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神との駆け引き

5 強制転移

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 【ジャッジメント・ルイ】から放たれた一撃が、シエルの顔のすぐ横をすり抜ける。
 そして通り抜けた光弾が、暗闇に閉ざされた通路の先で着弾し、ドォォンと爆発音が鳴ると共に、

――グォオオオオオ!――

 通路を徘徊していたのだろうモンスターが悲鳴を上げた。
 立ち上る炎の明かりで、薄っすらとモンスターの影が土煙に映る。

「よくあそこに敵がいるの分かったね。見えてた?」

「遠くに丸いマークが見えた。紫のやつ」

 ぶっきらぼうにツヴァングは答える。
 ダンジョンに入って直後、ヴィルフリートも交えて簡単にマップの見方を説明したが、当然ではあるけれど、すぐにツヴァングは使いこなす。
 
 同時に【聖浄のクリスタル】を、念のため渡してある。シエルが指に嵌めている【聖浄の指輪】とちがって、一回使い切りの浄化アイテムだ。

 ルシフェルのダンジョンで汚染モンスターが落としたアイテムを浄化すると、ほとんどは通常の【呪い】のないアイテムに戻るのだが、稀に【聖浄のクリスタル】というビー玉ほどの透明の玉になった。

 解析結果は【汚染アイテムの浄化。1度だけ使用可能】
 今のところ、自分が指にはめている【聖浄の指輪】からしか、作ることができない。

 そして何事も無かったように、ツヴァングは【ジャッジメント・ルイ】の銃口を下ろすと、キィィンという甲高い音が次第に静まっていき、同時に銃のギミックも元の姿に戻り、銃身の赤い発色も消えていく。

「そう。青は自分、黄色はPTを組んでいる仲間、緑と赤はモンスター。紫は、汚染されたモンスター」

 復習も兼ねてシエルが言うと、ヴィルフリートが怪訝な眼差しで質問を投げかける。

「ずっと見てたが、俺のマップには何も見えなかったぜ?」

「自分もだよ。たぶんツヴァングが遠距離DPSだからだろうね。マップの探知可能範囲が広いんだ」

「遠距離?」

「銃は飛び道具。遠くから攻撃する武器を使うから遠距離DPS。自分はレイピアだしヴィルフリートも槍だから近接DPS。攻撃が届く距離、間合いが違うってことかな」

「持っている武器でマップの見える範囲に差が出るのか。ところでDPSって何だ?」

「えっと、簡単に言うと攻撃する人、って意味だよ」

 正しくは<1秒あたりのダメージ=Damage Per Second>の略だが、現実化したこの世界でそれに意味はないだろう。

「それならまた黒呪士になれば」

「それができれば都合がいいんだけど、ダンジョンに入ると装備できる武器の種類にしばりができて、武器を好きに交換できないんだよ。だからこの裏ダンジョンに入った瞬間から、レイピア以外の武器にロックがかかっちゃってる。どんなに力を込めても武器は発動しない。でも同じ種類の武器ならチェンジできるよ」

 苦笑するシエルにヴィルフリートはいまいち理解出来ていなかったが、それ以上の質問を重ねるのはやめておいた。
 シエルがどの職業も出来ると言うのなら、前のハムストレムのダンジョンの時のように、遠距離攻撃が出来る黒呪士になればマップの探知距離がツヴァングと同等になるのでは?と考えたのだが、まさかダンジョンにそんな<縛り>があるとは知らなかった。

 しかし、ダンジョンを攻略するときに限らず、冒険者は基本的に職業は1つだ。才能がないとか、別の職業に転職希望でもないかぎり、1つの職業を極めていこうとするため、武器は1つしか持たず、途中で別の職業の武器に持ち変えるなんてことはほとんどない。

(ダンジョン、って言うからには普通のダンジョンも裏ダンジョンにもそういう縛りが元々あったってことか)

 普通のダンジョンなら何度も攻略経験があるヴィルフリートだったが、ダンジョンにそんな縛りがあったのは初めて知る。

 それに、と視線だけツヴァングが持っている【ジャッジメント・ルイ】を見やる。
 シエルが黒呪士として装備していた【インペリアル・エクス】もすごかったが、ついさっき目の前で放たれた【ジャッジメント・ルイ】も、威力共に凄まじいものがあった。

 冒険者ギルドで見せた手合いも、正直度肝を抜かされた。
 さすがはS10武器は伊達ではないと思う反面、そんな凄まじい武器をツヴァングはこともなくに使いこなして見せる。

 (俺が知ってる女たちと酒を飲み遊びほうけていたツヴァングとは全く違う。S10武器にLV制限があるっていうなら、何時の間にこれほど強くなったんだ?いや、人は急には強くなれねぇ。実は元々強かったのを隠していたのか?)

