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第2章 友達以上、恋人以下
第12話 好きな人に見つめられながら
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まだ陽の高い歩道に、二つの影が並んで伸びていた。
「いやー春見が今日予定なくてよかったー」
長いほうの影が楽しそうに揺れる。ちょっとだけ近づいた気がして、私は一歩分外へ寄った。それにつれて短いほうの影も横にずれる。
「……それで、どこに行くの?」
俯いたまま、私は素っ気なく尋ねる。
予定はないけど、私だって暇じゃないんだから。
そんなところまで口にできるほどの勇気が私にあればと思う。もちろん今の私に言えるはずもなく、言葉は声にならず飲み込むだけだ。
「行くのは前の公園。この前の続き」
「うぇっ!?」
高坂くんの返答に、声が裏返った。
この前の続きって、告白の!?
驚きのあまり当の本人を見ると、なぜか楽しそうに笑っている。私にとってはちっとも笑い事じゃない。というか、ここで笑えるってどんなメンタルしてるんだろうか。
「時間かかったけど、なんとか家で全体の大まかな下書きはできたから、あとは細部をしっかり描きたくて」
「え?」
「ほら、絵だよ、絵」
高坂くんはくしゃりと笑ってから、今度はどこか困ったように頬をかく。
「その、まあ、あんなことがあったから正直頼みづらいんだけど、やっぱり春見のこと描きたくてさ。俺、筆遅いからもう何回かじっくり見て描きたくて。だから頼む! 俺にできることだったらなんでもするから!」
「あ……」
なんだ、そういうことか。合点がいった。そりゃそうだよね。なぜか少しだけ残念に思いつつも、私はホッと胸を撫で下ろす。
「あーでも、なんでもと言ってもエロいことはなしだぞ」
「なっ!? た、頼まないよ!」
撫で下ろしたはずの胸が跳び上がる。また高坂くんが笑った。やっぱり高坂くんは少し……いやかなり意地悪みたいだ。
でも、絵のモデルかー。
確かに私はモデルになってほしいという高坂くんの頼みを引き受けた。ただそれは、あくまでも告白される前の話だ。告白され、断った今となっては改めて考え直さないといけない。希望の光だと言ってくれたけれどフってる時点で絶望に叩き落とした張本人だし、普通に気まずいし、青い糸で繋がっているからこれ以上一緒にいるのもはばかられるし、なにより私の心臓や心がもたないし……。
ただそれでも、ひとつだけ。
「まあ……でも、うん。モデルだけならいいよ。高坂くんの描いた絵、見てみたいし」
高坂くんが描こうとしている絵は、いったいどんな絵なんだろう。
高坂くんは、私の言葉を希望の光と言ってくれた。そしてテーマが「黄色」である次のコンクールに出すために、私をモデルに絵を描きたいのだとも。
私は今まで、不幸の予兆である青い糸ばかりを見てきた。希望なんてものは微塵もなかった。だから、高坂くんが描こうしている希望の光は、いったいどんなものなのか興味があった。高坂くんが感じた希望を、私も見てみたかった。
私が小さく頷くと、高坂くんはそれと見てわかるほどに目を輝かせた。
「うわーありがとう! むっちゃありがとうっ!」
「お、大げさだなあ。それに一度約束もしたし、破りたくないだけだから」
「それでもありがとう! はーっ、良かった~~」
大仰にはしゃぐ高坂くんに私は苦笑いする。そこまで喜んでくれると私も嬉しい。ちょっと恥ずかしいけれど。
「それで、お礼に俺はなにをすればいい?」
「え? いいよ、べつになにもしなくても」
「そういうわけにはいかないって。俺の気が収まらない」
「って言われてもな」
ぼんやりと空を仰いで考える。
高坂くんにしてほしいこと。なにがあるだろう。青い糸のことを除けばふわふわとあれこれ出てくるけど、それはもちろん頼まない。ジュースを奢ってもらうとか? いやでもダイエット中だしな。あとはなんだろ。高坂くんの気が済むような、頼めそうなこと。
「あ、じゃあ。勉強教えてよ」
「え? 勉強?」
私の思いつきに、高坂くんは首を傾げた。
「そうー。高坂くんが今手に持ってるノートの科目なんだけど、今日の小テストやばかったんだよね。ほら、来年受験だし、そろそろ頑張りたいなって」
まさについさっき、六限目にあった数学。抜き打ち開催された小テストで、私は致命的な点を取ったのだ。二倍しても赤点ラインにすら届かない点を。
