上 下
45 / 63
喜屋武との対決

第45話

しおりを挟む
 暫くして現れた磯貝いそがい康平こうへいは、背の高い糸目の男子生徒だった。体格はいいのに異様に色が白い所為で、弱々しく見える。

「あんたが美里みさとか? それで俺に訊きたいことって何?」

「……古川ふるかわ栞菜かんなさんについて少々お話を伺いたいのですが」

 ふみがその名前を口にした瞬間、磯貝の瞳が大きく見開かれた。

「あんたも栞菜のことが気になるのか!?」

「……気になるというか、古川さんはどういう人だったのですか?」

「……?」

 そこでふみ香は自分の失言に気がつく。
 どうやら磯貝はまだ古川の死を知らないらしい。
 磯貝から情報を引き出すのに、古川の死というショッキングなニュースは教えないでいた方が良いかもしれない。

「……あ、いえ、ファンクラブがあるほどの古川さんの人気について興味があって。古川さんの魅力についてお話を伺おうと思いまして」

「ああ、栞菜の魅力ね。そこを一番理解してるのは間違いなく俺だろうね、うん」
 磯貝は得意気な笑みを浮かべる。

「まずは何と言っても、あの神秘的なまでの美貌だ。単に可愛いとか美人とか、そういう次元の話じゃない。何て言うのかな、オーラっていうの? 何か近付き難い感じなんだよね。自分が近付いた所為で、美しいものを壊してしまうかもしれないみたいな、そういう恐怖ってわかる?」

「……な、何となくなら」

「んふふ、何となくでもわかれば上出来よ。栞菜に関してはファンクラブの間でも不可侵が義務付けられている。近寄らず、話し掛けず、だ。我々はウォッチャーに徹しているのさ」

「磯貝さんは昨日、図書室で古川さんを見たそうですね?」

「嗚呼、そうだった!! このことを話しておかねばならないのだった!!」
 磯貝はそこで自分の額をペチンと叩いた。

「昨日の放課後、栞菜は何時もと同じように図書室の窓際の席でお気に入りの詩集をじっと眺めていた。俺は遠くからその様子を見ていたんだが、少し目を離した隙に煙のように消えていたんだ」

「……え? それってどういうことですか?」

「図書室を出て、俺は廊下で出入り口をずっと張っていたんだが、栞菜は一度も外に出ていないのに、何時の間にか図書室の中からいなくなっていた」

「…………」

 空閑くが美弥子みやこが磯貝をストーカーと評していた意味を、ふみ香は理解した気がした。

 ――しかし、図書室から忽然と姿を消した美少女。古川栞菜はどこへ消えたのか?

 否、それ以前に古川は本当に昨日の放課後、図書室にいたのか?
 百葉箱の中から見つかった古川の右手は、空閑の話では死後二日程度経っていたという。磯貝の話が本当なら、昨日の古川は右手が切断された状態で何食わぬ顔で図書室に来ていたことになる。

 ――そんなこと、ある筈がない。

 現実的に考えれば、空閑と磯貝、どちらかの証言が間違えているということになる。

 空閑美弥子の証言が間違っている場合、腕が切断されて二日は経過しているという目算が狂っていることが考えられる。
 そしてもう一つ、そもそも百葉箱で見つかった手が古川のものではなかった場合だ。赤の他人の手の甲に、偶然似たような火傷の跡があった可能性もゼロではないだろう。

 磯貝康平の証言が間違えている場合、何らかの理由で磯貝が嘘を言っている可能性が考えられる。たとえば、磯貝が古川を殺した犯人だったときなどがこの場合だ。
 そして、磯貝が嘘をついていない場合。古川栞菜が本当に昨日図書室にいて、煙のように消えてしまったのだとしたら?

