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向かうはローレス領

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「申し訳ありません!すぐに皿を香辛料が使っていないものと交換させましょう!誰か!すぐに香辛料が使われていないものと料理を取り替えるんだ!」

 リーゲルガードの命令に、部屋の壁際に控えていた使用人たちが、慌ててレースウィックの前の皿を下げた。しかし、レースウィックは膝にのせていたナプキンを丸めて机の上において、

「代わりの料理はもういいや、お腹いっぱい。それより、せっかくこうして屋敷でゆっくりできるんだから、みんなで部屋で打ち合わせとかしておかない?外で火を囲んで話するのも雰囲気あるんだけど、やっぱり腰をおろして話が出来るのは貴重よね」

 かなり強引な話の持って行き方に、思わずぶっと吹きかけた。子供だからまだ許される。大人だったらひんしゅくを買っても仕方ない。
 それに、道中みんなの中で一番食欲があったレースウィックが、これまで出された料理の量で腹いっぱいになったとはとても思えない。

 お情け程度にリーゲルガードを持ち上げているのが、何とも可笑しい。だが、モンスターに襲われる心配なく屋敷で作戦を練るのは貴重な時間だ。

「打ち合わせですか?いや、もちろんダンジョン調査前に皆さまと話を合わせておくのは大事でしょう。しかし、このローレスに来るまでずっと野宿やみすぼらしい宿屋に泊まってばかりでしたでしょうし、本日は屋敷でゆっくり食事を取ってくつろいでいただき、食後のお茶も用意しておりますので」

 今日の日までに自分たちをもてなす料理や段取りを散々考えていたのだろう。地方領主が皇都の重要人物たちと懇意になれる貴重な機会だ。そのスケジュールから外れることを、リーゲルガードはよく思わなかったらしい。

 休みたいなら一人で休めばいいと、一人だけ食事の広間から出ていかせようとする気配をレースウィックは察したのか、リーゲルガードが話している途中でまた口を挟む。

「そういえばー、アンフェルディスさん」

「ん?なにかな?」

レースウィックに名前を呼ばれたアンフェルディスが顔を振り向く。

「ここに来る前に、ローレスの街に着いたら調達しておきたいものがいくつかあるって言ってたよね?あれってなんだったっけ?明日調達してからダンジョン行くなら、今晩のうちにみんなで手分けして買い出し行けるようにしておいた方がいいんじゃない?」

 初めて聞いた。そんな話、俺は聞いていない。ダンジョンで必要になるだろう上位回復薬などは馬車に積んで持ってきた。ローレスでわざわざ調達しないといけないような物はない。

 だが慌てたのはリーゲルガードだ。アンフェルディスが必要としているものなら、ダンジョン調査に関わる重要なアイテムなのだろうと勝手に解釈したらしい。

「皆さまが自ら手分けして買い出しですか!?そんな、何をご用意すればいいか教えていただければ、明日朝までに私共の方でご用意いたしますので!」

「いや、こればかりは自分の目で見て確かな物を入手したいのです。個人それぞれに使い勝手の良さなども左右されるため、誰かに買い出しを頼めないのです」

 アンフェルディスも上手いことレースウィックの話にのっかってきた。調達しなければならないアイテムの具体的な名前が出てこないことと、調査メンバーの誰一人、この会話にツッコミを入れない。

 リーゲルガードの話にはもう十分付き合った。皆この食事をお開きにさせたいのだろう。即席のPTだが、ローレスに来るまで野宿を共にしたせいか、非常時の団結力はしっかり結ばれたようだ。

「ご自分の目で確認ですか……?」

「それにレイにも買い出し付き合ってもらうからね!他の冒険者たちにもアイテムの見分け方とか教えてもらってるんでしょ?コツとか私にも教えてよ」

 突然、明るく無茶振りをしてきたのはレースだった。

「えっ!?俺も買い出しに!?」

(ここでどうして俺を持ち出した!?このままさらっと食事をお開きにすればいいだけの流れだっただろ!?)

 いきなりテーブルの一番端に座っていた俺に話を振られて、リーゲルガードの視線がとてつもなく痛い。おまけにギィリも便乗してきて、さらに追い詰められていく。

「レイ殿のアイテムの見分けのコツなら、私もぜひ聞いておきたいわ。ここに来るまでにレイ殿のアドバイスや準備にはとても助けられたものね。特に川で借りたアレは役に立ったわ」

 曖昧にギィリは誤魔化しているが、アレと言ったものがただの<石鹸>であることはリーゲルガードは考えもしないだろう。だが、帝国の魔導軍団長が自ら『役に立った』と言われては、ギルド受付の身分では何か返事をしなくてはいけなくなる。

「いえ、あんなものでよければ、いつでもご用意いたしますよ」

 愛想笑いを貼り付けて応えた。

「謙遜しなくていいわ。受付とはいえ、やはり日頃からモンスター討伐やダンジョン攻略を生業にしている冒険者たちを直接相手にしていると、戦うばかりではなく攻略への心構えも身につくのでしょうね。また時間があるときに話を聞かせてほしいわ」

 いくらなんでも皆がいる場で俺を持ち上げ過ぎだろうと思ったが、この不毛な食事を誰よりも早く終わらせたいのはギィリだったようだ。
 けれども、ふと一瞬視線を感じた。

(あれ?いまディルグラートのやつ、俺を見なかったか?)

 話題は俺についてだが、話しているのはギィリだ。直属の上司ではないけれど、地位的には騎士のディルグラートより魔導軍団長のギィリが上となる。

 その上司が話しているのに、俺の方を見やるのはおかしい気がしたが、ほんの一瞬だったので気のせいだったのだろうか。

「では、みなこのまま私の部屋で打ち合わせをしましょうか。ダンジョン内で間違ってもアイテムを忘れたということがないように。リーゲルガード殿、美味しいお食事でしたわ」

 言うと、ギィリはナフキンを置いて席を立つ。それに喜々と続いたのはレースウィックで、アンフェルディスたちもリーゲルガードに食事の礼を言って、食事の広間から出ていく。

 一番最後に部屋から出ていくのは、当然下っ端の俺なわけで、

「お食事ありがとうございました……。とても美味しかったです。では……」

「ほら!レイも早く行こうー!みんなに置いてけぼりにされちゃうよ!」

「わっ!あんまり引っ張ったら転んじゃいますから!」

 失礼しますと言い終わらないうちに、腕にレースウィックがしがみ付いてきて、強引に引っ張られるようにして広間を後にする。わざとらしいくらいの子供っぽい芝居だが、無碍に振り払うわけにはいかない。
その内心、

(俺は悪くない!俺は悪くない!俺はちゃんと空気を呼んで、空気になってたぞ!)

 リーゲルガードは固まってしまって何も発しなかったが、部屋を出る間際、俺を射殺さんばかりに睨んでいる視線だけは感じた。
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