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ギブミー

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「じゃあ行きましょうか」
馬車は乗り合いらしく、私達の他にも先客が居た。
真っ黒いローブに包まれた異教徒の女と、太った商人、そして小綺麗過ぎる婦人とその娘が座っていた。
娘は私よりすこし幼かったが背格好は同じくらいだった。
ボロ布を纏った私とは対照的に、その女の子は乗り合い馬車には相応しくない白いドレスを着ていた。
母親の方は、すこし色味は抑えられているものの上品な服装だった。
「ちっ、何時まで待たせるんだ」
商人が悪態をつくが乗り合い馬車は満席になるまでは出発しないと相場が決まっている。
貴族風の母娘も先を急ぎたい様子だが、馬車使いは全く焦る様子はなかった。
女医は、馬車が発車しない様子を見るとその場を離れてしまった。
「ねぇ、いつ出発なさるの?」
「さぁな、この人数じゃまだ発てないよ。はっきりと、いつ出るかは教えられないな」
「倍の値段を払いますから」
「ダメダメ、あんたらだけが倍の値段を払っても出れないよ」
男はこの母親が金を持っていると分かると、さらに値段をふっかけにかかった。
「皆さんの料金の倍を払えというんですね」
「俺は何も言っちゃいねぇよ。ただ、本来乗れるだけの数を乗せずに出発したら大損してしまうからな」
「やめときな、俺もさっき交渉しようとしたが200トルツ払えといいやがる」
「うちの馬車は20人は乗れるんだ。200トルツ受け取るまでは出発しねぇ」
大人達がそんな話をしている間、ドレスの少女は私に興味を持ったみたいだった。
「ねぇ、あなたはなんで変な格好をしているの」
「え? 」
そんなことを聞かれるとは思っておらず、すこし返事に戸惑う。
「なんで? なんでお風呂に入らないの? なんで腐った卵みたいな匂いがするの?」
少女は悪びれる様子なく尋ねてくるかもしれない。
しかし、それは幻聴だった。
好奇心の目の中には、単に今まで見たこともない世界があるだけだった。
この娘は何も知らないのだ。
飢えも渇きも痛みも苦しみも哀しみも恐怖も。
その時、急に視界が真っ暗になる。
「見るな」
女医が戻ってきていることに気付かなかった。
それは、少女に対してではなく私に向けられた言葉だった。
「見るな。欲しがるな。お前とは縁のない世界だ」
女医は両手で私の目を覆っていたのだ。
「欲しいものが手に入らないことほど苦しいことはない。私は何もかもが欲しい。欲しくてたまらない。
だから誰よりも辛い」
相変わらず表情は作り物のようだったが、その言葉だけは何故か本心のような気がした。


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