「……足がないなら兎も角、腕がない幽霊なんて聞いたこともないけど」

「おい、人の話聞いてんのかよ?」

「……あ、はい。どうもありがとうございました。とても参考になりました」
 ふみ香はそう言って足早にその場を立ち去る。

 事前の調査としては、こんなもので充分だろう。あとは非常階段の事件を解決した(予定)白旗しらはたと合流して、情報を渡せばいい。

 しかし、ふみ香はもう少しだけ、この謎について調べてみたい衝動に駆られていた。小林こばやしや白旗と一緒にいるうちに、少々毒されてしまったのかもしれない。

 ふみ香は古川栞菜が消失したという、図書室に行ってみることにした。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

特殊捜査官・天城宿禰の事件簿~乙女の告発

斑鳩陽菜
ミステリー
 K県警捜査一課特殊捜査室――、そこにたった一人だけ特殊捜査官の肩書をもつ男、天城宿禰が在籍している。  遺留品や現場にある物が残留思念を読み取り、犯人を導くという。  そんな県警管轄内で、美術評論家が何者かに殺害された。  遺体の周りには、大量のガラス片が飛散。  臨場した天城は、さっそく残留思念を読み取るのだが――。

密室島の輪舞曲

葉羽
ミステリー
夏休み、天才高校生の神藤葉羽は幼なじみの望月彩由美とともに、離島にある古い洋館「月影館」を訪れる。その洋館で連続して起きる不可解な密室殺人事件。被害者たちは、内側から完全に施錠された部屋で首吊り死体として発見される。しかし、葉羽は死体の状況に違和感を覚えていた。 洋館には、著名な実業家や学者たち12名が宿泊しており、彼らは謎めいた「月影会」というグループに所属していた。彼らの間で次々と起こる密室殺人。不可解な現象と怪奇的な出来事が重なり、洋館は恐怖の渦に包まれていく。

JKがいつもしていること

フルーツパフェ
大衆娯楽
平凡な女子高生達の日常を描く日常の叙事詩。 挿絵から御察しの通り、それ以外、言いようがありません。

声の響く洋館

葉羽
ミステリー
神藤葉羽と望月彩由美は、友人の失踪をきっかけに不気味な洋館を訪れる。そこで彼らは、過去の住人たちの声を聞き、その悲劇に導かれる。失踪した友人たちの影を追い、葉羽と彩由美は声の正体を探りながら、過去の未練に囚われた人々の思いを解放するための儀式を行うことを決意する。 彼らは古びた日記を手掛かりに、恐れや不安を乗り越えながら、解放の儀式を成功させる。過去の住人たちが解放される中で、葉羽と彩由美は自らの成長を実感し、新たな未来へと歩み出す。物語は、過去の悲劇を乗り越え、希望に満ちた未来を切り開く二人の姿を描く。

リモート刑事 笹本翔

雨垂 一滴
ミステリー
 『リモート刑事 笹本翔』は、過去のトラウマと戦う一人の刑事が、リモート捜査で事件を解決していく、刑事ドラマです。  主人公の笹本翔は、かつて警察組織の中でトップクラスの捜査官でしたが、ある事件で仲間を失い、自身も重傷を負ったことで、外出恐怖症(アゴラフォビア)に陥り、現場に出ることができなくなってしまいます。  それでも、彼の卓越した分析力と冷静な判断力は衰えず、リモートで捜査指示を出しながら、次々と難事件を解決していきます。  物語の鍵を握るのは、翔の若き相棒・竹内優斗。熱血漢で行動力に満ちた優斗と、過去の傷を抱えながらも冷静に捜査を指揮する翔。二人の対照的なキャラクターが織りなすバディストーリーです。  翔は果たして過去のトラウマを克服し、再び現場に立つことができるのか?  翔と優斗が数々の難事件に挑戦します!

令嬢の名門女学校で、パンツを初めて履くことになりました

フルーツパフェ
大衆娯楽
 とある事件を受けて、財閥のご令嬢が数多く通う女学校で校則が改訂された。  曰く、全校生徒はパンツを履くこと。  生徒の安全を確保するための善意で制定されたこの校則だが、学校側の意図に反して事態は思わぬ方向に?  史実上の事件を元に描かれた近代歴史小説。

女子高生は卒業間近の先輩に告白する。全裸で。

矢木羽研
恋愛
図書委員の女子高生(小柄ちっぱい眼鏡)が、卒業間近の先輩男子に告白します。全裸で。 女の子が裸になるだけの話。それ以上の行為はありません。 取って付けたようなバレンタインネタあり。 カクヨムでも同内容で公開しています。

処理中です...