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海の章
漆、蓬莱華の花飾り
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漆、「蓬莱華の花飾り」
統一歴 五千五百二十三年、吉日――ロン・ツーエン将軍とセツカ・ラン王女の婚礼が執り行われた。
王族の冠婚葬祭は、セツカが眠っていた離宮から本殿を挟む、ちょうど反対側に位置する神殿で行われるのが通例であった。
国中に、空や地上から持ち込まれた花が宙を舞い、絶え間ない歓声が響いている。特に新郎であるロンが庶出の身なので身分の垣根無く、神殿の外は人で溢れかえっていた。すでに酒で出来上がっている者も見受けられるが、主役の二人が現れると水を打ったように静まり返る。
雅楽の音だけが城壁を超えて響き渡った。
セツカは真珠色の光沢を放つ白の交領襦裙――交領には銀糸で縫い取った桃や牡丹が散りばめられている――ロンも白の直裾袍だが、交領が銀糸で格子柄が縫い取られている。二人は揃いの深い青の褙子を纏っているが皆が驚いたのはロンに手を取られて一歩ずつ進むセツカの頭上に咲き誇る白い蓬莱華である。
「それ、いつの間に女官長に頼んだんだ?」
ゆるりゆるりと祭司が待つ祭壇までの道のりで、セツカにしか聞こえない声でロンが尋ねた。
「髪飾りを選び終わった後よ。女官長にこーっそり頼んでおいたのです。あなたが初めてわたくしにくれたものですもの」
してやったりと笑うセツカに「参ったな」とロンは、眉尻を下げた。
二人が歩く長い絨毯の脇に座る賓客達からは、すすり泣く声も聞こえる。特にエイルは隣のミュウリンに心配されるほど泣いていた。ヤンジンの肩に止まるテムもぐすぐすと泣いて、ヤンジンの道衣を濡らしている。
祭壇にたどり着くと、二人は上座に座る海底龍王エイシャに最敬礼を――エイシャも座ったまま礼を返した時に、ぽたりと一滴の雫が零れた。
エイシャの対面に座る天空龍女王リナリアと、地平龍王ルー・ソンにも最敬礼をしたのち、祭司の前に跪く。
「天神地祇、子々孫々、母なる大海に眠る数多の龍王・龍王妃の御霊の名に於いて、この吉日、ロン・ツーエンとセツカ・ランの夫婦の契りを祝福す」
二人が祭司に「永遠に」と返すと祭司はロンの冠とセツカの髪飾りに珊瑚の粉を振りかける。珊瑚が海の加護を与え、二人の行く末を見届けるという意味合いが込めて。
二人がもう一度深く礼をすると祭司が「立ちませい」と命ずる。
立ち上がった二人は、ロンがセツカの左耳に、セツカがロンの左耳に桜真珠を模した耳墜を付ける。この耳墜は夫婦で考えた独自の装飾が施されているので、全世界でも一対しか存在しない。
ロンがセツカの目尻に口づけ、セツカがロンの頬に口づければ二人は晴れて夫婦と認められた。
髪飾りの意趣返しとばかりに、ロンがセツカを抱き上げれば賓客席の者達も立ちあがって歓声が上がった。ロンとセツカも笑い合い、そのまま二人は城壁の上に立って集まった民衆にも手を振る。
――約五百年前、たった一人で二国と戦い眠った真珠姫と、恋人の眠りを解くために三龍界と仙界を旅した勇猛果敢で一途な若き将軍。ロンとセツカの生涯は海底竜宮に語り継がれる純愛伝説となった。セツカが婚礼で使用した蓬莱華の髪飾りも、未婚女性の象徴として各界の婚礼の儀で愛されたという。
「ロン、始祖はどんな風に産まれてくるかしら?」
本日から夫婦の部屋として使われる広い寝台の上で、セツカがロンに問うた。広い寝台の上、二人は白い襦袢を肩にかけただけの姿で甘い余韻に浸っている。本宮の方では三日三晩夜通しで祝宴が繰り広げられているが、二人は日付が変わる前に部屋に案内された。
「ずっと一人で寂しがっていたから、二人で生まれてくるやもしれんなあ」
「……わたくしが大変です」
「そうだな。君も子供も健康なら、俺はそれ以上を望まない」
「生まれてくる子供には、珊瑚の森を見せてあげたいわね」
「休日に皆で行けばいい。簡単な食べ物だけ持って、悪戯をしないように見守って、好きなだけ走り回らせて」
