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2.旅立ち――大君の都、カールスクルーナへ

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2.旅立ち――大君の都、カールスクルーナへ

宴の翌日、エリルはオプシディア帝国への旅立ちを告げるため、婆(ばば)様のいる南神殿修練所をひとり訪れた。

「婆(ばば)様!」

エリルは元気よく右手を振って神官最高位の老婆ウラシェに歩いていく。

「エリル、よお来たのぅ」

ウラシェは久しぶりにエリルを見たように、懐かしいさを感じさせる口調でほほ笑む。

「もう、久しぶりに会うみたいなお口ぶりで、昨日も練習しにきましたわ」

「ほほほ、そうじゃったのぉ。あの戦船(いくさぶね)の武士(もののふ)には会ったのか」

「はい、お会いしましたが、少し複雑なことが。。。。」


エリルは昨夜の宴で使節団から皇帝との縁談の申し込みがあったことを話した。

「父上は、オプシディア帝国まで行き、皇帝に直接お会いして断ってくるように、なんておっしゃっているんです」

エリルは同情を誘うかでもように困惑した表情でウラシェに不満を募らせた。
エリルとしては全く心にもない婚姻話を断るのにわざわざオプシディア帝国まで訪ねていくのになんとも納得がいかない様子だ。その表情には苛立ちが滲み出ているのがよくわかる。

「うむ。相手があのオプシディア帝国じゃからのぉ、一筋縄ではいかんじゃろ」

ウラシェは深くため息をつくと、やるせないという顔でエリルを見つめた。その表情は今までに見たこともないような険しい表情をしている。
帝国は莫大な財宝を50隻の大型軍艦に積み、皇帝の特別な任務を帯びた特命全権大使とともに大艦隊でアクアマリン王国にやってきた。その意気込みや気概は、いままでエリルに婚姻を求めてきたその他の王族と比べて明らかに趣が異なっている。ここまでしてくる相手はいままでいなったのも事実だ。相手の気持ちが相当に本気であることが容易にわかる。このような相手の機嫌を損ねれば、ただでは済まないことくらいエリルにもやすやすと理解できるのだが。エリルや王国の意志も問わずにおしかけてくる傲慢な態度に強い嫌悪を感じていた。オプシディア帝国の皇帝ファドゥーツⅠ世は、残虐の暴君として知られ、意にそぐわなぬ者は次々と粛清し、恐怖政治で帝国を治めているといわれる。そんな皇帝を前に婚姻辞退をうまく伝えられるのだろうか。それを考えると、エリルの気持ちは沈んでいく。

―― 私はともかく王国の人民になにかあったら、それに父上、母上をはじめ王族の方々も心配だし、この婚姻話のお断りをなんとか穏便に済ませなくては。。。。
その困難さはエリルにも十分というほど理解していた。

「とりあえず、私は直接皇帝にお会いして婚姻の申し出をお断りしてきたいと思います」

エリルの瞳には強い意志が宿っていた。何者にも屈することがない強い意志が漲る。婆(ばば)に凛とした表情を向ける。その表情からはいささかの迷いも、ためらいも感じられない。

「エリル、修練所の中に入りなさい」

ウラシェは神妙な面持ちでエリルに伝えると、修練所にゆっくりとした足取りで歩いていく。遅れぬようにウラシェの後に続く。修練所の中は薄暗く、落ち着いた雰囲気の礼拝堂になっている。最奥に天の神・アーシャル像が安置されていた。2人はそのまま奥に進み、アーシャル像の前に立つと、ウラシェはエリルに向かい誓いの言葉を口上しはじめた。


「汝、エリルはアクアマリン王国の最高位神官術師として、汝の神官術をはじめとした法術、魔術、紋術などの各種の奇跡の力を、人民を思い、人民を愛し、人民を助け、救い、人民のためだけに用い、決して己の為に用いらんことをこの天の神・アーシャルほか全ての神々に誓うか?」

ウラシェはエリルの澄んだ瞳をじっと見つめる。

「誓います。わたしの奇跡の力は人民のためのみに用います」


「ここに、汝、ルクソール・エリルにアクアマリン王国最高神官術師として”スヴァルトアールヴァル”の姓を授く、また、アクアマリン王国最高位神官及び神官術師の位を授け、天の神・アーシャルほか、すべての神々が汝を終身にわたり守りたもうことを永遠に誓わん」
同時にエリルのカラダに一瞬電撃のようなショックが駆け抜けた。

