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変化する呪いの文字
第13話
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小林声は二人の刑事を連れて事件現場にやって来た。
「……な、何じゃこりゃあッ!?」
鷲鼻の中年刑事が死体を見て目を見開いている。いきなり両目に火のついた蝋燭が刺さった死体を前にすれば、それも無理もない。
どうやら小林は刑事たちに事件の内容を説明していないらしい。
「警部、死体自体も極めて奇妙ではありますが、机に書かれた文字にご注目ください」
小林に言われて、刑事たちの視線は白い机の上の文字に集まる。
「……みさとふみかにころされた、と読めるな。これってもしかしてダイイングメッセージなのか?」
「単なるダイイングメッセージなら何も困りません。しかし、こちらの第一発見者の美里ふみ香の話では、最初に死体を見たときにはこんな文字はなかったと言うのです。元々は経文のような文字の羅列だったと」
「……美里ふみ香って、机の文字に書かれた名前じゃないか!!」
オールバックに眼鏡の若い刑事がふみ香を見て後退る。
「おいおい小林君、彼女の証言を信じていいのかね?」
警部と呼ばれていた中年の刑事も険しい表情でふみ香を睨んでいる。
「ええ、それこそが犯人の仕掛けた罠なのです。現場に第一発見者の名前が残されていて、あまつさえ、最初に死体を見たときにはそんなものはなかったなどと言えば、その第一発見者の証言には首をかしげざるを得ません」
小林声はそこでニヤリと不敵に笑う。
「しかし、美里の証言が本当だったとしたらどうでしょうか? 社会科室から出て、死体から目を離した五分間の間に、机に書かれた文字が自動で変化したのだとしたら?」
「……んなアホな!? 文字が勝手に変化するやなんて、呪いや魔法じゃあるまいし」
と白旗。
「よろしい。ならば今この場でその呪いを解いてご覧に入れましょう」
そう言って小林が鞄から取り出したのは、冷却スプレーだ。サッカー部に用があると言っていたのは、恐らくこれを借りてくる為だったのだろう。
「……そんなもん、何に使うつもりや?」
「まァ黙って見ていろ。こうするのだ」
小林は文字の書かれた机に向かって冷却スプレーを勢いよく噴射する。
するとどうしたことか、机の上にお経のような文字がみるみるうちに浮かび上がってきたではないか。
「……なッ!?」
「……一体どうなっとるんや!?」
「フリクションインクだよ。擦ると文字が消えるボールペンがあるだろう。あれと同じ要領だ」
小林は何でもないことのように言う。
「しかし小林君、触れてもいない文字が消えたり現れたりするのはどうしてなんだね?」
「このインクは熱に反応するのですよ、警部。つまり擦って消えるのは、摩擦の熱に反応しているということになります。60℃でインクの色が透明に変わり、マイナス20℃以下で冷やすと再びインクの色が元に戻る性質がある」
「ということは……」
「犯人はまず普通のインクのペンで『みさとふみかにころされた』と平仮名で書いた。その後フリクションインクで上から経文を書いて、最初に書いた文字を隠したのです。そして被害者の両目に突き刺した蝋燭の先から蝋が落ち、机の上の温度を上げていた」
「……それで私が最初に机を見たときはお経が書いてあって、白旗さんを待っている間にお経の文字が消えたんですね」
ふみ香は納得したように頷く。
普津沢の二つの眼窩に突き刺された、二本の蝋燭。勿論、フリクションインクのトリックを使う為のギミックではあるのだろうが、それだけではなく、ふみ香に恐怖を与える目的もあったのだろう。
現にふみ香はあまりに異様な死体を見続けることができず、一度教室の外に出ている。