夢は尽きない。セツカに降り注ぐ口づけも彼女の存在を確かめるようにロンは繰り返し施す。
「もう消えてくれるなよ」
「あなたも」
交わす唇口づけは深く、肌に触れる手は羽根のように――。
一年後、セツカは元気な双子の赤子を産んだ。
◇
立って歩きまわるようになった双子は、今日も竜宮を騒がせている。腹に三人目がいるセツカは安定期まで双子を探しまわることができない。必然的に元帥位を賜ったロンに女官や兵士は泣きつくので、ロンは屋根に上ったり、梁の上を探し回ったりと忙しい日々だ。
「……似なくていいところを母親から受け継いだものだ……」
ロンがそう独りごちると「おい」と双子を両脇に抱えたヤンジンが現れた。二人は抱えられながらもきゃあきゃあと楽しんでいる。
「おや、師匠。いつも世話をおかけします」
「こいつら、俺様が来る度に待ち構えているぞ。お前、変な教育してんじゃねえだろうな」
「どんな教育ですか。ところで、御髪が乱れているところを拝見して判断すると、また玉鼎真人様と一戦やらかしましたね?」
げっそりとしているヤンジンは「こいつらのせいだろうが!!」と怒る。
それと言うのも、玉鼎真人の道府に名前を頂いた双子を連れて行くと、実の孫のように可愛がる。双子が帰ったら「ロンを見習え」とヤンジンに玉鼎真人が詰め寄り喧嘩――という構図が定着してしまったのだ。
「……相変わらずお互いが素直じゃありませんね。玉鼎様も師匠の子供が見たいのだなどと、口が裂けてもおっしゃらない御仁でしょうけれど……」
「……ったく余計な世話だ。迷惑この上ない。えーっと、どっちがどっちだったか……?」
「そろそろ覚えてください。右眼に黒子があるのがショウテイ、左眼がテイマです」
「覚えられるか!!」
父の顔を確認すると、揃って暴れ出す。ヤンジンから二人を受け取って両肩に乗せてやると双子はぴたりと大人しくなった。
「……こいつら、俺様をなめてるだろう……?」
「師匠はなんだかんだで構ってくれるからですよ。ま、これだけ暴れたなら昼にはよく眠るでしょう。ありがとうございます」
すっかり父親としても、元帥としても落ち着いてしまった弟子の後ろをヤンジンは付いていく。
「姫様はもう復帰しているのか?」
「ええ、無理のない程度で。なので、この珍獣二人もセツカの前では静かなものです」
「エリンの件はどうなったんだ? 一時期、泣きついてきたときはどう料理してやろうかと思ったが」
「……相変わらず鬼畜ですね。あれからは穏便ですよ。ミュウリン姫も産後の経過は順調ですから、双子と一緒に龍王様に溺愛されています」
「どこの爺も珍獣に骨抜きにされやがって――うわっ!!」
「次に龍王様を爺などと言ったら当てますからね」
ヤンジンはとっさに掴んだ小刀にぞっとする。ロンの眼が本気だ。ロンの肩の上から今の様子を凝視していた双子に「これだけは絶対に真似するなよ!!」と叫んだ。
父の肩に揺られていると眠くなるらしく、双子は部屋に着くなり早々に夢の中だ。
「まだまだ動物だな」
「子供はこんなもんですよ。エリンは俺かセツカじゃないと愚図ってたので、この二人はまだ解りやすい方です」
くうくうと眠る双子の頬を「餅だな」とつつくヤンジンも相当毒されているのに本人は無自覚だ。ロンは薄手の掛布団を双子にかけると、静かに衝立の向こうにある卓に座って、ヤンジンに茶をすすめた。
「お前、大変じゃねえのか? 元帥になったのに、毎日ガキんちょの話まで持って来られてよお」
「慣れました。セツカに動き回られて万一があるよりは体力のある俺が動いた方がいい。テムも探すのを手伝ってくれるし、部下も子育て経験者ばかりなので、理解してくれますから働きやすいです――ところで、本題はなんなのですか?」
ヤンジンは茶を一口啜って、視線を横に流す。気まずい内容だと察知したロンは「なにかやらかしましたね」とヤンジンを追い詰める。
「うちは匿いませんよ。エリンにもそう伝えます」
「待て待て待て!! まだ確定じゃねえんだよ!!」
席を立ったロンの上着に縋りついて、ヤンジンはしどろもどろに話し始めた。
「西王母様のところにだな、いい仲になった女仙が居て、な」