一番の理由は美菜のいじりに疲れ果てていて集中できなかったからだが、抜き打ちだったから一ミリも復習してなかったこと、そもそも数学が全面的に理解不能であることも一応の理由にある。断じて実力不足が一番の理由ではないが、やはり来年に控えた受験のためにも対策をしておく必要はある。
「あ、でも手が空いた時でいいからね。高坂くんも忙しいだろうし」
テスト前とかにちょこちょこと教えてくれたら本当にありがたい。そんなふうに思って、何気なく私は提案した。のに。
「そんなことでいいなら喜んで! 部活は月曜と木曜が休みだから、そのどっちか春見の都合のいいほうの放課後とかどう? 数学なら定期的にやったほうが点も上がるしさ」
高坂くんは得意げに大きく頷いてきた。私は「ほえ?」と間抜けな聞き返しをしたが、当然まったく聞こえていない。
「自習室は人多くて話せないけど、図書館の奥のほうにある小スペースは人も少ないし小声なら喋ってもわかんないから、やる時はそこにしよう」
「あ、あの」
「目標はとりあえず次の定期試験かなー。早いほうがいいだろうし、いつからする?」
怒涛のごとく決まっていく勉強スケジュールに、私は声にならない息をパクパクともらす。なにかを決めるのが苦手な私にとってはありがたいけれど、そこまでしてもらうことは想定していない。そもそもそんなに勉強を教えてもらうことになったら、一緒にいる時間も長くなって私の心がいろいろと危なくなる。
頭をフル回転させた末に、私はようやく首を横に振った。
「えっと、さすがにそんなにしてもらうのは悪いよ。ほんとテスト前とかにちょっと教えてもらえれば十分だから」
「でも春見、点上げたいんだろ? あの小テストは基礎ばっかりだったから、あれでやばいなら基礎からやらないといけないと思う。テスト前だけじゃ、たぶん上がらない」
ぐさり。
「もちろん無理にはとは言わないけど、受験も見据えるならしっかりやったほうがいいと思う。特にせめて基礎くらいは」
ぐさぐさ。
「あとそれくらいやらせてくれたほうが、俺も気にせずこの絵のモデル頼めるし、むしろありがたいんだけどな」
そう言って、高坂くんは朗らかに笑った。
ほんとに敵わないなと思う。そんなふうに言われたら、私も気兼ねなく絵を描いてほしいし、嫌とは言えないじゃんか。
「ていうか、マジで今日の小テストできないのはまずいぞ」
「うっ」
それでも、これ以上私の心を針山にしないでほしいんだけど。
若干の反論も交えて話しているうちに、私たちは公園に着いた。
そこはあの日と変わらない夕陽に満ちており、私たち以外には誰もいなかった。淡いオレンジ色がベンチやブランコを浮かび上がらせていて、無意識のうちにこの前のことを思い出して頬が熱くなる。
「よし、じゃあ早速やろっか」
そんな私に対して、高坂くんは変わらない爽やかな雰囲気のままノートを広げた。さすがすぎるメンタルだと思った。
「姿勢とかは、この前と同じでいいの?」
「うん。今日は細部だから、あとで多少は変えるかもしれないけれど、とりあえず同じ感じでお願い」
「はーい」
前と同じように鞄をベンチに置いてからブランコに腰掛け、夕陽のほうへと視線を向ける。緊張は変わらずあるけれど、心なしか前よりも少しだけ気持ちは軽い気がした。
「おっ。まさか春見、二回目にしてもうモデルに慣れた?」
「へ? なんで?」
「なんか、表情が前より柔らかいから」
嬉しそうに高坂くんが笑う。どうやら気持ちが軽いのは気のせいではないらしい。やった。
「でも、気を抜くと頭がこっち向いちゃってるから、そこは気をつけてね」
「うっ、はい……」
上げて落とされシュンとしてしまう。どうも高坂くんといると気持ちの浮き沈みが激しい。
恋って、難しいな。
そんなやりとりも繰り返しながら、私は一心に落ちていく夕陽を見つめていた。話していないととても静かで、鉛筆がノートを擦る音ばかりが聞こえてきていた。
そしてふいに、青い糸がちらりと視界を横切っている。
私たちの関係はどこに向かっているんだろう。
夕陽に向かって飛び去っていく鳥の群れを眺めながら、私はそんなことを思ったりしていた。
「いやー春見が今日予定なくてよかったー」
長いほうの影が楽しそうに揺れる。ちょっとだけ近づいた気がして、私は一歩分外へ寄った。それにつれて短いほうの影も横にずれる。
「……それで、どこに行くの?」
俯いたまま、私は素っ気なく尋ねる。
予定はないけど、私だって暇じゃないんだから。
そんなところまで口にできるほどの勇気が私にあればと思う。もちろん今の私に言えるはずもなく、言葉は声にならず飲み込むだけだ。
「行くのは前の公園。この前の続き」
「うぇっ!?」
高坂くんの返答に、声が裏返った。
この前の続きって、告白の!?
