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攻略対象一人目、王子殿下

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「む、うう……」

見栄を張った…というか、シャーロットと接点が欲しくてお勧めの本とか聞いちゃったりしたけど、実際教えて貰った本はどれも難しいものばかりで頭を抱えてしまう程だった。どうやら彼女にはそれが伝わってしまったようで、これなら…と一冊の本を渡してくれた。

『わたくし、子供の頃これを読んでもらうのが好きだったの』

とどのつまり…絵本ってとこかな。この世界の童話だ。前世で見た事ある童話の本より分厚いが、なんとも複雑な気持ちになる。これでは子供扱いだ。
不服に思うも、彼女がこの本を好きだったという事実に変わりはない。
シャーロットの、好きなものを一つ知れた。それだけの事で、私の心は踊ってしまったのだ。
なんでだろう、という答えはまだ出ていない。図書館から借りてきた本を枕元で広げながら、好きだったと語った彼女のほんの少し優しげな表情を思い出していた。



「アンバー侯爵令嬢、この間はご本ありがとうございました!」

今日も図書館の前、いつもの定位置の一つの木の傍で本を開いていた彼女を見付ければ、気付けば駆け寄っていた。あの借りた本を抱えながら。彼女は鬱陶しがる訳でもなく、私の方を向けば首を傾げた。

「もう読み終えたの?」
「はい!お話がたくさんあって楽しかったです!個人的には最後の……」

本の話をしている間、彼女は懐かしがっているのかとても柔らかな笑顔で私の話しを聞いてくれている。自分の本を読みながらでも聞き流せる様な話でも、ちゃんと私の事を見ながら聞いてくれる。
またとくん、と心臓が跳ねた気がした。

「あ、長く話してすみません…!私この本返してきますね、あと近くにあった童話も少し見てきます!」
「ええ、行ってらっしゃい」

そう言うとシャーロットはすぐ視線を本に戻す。…本当に私の話を聞く為だけに中断していてくれたんだな…。
そうだ、今日は隣で読んでいてもいいか聞いてみよう。それなら早く戻らないとと、図書委員に本を返却して前にシャーロットが教えてくれた本棚まで一直線に向かった。
何が他にあるんだろう。
今回読んだ童話は原書に近いものだったし、出来れば同じのが読みたい。それにどうやらここにある童話は前世にあった童話と酷似しているものが多かった。でも結末はハッピーエンドだったものがバッドエンド、バッドエンドだったものがハッピーエンドだったりと逆だったりして少し戸惑った。それはそれで面白かったけど…。

「えっと、童話の棚は…。…あった」

ずらりと並べられた本達を眺めながら、物色を始める。前回のがオムニバス形式だったから似たような物語は避けて…、と見ていると、上の段の本が気になった。でも…、ちょっと私じゃ届かないかな。決して高くない身長を恨みながら周りを見渡せば、脚立が目に入った。
これ幸いとばかりに脚立を本の位置まで持っていき昇れば、目当ての本を手に取る。取れた、と思った瞬間、見た目とは違い重たく感じる本に重心を取られてしまう。
がたりと脚立が嫌な音を立て、私は脚立の上で体勢を崩し、あ、これは落ちたと思った。まずいと思っても遅い。そんなに高くなかったし、打撲程度で済むだろうと体を丸める。
…とさ、と誰かに支えられる感覚がした。痛みはやって来ない。まるでヴァルを助けた時のようだ。

「君、大丈夫かい?」

何度もリピートした甘さを含む低い声。私は驚いて勢いよく顔を上げる。心配そうに私を見詰める青年の瞳はサファイアの様に蒼く、彼の名を象徴しているようだった。

「ディラン…王子殿下…?」

整った顔立ち、待ち望んでいた攻略対象。しかもこれ、図書館イベントだ!つまり私は今彼の腕の中に居る事になっていて…。

「…!あ、す、すみません王子殿下!!私重かったですよね!?ああそうじゃなくて!ありがとうございますすぐ退きます!!殿下はお怪我は!?大丈夫でした?」

特に怪我もなく打撲すらしていない体は、あっさりと王子から離してしまった。おかしい、美味しい展開の筈なのに…。

「ふ…。君の方が大変だったのに私の心配をしてくれるのか、面白い子だね。私は大丈夫だよ。今度から高い所にある本は図書委員に頼むといい。風の魔法が使えるなら問題無いんだけどね」

こんな風に、と彼は上段の本を一冊風で揺れさせ、小さな竜巻みたいなものを作りゆっくりとその本を下ろして手に取った。

「すごい…、考えた事もなかった…」
「そう?…ああ、君はあの有名な闇属性の」
「有名なんだ…、あ、申し訳ありません名乗りもせず!!私ミアルワ・ガーネット、ガーネット伯爵の長子です」
「うん、よろしくミアルワ嬢。私は知っての通り、ディラン・フォン・サフィーアだ。もっと気軽に呼んでくれて構わないよ」

わぁ、流石王族。懐ひろーい。えっと、ここで王子殿下と会って、確か…。

「ん?ああその本。懐かしいな、私も前に読んだことあるよ」
「へ?」

自分の手にした童話本に目を落とす。これはシャーロットが教えてくれた一冊でもあった。こんなところに共通点が出るとは思わなかった。

「あ、私あまり童話詳しくなくて…。これも教えてもらったんです」
「教えてもらった?誰から?」
「アンバー侯爵令嬢です」

私がシャーロットの名前を出すと王子殿下が一瞬眉を顰めるも、すぐにその甘いマスクで笑顔を向けられる。…向けられるというよりは、取り繕われたと言った方がいいのかな。でもなんで?シャーロットはこの人の婚約者な筈なのに。

「あ、アンバー侯爵令嬢にお会いされて行きます?彼女でしたらあそこの…」
「いや、いい」

シャーロットの居場所を教えようとしたら、ぴしゃりと断られた。…え、何その態度!?仲が悪くなったのってヒロインが出てきてからだよね?なんで今の状態で仲が悪いの!?
悶々と考えていると頭の上にぽん、と本を軽く当てられた。それはさっき、王子殿下が風の魔法で取り出した童話だ。

「これは私のお勧めの本。良かったら読んでみてくれ」

そう言って本を私に寄越して、彼は図書館を出て行ってしまった。図書館イベント終了…。
…あれ?私の意図しない所で物語が動き出してる?
王子殿下に、こんなに簡単に会えていいものだろうか?普通なら起こりえない出来事だけど…、そこは少しヒロイン補正入ってるのかも。まるで物語が軌道修正されていくみたいで気持ち悪い。



私は平凡でいいの。攻略対象の中の誰かと平和に暮らせたらそれで…。
…それで?どうなるの?



だって、夢にまで見ていた攻略対象との出会い。

それなのに、頭に浮かぶのはシャーロットの事ばかり。無表情だけどちゃんと感情があって、喜怒哀楽の表現が不器用な彼女が時折見せるふわりとした笑み。
そればかりが浮かんで、手元にある二冊の本を手にしたまま、出せない答えに床を見つめることしか出来なかった。
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