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第七夜-2
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◇
「長、ちょっと……」
オランダとの会合以来、また清は熱を出した。清の体調不良の原因は、流産だけでなく六郎を失った精神的なショックが原因であるからだ。
それを承知の十勇士は、清海から火急の報告を才蔵に渡した。書状を持ってきたのは鎌之助だった。
「もう返ってきたのか……? あれからまだ一週間も経っていないだろ」
「急がせたのよ。琉球は復興と言うよりも支援を受けて、アメリカの色に染め上げられているって表現が正しいかも。イギリスの援助は資金だけだし、清国はイギリスの植民地だしね」
「……まずいな。次郎吉はなんて言っているんだ?」
「次郎吉は気づいていないよ。むしろ、アメリカの援助に感謝している。事実、傍目から見ただけだと、荒れた国の整備に力を入れてくれているから」
「で、お前の意見は? もう甚八達は動いているんだろ?」
「察しがよくてありがたいわ。あの捕えた工作員を締め上げたの――あいつらは引き込み役。アメリカの船団がこちらに向かっている。琉球に物資を持ってくる名目で停泊して、ここを落とす基地にするって」
鎌之助の眼つきが変わった。才蔵も纏う空気が忍びのそれとなる。
――身の内が、非情なあの頃へと回帰する。
清が目覚めたら、彼女はもう二度と才蔵を受け入れてはくれないかもしれない。解ってはいるが、やはり彼女を失う訳にはいかないのだ。
「……鎌之助」
「解ってるよ。なんの為の影武者だと思ってんの? それにさ、六ちゃんが死んで姫が倒れた。なら、これ以上の負担はかけられない。――俺は生きて帰ってくるよ。絶対!!」
才蔵は「待ってるぜ」が一言笑いかけると、鎌之助はとびきりの笑顔で風の如く去って行った。
下手をすれば、鎌之助だけではなくアメリカ船団の目を欺く為に、鎌之助が化けた清姫の供に付く三好兄弟も失うこととなる。そうなれば、清は二度と立ち上がれないかもしれない。
「……なあ、清。目が覚めたら、好きなだけ俺を罵ってくれていい。俺は甘んじてそれを受け入れよう」
清が聞いているのかは怪しい。けれど、才蔵は彼女と清助だけは生き残る茨の道を選んだ。仲間の屍を踏み越えて行こうとも。
そう胸にちりちりと焔を宿す才蔵の元に、小助が現れた。
「……準備ができた。長は姫を、若君は俺が連れて行く。甚八は先に船で待っています」
「よし、出よう」
清を布団で包み、清助もそっと小助が抱き上げて、二人は甚八が出航の用意をしている以前使っていた帆船に乗り込んだ。主力艦である蒸気船には鎌之助達が乗っている。
「行先は?」
「佐渡島だ。無人島の戸瀬島じゃあ、すぐにバレるだろうからな」
甚八に首肯すると、才蔵は生涯で最も非情な命令を下した。
「――出航」
梅雨の気配がする、新月の夜のことだった。
★続...
「長、ちょっと……」
オランダとの会合以来、また清は熱を出した。清の体調不良の原因は、流産だけでなく六郎を失った精神的なショックが原因であるからだ。
それを承知の十勇士は、清海から火急の報告を才蔵に渡した。書状を持ってきたのは鎌之助だった。
「もう返ってきたのか……? あれからまだ一週間も経っていないだろ」
「急がせたのよ。琉球は復興と言うよりも支援を受けて、アメリカの色に染め上げられているって表現が正しいかも。イギリスの援助は資金だけだし、清国はイギリスの植民地だしね」
「……まずいな。次郎吉はなんて言っているんだ?」
「次郎吉は気づいていないよ。むしろ、アメリカの援助に感謝している。事実、傍目から見ただけだと、荒れた国の整備に力を入れてくれているから」
「で、お前の意見は? もう甚八達は動いているんだろ?」
「察しがよくてありがたいわ。あの捕えた工作員を締め上げたの――あいつらは引き込み役。アメリカの船団がこちらに向かっている。琉球に物資を持ってくる名目で停泊して、ここを落とす基地にするって」
鎌之助の眼つきが変わった。才蔵も纏う空気が忍びのそれとなる。
――身の内が、非情なあの頃へと回帰する。
清が目覚めたら、彼女はもう二度と才蔵を受け入れてはくれないかもしれない。解ってはいるが、やはり彼女を失う訳にはいかないのだ。
「……鎌之助」
「解ってるよ。なんの為の影武者だと思ってんの? それにさ、六ちゃんが死んで姫が倒れた。なら、これ以上の負担はかけられない。――俺は生きて帰ってくるよ。絶対!!」
才蔵は「待ってるぜ」が一言笑いかけると、鎌之助はとびきりの笑顔で風の如く去って行った。
下手をすれば、鎌之助だけではなくアメリカ船団の目を欺く為に、鎌之助が化けた清姫の供に付く三好兄弟も失うこととなる。そうなれば、清は二度と立ち上がれないかもしれない。
「……なあ、清。目が覚めたら、好きなだけ俺を罵ってくれていい。俺は甘んじてそれを受け入れよう」
清が聞いているのかは怪しい。けれど、才蔵は彼女と清助だけは生き残る茨の道を選んだ。仲間の屍を踏み越えて行こうとも。
そう胸にちりちりと焔を宿す才蔵の元に、小助が現れた。
「……準備ができた。長は姫を、若君は俺が連れて行く。甚八は先に船で待っています」
「よし、出よう」
清を布団で包み、清助もそっと小助が抱き上げて、二人は甚八が出航の用意をしている以前使っていた帆船に乗り込んだ。主力艦である蒸気船には鎌之助達が乗っている。
「行先は?」
「佐渡島だ。無人島の戸瀬島じゃあ、すぐにバレるだろうからな」
甚八に首肯すると、才蔵は生涯で最も非情な命令を下した。
「――出航」
梅雨の気配がする、新月の夜のことだった。
★続...
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