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第三章
act.29 僕のアルバイト先に若葉が来た話 その1
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車の免許も取り終えた僕はアルバイトを始めることにした。それを聞いた若葉は小躍りして喜び、ニコニコしながら「頑張って!」と満面の笑みを見せる。ガンバルのは自分自身のためで、べつに若葉のためじゃないと思いながらも、僕は半分あきらめてアルバイトを探した。
最初は時給の高い塾の講師か家庭教師のアルバイトがいいかと思い、大学の生協などで見比べてみた。ところが周りによくよく話を聞いてみると、いわゆる先生と呼ばれるアルバイトは結構大変なところもある様子がわかった。特に家庭教師などは成績が上がらない等の派手なクレームが来ることもあるという。たまに勉強を見ている若葉相手のようにはいかないと思って、諦めの早い僕は教育関係は断念をする。
つぎに時給が良かったのは倉庫業務や引っ越しなどの肉体労働。体育会系でもない僕には勤まらないと思い即決でこれも断念。
そして次が定番の飲食店やコンビニのアルバイト。深夜勤務のある居酒屋やコンビニの時給は高かったけれど、酔っぱらいの相手をするのは嫌になりそうだし、コンビニは……知り合いが来たときにちょっと接客が恥ずかしい。
そんな僕の目に入ったのが、船橋駅にあるコーヒーチェーンのアルバイトだった。なにしろ居酒屋やコンビニと違って午後十時には閉店するし、船橋駅のコーヒーショップに知り合いが来ることもないだろうと考える。時給はちょっと安いけれど、僕はここに面接に行くことに決めたのだった。
翌日履歴書を持って面接に行くとあっさりと採用。逆にお店の方から、いつから働けるのかとせっつかれてしまった。世の中人手不足というのはどうやら本当らしい。
という訳でコーヒーのチェーン店でアルバイトを始めたあとのこと。いつものように若葉の勉強を見てやっていると、若葉が僕の働いている店に来ると言い出した。
△
「今度綾兄が働いてる時に飲みにいくからね!」
そんなことを若葉が嬉しそうに言う。コーヒーなんてどこでも飲めるし、そもそも若葉はコーヒーを苦いと言ってカフェオーレしかまだ飲まない。本音は遊びついでに僕の働く様子でも見に来ようというところだろう。
「若葉、俺は働いてるんだし、遊んでる訳じゃないからさあ、別に飲みに来なくてもいいだろ」
「いいじゃん、お客さんとして行くんだったら。べつに邪魔しに行くわけじゃ無いんだし!」
口を尖らせて不満げなことを言う若葉。女子高生がたむろするスターバックスのようなコーヒーチェーンならいざしらず、僕の働いている店はそこまでお洒落っぽい雰囲気ではない。女子中学生が一人で入ったら時間帯によってはかなり浮く。
「ああ、それなら今度俺が連れてってやるから。女子中学生が一人で入る雰囲気じゃない時間もあるし、俺が働いてる時に来なくていいからな、いいか? それよりここの英語の構文問題、間違ってる」
「わかったよ……。綾兄のケチ!」
僕はこの時、若葉にしてはいやにアッサリと引いたなと確かに思った。普通だったら「え~、なんでなんで!」と食い下がる場面なのにそこまで引っ張らなかった。のんきな僕は、若葉も少し大人になったのかなと思ったのだけど、まさかアッサリと引いた裏で隠れて店に来るつもりだったとは想像していなかった。
△
その週の土曜日、僕はアルバイトのシフトを午後に入れていた。ちょうど正午から午後の五時まで。
三十分前に店に着き、制服に着替えて早めの昼食をバックヤードで済ませていると、同じシフトの関さんがやってきた。関さんは僕より三歳年上の大学四年生で美魔女っぽい女性。スタイルもいいし密かに男性スタッフの人気があった。
その関さん、僕の隣の椅子に座ると机の上にスマホを取り出して話しかけてくる。
「神村君、LINEの交換してよ。シフトの調整、電話とかでするのめんどくさいでしょ」
「はあ、わかりました。ちょっと待ってくださいよ」
最近は何でもLINEで済ます。この前あった基礎ゼミの集まりもLINEで日程調整していた。このLINEというアプリ、便利だとは思うけれど僕みたいな人間には多少めんどくさいところがある。
そんなことはさておき、僕は食べかけのおにぎりを置いてポケットからスマホを出した。ホームボタンを押してスリープを解除しLINEのアイコンを押そうとした瞬間。
「あ、やばっ……」
