る様子はなかった。
女医は、馬車が発車しない様子を見るとその場を離れてしまった。
「ねぇ、いつ出発なさるの?」
「さぁな、この人数じゃまだ発てないよ。はっきりと、いつ出るかは教えられないな」
「倍の値段を払いますから」
「ダメダメ、あんたらだけが倍の値段を払っても出れないよ」
男はこの母親が金を持っていると分かると、さらに値段をふっかけにかかった。
「皆さんの料金の倍を払えというんですね」
「俺は何も言っちゃいねぇよ。ただ、本来乗れるだけの数を乗せずに出発したら大損してしまうからな」
「やめときな、俺もさっき交渉しようとしたが200トルツ払えといいやがる」
「うちの馬車は20人は乗れるんだ。200トルツ受け取るまでは出発しねぇ」
大人達がそんな話をしている間、ドレスの少女は私に興味を持ったみたいだった。
「ねぇ、あなたはなんで変な格好をしているの」
「え? 」
そんなことを聞かれるとは思っておらず、すこし返事に戸惑う。
「なんで? なんでお風呂に入らないの? なんで腐った卵みたいな匂いがするの?」
少女は悪びれる様子なく尋ねてくるかもしれない。
しかし、それは幻聴だった。
好奇心の目の中には、単に今まで見たこともない世界があるだけだった。
この娘は何も知らないのだ。
飢えも渇きも痛みも苦しみも哀しみも恐怖も。
その時、急に視界が真っ暗になる。
「見るな」
女医が戻ってきていることに気付かなかった。
それは、少女に対してではなく私に向けられた言葉だった。
「見るな。欲しがるな。お前とは縁のない世界だ」
女医は両手で私の目を覆っていたのだ。
「欲しいものが手に入らないことほど苦しいことはない。私は何もかもが欲しい。欲しくてたまらない。
だから誰よりも辛い」
相変わらず表情は作り物のようだったが、その言葉だけは何故か本心のような気がした。
馬車は乗り合いらしく、私達の他にも先客が居た。
真っ黒いローブに包まれた異教徒の女と、太った商人、そして小綺麗過ぎる婦人とその娘が座っていた。
娘は私よりすこし幼かったが背格好は同じくらいだった。
ボロ布を纏った私とは対照的に、その女の子は乗り合い馬車には相応しくない白いドレスを着ていた。
母親の方は、すこし色味は抑えられているものの上品な服装だった。
「ちっ、何時まで待たせるんだ」
商人が悪態をつくが乗り合い馬車は満席になるまでは出発しないと相場が決まっている。
貴族風の母娘も先を急ぎたい様子だが、馬車使いは全く焦る様子はなかった。
女医は、馬車が発車しない様子を見るとその場を離れてしまった。
「ねぇ、いつ出発なさるの?」
「さぁな、この人数じゃまだ発てないよ。はっきりと、いつ出るかは教えられないな」
「倍の値段を払いますから」
「ダメダメ、あんたらだけが倍の値段を払っても出れないよ」
男はこの母親が金を持っていると分かると、さらに値段をふっかけにかかった。
「皆さんの料金の倍を払えというんですね」
「俺は何も言っちゃいねぇよ。ただ、本来乗れるだけの数を乗せずに出発したら大損してしまうからな」
「やめときな、俺もさっき交渉しようとしたが200トルツ払えといいやがる」
「うちの馬車は20人は乗れるんだ。200トルツ受け取るまでは出発しねぇ」
大人達がそんな話をしている間、ドレスの少女は私に興味を持ったみたいだった。
「ねぇ、あなたはなんで変な格好をしているの」
「え? 」
そんなことを聞かれるとは思っておらず、すこし返事に戸惑う。
「なんで? なんでお風呂に入らないの? なんで腐った卵みたいな匂いがするの?」
少女は悪びれる様子なく尋ねてくるかもしれない。
しかし、それは幻聴だった。
好奇心の目の中には、単に今まで見たこともない世界があるだけだった。
この娘は何も知らないのだ。
飢えも渇きも痛みも苦しみも哀しみも恐怖も。
その時、急に視界が真っ暗になる。
「見るな」
女医が戻ってきていることに気付かなかった。
それは、少女に対してではなく私に向けられた言葉だった。
「見るな。欲しがるな。お前とは縁のない世界だ」
女医は両手で私の目を覆っていたのだ。
「欲しいものが手に入らないことほど苦しいことはない。私は何もかもが欲しい。欲しくてたまらない。
だから誰よりも辛い」
相変わらず表情は作り物のようだったが、その言葉だけは何故か本心のような気がした。
0
お気に入りに追加
10
あなたにおすすめの小説
クロノスの子供達
絃屋さん
SF
時空調整官ゴーフルは、作業中にクロノスの時空嵐に巻き込まれ若返り退行してしまう。
その日を境に、妹や友人からも子供扱される屈辱の日々を送るはめに……。
さらに、時の砂に関する重要機密を狙う謎の組織に狙われるなど災難が続くのだった。
【本編完結】繚乱ロンド
由宇ノ木
ライト文芸
番外編更新日 12/25日
*『とわずがたり~思い出を辿れば~1 』
本編は完結。番外編を不定期で更新。
11/11,11/15,11/19
*『夫の疑問、妻の確信1~3』
10/12
*『いつもあなたの幸せを。』
9/14
*『伝統行事』
8/24
*『ひとりがたり~人生を振り返る~』
お盆期間限定番外編 8月11日~8月16日まで
*『日常のひとこま』は公開終了しました。
7月31日
*『恋心』・・・本編の171、180、188話にチラッと出てきた京司朗の自室に礼夏が現れたときの話です。