「針金で死体を椅子に固定したのは、蝋が落ちる先を机の上に絞る為だ。死後硬直していないうちは、死体の体勢が崩れる恐れがあるからな。この事件、馬鹿げた殺人のように見えて、意外と綿密に計算されている」
「……美里の証言が正しいことはわかったわ。それで小林、普津沢を殺した犯人は結局誰やねん?」
「残念だが、現段階でそこまでは推理できない。ただ一つわかっているのは、犯人は昼休みに美里が社会科室に来ることを知っていた人物ということだ。そうでなければ、見立て殺人のトリックで美里に罪を着せるという計画が成り立たないからな」
「…………」
ふみ香は小林の話を聞いて、一人戦慄する。
今日、この時間にふみ香が社会科室に来ることを知っていた人物は一人しかいない。
――油井愛緒。
ふみ香が社会科室に行くことになったのは、油井とのじゃんけんの結果によって決まったことなのだ。
ふみ香は段々と意識が遠くなっていくのを感じながら、その場に倒れた。
〇 〇 〇
気が付くと、ふみ香は保健室のベッドの上だった。
「おう、気ィ付いたか?」
近くの椅子に、ハンバーガーに齧り付く白旗が座っている。
「食うか?」
白旗が赤い紙に包まれたハンバーガーを差し出してくる。
「……白旗先輩、今何時ですか?」
「ん? それ程時間は経ってへん。五限の授業が終わったとこや。って言うても、授業は当然中止やけど。食わんのなら俺が貰うで」
「……犯人は?」
「捕まった。お前のクラスメイトの油井っちゅう女やったで。トリックを小林に見破られたことで負けを悟ったようで、あの後自首してきよった。何でも教師の普津沢とデキとったようで、別れ話が拗れたんが動機やったみたいやな。美里に疑いを向けさせたんは、最近普津沢がお前に興味惹かれてるように見えたからやと。ま、何にせよ災難やったな」
「…………」
ふみ香は白旗の話を聞きながら、それがどこか遠い国の話のように感じていた。
「……起きたんなら俺はもう帰るで。荷物はここに全部置いてある。事件は一応解決したけど帰り道、気ィ付けてな。ほな、また」
「…………」
白旗が保健室から立ち去った後、ふみ香はリノリウムの床の上に激しく嘔吐した。
「……な、何じゃこりゃあッ!?」
鷲鼻の中年刑事が死体を見て目を見開いている。いきなり両目に火のついた蝋燭が刺さった死体を前にすれば、それも無理もない。
どうやら小林は刑事たちに事件の内容を説明していないらしい。
「警部、死体自体も極めて奇妙ではありますが、机に書かれた文字にご注目ください」
小林に言われて、刑事たちの視線は白い机の上の文字に集まる。
「……みさとふみかにころされた、と読めるな。これってもしかしてダイイングメッセージなのか?」
「単なるダイイングメッセージなら何も困りません。しかし、こちらの第一発見者の美里ふみ香の話では、最初に死体を見たときにはこんな文字はなかったと言うのです。元々は経文のような文字の羅列だったと」
「……美里ふみ香って、机の文字に書かれた名前じゃないか!!」
オールバックに眼鏡の若い刑事がふみ香を見て後退る。
「おいおい小林君、彼女の証言を信じていいのかね?」
警部と呼ばれていた中年の刑事も険しい表情でふみ香を睨んでいる。
「ええ、それこそが犯人の仕掛けた罠なのです。現場に第一発見者の名前が残されていて、あまつさえ、最初に死体を見たときにはそんなものはなかったなどと言えば、その第一発見者の証言には首をかしげざるを得ません」
小林声はそこでニヤリと不敵に笑う。
「しかし、美里の証言が本当だったとしたらどうでしょうか? 社会科室から出て、死体から目を離した五分間の間に、机に書かれた文字が自動で変化したのだとしたら?」
「……んなアホな!? 文字が勝手に変化するやなんて、呪いや魔法じゃあるまいし」
と白旗。
「よろしい。ならば今この場でその呪いを解いてご覧に入れましょう」
そう言って小林が鞄から取り出したのは、冷却スプレーだ。サッカー部に用があると言っていたのは、恐らくこれを借りてくる為だったのだろう。
