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1.一度目の最期と二度目の始まり
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ただ、愛されたいだけだった。
けれど、お父様も婚約者も、私を見てくれることはなかった。
「お父様、あの、――」
「すまないジュリア。また今度、時間がある時に話を聞かせてほしい」
そう言って、いつだって忙しいお父様が後で私に時間をとってくれることなんて一度もなかった。
お勉強ができれば、お父様は私を見てくれると思っていた。
だから苦手な算術も頑張ったし、得意な歴史と語学も真面目に頑張った。
けれど、学園でどんなに良い成績を残しても「よく頑張った」「自慢の娘だ」そんな言葉をかけてもらえることはなく、私に興味を持ってもらうことすらできなかった。
「ジュリア。君が僕の婚約者として良くあろうとしてくれているのは知っているけれど、僕は君を恋愛対象として見ることはできないみたいだ。だから、この恋を許してほしい」
王太子殿下との婚約は十四歳で決まったけれど、その殿下は学園で他の人と恋に落ちてしまった。
次期王となる婚約者のために、ダンスや礼儀作法を必死で修めた。おかげで社交界で『立派なレディ』として認められていたけれど、そんなものになりたかったわけではない。
努力して、完璧な婚約者になることができれば、きっと愛してもらえると信じていたのに。
たくさん、たくさん努力をした。
でも、だめだった。
あの子のように、もっと私が可愛らしい子だったなら、違ったのかもしれない。けれど、私にできるのは、身に着けたものを使って、皆の望む通りの振る舞いをすることだけだった。
――もうそれすらも、不要となってしまったけれど。
私は耐えがたい空腹を紛らわせようと、薄汚れた寝台の上で膝を抱え直した。
寝台は簡易的なもので木を組んで出来ており、少しの身じろぎでぎしぎしという音を立てる。一応マットは敷いてあるけれど、中の綿はぺしゃんこで、よくわからない染みで色が変わっている。最初は腰を下ろすことすらためらわれたけれど、それでも、地面よりはましだった。
ふと、鳥の声が聞こえて、天井の高い位置にある格子のはめられた小さな窓を見上げた。
格子で区切られた空は、薄青く輝き始めている。
「もう、あさ、なのね……」
思わずこぼれた声は、自分でもびっくりするぐらいに力がなく、かすれていた。
今日は、ご飯をもらえるのかしら。
前回食事をしてからどれくらい経ったのか、辛くなるから数えていない。
処刑前に死なれては困るからか、何日かに一度、水のようなスープとカビたパンが供されるけれど、もらえるかどうかは看守の気まぐれだ。
ぼうっとしていたのだろう、気が付くと牢の中が明るくなっていた。
地上から響いてくる靴音にはっと顔を上げると、柵越しに不機嫌そうな兵士が二人やってきているのが見えた。二人は私の柵の前に来ると、鍵束を鳴らした。
「おい、今から鍵を開けるが、暴れるなよ」
「先輩、心配しすぎですって。こんながりがりが暴れたって、たかが知れてますよ」
「……規則だ」
不機嫌に気が付いたのか、若い方の兵士が黙る。
いつもと違うことが起きる予感に、おそるおそる声をかけた。
誰かが救いの手を差し伸べてくれたのだろうか。
「きょう、は、……?」
鍵を開けながら先輩と言われた方の兵士が顔を上げた。
「処刑の日すら忘れたのか?」
「しょけい……?」
酷い扱いに予想はしていたが、処刑が決まったなんて聞いていなかった。
だが、若い兵士は私の手に枷をはめながら笑う。
「王宮前広場で斬首だってよ」
「ざん、しゅ」
茫然とする私に若い方の兵士はニヤついた声で続ける。
「弟を毒殺しようとしたんだって? 悪女には相応しい死に方だな」
牢屋での扱いに、希望は持たないようにしていた。それでも明らかな冤罪に、お父様が、婚約者が、誰か、気が付いてくれると思っていた。
庇う気があるならもっと早くに手は打たれていたはずだとわかってはいたけれど、でも、それくらいの愛情は残っていると、信じていたかった。
引き出された広場には民衆が集まっているようだった。
広場には処刑には不相応な花飾りが遠目に見える。
「お花……?」
疑問を浮かべる私に、兵士が吐き捨てるように言う。
「明日の夏至祭のためのものだ」
「え……」
「おい。まさか自分のためだなんて思ったのか」
若い方の兵士がそんなわけないだろうと笑い声を立てる。
だが、そうではないのだ。
夏至祭の前日――つまり、今日は私の誕生日だったから、驚いたのだ。
誰がこの日に決めたのかはわからないが、そんなにも私は嫌われていたのだろうか。
――どうして、こんなことになってしまったのだろう。
兵士は茫然とする私を小突くと、半ば引きずられるように進みだす。
しかし、広場に近づいたところで、再び足が止まった。
罵声と共に石が投げつけられ、痛みに俯く。
