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愚者とのダンス

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幽霊体であるアンは基本的には日光を嫌う。
カーテンの閉めきった部屋で電気も点けずに読書をしている事が多かった。
「さぁ、いい加減諦めてこちらにいらっしゃい」
口調は優しいが、そこには逆らいがたい威厳があった。
ソシエルは浴室から上がり、用意されていた洋服を見て憤慨していた。
「こんな、お子様が着るような服を俺が着ろっていうのか」
「何を今さら、お子様パンツを恥ずかしい液体で汚しておいて。そんな貴女にぴったりな洋服をタンが用意してくれたのよ」
タンには歳の離れた妹がおり、小さな子の洋服を調達するには適任だった。
もちろん、歳の離れた妹といっても既に小学校の高学年であり、今は着れなくなったお下がりの中でも本人が恥ずかしがってほとんど袖を通していない未使用なものがほとんどだった。
「妹さんのお下がりなんて、今のエル様にはぴったりね」
「下着もいちおう新品アルよ。オムツも少しなら残ってたはずアル」
その言葉を聞いてソシエルは少し焦りを覚えた。
このまま抵抗し続けたら、さらに恥ずかしい服を着せられる可能性もある。
「わかったよ、着ればいいんでしょ」
観念したソシエルは、自らの手で着替えを始めた。
しかし、服の構造が男性のものとは異なる為、どうやって着るのかよく分からない。
どちらが前で、どちらが後ろなのか、被るように着るのか履くように着るのかも分からない。
苦労して袖を通してみたものの、頭が出なくてオロオロするばかりでいっこうに着替えが進まない。
タンは助言せず、あえてその様子をニヤニヤしながら見ている。
「そうそう、ちっちゃい子って1人で着替えるのも大変なのよね」
アンも、手を貸さず離れた所で本を読んでいる。
「うーん、うーん、なんだこれ?えっ、あれー」
「エルちゃん、さっきから何1人で踊ってるのー」
シャワーを浴びていたポンが戻ってきて、不思議そうにその状況を口にする。
「エル様は、まだひとりでお着替えもできないみたいね」
「えー、そうなんだ」
その隣りでポンはさっさと着替えを済ます。
「俺もズボンならこんな苦労はしないからな」
「エルちゃん、それ裏表反対だよ」
「あーもーめんどくさい!」
「たぶん、鏡みないと無理アルよ」
「それだ!早くそれを言えよ」
ソシエルは、鏡台の前でクルクルと回りながらなんとか着替える事ができた。
「あとはこの、リボンを結ぶだけ……なんだが」
「エルちゃんには難しいんじゃないかな」
「馬鹿にするなよ、靴ひもとおなじで蝶々結びにしたらいいんだろ」
「たぶん無理アルよ。諦めてアンに結んでもらう方が早いアルよ。私もお風呂入ってくるアル」
何度も試行錯誤を繰り返すが、紐がよれてしまったり片側だけが大きく膨らんでしまったりと上手くいかない。
「駄目だ、何度やっても結べない 」
ソシエルは途方にくれてしまい、リボンを放り出して座り込んだ。
「仕方ないなぁ、ママのところにおいで、やってあげるから」
アンはわざと、椅子に座ったままソシエルに呼びかける。
「くそー、もっかいやってやる」
意地になって挑戦するが、固く結び過ぎてしまったり、出来たと思ったらほどけてしまう。
かれこれ20分ほどが経過していた。
そのうち、タンもシャワーからあがってくる。
「あちゃー、まだやってるアルか」
「エルちゃん、ちゃんとママにお願いしないとね」
「そうそう、早くしなよ」
見ている2人も呆れている。
「さぁ、いい加減諦めてこちらにいらっしゃい」
アンが本を閉じて言う。
トボトボとソシエルは歩いていき身体を委ねる。
「リボンを結んでください。お願いします」
わざと棒読みで、アンに敗北を宣言したソシエルは不満そうな顔をしている。
「強情だなぁ」
「たぶん、エル様は照れてるんでしょう。ほんとはママが大好きなくせに」
「そうなんだぁ」
「ち、ちがうからな」
からかわれて、ソシエルは顔を赤くしている。
「さて、うちの可愛いお嬢様の着替えが終わったところで行きますか」
「??行くってどこへ?」
「決まってるでしょ、ショッピングよ」
「えー、アンも外に出るの?久しぶりだねぇ」
ポンが素直に驚く。
「私は留守番するアル」
「まさか、こんな格好で外に行くの?俺は行かないからなぁ」
ソシエルは部屋の角に逃げようと動く。
しかし、あっさりとタンに持ち上げられてしまう。
「エル様が行かないと意味がないアル」
「お下がりばかりじゃなんだし、新しい服や靴を揃えないと」
「別にいらないだろ」
「さっきのエル様のダンスを見てて思ったのよ。もっと簡単に着れるお洋服を買わないと」
「そうそう、ちっちゃい子でも自分で着られる服を買おうよ」
「ぐ……それはたしかに」
それを言われてしまうとソシエルは言い返す言葉が出ないのだった。



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