 けれども、それを見抜き【ジャッジメント・ルイ】を惜しむことなく渡してしまったシエルは、改めて何者なのだろうか。

 言い伝えで神の代行者である<レヴィ・スーン>であることは知っているが、だからと神のごとき強大な魔力を持っているということだけで、何の目的に現れたのか、特にどこからやって来たのかについては何も言い伝わっていない。

(本人は兄貴を探しに来たっていうけど、その兄貴からしてこの世界を作った神の1人だっていうし)

 まるでどこかにこの世界を作った別の世界があり、そこに神々が住んでいて、シエルもその世界からやって来たような感覚になる。

「小部屋だ」

 左手の法則に従い進むうちに扉が現れる。汚染された裏ダンジョンの小部屋だ。宝箱だけがポンと置かれているなんてことは期待しない方がいいだろうけれど、どんな罠が仕掛けられているか興味は沸く。

 シエルがチラとヴィルフリートとツヴァングの双方を見やって反対が無いことを確認してから、小部屋の扉に手をかけた。

「拍子抜け……。せめて中ボスくらいのモンスターがいると思ったんだけどな~」

 部屋の中はガランとしており、宝箱どころか魔物すら一匹もいない。部屋の中央にまで足を踏み入れても部屋の中を見渡しても、正方形の部屋は罠らしい罠はなく、扉も入って来た扉しか出入り口はなかった。突き当たりだ。

 裏ダンジョン最初の小部屋だからと警戒し、いつでも魔物が出現してもいいように銃のトリガーに指を引っ掛けていたツヴァングが肩透かしだとばかりに溜息をつく。

「何も発動しねぇな」

「グチっても仕方ないし次いこう」

 それは自分も同じだとシエルも肩を竦めて入って来た扉の方へと戻り、部屋から出ようとして、ふわっと何か魔法障壁に触れたような感覚に全身包まれた。

(コレはヤバイやつだっ!!)

 本能に近い感覚かもしれない。危険を察知してバッと背後を振り返ったがすでに時遅かった。らしくもなく舌打ちしたが、その舌打を聞く者は誰もいなかった。

 すぐ後ろにいたはずのツヴァングとヴィルフリートの姿がない。そして扉も消えて小部屋そのものが無くなっていた。

 このダンジョンはPT限定のダンジョンだ。
 ソロでは攻略できず、必ず複数での攻略となる。そのPTメンバーを小部屋へと誘いこみ、部屋に何もないと見せかけて部屋から出て行こうとした者を別々の場所に転送させ、孤立させる。

 それこそが、この部屋に仕組まれた罠だったのだ。

『ヴィル、ツヴァング、チャット届いてる?』

『ああ、届いてる』

『こちらもだ』

 最初にヴィルフリート、その直後にツヴァングも反応する。
 どうやら二人共、とりあえずは無事らしい。ほっと安堵の溜息が漏れた。

『シエルが扉を出る瞬間、黄色い膜に包まれるようにして消えたのが一瞬見えた』

『扉そのものが転移ギミックだったんだろうね。一度入った者を別々の場所へ転移させる、やられた』

 モンスター相手ならば対して警戒していなかったけれど、注意していた筈の罠にまんまとはめられたらしいと苦々しく思う。
 モンスターも出ない、宝箱もないと、気が緩んだところを突かれた。

『マップを見てみろ。通路が繋がっているかは分からないが、同じフロアではあるらしい』

 ツヴァングの指摘にシエルとヴィルフリートもすぐさまマップを開く。マップの範囲を広範囲に広げれば、ツヴァングの言うとおりグレーアウトされた離れた位置に、それぞれPTメンバーを示す黄色いマーカーが光っている。

『まずは合流をしよう。小部屋を見つけたらできるだけ入らないようにして。どこに飛ばされるか分からない』

『了解した』

『分かった』

 シエルの指示にヴィルフリートとツヴァングが了承するが、内心はツヴァングの方はさほど心配はしていなかった。あちらはS10武器の【ジャッジメント・ルイ】を装備しており、汚染されていようと大概の魔物なら問題なく倒せるだろう。
 通路でエンカウントすらしていない魔物を遠くから打ちぬいたように。

 心配なのはもう1人だ。違う場所に転送されて、魔物と遭遇してもシエルがフォローすることが出来ない。

『ヴィル』

『どうした?』

『危ないと思ったら使うんだよ?』

 このチャットはツヴァングも見ているため、何が、とはあえて言わないでおいた。それでもシエルがヴィルフリートに何を使えと言っているのか、返事が無いということは通じたのだろう。
 けれど、『分かった』とも『いや』とも答えず無言ということは、たとえ自分が命の危険に晒されようともヴィルフリートは使う気が無いのだ。

(全くもう!頑固なんだから!)

そう思うと、知らず歩く速度は早くなっていく。

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