――嫌われないように振舞ってきたつもりだった。でも、きっと何かが悪かったのだ。
私の死を願う声に、私は静かに目を閉じる。
愛されたかった。でも、誰も私を見てくれなかった。
それどころか、犯してもいない罪で裁くほど、私は嫌われていた。
薄汚れ、元は金色だったのに本来の色がわからないほど汚れた髪を引っ張られ、断頭台に頭を押し付けられ固定される。
ありもしない罪を読み上げる声に、群衆が湧いた。
カウントダウンが始まり、それに答えるように斧が振り上げられる。
――許されるならば、誰かに愛されてみたかった。
そうして、衝撃と共に私の意識は闇に呑まれた……はずだった。
口から叫び声がほとばしり、その声に驚いて目を見開く。
視界に飛び込んできたのは見慣れたベッドの天蓋で、驚きすぎて叫び声が止まっていた。
「どうして、私、死んだはずでは……?」
周りを見渡しても、少しの違和感はあるが記憶にある私の部屋のようだった。
「お嬢様! どうなさいました!」
返事をする前に飛び込んできたのは、一年前に結婚で退職したはずの侍女のケイトだった。
ケイトは私がベッドに体を起こして居るのを見て、周囲を見回す。他に異常がないと確認するとほっと息をついた。
私はまだ状況が飲み込めなくて、ただケイトの様子を見ているだけだった。
側に戻ってきたケイトは、心配げに私の顔を覗きこむ。
「喉を痛められたのですか?」
無意識に首をさすっていた。手を離すと、ケイトが私の手を取る。その手は温かい。
「きっと、怖い夢を見られたのですね。お嬢様、少々失礼いたします」
ケイトは無理に話すことはないと言い、冷たくなっていた体を抱きしめて温めてくれる。
その温もりは確かなもので、気がつくと体の寒気は引いていた。
「ケイト、ありがとう。もう大丈夫、落ち着いたわ」
「もうよろしいのですか?」
「ええ。いつまでも子供みたいな振る舞いはできないわ」
「そんな……! お嬢様! 先日婚約が決まられたからといって、ご無理はなさらなくてよろしいのですよ」
「婚約?」
なんのことだろう。そういえば、ケイトが戻ってきた理由も聞いていない。私は、疑問を尋ねようとケイトを見上げた。
(あれ、見上げる……?)
ケイトが家を出た時には私はケイトの身長を追い越していた。いくらベッドの上にいるからといって、この位置関係はおかしい気がする。
違和感に、おそるおそる尋ねる。
「私は今、何歳だったかしら」
「先日、十四歳になられたばかりです。本当に、今日はどうなさったのですか?」
ケイトが不審な言動の私を怪しみ、熱を計ろうとしているのだろう、おでこに手を伸ばしてくる。
私は呆然とケイトのされるがままになっていた。
けれど、お父様も婚約者も、私を見てくれることはなかった。
「お父様、あの、――」
「すまないジュリア。また今度、時間がある時に話を聞かせてほしい」
そう言って、いつだって忙しいお父様が後で私に時間をとってくれることなんて一度もなかった。
お勉強ができれば、お父様は私を見てくれると思っていた。
だから苦手な算術も頑張ったし、得意な歴史と語学も真面目に頑張った。
けれど、学園でどんなに良い成績を残しても「よく頑張った」「自慢の娘だ」そんな言葉をかけてもらえることはなく、私に興味を持ってもらうことすらできなかった。
「ジュリア。君が僕の婚約者として良くあろうとしてくれているのは知っているけれど、僕は君を恋愛対象として見ることはできないみたいだ。だから、この恋を許してほしい」
王太子殿下との婚約は十四歳で決まったけれど、その殿下は学園で他の人と恋に落ちてしまった。
次期王となる婚約者のために、ダンスや礼儀作法を必死で修めた。おかげで社交界で『立派なレディ』として認められていたけれど、そんなものになりたかったわけではない。
努力して、完璧な婚約者になることができれば、きっと愛してもらえると信じていたのに。
たくさん、たくさん努力をした。
でも、だめだった。
あの子のように、もっと私が可愛らしい子だったなら、違ったのかもしれない。けれど、私にできるのは、身に着けたものを使って、皆の望む通りの振る舞いをすることだけだった。
――もうそれすらも、不要となってしまったけれど。
私は耐えがたい空腹を紛らわせようと、薄汚れた寝台の上で膝を抱え直した。
寝台は簡易的なもので木を組んで出来ており、少しの身じろぎでぎしぎしという音を立てる。一応マットは敷いてあるけれど、中の綿はぺしゃんこで、よくわからない染みで色が変わっている。最初は腰を下ろすことすらためらわれたけれど、それでも、地面よりはましだった。
ふと、鳥の声が聞こえて、天井の高い位置にある格子のはめられた小さな窓を見上げた。
格子で区切られた空は、薄青く輝き始めている。
「もう、あさ、なのね……」
思わずこぼれた声は、自分でもびっくりするぐらいに力がなく、かすれていた。
今日は、ご飯をもらえるのかしら。
前回食事をしてからどれくらい経ったのか、辛くなるから数えていない。
処刑前に死なれては困るからか、何日かに一度、水のようなスープとカビたパンが供されるけれど、もらえるかどうかは看守の気まぐれだ。