6/18
*『ある時代の出来事』
6/8
*女の子は『かわいい』を見せびらかしたい。全1頁。
*光と影 全1頁。
-本編大まかなあらすじ-
*青木みふゆは23歳。両親も妹も失ってしまったみふゆは一人暮らしで、花屋の堀内花壇の支店と本店に勤めている。花の仕事は好きで楽しいが、本店勤務時は事務を任されている二つ年上の林香苗に妬まれ嫌がらせを受けている。嫌がらせは徐々に増え、辟易しているみふゆは転職も思案中。
林香苗は堀内花壇社長の愛人でありながら、店のお得意様の、裏社会組織も持つといわれる惣領家の当主・惣領貴之がみふゆを気に入ってかわいがっているのを妬んでいるのだ。
そして、惣領貴之の懐刀とされる若頭・仙道京司朗も海外から帰国。みふゆが貴之に取り入ろうとしているのではないかと、京司朗から疑いをかけられる。
みふゆは自分の微妙な立場に悩みつつも、惣領貴之との親交を深め養女となるが、ある日予知をきっかけに高熱を出し年齢を退行させてゆくことになる。みふゆの心は子供に戻っていってしまう。
令和5年11/11更新内容(最終回)
*199. (2)
*200. ロンド~踊る命~ -17- (1)~(6)
*エピローグ ロンド~廻る命~
本編最終回です。200話の一部を199.(2)にしたため、199.(2)から最終話シリーズになりました。
※この物語はフィクションです。実在する団体・企業・人物とはなんら関係ありません。架空の町が舞台です。
現在の関連作品
『邪眼の娘』更新 令和6年1/7
『月光に咲く花』(ショートショート)
以上2作品はみふゆの母親・水無瀬礼夏(青木礼夏)の物語。
『恋人はメリーさん』(主人公は京司朗の後輩・東雲結)
『繚乱ロンド』の元になった2作品
『花物語』に入っている『カサブランカ・ダディ(全五話)』『花冠はタンポポで(ショートショート)』
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?
すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。
翔馬「俺、チャーハン。」
宏斗「俺もー。」
航平「俺、から揚げつけてー。」
優弥「俺はスープ付き。」
みんなガタイがよく、男前。
ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」
慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。
終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。
ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」
保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。
私は子供と一緒に・・・暮らしてる。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
翔馬「おいおい嘘だろ?」
宏斗「子供・・・いたんだ・・。」
航平「いくつん時の子だよ・・・・。」
優弥「マジか・・・。」
消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。
太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。
「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」
「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」
※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。
※感想やコメントは受け付けることができません。
メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。
楽しんでいただけたら嬉しく思います。
淫らな蜜に狂わされ
歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。
全体的に性的表現・性行為あり。
他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。
全3話完結済みです。
道の先には……(僕と先輩の異世界とりかえばや物語)
神山 備
ファンタジー
「道の先には……」と「稀代の魔術師」特に時系列が入り組んでいるので、地球組視点で改稿しました。
僕(宮本美久)と先輩(鮎川幸太郎)は営業に出る途中道に迷って崖から落下。車が壊れなかのは良かったけど、着いた先がなんだか変。オラトリオって、グランディールって何? そんな僕たちと異世界人マシュー・カールの異世界珍道中。
※今回、改稿するにあたって、旧「道の先には……」に続編の「赤ちゃんパニック」を加え、恋愛オンリーの「経験値ゼロ」を外してお届けします。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる