クロノスの子供達

真実の言葉

看護士は、ゴーフルの着衣を整えると布団を戻して部屋を出ていった。
まだ、先ほどのショックから立ち直れないゴーフルにアルフレッドは声をかけた。
「まぁ、すぐに退院できるさ。幸い大きな怪我もなかったし、事故の規模を考えれば運が良かったほうさ」
その一言に、ゴーフルはハッとする。
「研究所のみんなは無事なのか？」
「あぁ、なんとか避難できた。建物はかなり被害を受けていまだに復旧はできていないがな」
ゴーフルはそれを聞いて安心した。
「私は、今肉体的には何歳くらいなんだ？」
「4歳から5歳くらいだろう。まぁ、格好だけみれば1歳児に見えるがな」
その言葉で、またゴーフルの顔が熱くなる。
「こんな格好じゃ、研究所に戻ったら絶対笑われるよ」
あえて、冗談っぽく言ったゴーフルの言葉を聞いてアルフレッドの表情が翳る。
「その事なんだが……」
アルフレッドが何か言いかけると同時に病室のドアが開いた。
制服姿のマリッサが現れる。
「兄さん……」
「マリッサ！」
かけよってきたマリッサの視線がゴーフルに突き刺さる。
「すまない、こんな姿になってしまって」
ゴーフルが、顔を伏せる。
「兄さん可愛いわ！なんて愛らしいのかしら、むっちりとしたほっぺ。華奢な身体つき、それに女の子みたいに白い肌！」
ゴーフルの予想に反して、マリッサは嬉々とした声をあげる。
「マ、マリッサ！」
「声も可愛いわ。いつもの兄さんの低い声と違って」
「ちょっと待ってマリッサ」
「あぁ、可愛いアーシャちゃん。ハグしたい」
ゴーフルには決して見せない、いつもとは違うマリッサの言動に動揺する。
「その、なんというか」
「ん？」
「お前は、迷惑していないのか。私が急にこんな姿になってしまって」
「そりゃあ、最初は驚いたわ。兄さんが事故に巻き込まれたと聞いて。でも、一目その姿を見た瞬間から思ったの。可愛い！」
マリッサは、そう言うなりゴーフルに抱きついた。
「アルフレッド、マリッサはどうしてしまったんだ、ショックでおかしくなったんじゃ？」
あまりに違い過ぎる妹の挙動から、アルフレッドに助けを求めた。
「いや、彼女はいつもどおりだよ。君の前ではそうじゃなかったのかもしれないが」
「そ、そうなのか」
大人の時のゴーフルにたいしては、マリッサは常に反抗的な態度をとっていた。
「私は彼女から、よく君について相談を持ちかけられていたんだ」
アルフレッドが打ち明ける。
「君はマリッサにとって兄である以上に、両親の代わりとして常に保護者的な役割を担う事が多かったのだろう。だから年相応の若者らしい遊びや経験を出来なかった。たしかに、マリッサには頼れる存在が必要だった。だが、そのせいでマリッサの良き相談相手や遊び相手にはなれなかった」
「そうね、兄さんはいつも私の為に働いて私の事ばかり気にしていたわ。私の事もいつまでも子供扱いばかりして、ちっともまともに話を聞いてくれない」
マリッサは告白した。
「それは……」
「兄さん自身の夢や楽しみや時間を私の為に犠牲にして、私はそれが嫌だった」
突然の妹の告白に、ゴーフルは言葉を失う。
「だから、もういいのよ」
「ゴーフル、本当は君が退院してから話すつもりだったんだが」
アルフレッドは、ゴーフルの目を真っ直ぐ見つめた。
「私はマリッサと結婚する事にした」
「結婚！？」
「君が事故にあってから、いろいろ考えてマリッサとも話し合った。そして、一番良い方法はこれしかないと思ったんだ」
 「どういう事なのか、わからないよ」
「研究所はまもなく封鎖される。そして、君は事故で死んだ事になっている。若返りの事実は公表されない。つまり、君はこれから本当の4歳児として人生を生きなくてはならないんだ」
「そんな馬鹿な」
「働き手を失った君たち兄妹は、どうやって暮らしていく？ 彼女の学費は誰が払う？」
「……」
「だから、私が彼女と結婚し君を養子として育てる。それしか方法はないと思ったんだ」
マリッサも強く頷く。
「マリッサ、お前はそれでいいのか」
ゴーフルは、やっとそれだけ口にした。
「ええ、私は決めたの。だから兄さんは、何も心配しなくていいの、アルフレッドと結婚する」
はっきりと妹の口から、その言葉を聞いたゴーフルはすべてを受け入れるしか無い事を悟った。