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カーネリアンに消える
カーネリアンに消える
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夕焼けの茜色がどんどんと濃くなる。秋の訪れを感じていた私は、近頃クラスの様子がおかしいと思い始めた。
厳密に言えば、クラスのムードメーカーだった「殿田真白」という男子が、話しかけられた時にしか話さなくなったのだ。
「殿田、最近おかしいよね。あれだけ騒がしかったのに」
私がふと弁当のアスパラベーコンを口に放り込みながら、そうつぶやくと親友のモモは「高三にもなると考え事もするでしょ」と他愛ないとばかりに一蹴する。
その時の私は「受験も近いから、それもそうか」と無理やり自分を納得させたものだ。
しかし、やはり二日、三日と経過する毎に私の違和感は確信となる。
殿田に話しかける人物が、どんどんと減っているのだ。今の殿田は、授業中も休み時間も関係なく、ぼんやりと外を眺めるばかり。
「ねえ、やっぱりおかしいよ。殿田のこと、先生に相談した方がいいのかな?」
私がまた昼休みにモモに相談を持ち掛けたが、モモの方が怪訝な表情をする。まるで私が変なことを口走ったかのような親友の表情に、私も頭に疑問符が浮かぶ。
「……ごめん、話についていけない――トノダって、誰?」
「え?」
モモはからかっている訳ではなかった。そんな雰囲気でもない。むしろモモは私の心配をしてきた。
その時、件の殿田からくしゃくしゃに丸められた小さなメモが飛んできた。
『放課後、体育館裏の花壇で待ってて』
殿田の方を振り返れば、彼は小さくこくりと頷いた。私はそれになんのアクションも返さず、くしゃくしゃのメモをポケットに入れた。
「……どうしたの?」
目の前のモモが、また不思議そうな顔をしている。私は「頭になにか付いてる気がしただけ」と無理に笑顔を作って、空笑いでその場をやり過ごした。
放課後までの間、やはり殿田は一番奥の窓際の席で外を眺めていた。
◇
殿田の指定通り、放課後に花壇へ行けば、すでに殿田は居た。花壇の花を見つめながら、茜色に染まっている。殿田の一歩向こうには、濃い影ができていた。
「沢木と話すの、文化祭以来だよな」
「うん、私達、実行委員だったもんね」
私はスカートに注意を払いながら、殿田の隣に腰かけた。
「もう沢木だけになっちゃったなあ、俺のことを覚えている奴」
私は殿田の言っていることが、理解できなかった。殿田は私の表情を覚ったのだろう。私がいないように一人で話し始めた。
「オチから離すけどさ、俺、知り合いにどんどん忘れられていってるみたいなんだよなあ。だから、もう『殿田真白』の存在を覚えてくれているのは、沢木だけになっちゃったな、って意味」
言葉を探している私を置いてけぼりにして、殿田は話を進める。
「最初におかしいなって思ったのは、文化祭が終わった片付けの最中。片付けの指示を出してたら、『沢木さん、どこ? ったく、なんでうちのクラスだけ実行委員は一人なんだよ』ってぼやいている奴がいてさ。俺、真後ろにいたのに。その時は、クラスの奴も『殿田がいるじゃん。冗談きついよ』って笑い飛ばしてたけど、ぼやいてた奴は本当に不不思議そうにしてた。それから毎日だんだん誰も俺を認識しなくなった――今じゃあ、家族も……俺を知らない」
あまりの衝撃的な告白に、私は唖然とした。
「……ど、どうして? なにか原因に心当たりは無いの?」
「さっぱり。クラスだけなら新手のいじめかなって思えるけど、家族まで忘れられたら、俺はもう亡霊みたいなもんだろ」
「殿田は、どこから学校に通ってるの?」
「漫画喫茶。家に帰ったら、家族を怖がらせるだけだから。親がいない時を見計らって制服は交換しに行ってる。親が、俺専用の口座を作ってくれてたのは知ってたから、そこから金を全額引き出して、コインランドリーで洗濯してる。ここ一週間で解かったのは、『殿田真白』っていう人間を知っている人が忘れて行ってるみたい。漫画喫茶の店員さんとか、コインランドリーで話す人は普通に会話が成立するから」