間違えてすぐ隣りにあった写真のアプリをタップしてしまった。ちょうど画面に出てきてしまったのは若葉の写真。僕は慌ててホームボタンを押したけれど、隣から見ていた関さんはこれを見逃さなかった。
「神村君、神村君、いまの可愛い女の子、誰? 彼女? ちょっと見せてよ」
「え? いや……、彼女じゃないというか、彼女っぽいというか、近くに住んでいる女の子というか……」
僕は取り繕いながらLINEのアプリを立ち上げて交換の準備を始める。けれど関さんはそんなことを許してくれなさそう。
「ふ~ん、結構可愛い子だったみたいだけど、見せてくれないんだ」
「それよりLINEの交換は……」
「LINEの交換はいつでもできるでしょ?」
美魔女っぽい関さんの微笑みを前にして僕は降参した。ここで若葉の写真を見せずに関さんを敵に回すとあとが怖い。
△
「へえ、この子まだ中三なの! 高校生くらいに見えるし可愛いじゃない。っていうことは年下の女の子がいいんだ? 神村君って結構ロリコン?」
若葉の写っている写真をいろいろと見ながら関さんがニヤニヤと笑い、一番恐れていた言葉を口にする。
「いえ違いますって! そういうんじゃなくて、家が目の前で、そいつの死んだ兄貴が僕の同級生で、それ以来僕が兄代わりというか、なんというか……」
僕はしどろもどろになりながら関さんに事情を説明した。関さんはそんな僕を見ながら魅惑の微笑みを浮かべる。
「あらそう、彼女じゃないんだ。だったら神村君は年上の女でもいけるタイプ?」
「はあ……、いやまあ、そうですねえ……」
「あ、このメガネかけてるのって神村君? 真面目さが更に際立つよね、フフフ」
「そうですか? 車を運転する時には掛けてるんですけど」
「免許持ってるんだ! じゃあ今度ドライブに連れていってよ」
「えっ?」
僕は美魔女の関さんにからかわれているのは分かっていた。けれどそういう遊びに慣れてもいない僕はうまく返答もできない。
「アハハハ、やっぱり神村君は可愛いところあるね! 私、そういう年下の男の子嫌いじゃないよ。さあ、時間時間。今日もお仕事がんばりましょう!」
そう言って関さんは笑いながら席を立った。僕はなんとも言えない甘いような酸っぱいような、モヤモヤした気持ちになって後を追う。
「あの、関さん。LINEの交換は?」
「ああ、忘れてた。神村君、記憶力いいね!」
ニッコリ微笑む関さんとLINEの交換もおわり、それ以降若葉の話題も出ることも無く、このまま今日のアルバイトは終わるはずだったのだが……。
若葉がこっそりと店に来たのは、客足の少し途絶えた午後二時半頃だった。
最初は時給の高い塾の講師か家庭教師のアルバイトがいいかと思い、大学の生協などで見比べてみた。ところが周りによくよく話を聞いてみると、いわゆる先生と呼ばれるアルバイトは結構大変なところもある様子がわかった。特に家庭教師などは成績が上がらない等の派手なクレームが来ることもあるという。たまに勉強を見ている若葉相手のようにはいかないと思って、諦めの早い僕は教育関係は断念をする。
つぎに時給が良かったのは倉庫業務や引っ越しなどの肉体労働。体育会系でもない僕には勤まらないと思い即決でこれも断念。
そして次が定番の飲食店やコンビニのアルバイト。深夜勤務のある居酒屋やコンビニの時給は高かったけれど、酔っぱらいの相手をするのは嫌になりそうだし、コンビニは……知り合いが来たときにちょっと接客が恥ずかしい。
そんな僕の目に入ったのが、船橋駅にあるコーヒーチェーンのアルバイトだった。なにしろ居酒屋やコンビニと違って午後十時には閉店するし、船橋駅のコーヒーショップに知り合いが来ることもないだろうと考える。時給はちょっと安いけれど、僕はここに面接に行くことに決めたのだった。
翌日履歴書を持って面接に行くとあっさりと採用。逆にお店の方から、いつから働けるのかとせっつかれてしまった。世の中人手不足というのはどうやら本当らしい。
という訳でコーヒーのチェーン店でアルバイトを始めたあとのこと。いつものように若葉の勉強を見てやっていると、若葉が僕の働いている店に来ると言い出した。
△
「今度綾兄が働いてる時に飲みにいくからね!」
そんなことを若葉が嬉しそうに言う。コーヒーなんてどこでも飲めるし、そもそも若葉はコーヒーを苦いと言ってカフェオーレしかまだ飲まない。本音は遊びついでに僕の働く様子でも見に来ようというところだろう。
「若葉、俺は働いてるんだし、遊んでる訳じゃないからさあ、別に飲みに来なくてもいいだろ」
「いいじゃん、お客さんとして行くんだったら。べつに邪魔しに行くわけじゃ無いんだし!」