「……そんなもん、何に使うつもりや?」
「まァ黙って見ていろ。こうするのだ」
小林は文字の書かれた机に向かって冷却スプレーを勢いよく噴射する。
するとどうしたことか、机の上にお経のような文字がみるみるうちに浮かび上がってきたではないか。
「……なッ!?」
「……一体どうなっとるんや!?」
「フリクションインクだよ。擦ると文字が消えるボールペンがあるだろう。あれと同じ要領だ」
小林は何でもないことのように言う。
「しかし小林君、触れてもいない文字が消えたり現れたりするのはどうしてなんだね?」
「このインクは熱に反応するのですよ、警部。つまり擦って消えるのは、摩擦の熱に反応しているということになります。60℃でインクの色が透明に変わり、マイナス20℃以下で冷やすと再びインクの色が元に戻る性質がある」
「ということは……」
「犯人はまず普通のインクのペンで『みさとふみかにころされた』と平仮名で書いた。その後フリクションインクで上から経文を書いて、最初に書いた文字を隠したのです。そして被害者の両目に突き刺した蝋燭の先から蝋が落ち、机の上の温度を上げていた」
「……それで私が最初に机を見たときはお経が書いてあって、白旗さんを待っている間にお経の文字が消えたんですね」
ふみ香は納得したように頷く。
普津沢の二つの眼窩に突き刺された、二本の蝋燭。勿論、フリクションインクのトリックを使う為のギミックではあるのだろうが、それだけではなく、ふみ香に恐怖を与える目的もあったのだろう。
現にふみ香はあまりに異様な死体を見続けることができず、一度教室の外に出ている。
「針金で死体を椅子に固定したのは、蝋が落ちる先を机の上に絞る為だ。死後硬直していないうちは、死体の体勢が崩れる恐れがあるからな。この事件、馬鹿げた殺人のように見えて、意外と綿密に計算されている」
「……美里の証言が正しいことはわかったわ。それで小林、普津沢を殺した犯人は結局誰やねん?」
「残念だが、現段階でそこまでは推理できない。ただ一つわかっているのは、犯人は昼休みに美里が社会科室に来ることを知っていた人物ということだ。そうでなければ、見立て殺人のトリックで美里に罪を着せるという計画が成り立たないからな」
「…………」
ふみ香は小林の話を聞いて、一人戦慄する。
今日、この時間にふみ香が社会科室に来ることを知っていた人物は一人しかいない。
――油井愛緒。
ふみ香が社会科室に行くことになったのは、油井とのじゃんけんの結果によって決まったことなのだ。
ふみ香は段々と意識が遠くなっていくのを感じながら、その場に倒れた。
〇 〇 〇
気が付くと、ふみ香は保健室のベッドの上だった。
「おう、気ィ付いたか?」
近くの椅子に、ハンバーガーに齧り付く白旗が座っている。
「食うか?」
白旗が赤い紙に包まれたハンバーガーを差し出してくる。
「……白旗先輩、今何時ですか?」
「ん? それ程時間は経ってへん。五限の授業が終わったとこや。って言うても、授業は当然中止やけど。食わんのなら俺が貰うで」
「……犯人は?」
「捕まった。お前のクラスメイトの油井っちゅう女やったで。トリックを小林に見破られたことで負けを悟ったようで、あの後自首してきよった。何でも教師の普津沢とデキとったようで、別れ話が拗れたんが動機やったみたいやな。美里に疑いを向けさせたんは、最近普津沢がお前に興味惹かれてるように見えたからやと。ま、何にせよ災難やったな」
「…………」
ふみ香は白旗の話を聞きながら、それがどこか遠い国の話のように感じていた。
「……起きたんなら俺はもう帰るで。荷物はここに全部置いてある。事件は一応解決したけど帰り道、気ィ付けてな。ほな、また」
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