「エリル、これで免許皆伝じゃ。今から“ルクソール・スヴァルトアールヴァル・エリル”と名乗るとよい」

ウラシェはほほ笑むと、エリルの頭をそっと撫でた。それはあたかも自分の子供を愛するようなやさしさと慈悲慈愛の温もりが滲み出て、エリルの胸はその温かさでいっぱいになった。

「婆(ばば)様?・・・」

エリルは驚いた顔をしてウラシェに顔を向ける。それもそのはず。宣誓により、エリルはアクアマリン王国の最高神官となり、また最高位の神官術師となったのである。そして、歴史上に偉大な奇跡の力を使いこなした最高神官のみにしか与えられない、“スヴァルトアールヴァル”の姓を授けられたのだ。修練でいつもしくじっていたエリルにとって驚き以外の何ものでもない。

――  ”スヴァルトアールヴァル”

子供の頃に聞いたことがある名誉ある姓、そして神聖なる力を呼び起こす姓でもある。
それはアクアマリン王国でも絶大な奇跡の力を使いこなせるものだけに与えらる姓であり、この王国でもその姓を名乗った神官はわずかしかいない。今、その姓がエリルに授けられたのだ。

「エリル、祭祀場に出て、土(ど)・火(か)・木(もく)・金(こん)・水(すい)も紋により、風と雷鳴を轟かせよ」

ウラシェは昨日修練で失敗した風と雷鳴の術を再び命じる。

祭祀場に立つエリルは、昨日と同じように呪文を唱えはじめる。

「ホーミン、ホーミン・・・・・」

その瞬間、ココヌイ山の山頂に大きな轟音とともに巨大な稲妻が落下し、激しい風が山々に流れた。

ピカ!
ドドーン

周囲に巨大な地響きが鳴り響くとともに、強い風が山々に流れていく。
昨日とは全く異なる奇跡の力が顕現した。

「え、なぜ?」

エリルには今まで自由に使いこなせなかった稲妻、いや稲妻というよりも巨大な閃光がいとも簡単に使えたのが不思議に思えた。

「宣誓をしたからじゃよ」

そう言ったウラシェの顔はうれしそうだ。
ウラシェによれば、いくら神官術の訓練をしても人民のために運用し、己のために運用しないという宣誓をしない限り、奇跡の力は使いこなせないという。厳しい修練を積んだ上での宣誓により、本物の奇跡の力が使いこなせるようになるのだ。また、奇跡の力は自分自身の欲望を叶えるためや、自分自身のみを守るためには使えないのだそうだ。ただし、「自分自身のみを守る」という文言がポイントで、正当防衛相当には、奇跡の力は使える。なんともややこしいが、ある程度自分の身を守ることができるらしいのがわかり、ひと安心する。

「婆(ばば)様。わたしにこのような力をお授けいただき・・・」

「それは神々の意志じゃ、奇跡の力はエリル自身のために使うものではない。民のための奇跡の力じゃ。努々(ゆめゆめ)使い方を誤るでないぞ」

ウラシェの言葉にエリルは深く頷いた。

街につながる山道から馬の駆ける音が響いてくる。その音は段々と大きくなり、エリルの下に近づき、こちらに向かって疾走する白い馬が見えきた。

「エリルーーー、エリルーーー」

軍服を着た少年が馬を走らせ、エリルの名前を叫び手を振りながら向かってくる。
馬は真っ白で、その鍛え上げられた体には無駄な贅肉がなくとても美しい。王室の軍馬、ルクソール王の国内行啓時に用いられる馬だ。

「エリル!」

少年は目の前までくるとスッと馬を降り、まず、ウラシェに屈託のない表情と声で挨拶をする。

「婆(ババ)様、お久しぶりです!」

「おお、カール、久しぶりじゃのぉ。マリーンも元気そうじゃて」

「ハハハ、こいつはいつもオレが世話してやってますから、大丈夫ですよ」

カールは笑いながら白馬、マリーンの胴を撫でる。王国騎兵隊兵長のカールは、白馬マリーンの御用係でもあった。

「カール・・・」

カールの顔を見つめるとエリルは言葉に詰まった。華奢なカラダつきは兵士というよりも、貴族の雰囲気があり、エリルと同じ甘栗色の髪はストレートのショートボブで、女性的な顔立ちが、美少年を感じさせる。エリルとカールは同い年で、幼年時代から慣れ親しんできた。もちろん、エリルの初恋はカールで、カールの初恋もエリルだった。