――沢木も時間の問題かな。
哀しい笑顔。私が見た最後の殿田の笑顔だった。
とっさに私は立ち上がって、殿田の手を引いた。
「さ、沢木?」
「行こう。私が忘れないうちに、殿田の『痕跡』を残しに行くの。だって……哀しすぎるよ!!」
競歩のようにして私が殿田を連れてきたのは、駅前のアーケード街だった。その一つにパワーストーンの店がある。
『お名前をお入れします』
この宣伝文句だけを思い出した。
私は店に入ったと同時に、夕陽の色に似た石をひっつかんで「名前、入れてください!! 殿田真白と裏に沢木りほで。漢字はこうです。時間はどれくらいかかりますか?」と目を丸くしている店員の女性に石を二つ渡した。
「さ、三十分あれば……」
店員は圧倒されながら、そう告げたので「じゃあ、三十分後にまた来ます」と言い残して、三つ隣のファーストフードショップで時間をつぶした。
「……びっくりした。なんでここまでしてくれんの?」
「笑わないでね。元気だった殿田が夕陽に消えちゃいそうだったから。寂しいじゃない。哀しいでしょ……私なら、忘れられるなんて、怖いよ……」
くすっと殿田は笑って、「沢木、優しすぎ」と言った。
きっかり三十分後に石を取りに行って、私達はとぼとぼとアーケード街を歩く。殿田は名前が彫られた石を嬉しそうに眺めながら、私を家まで送ってくれた。
「これ、カーネリアンって石だって。店に書いてあった」
「へえ、とっさに掴んじゃったから名前まで見てなかった。でも、カーネリアン、うん、覚えた。カーネリアンね」
私の家の前に到着すると、殿田は夕陽を浴びながら「じゃあ」と言った。
「沢木、俺さ、この石は大事にするよ。もしもまたどこかで出逢って、俺のこと覚えていたら……これを見せ合いっこしようぜ」
――ありがとう。
「殿田……!!」
くるりと夕陽に照らされた道を歩みながら、私は石を握りしめて、呪文のように殿田の名前を呼び続けた――。
end...
厳密に言えば、クラスのムードメーカーだった「殿田真白」という男子が、話しかけられた時にしか話さなくなったのだ。
「殿田、最近おかしいよね。あれだけ騒がしかったのに」
私がふと弁当のアスパラベーコンを口に放り込みながら、そうつぶやくと親友のモモは「高三にもなると考え事もするでしょ」と他愛ないとばかりに一蹴する。
その時の私は「受験も近いから、それもそうか」と無理やり自分を納得させたものだ。
しかし、やはり二日、三日と経過する毎に私の違和感は確信となる。
殿田に話しかける人物が、どんどんと減っているのだ。今の殿田は、授業中も休み時間も関係なく、ぼんやりと外を眺めるばかり。
「ねえ、やっぱりおかしいよ。殿田のこと、先生に相談した方がいいのかな?」
私がまた昼休みにモモに相談を持ち掛けたが、モモの方が怪訝な表情をする。まるで私が変なことを口走ったかのような親友の表情に、私も頭に疑問符が浮かぶ。
「……ごめん、話についていけない――トノダって、誰?」
「え?」
モモはからかっている訳ではなかった。そんな雰囲気でもない。むしろモモは私の心配をしてきた。
その時、件の殿田からくしゃくしゃに丸められた小さなメモが飛んできた。
『放課後、体育館裏の花壇で待ってて』
殿田の方を振り返れば、彼は小さくこくりと頷いた。私はそれになんのアクションも返さず、くしゃくしゃのメモをポケットに入れた。
「……どうしたの?」
目の前のモモが、また不思議そうな顔をしている。私は「頭になにか付いてる気がしただけ」と無理に笑顔を作って、空笑いでその場をやり過ごした。
放課後までの間、やはり殿田は一番奥の窓際の席で外を眺めていた。
◇
殿田の指定通り、放課後に花壇へ行けば、すでに殿田は居た。花壇の花を見つめながら、茜色に染まっている。殿田の一歩向こうには、濃い影ができていた。