「手を出しちゃったんですね?」
「……はい」
「いつものことじゃないですか。ここに逃げてきた理由は『子供ができた』とでも言われましたか?」
「お察しの通りです」
「これも別にはじめてじゃないでしょう。問題をはっきり言ってください」
どんどんと肩をすぼめて小さくなるヤンジン――これではどちらが師なのかわからない。ロンがもう一度着席するのを確かめてからヤンジンが蚊の鳴く声で呟いた。
「……東方王様と西王母様の、末娘だった……」
「申し訳ありません。助けられません。諦めて末永くお幸せに」
ロンが再び立ち上がりかけたのを、ヤンジンは必死で縋りつく。
「待てって!! 子供ができてようがいまいがつれ添う気ではいるんだ!! かなり好みだし、いい娘だから俺も身を固めてもいいかと思っている。東方王様ご夫妻には土下座する勇気もあるんだが、問題はじじ――玉鼎真人様だ!! バレたら間違いなく吊るされる!! 燃やされる!! それだけは避けたいから一旦ここに逃げて来たんだよ!!」
「大声出さないでくださいよ……!! せっかく寝たのに子供たちが起きるでしょう!!」
二人でぜいぜいと肩で息をして、茶を一杯飲んだら頭が冷静になってきたのか、ヤンジンもロンも揃って「はあ」と息を吐いた。
「そもそも、なぜご息女のお顔を知らないのですか? 仙界から逃げて遊んでたツケが回ってきた自業自得じゃないですか……」
「いや、今回ばっかりは何も言い返せん」
「言い返せないのはいつものことでしょう。やれやれ……四度目の結婚ですか。おめでとうございます」
「他人事だと思いやがって……!!」
「どーも」
何年が過ぎようとも変わらないと思っていたことが、思わぬ方向に舵をきる。これもまた人生における不思議の一つなのだろう。合縁奇縁とは言い得て妙なり。
この数日後、ヤンジンは東方王夫妻と凄まじい怒気を放つ玉鼎真人が同席する場にロンとセツカ、双子を緩衝剤として同伴してもらった。身重のセツカと可愛がっている双子の前では、玉鼎真人も大声は出せず、舌打ちに止めた――が、ロン達が帰った後でヤンジンは七日も説教をくらったと泣きついてきた。
続...
※次回、最終回です!!
統一歴 五千五百二十三年、吉日――ロン・ツーエン将軍とセツカ・ラン王女の婚礼が執り行われた。
王族の冠婚葬祭は、セツカが眠っていた離宮から本殿を挟む、ちょうど反対側に位置する神殿で行われるのが通例であった。
国中に、空や地上から持ち込まれた花が宙を舞い、絶え間ない歓声が響いている。特に新郎であるロンが庶出の身なので身分の垣根無く、神殿の外は人で溢れかえっていた。すでに酒で出来上がっている者も見受けられるが、主役の二人が現れると水を打ったように静まり返る。
雅楽の音だけが城壁を超えて響き渡った。
セツカは真珠色の光沢を放つ白の交領襦裙――交領には銀糸で縫い取った桃や牡丹が散りばめられている――ロンも白の直裾袍だが、交領が銀糸で格子柄が縫い取られている。二人は揃いの深い青の褙子を纏っているが皆が驚いたのはロンに手を取られて一歩ずつ進むセツカの頭上に咲き誇る白い蓬莱華である。
「それ、いつの間に女官長に頼んだんだ?」
ゆるりゆるりと祭司が待つ祭壇までの道のりで、セツカにしか聞こえない声でロンが尋ねた。
「髪飾りを選び終わった後よ。女官長にこーっそり頼んでおいたのです。あなたが初めてわたくしにくれたものですもの」
してやったりと笑うセツカに「参ったな」とロンは、眉尻を下げた。
二人が歩く長い絨毯の脇に座る賓客達からは、すすり泣く声も聞こえる。特にエイルは隣のミュウリンに心配されるほど泣いていた。ヤンジンの肩に止まるテムもぐすぐすと泣いて、ヤンジンの道衣を濡らしている。
祭壇にたどり着くと、二人は上座に座る海底龍王エイシャに最敬礼を――エイシャも座ったまま礼を返した時に、ぽたりと一滴の雫が零れた。
エイシャの対面に座る天空龍女王リナリアと、地平龍王ルー・ソンにも最敬礼をしたのち、祭司の前に跪く。
「天神地祇、子々孫々、母なる大海に眠る数多の龍王・龍王妃の御霊の名に於いて、この吉日、ロン・ツーエンとセツカ・ランの夫婦の契りを祝福す」