ぼうっとしていたのだろう、気が付くと牢の中が明るくなっていた。
地上から響いてくる靴音にはっと顔を上げると、柵越しに不機嫌そうな兵士が二人やってきているのが見えた。二人は私の柵の前に来ると、鍵束を鳴らした。
「おい、今から鍵を開けるが、暴れるなよ」
「先輩、心配しすぎですって。こんながりがりが暴れたって、たかが知れてますよ」
「……規則だ」
不機嫌に気が付いたのか、若い方の兵士が黙る。
いつもと違うことが起きる予感に、おそるおそる声をかけた。
誰かが救いの手を差し伸べてくれたのだろうか。
「きょう、は、……?」
鍵を開けながら先輩と言われた方の兵士が顔を上げた。
「処刑の日すら忘れたのか?」
「しょけい……?」
酷い扱いに予想はしていたが、処刑が決まったなんて聞いていなかった。
だが、若い兵士は私の手に枷をはめながら笑う。
「王宮前広場で斬首だってよ」
「ざん、しゅ」
茫然とする私に若い方の兵士はニヤついた声で続ける。
「弟を毒殺しようとしたんだって? 悪女には相応しい死に方だな」
牢屋での扱いに、希望は持たないようにしていた。それでも明らかな冤罪に、お父様が、婚約者が、誰か、気が付いてくれると思っていた。
庇う気があるならもっと早くに手は打たれていたはずだとわかってはいたけれど、でも、それくらいの愛情は残っていると、信じていたかった。
引き出された広場には民衆が集まっているようだった。
広場には処刑には不相応な花飾りが遠目に見える。
「お花……?」
疑問を浮かべる私に、兵士が吐き捨てるように言う。
「明日の夏至祭のためのものだ」
「え……」
「おい。まさか自分のためだなんて思ったのか」
若い方の兵士がそんなわけないだろうと笑い声を立てる。
だが、そうではないのだ。
夏至祭の前日――つまり、今日は私の誕生日だったから、驚いたのだ。
誰がこの日に決めたのかはわからないが、そんなにも私は嫌われていたのだろうか。
――どうして、こんなことになってしまったのだろう。
兵士は茫然とする私を小突くと、半ば引きずられるように進みだす。
しかし、広場に近づいたところで、再び足が止まった。
罵声と共に石が投げつけられ、痛みに俯く。
――嫌われないように振舞ってきたつもりだった。でも、きっと何かが悪かったのだ。
私の死を願う声に、私は静かに目を閉じる。
愛されたかった。でも、誰も私を見てくれなかった。
それどころか、犯してもいない罪で裁くほど、私は嫌われていた。
薄汚れ、元は金色だったのに本来の色がわからないほど汚れた髪を引っ張られ、断頭台に頭を押し付けられ固定される。
ありもしない罪を読み上げる声に、群衆が湧いた。
カウントダウンが始まり、それに答えるように斧が振り上げられる。
――許されるならば、誰かに愛されてみたかった。
そうして、衝撃と共に私の意識は闇に呑まれた……はずだった。
口から叫び声がほとばしり、その声に驚いて目を見開く。
視界に飛び込んできたのは見慣れたベッドの天蓋で、驚きすぎて叫び声が止まっていた。
「どうして、私、死んだはずでは……?」
周りを見渡しても、少しの違和感はあるが記憶にある私の部屋のようだった。
「お嬢様! どうなさいました!」
返事をする前に飛び込んできたのは、一年前に結婚で退職したはずの侍女のケイトだった。
ケイトは私がベッドに体を起こして居るのを見て、周囲を見回す。他に異常がないと確認するとほっと息をついた。
私はまだ状況が飲み込めなくて、ただケイトの様子を見ているだけだった。
側に戻ってきたケイトは、心配げに私の顔を覗きこむ。
「喉を痛められたのですか?」
無意識に首をさすっていた。手を離すと、ケイトが私の手を取る。その手は温かい。
「きっと、怖い夢を見られたのですね。お嬢様、少々失礼いたします」
ケイトは無理に話すことはないと言い、冷たくなっていた体を抱きしめて温めてくれる。
その温もりは確かなもので、気がつくと体の寒気は引いていた。
「ケイト、ありがとう。もう大丈夫、落ち着いたわ」
「もうよろしいのですか?」
「ええ。いつまでも子供みたいな振る舞いはできないわ」
「そんな……! お嬢様! 先日婚約が決まられたからといって、ご無理はなさらなくてよろしいのですよ」
「婚約?」
なんのことだろう。そういえば、ケイトが戻ってきた理由も聞いていない。私は、疑問を尋ねようとケイトを見上げた。
(あれ、見上げる……?)
ケイトが家を出た時には私はケイトの身長を追い越していた。いくらベッドの上にいるからといって、この位置関係はおかしい気がする。
違和感に、おそるおそる尋ねる。
「私は今、何歳だったかしら」
「先日、十四歳になられたばかりです。本当に、今日はどうなさったのですか?」
ケイトが不審な言動の私を怪しみ、熱を計ろうとしているのだろう、おでこに手を伸ばしてくる。
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