「国王から聞いた。オプシディア帝国に行くんだって。」

「ええ・・・」

エリルは言葉少なめに答えると俯いた。

「なぜ。なぜオプシディア帝国に行ってしまうんだ」

エリルにとって辛い問いかけだった。

「オレもいく」

「オレも一緒にオプシディア帝国にいく」

カールは真剣な眼差しをして、エリルの瞳をじっと見つめる。

「それは、絶対ダメ!」

エリルは強い口調でカールに告げる。その瞳にはカールの申し出は決して許さないという強い意志がみなぎる。エリルの初恋の相手であり、今もなおカールに恋心を抱く。エリルにとってカールはかけがえのない存在だ。そのカールの存在を知れば、残虐な皇帝とささやかれるファドゥーツⅠ世が、どんな非道な仕打ちをするかわからない。いや絶対にするだろう。なによりも大切なカールを失うようなことがあってはならないのだ。

「私は皇帝との結婚の気持ちがないことをしっかりと伝えてくるわ。そして、ちゃんとあなたの元に帰ってきます。あなたと幸せになるために。だからわたしを信じてください」

エリルは頬を染めながらカールの瞳をしっかりと見つめ、今まではっきりと明かさなかった気持ちを打ち明けた。カールはエリルの両手をしっかりと胸の前で握ると、じっとエリル瞳を見つめる。見つめ合う二人。

「エリル、愛してる」

二人は自然に唇を重ね合わせた。



******************


ターコイズ湾にあるアクアマリン王国の玄関口と呼ばれる風光明媚で名高い”マザー・オブ・パール港”、その埠頭に小さな王国の連絡船と、帝国艦隊の連絡船が十数隻停泊している。港の沖に眼を向けると、ターコイズ湾のほぼ中央に帝国艦隊旗艦ヴィクトリーがマスト上部に皇帝旗とブラックシープの艦隊旗をはためかせ、その威容を示すかのように停泊している。港にはエリルを見送るため、ルクソール王と妃、王族、そして近衛兵が整列しエリルの旅立ちを見守っていた。

「お父上、お母上、行って参ります」

エリルが着用するシャンパンゴールド系色彩に染められたチャイナドレス風のロングドレスは、その肉体のラインにピッタリと張り付き、美しいボディーラインを輝かせている。
エリルは王族第三王女として君主と妃に別れの言葉を贈る。その瞳はウルウルしており、今にも泣き出しそうな憂鬱な雰囲気が感じられる。

「うむ、長旅になるじゃろうから気をつけるのじゃぞ」
妃もルクソール王に同意するかのように頷く。

「私は大丈夫です。ご心配には及びません。お父上もお母上も、また、皆々もお身体に十分にお気をつけくださいませ」

エリルは決心したかのように先ほど憂鬱な気配を消し、笑顔を返した。近衛兵に付き添われながら王国の連絡船に載ると、ルクソール王と妃、見送りの近衛兵達に向けて別れの手を振った。それを見ると王、妃をはじめ一同が、第三王女に手を振る。小さなヨットほどの連絡船が帆をあげると、帝国艦隊旗艦に向けてゆっくり進んでいった。その後から、帝国特命全権大使団を載せた連絡船が続いた。

「行ってしまったな」
ルクソール王がぽつり寂しそうにつぶやくと妃は
「ええ・・・そうですわね」
と静かにつぶやいた。

帝国艦隊旗艦ヴィクトリーに乗船するアクアマリン王国の人間はエリルただひとりだった。オプシディア帝国に行く者は、エリル以外にアクアマリン王国の人間は誰もいない。通常、王女が行啓する場合、王族護衛や身の回りの執務を執り行う護衛や従女が随伴するものだが、エリルは全て従者の随行を禁止し、ひとり単身でオプシディア帝国に行くことにした。皇帝ファドゥーツⅠ世は絶対君主として君臨し恐怖で国を治め、粛清により側近や貴族、人民までも次々に惨殺し、また処刑を繰り返しているとの噂を耳にし、自分の愛すべき従者を守るために、エリルは従者の随伴を決して許さなかった。王国の宮中女官や武官達が随伴を強く申し出たが、エリルの頑なな態度に諦めざるを得なかった。奇跡の力を持つエリルは、自分一人でも身を守れるとも思っていた。ただ、文化も風習も違う異国に一人で滞在するのは、不安がないと言えば嘘になる。

ヴィクトリーに連絡船が横づけすると、船腹の中央部が開き、ゴンドラが吊り下げれてきた。帝国軍の兵士とともにゴンドラに載ると、ハッチの前で停止した。ハッチの内側には水兵が通路をつくるように左右に整列し、敬礼をしている。先には、宰相代理、提督、艦長の3人が出迎えている。エリルは水兵が整列した列をゆっくり進みながら、3人の前まで進む。

「ようこそお越しいただきましたエリル王女様。こちらが艦隊提督のツァルバニトゥ、こちらが艦長のエークストレムでございます」

宰相代理のダムが丁寧に挨拶すると、提督のツァルバニトゥ、艦長のエークストレムの順に紹介し、3人はそれぞれエリルの右手を取って、その甲にやさしくキスをした。

「男所帯の戦船(いくさぶね)での道中はいささかご不便があるかと存じますが、何かご入用がございましたら、ご遠慮なくお申し付けください。後ほど、このヴィクトリーをご案内させていただけますと光栄でございます」

帝国が誇る超弩級戦列艦ヴィクトリーは、帝国軍人にとって余程の自慢の戦艦なのだろう、帆船や軍艦などに全くのど素人のエリルになんとかこの艦を知ってもらいたいとの意気込みが、この艦長からひしひしと伝わってくる。

「わざわざお迎えいただきりがとうございます。こちらこそ、よろしくお願いいたします。艦内のご案内も水兵の皆さんにお会いできると思うととても楽しみです」

エリルは艦隊高官の一人ひとりの顔をしっかり見るとほほ笑んみながら、御礼の挨拶を返した。艦内の案内にエリルが乗り気であることを知ると、艦長のエークストレムは満面の笑顔で喜びを隠さなかった。

「それでは、お部屋にご案内致しましょう」


宰相代理ダムの言葉にエリルは後に続いた。その後から、提督と艦長が続く。
船尾提督室の上の階に、提督室の3分の2ほどのスペースの貴賓室が設けられている。この部屋は帝国妃が誕生した時に使われる予定となっている部屋で、諸国の王宮に引けを取らないほど室内は豪華な装飾でキラキラと雅やかに飾られていた。

「ここがエリル様のお部屋でございます。既にお荷物はお運びさせていただいてございます」

宰相代理が扉を開けると、豪華なベッドや机、鏡台、クローゼットなどが目に飛び込んできた。
―― なんて豪華な装飾や家具なのかしら。軍艦内にこんなお部屋があるなんて
エリルは豪華客船や宮廷にも匹敵するその室内に目を見張った。

「艦内でございますので、いささか簡素なつくりではございますが、何卒ご容赦くださいませ」

「いいえ、とても素敵すぎて私にはもったいないくらいでございます」

エリルにとって初めて体験する「王女」としての扱いだった。

「お気に召していただけたならば、光栄に存じます。エリル様、それでは、甲板にてしばし祖国とのお別れを。。。」

宰相代理の言葉に祖国を離れるという辛く寂しい気持ちが沸いてくる。エリルは黙って頷くと甲板に向かった。

緩やかな風が顔を撫でていく、船尾甲板から港やダイヤモンドヘッド、アクアタウン、南神殿修練所があるココヌイ山が見える。どれも幼年のときから慣れ親しんだ風景だ。当然のごとくいつまでもあると思っていたその風景も今日で見納めとなってしまった。故郷をじっと見つめ思いでに浸っていると、ふと声がした。

「美しいお国ですね」

若い男性のさわやかな声が語り掛けてきた。声の方向に目を向けると、背の高いブロンド髪の軍服を着た男性が傍に立っていた。いつ頃から傍にいたのだろうか、気配をまったく感じさせずに立っていたらしい。思いでに浸る寂しい姿を晒したのが、いかにも幼稚な気がして急に恥ずかしくなってくる。男性が水兵服と異なる軍服を着用しているところを見ると、きっと海軍の軍人ではないのだろう。

「その男は、帝国宮廷親衛隊のテクレンスにございます。帝国王都カールスクルーナに着くまで、エリル様の身辺警護を担当させていただきます。よろしくお願いいたします。」

宰相代理が紹介を終えると待っていたかのように、テクレンスがエリルの瞳を熱く見つめながら、口を開く。

「エリル様、帝国宮廷親衛隊のテクレンにございます。エリル様の身辺警護の任を皇帝陛下より仰せつけられてございます。カールスクルーナの宮殿までエスコートさせていただきますので、どうぞお見知りおきくださいませ」

テクレンは片膝をついてしゃがむと頭を下げて、エリルの右手の甲に優しくキスをした。この身のこなしがスマートでとても絵になる。軍服がよく似合う青年将校というイメージがピッタリで、よく姉たちがいう美男子の部類に入るのだろう。この男はなんでもキマッテしまうのだ。洒落男とはこういう人のことを指すのだと、エリルはひとり頷いて納得した。こんな青年将校に甘いささやきで言い寄られたら、さぞやドキドキするし、その誘惑にあがらえるだろうかと緊張し少し顔が強張る。

「テクレン様、どうぞお顔を上げてくださいませ。こちらこそ不束者ではございますが、道中どうぞよろしくお願いいたします」

エリルはテクレンを立たせると優しく微笑んだ。ヴィクトリーは錨をあげると、帆を張り、外洋に出る準備を整える。水兵達が甲板上を忙しく駆け回り、時々大きな声を張り上げている。巨艦は湾内をゆっくりと優雅に反転し、ターコイズ湾から外洋に向かって進んでいった。岬のダイヤモンドヘッドにある石造りの堅牢な見張り台から、赤、青、黄、緑と4色の狼煙が上がっている。エリルの無事を祈る狼煙だ。エリルは船尾甲板から、故郷アクアマリンに向けて、別れを惜しむように大きく手を振った。島々が見えなくまるまで。

ヴィクトリーはターコイズ湾を出ると艦隊と合流し、5本のマスト全てに帆を張り終えると、とても弩級艦とは思えないスピードで海原を突き進んだ。当初先頭にいたヴィクトリーは、徐々に艦隊の中央の位置へ移動し陣形を変える。なんでもこれを菱形陣形というそうで、このヴィクトリーを護衛するための最強陣形だと艦長が自慢気に話していた。通常の大型帆船で帝国からアクアマリンまで約25日の航海になるが、この軍列艦達は快速船並みの高速度による航海が可能とのことで、所要日数は約20日に短縮できるそうだ。

宰相代理のダムから、航海中の時間を使ってオプシディア帝国の国情につて御前講義を受けることになったのだが、エリルにとってこの御前講義がとても曲者だった。ダムは歴史や地理が得意らしく、帝国の成り立ちや周辺諸国の歴史、国際関係の現状などを詳しく説明してくれる。だが、エリルにとって初めて耳にする地名にはや人物名が多く。頭の中が混乱するばかりで、この御前講義に辟易していた。

「・・・でございますことから、帝国はこの偉大な指導者の下に諸国が結集し・・・・・」

水を得たように熱弁を振るうダムの前でエリルはついつい居眠りをしてしまうことも度々あった。ダムの授業はまるで眠りの呪文を聞くように睡魔を導く。もしからしたら、実際の魔術よりも睡眠効果は高いかもしれない。

「エリル様、ここは重要な箇所でございます。我が帝国が興隆していくエポックメイキング的な歴史的事象でございます故、ここはしっかりとお聞きいただきたく存じます。また、後ほどは帝国の宮廷作法なども習い修めていただきたく存じます。」

「うっ」

―― 全く息が詰まるわ。私は皇帝から婚姻話を断りに行くのに、これではまるで縁談を受けてお妃になるような扱いではないの。確かに、帝国のことや宮廷作法がなにもわからないのは失礼にあたるかもしれないけど。。。。

有無を言わせぬお妃修行のような厳格なカリキュラムを押し付けられ、エリルのストレスは増すばかりだった。そもそもエリルとしてはこの縁談には全く関心がなく、「皇帝に直接会って断り、お詫びの気持ちを伝えてくる」程度にしか考えていなかった。だから、帝国の成り立ちや、周辺諸国との関係など必要もなく、御前講義や宮廷作法などには興味が沸くはずもないのも当然とも言えた。

このような宰相代理や提督の御前講義の合間をぬって、エリルは気分転換を兼ねて艦内をブラブラと散策して、水兵達と気さくに話して交流を重ね、徐々に打ち解けて馴染むようになっていった。はじめは、遠慮していた水兵達もエリルの気さくで隔たりのない態度に好感を持ち、水兵達からいろいろと話し掛けてくるようになった。

「姫様~、もうお勉強は終わったんですかい?」

調理室の前を通り過ぎようとした時、調理担当の水兵がニコニコしながら話し掛けてきた。

「もちろん、バッチリ終わったわ! でも、ダム閣下は手厳しいわね」

エリルがそういいながら水兵達にウィンクして話すと

「ワハハハハ」

と調理兵達は、大きな声で笑い出した。

「それは、何をしているの?」

エリルが調理兵が抱える箱の中身を覗き込みが聞くと、調理兵は箱の中身を見せながら説明する。

「ジャガイモを大きさごとに、分けるんだ」

そういってジャガイモを見せてくれた。調理兵によると、ジャガイモは大きさがバラバラのため、そのサイズを「大・中・小」に分けて調理しやすくするそうだ。エリルは自分にもできそうなので、手伝いを買ってでた。

「姫様にできるかな~」

調理兵は笑いながら茶目っ気たっぷりで、ジャガイモを渡してくる。エリルは調理兵達と一緒に我を忘れるかのようにジャガイモを選別していった。アクアマリン王国で過ごした懐かしい日々がまるで戻ってきたかのようだった。水兵達は、ロングストレートの髪を後ろで束ね、長いポニーテルにしたその女性らしい仕草や、ボディーにフィットした白のロングドレスの女性ならでは曲線美に眼を奪われ、仕事どころではなくなっていた。後日、艦内はエリルのスタイルの話で盛り上がっていた。

「おい、見たかよ、あの乳(ちち)」
「あー、ええなぁ、柔らかそうやな~」
「オレ、触ってみてぇや」
「ああ、オレも揉んでみてぇ」
「この手で鷲掴みで思いっきり揉んでみてぇよぉ」
「そしたら、どんな声で啼くんじゃ」
「あの声がもっと甲高くなるんじゃろか」
「ああ、そうじゃそうじゃ、きっとそうじゃ」
「お前、啼かせたくねぇーか」
「あー、ヒイヒイ啼かせてぇ」
「啼かせたら、どんな顔すんじゃ」
「苦しそうに悶えるじゃろ」
「たまんねぇなぁ」
「あの腰もええなぁ」
「ああ、抱き心地は最高じゃろ」
「いい臭いじゃった」
「ああ、いい匂いじゃった」
「突っ込んだら、きもちええじゃろ」
「ああ、抜群にええじゃろ」
「突っ込んでみたいの」
「好き放題やりてぇ」
「ああ、ヒイヒイ啼かせたみたいなぁ」

艦内ではいたるところで、エリルを凌辱してみたいとか、どんなやり方で凌辱するかとか、肉便器にしてやるとか、そんな下賤な話で盛り上がり、異常な雰囲気になっていた。しかし、エリルは水兵達がそのような卑猥な目で自分を見ているとは全く思ってもいなかった。


いつもように午前講義が終わり、エリルが艦内をぷらぷら歩いてると、水兵同士がとても楽しそうに話している声が聞こえてきた。ものすごく盛り上がっているようだ。水兵達が普段どんな話で盛り上がっているのか興味があったので、その方向に足を向けた。段々声が聞き取れるほどになってくる。そして・・・・。

「見たか、あのケツ」
「ああ、プリプリしてたな」
「柔らかそうじゃな」
「ああ、舐めてぇな」
「ああ、オレはケツの穴にガンガンぶち込みてぇ」
「オレは、口なかにガッツンガッツン出してぇ」
「乳をギュウギュウに揉みてぇ」
「ああ、縛って鞭で打ったら、いい声で啼きそうじゃ」
「ヒイヒイ啼くじゃろ」
「そりゃ、縛って鞭打ったらサイコーじゃな」

ショックだった。
そんな厭らしい目で水兵達が自分を見ていたとは、エリルにとって心臓を打ち抜くほどの強い衝撃だった。言葉も発することができないほどのショックがエリルの心を打ち付けた。同じ家族のように振舞っていたつもりが、いつしか男性の欲望の対象となり、水兵達の心のなかでは毎夜毎夜とエリルを性的行為で辱め、犯し、激しく凌辱していたのだ。水兵達は笑顔で語りかけてきても、心のなかではエリルの裸体を想像し、乳房や尻やアソコを弄(もてあそ)び、穢していたのである。エリルは水兵達のそのような邪な心に嫌悪を覚える一方で、何故か性欲のはけ口としての対象となって貶められている自分の惨めな姿に、ゾクゾクするような痺れる感覚が肉体をドロドロと蝕んでいくのがわかった。人間のもつ貪欲な薄汚い黒くドロドロした欲望に穢されていく禁断の底なしの快楽がエリルを虜にしようと目覚めはじめていた。
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