驚きのあまり当の本人を見ると、なぜか楽しそうに笑っている。私にとってはちっとも笑い事じゃない。というか、ここで笑えるってどんなメンタルしてるんだろうか。
「時間かかったけど、なんとか家で全体の大まかな下書きはできたから、あとは細部をしっかり描きたくて」
「え?」
「ほら、絵だよ、絵」
高坂くんはくしゃりと笑ってから、今度はどこか困ったように頬をかく。
「その、まあ、あんなことがあったから正直頼みづらいんだけど、やっぱり春見のこと描きたくてさ。俺、筆遅いからもう何回かじっくり見て描きたくて。だから頼む! 俺にできることだったらなんでもするから!」
「あ……」
なんだ、そういうことか。合点がいった。そりゃそうだよね。なぜか少しだけ残念に思いつつも、私はホッと胸を撫で下ろす。
「あーでも、なんでもと言ってもエロいことはなしだぞ」
「なっ!? た、頼まないよ!」
撫で下ろしたはずの胸が跳び上がる。また高坂くんが笑った。やっぱり高坂くんは少し……いやかなり意地悪みたいだ。
でも、絵のモデルかー。
確かに私はモデルになってほしいという高坂くんの頼みを引き受けた。ただそれは、あくまでも告白される前の話だ。告白され、断った今となっては改めて考え直さないといけない。希望の光だと言ってくれたけれどフってる時点で絶望に叩き落とした張本人だし、普通に気まずいし、青い糸で繋がっているからこれ以上一緒にいるのもはばかられるし、なにより私の心臓や心がもたないし……。
ただそれでも、ひとつだけ。
「まあ……でも、うん。モデルだけならいいよ。高坂くんの描いた絵、見てみたいし」
高坂くんが描こうとしている絵は、いったいどんな絵なんだろう。
高坂くんは、私の言葉を希望の光と言ってくれた。そしてテーマが「黄色」である次のコンクールに出すために、私をモデルに絵を描きたいのだとも。
私は今まで、不幸の予兆である青い糸ばかりを見てきた。希望なんてものは微塵もなかった。だから、高坂くんが描こうしている希望の光は、いったいどんなものなのか興味があった。高坂くんが感じた希望を、私も見てみたかった。
私が小さく頷くと、高坂くんはそれと見てわかるほどに目を輝かせた。
「うわーありがとう! むっちゃありがとうっ!」
「お、大げさだなあ。それに一度約束もしたし、破りたくないだけだから」
「それでもありがとう! はーっ、良かった~~」
大仰にはしゃぐ高坂くんに私は苦笑いする。そこまで喜んでくれると私も嬉しい。ちょっと恥ずかしいけれど。
「それで、お礼に俺はなにをすればいい?」
「え? いいよ、べつになにもしなくても」
「そういうわけにはいかないって。俺の気が収まらない」
「って言われてもな」
ぼんやりと空を仰いで考える。
高坂くんにしてほしいこと。なにがあるだろう。青い糸のことを除けばふわふわとあれこれ出てくるけど、それはもちろん頼まない。ジュースを奢ってもらうとか? いやでもダイエット中だしな。あとはなんだろ。高坂くんの気が済むような、頼めそうなこと。
「あ、じゃあ。勉強教えてよ」
「え? 勉強?」
私の思いつきに、高坂くんは首を傾げた。
「そうー。高坂くんが今手に持ってるノートの科目なんだけど、今日の小テストやばかったんだよね。ほら、来年受験だし、そろそろ頑張りたいなって」
まさについさっき、六限目にあった数学。抜き打ち開催された小テストで、私は致命的な点を取ったのだ。二倍しても赤点ラインにすら届かない点を。
一番の理由は美菜のいじりに疲れ果てていて集中できなかったからだが、抜き打ちだったから一ミリも復習してなかったこと、そもそも数学が全面的に理解不能であることも一応の理由にある。断じて実力不足が一番の理由ではないが、やはり来年に控えた受験のためにも対策をしておく必要はある。