二人が祭司に「永遠に」と返すと祭司はロンの冠とセツカの髪飾りに珊瑚の粉を振りかける。珊瑚が海の加護を与え、二人の行く末を見届けるという意味合いが込めて。
二人がもう一度深く礼をすると祭司が「立ちませい」と命ずる。
立ち上がった二人は、ロンがセツカの左耳に、セツカがロンの左耳に桜真珠を模した耳墜を付ける。この耳墜は夫婦で考えた独自の装飾が施されているので、全世界でも一対しか存在しない。
ロンがセツカの目尻に口づけ、セツカがロンの頬に口づければ二人は晴れて夫婦と認められた。
髪飾りの意趣返しとばかりに、ロンがセツカを抱き上げれば賓客席の者達も立ちあがって歓声が上がった。ロンとセツカも笑い合い、そのまま二人は城壁の上に立って集まった民衆にも手を振る。
――約五百年前、たった一人で二国と戦い眠った真珠姫と、恋人の眠りを解くために三龍界と仙界を旅した勇猛果敢で一途な若き将軍。ロンとセツカの生涯は海底竜宮に語り継がれる純愛伝説となった。セツカが婚礼で使用した蓬莱華の髪飾りも、未婚女性の象徴として各界の婚礼の儀で愛されたという。
「ロン、始祖はどんな風に産まれてくるかしら?」
本日から夫婦の部屋として使われる広い寝台の上で、セツカがロンに問うた。広い寝台の上、二人は白い襦袢を肩にかけただけの姿で甘い余韻に浸っている。本宮の方では三日三晩夜通しで祝宴が繰り広げられているが、二人は日付が変わる前に部屋に案内された。
「ずっと一人で寂しがっていたから、二人で生まれてくるやもしれんなあ」
「……わたくしが大変です」
「そうだな。君も子供も健康なら、俺はそれ以上を望まない」
「生まれてくる子供には、珊瑚の森を見せてあげたいわね」
「休日に皆で行けばいい。簡単な食べ物だけ持って、悪戯をしないように見守って、好きなだけ走り回らせて」
夢は尽きない。セツカに降り注ぐ口づけも彼女の存在を確かめるようにロンは繰り返し施す。
「もう消えてくれるなよ」
「あなたも」
交わす唇口づけは深く、肌に触れる手は羽根のように――。
一年後、セツカは元気な双子の赤子を産んだ。
◇
立って歩きまわるようになった双子は、今日も竜宮を騒がせている。腹に三人目がいるセツカは安定期まで双子を探しまわることができない。必然的に元帥位を賜ったロンに女官や兵士は泣きつくので、ロンは屋根に上ったり、梁の上を探し回ったりと忙しい日々だ。
「……似なくていいところを母親から受け継いだものだ……」
ロンがそう独りごちると「おい」と双子を両脇に抱えたヤンジンが現れた。二人は抱えられながらもきゃあきゃあと楽しんでいる。
「おや、師匠。いつも世話をおかけします」
「こいつら、俺様が来る度に待ち構えているぞ。お前、変な教育してんじゃねえだろうな」
「どんな教育ですか。ところで、御髪が乱れているところを拝見して判断すると、また玉鼎真人様と一戦やらかしましたね?」
げっそりとしているヤンジンは「こいつらのせいだろうが!!」と怒る。
それと言うのも、玉鼎真人の道府に名前を頂いた双子を連れて行くと、実の孫のように可愛がる。双子が帰ったら「ロンを見習え」とヤンジンに玉鼎真人が詰め寄り喧嘩――という構図が定着してしまったのだ。
「……相変わらずお互いが素直じゃありませんね。玉鼎様も師匠の子供が見たいのだなどと、口が裂けてもおっしゃらない御仁でしょうけれど……」
「……ったく余計な世話だ。迷惑この上ない。えーっと、どっちがどっちだったか……?」
「そろそろ覚えてください。右眼に黒子があるのがショウテイ、左眼がテイマです」
「覚えられるか!!」
父の顔を確認すると、揃って暴れ出す。ヤンジンから二人を受け取って両肩に乗せてやると双子はぴたりと大人しくなった。
「……こいつら、俺様をなめてるだろう……?」
「師匠はなんだかんだで構ってくれるからですよ。ま、これだけ暴れたなら昼にはよく眠るでしょう。ありがとうございます」
すっかり父親としても、元帥としても落ち着いてしまった弟子の後ろをヤンジンは付いていく。
「姫様はもう復帰しているのか?」
「ええ、無理のない程度で。なので、この珍獣二人もセツカの前では静かなものです」