口を尖らせて不満げなことを言う若葉。女子高生がたむろするスターバックスのようなコーヒーチェーンならいざしらず、僕の働いている店はそこまでお洒落っぽい雰囲気ではない。女子中学生が一人で入ったら時間帯によってはかなり浮く。
「ああ、それなら今度俺が連れてってやるから。女子中学生が一人で入る雰囲気じゃない時間もあるし、俺が働いてる時に来なくていいからな、いいか? それよりここの英語の構文問題、間違ってる」
「わかったよ……。綾兄のケチ!」
僕はこの時、若葉にしてはいやにアッサリと引いたなと確かに思った。普通だったら「え~、なんでなんで!」と食い下がる場面なのにそこまで引っ張らなかった。のんきな僕は、若葉も少し大人になったのかなと思ったのだけど、まさかアッサリと引いた裏で隠れて店に来るつもりだったとは想像していなかった。
△
その週の土曜日、僕はアルバイトのシフトを午後に入れていた。ちょうど正午から午後の五時まで。
三十分前に店に着き、制服に着替えて早めの昼食をバックヤードで済ませていると、同じシフトの関さんがやってきた。関さんは僕より三歳年上の大学四年生で美魔女っぽい女性。スタイルもいいし密かに男性スタッフの人気があった。
その関さん、僕の隣の椅子に座ると机の上にスマホを取り出して話しかけてくる。
「神村君、LINEの交換してよ。シフトの調整、電話とかでするのめんどくさいでしょ」
「はあ、わかりました。ちょっと待ってくださいよ」
最近は何でもLINEで済ます。この前あった基礎ゼミの集まりもLINEで日程調整していた。このLINEというアプリ、便利だとは思うけれど僕みたいな人間には多少めんどくさいところがある。
そんなことはさておき、僕は食べかけのおにぎりを置いてポケットからスマホを出した。ホームボタンを押してスリープを解除しLINEのアイコンを押そうとした瞬間。
「あ、やばっ……」
間違えてすぐ隣りにあった写真のアプリをタップしてしまった。ちょうど画面に出てきてしまったのは若葉の写真。僕は慌ててホームボタンを押したけれど、隣から見ていた関さんはこれを見逃さなかった。
「神村君、神村君、いまの可愛い女の子、誰? 彼女? ちょっと見せてよ」
「え? いや……、彼女じゃないというか、彼女っぽいというか、近くに住んでいる女の子というか……」
僕は取り繕いながらLINEのアプリを立ち上げて交換の準備を始める。けれど関さんはそんなことを許してくれなさそう。
「ふ~ん、結構可愛い子だったみたいだけど、見せてくれないんだ」
「それよりLINEの交換は……」
「LINEの交換はいつでもできるでしょ?」
美魔女っぽい関さんの微笑みを前にして僕は降参した。ここで若葉の写真を見せずに関さんを敵に回すとあとが怖い。
△
「へえ、この子まだ中三なの! 高校生くらいに見えるし可愛いじゃない。っていうことは年下の女の子がいいんだ? 神村君って結構ロリコン?」
若葉の写っている写真をいろいろと見ながら関さんがニヤニヤと笑い、一番恐れていた言葉を口にする。
「いえ違いますって! そういうんじゃなくて、家が目の前で、そいつの死んだ兄貴が僕の同級生で、それ以来僕が兄代わりというか、なんというか……」
僕はしどろもどろになりながら関さんに事情を説明した。関さんはそんな僕を見ながら魅惑の微笑みを浮かべる。
「あらそう、彼女じゃないんだ。だったら神村君は年上の女でもいけるタイプ?」
「はあ……、いやまあ、そうですねえ……」
「あ、このメガネかけてるのって神村君? 真面目さが更に際立つよね、フフフ」
「そうですか? 車を運転する時には掛けてるんですけど」
「免許持ってるんだ! じゃあ今度ドライブに連れていってよ」
「えっ?」
僕は美魔女の関さんにからかわれているのは分かっていた。けれどそういう遊びに慣れてもいない僕はうまく返答もできない。
「アハハハ、やっぱり神村君は可愛いところあるね! 私、そういう年下の男の子嫌いじゃないよ。さあ、時間時間。今日もお仕事がんばりましょう!」
そう言って関さんは笑いながら席を立った。僕はなんとも言えない甘いような酸っぱいような、モヤモヤした気持ちになって後を追う。
「あの、関さん。LINEの交換は?」
「ああ、忘れてた。神村君、記憶力いいね!」
ニッコリ微笑む関さんとLINEの交換もおわり、それ以降若葉の話題も出ることも無く、このまま今日のアルバイトは終わるはずだったのだが……。
若葉がこっそりと店に来たのは、客足の少し途絶えた午後二時半頃だった。
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