「あ、でも手が空いた時でいいからね。高坂くんも忙しいだろうし」
テスト前とかにちょこちょこと教えてくれたら本当にありがたい。そんなふうに思って、何気なく私は提案した。のに。
「そんなことでいいなら喜んで! 部活は月曜と木曜が休みだから、そのどっちか春見の都合のいいほうの放課後とかどう? 数学なら定期的にやったほうが点も上がるしさ」
高坂くんは得意げに大きく頷いてきた。私は「ほえ?」と間抜けな聞き返しをしたが、当然まったく聞こえていない。
「自習室は人多くて話せないけど、図書館の奥のほうにある小スペースは人も少ないし小声なら喋ってもわかんないから、やる時はそこにしよう」
「あ、あの」
「目標はとりあえず次の定期試験かなー。早いほうがいいだろうし、いつからする?」
怒涛のごとく決まっていく勉強スケジュールに、私は声にならない息をパクパクともらす。なにかを決めるのが苦手な私にとってはありがたいけれど、そこまでしてもらうことは想定していない。そもそもそんなに勉強を教えてもらうことになったら、一緒にいる時間も長くなって私の心がいろいろと危なくなる。
頭をフル回転させた末に、私はようやく首を横に振った。
「えっと、さすがにそんなにしてもらうのは悪いよ。ほんとテスト前とかにちょっと教えてもらえれば十分だから」
「でも春見、点上げたいんだろ? あの小テストは基礎ばっかりだったから、あれでやばいなら基礎からやらないといけないと思う。テスト前だけじゃ、たぶん上がらない」
ぐさり。
「もちろん無理にはとは言わないけど、受験も見据えるならしっかりやったほうがいいと思う。特にせめて基礎くらいは」
ぐさぐさ。
「あとそれくらいやらせてくれたほうが、俺も気にせずこの絵のモデル頼めるし、むしろありがたいんだけどな」
そう言って、高坂くんは朗らかに笑った。
ほんとに敵わないなと思う。そんなふうに言われたら、私も気兼ねなく絵を描いてほしいし、嫌とは言えないじゃんか。
「ていうか、マジで今日の小テストできないのはまずいぞ」
「うっ」
それでも、これ以上私の心を針山にしないでほしいんだけど。
若干の反論も交えて話しているうちに、私たちは公園に着いた。
そこはあの日と変わらない夕陽に満ちており、私たち以外には誰もいなかった。淡いオレンジ色がベンチやブランコを浮かび上がらせていて、無意識のうちにこの前のことを思い出して頬が熱くなる。
「よし、じゃあ早速やろっか」
そんな私に対して、高坂くんは変わらない爽やかな雰囲気のままノートを広げた。さすがすぎるメンタルだと思った。
「姿勢とかは、この前と同じでいいの?」
「うん。今日は細部だから、あとで多少は変えるかもしれないけれど、とりあえず同じ感じでお願い」
「はーい」
前と同じように鞄をベンチに置いてからブランコに腰掛け、夕陽のほうへと視線を向ける。緊張は変わらずあるけれど、心なしか前よりも少しだけ気持ちは軽い気がした。
「おっ。まさか春見、二回目にしてもうモデルに慣れた?」
「へ? なんで?」
「なんか、表情が前より柔らかいから」
嬉しそうに高坂くんが笑う。どうやら気持ちが軽いのは気のせいではないらしい。やった。
「でも、気を抜くと頭がこっち向いちゃってるから、そこは気をつけてね」
「うっ、はい……」
上げて落とされシュンとしてしまう。どうも高坂くんといると気持ちの浮き沈みが激しい。
恋って、難しいな。
そんなやりとりも繰り返しながら、私は一心に落ちていく夕陽を見つめていた。話していないととても静かで、鉛筆がノートを擦る音ばかりが聞こえてきていた。
そしてふいに、青い糸がちらりと視界を横切っている。
私たちの関係はどこに向かっているんだろう。
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