「沢木と話すの、文化祭以来だよな」
「うん、私達、実行委員だったもんね」
私はスカートに注意を払いながら、殿田の隣に腰かけた。
「もう沢木だけになっちゃったなあ、俺のことを覚えている奴」
私は殿田の言っていることが、理解できなかった。殿田は私の表情を覚ったのだろう。私がいないように一人で話し始めた。
「オチから離すけどさ、俺、知り合いにどんどん忘れられていってるみたいなんだよなあ。だから、もう『殿田真白』の存在を覚えてくれているのは、沢木だけになっちゃったな、って意味」
言葉を探している私を置いてけぼりにして、殿田は話を進める。
「最初におかしいなって思ったのは、文化祭が終わった片付けの最中。片付けの指示を出してたら、『沢木さん、どこ? ったく、なんでうちのクラスだけ実行委員は一人なんだよ』ってぼやいている奴がいてさ。俺、真後ろにいたのに。その時は、クラスの奴も『殿田がいるじゃん。冗談きついよ』って笑い飛ばしてたけど、ぼやいてた奴は本当に不不思議そうにしてた。それから毎日だんだん誰も俺を認識しなくなった――今じゃあ、家族も……俺を知らない」
あまりの衝撃的な告白に、私は唖然とした。
「……ど、どうして? なにか原因に心当たりは無いの?」
「さっぱり。クラスだけなら新手のいじめかなって思えるけど、家族まで忘れられたら、俺はもう亡霊みたいなもんだろ」
「殿田は、どこから学校に通ってるの?」
「漫画喫茶。家に帰ったら、家族を怖がらせるだけだから。親がいない時を見計らって制服は交換しに行ってる。親が、俺専用の口座を作ってくれてたのは知ってたから、そこから金を全額引き出して、コインランドリーで洗濯してる。ここ一週間で解かったのは、『殿田真白』っていう人間を知っている人が忘れて行ってるみたい。漫画喫茶の店員さんとか、コインランドリーで話す人は普通に会話が成立するから」
――沢木も時間の問題かな。
哀しい笑顔。私が見た最後の殿田の笑顔だった。
とっさに私は立ち上がって、殿田の手を引いた。
「さ、沢木?」
「行こう。私が忘れないうちに、殿田の『痕跡』を残しに行くの。だって……哀しすぎるよ!!」
競歩のようにして私が殿田を連れてきたのは、駅前のアーケード街だった。その一つにパワーストーンの店がある。
『お名前をお入れします』
この宣伝文句だけを思い出した。
私は店に入ったと同時に、夕陽の色に似た石をひっつかんで「名前、入れてください!! 殿田真白と裏に沢木りほで。漢字はこうです。時間はどれくらいかかりますか?」と目を丸くしている店員の女性に石を二つ渡した。
「さ、三十分あれば……」
店員は圧倒されながら、そう告げたので「じゃあ、三十分後にまた来ます」と言い残して、三つ隣のファーストフードショップで時間をつぶした。
「……びっくりした。なんでここまでしてくれんの?」
「笑わないでね。元気だった殿田が夕陽に消えちゃいそうだったから。寂しいじゃない。哀しいでしょ……私なら、忘れられるなんて、怖いよ……」
くすっと殿田は笑って、「沢木、優しすぎ」と言った。
きっかり三十分後に石を取りに行って、私達はとぼとぼとアーケード街を歩く。殿田は名前が彫られた石を嬉しそうに眺めながら、私を家まで送ってくれた。
「これ、カーネリアンって石だって。店に書いてあった」
「へえ、とっさに掴んじゃったから名前まで見てなかった。でも、カーネリアン、うん、覚えた。カーネリアンね」
私の家の前に到着すると、殿田は夕陽を浴びながら「じゃあ」と言った。
「沢木、俺さ、この石は大事にするよ。もしもまたどこかで出逢って、俺のこと覚えていたら……これを見せ合いっこしようぜ」
――ありがとう。
「殿田……!!」
くるりと夕陽に照らされた道を歩みながら、私は石を握りしめて、呪文のように殿田の名前を呼び続けた――。
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