「エリンの件はどうなったんだ? 一時期、泣きついてきたときはどう料理してやろうかと思ったが」
「……相変わらず鬼畜ですね。あれからは穏便ですよ。ミュウリン姫も産後の経過は順調ですから、双子と一緒に龍王様に溺愛されています」
「どこの爺も珍獣に骨抜きにされやがって――うわっ!!」
「次に龍王様を爺などと言ったら当てますからね」
ヤンジンはとっさに掴んだ小刀にぞっとする。ロンの眼が本気だ。ロンの肩の上から今の様子を凝視していた双子に「これだけは絶対に真似するなよ!!」と叫んだ。
父の肩に揺られていると眠くなるらしく、双子は部屋に着くなり早々に夢の中だ。
「まだまだ動物だな」
「子供はこんなもんですよ。エリンは俺かセツカじゃないと愚図ってたので、この二人はまだ解りやすい方です」
くうくうと眠る双子の頬を「餅だな」とつつくヤンジンも相当毒されているのに本人は無自覚だ。ロンは薄手の掛布団を双子にかけると、静かに衝立の向こうにある卓に座って、ヤンジンに茶をすすめた。
「お前、大変じゃねえのか? 元帥になったのに、毎日ガキんちょの話まで持って来られてよお」
「慣れました。セツカに動き回られて万一があるよりは体力のある俺が動いた方がいい。テムも探すのを手伝ってくれるし、部下も子育て経験者ばかりなので、理解してくれますから働きやすいです――ところで、本題はなんなのですか?」
ヤンジンは茶を一口啜って、視線を横に流す。気まずい内容だと察知したロンは「なにかやらかしましたね」とヤンジンを追い詰める。
「うちは匿いませんよ。エリンにもそう伝えます」
「待て待て待て!! まだ確定じゃねえんだよ!!」
席を立ったロンの上着に縋りついて、ヤンジンはしどろもどろに話し始めた。
「西王母様のところにだな、いい仲になった女仙が居て、な」
「手を出しちゃったんですね?」
「……はい」
「いつものことじゃないですか。ここに逃げてきた理由は『子供ができた』とでも言われましたか?」
「お察しの通りです」
「これも別にはじめてじゃないでしょう。問題をはっきり言ってください」
どんどんと肩をすぼめて小さくなるヤンジン――これではどちらが師なのかわからない。ロンがもう一度着席するのを確かめてからヤンジンが蚊の鳴く声で呟いた。
「……東方王様と西王母様の、末娘だった……」
「申し訳ありません。助けられません。諦めて末永くお幸せに」
ロンが再び立ち上がりかけたのを、ヤンジンは必死で縋りつく。
「待てって!! 子供ができてようがいまいがつれ添う気ではいるんだ!! かなり好みだし、いい娘だから俺も身を固めてもいいかと思っている。東方王様ご夫妻には土下座する勇気もあるんだが、問題はじじ――玉鼎真人様だ!! バレたら間違いなく吊るされる!! 燃やされる!! それだけは避けたいから一旦ここに逃げて来たんだよ!!」
「大声出さないでくださいよ……!! せっかく寝たのに子供たちが起きるでしょう!!」
二人でぜいぜいと肩で息をして、茶を一杯飲んだら頭が冷静になってきたのか、ヤンジンもロンも揃って「はあ」と息を吐いた。
「そもそも、なぜご息女のお顔を知らないのですか? 仙界から逃げて遊んでたツケが回ってきた自業自得じゃないですか……」
「いや、今回ばっかりは何も言い返せん」
「言い返せないのはいつものことでしょう。やれやれ……四度目の結婚ですか。おめでとうございます」
「他人事だと思いやがって……!!」
「どーも」
何年が過ぎようとも変わらないと思っていたことが、思わぬ方向に舵をきる。これもまた人生における不思議の一つなのだろう。合縁奇縁とは言い得て妙なり。
この数日後、ヤンジンは東方王夫妻と凄まじい怒気を放つ玉鼎真人が同席する場にロンとセツカ、双子を緩衝剤として同伴してもらった。身重のセツカと可愛がっている双子の前では、玉鼎真人も大声は出せず、舌打ちに止めた――が、ロン達が帰った後でヤンジンは七日も説教をくらったと泣きついてきた。
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