上 下
27 / 60
ピピ・コリン

1 朝の目覚め

しおりを挟む
 自分は今更ながらに低血圧だ。
 朝はとにかく苦手で起きられない。低血圧が過ぎて頭痛までする。
 
 最近はイイ感じに温かい抱き枕を手に入れられたので、頭痛と共に目覚めることはなくなったけれど、低血圧は相変わらずだった。

 そんな自分が珍しく、目覚まし時計や隣の抱き枕ヴィルフリートに起こされることなく、パチリと目を覚ます。
 そしてベッドから起きてまっさきへトイレへ入り、誰も入れないよう鍵をかければ、一度深呼吸をしてから勇気を出して確認する。

(まずはキャラステータス……よし。次は念のためこちらも……)

 パジャマにしているハーフパンツの中を――あまり視界に入れたくないが、恐々覗く。

 チラと目的ものを確認できたら、即パンツから手を離す。

「よっし!!!」

(狙い通り!私の考えは当たっていたわ!ついでに今見たものは記憶削除っと!私は何も見ていない!)

 グッと握りこぶしをしてトイレを出れば、パジャマ姿のまま向うは、まだ寝ているヴィルフリートのベッドだ。

「ヴィル!起きて!起きて!!」

 まだ眠るヴィルフリートのベッドに飛び乗り、馬乗りになって揺さぶる。

 これでいきなり強盗が押し入ってきたり、街にモンスターが沸いた日にはやられてしまう。いつも年寄りかと思うくらい早起きなのに、なぜこんな喜ばしい日に限って起きてないのか理不尽ではないだろうか。

「う~……」

「起きて!朝だよ!はやく起きて!」

「あ~……おぉ~ま~え~は~、朝っぱから起こしやがってぇ………」

 頭をぼりぼりかいて、鬱陶しそうにヴィルフリートは体を起こした。

 ハムストレムからピピ・コリンまで、徒歩で通常2、3週間かかる距離であるところを、3日で到着した。
 相乗りしているシエルの煽りも受けて、エアーボードの限界速度まで飛ばし、半ば強行突破気味に、ピピ・コリンに辿りつけたのだ。

 ただし到着した時間は、既に夜もだいぶ更けて安い宿は全て満室だった。

 とにかくシャワーが浴びたいのと、スプリングが効いたベッドで寝たいというシエルの財布から、コリンで五本指には入る高い宿に部屋を取ったのだ。
 久しぶりのベッドで、しかも泊まったこともない高級宿。ここ3日のエアーボード操縦はずっとヴィルフリートだったので疲れも最高潮。

 最高の肌触りのシーツが敷かれた広いベッドは、横になってあっという間に寝てしまった。
 寝心地は最高だった。

 なのに、朝の目覚めは最悪だ。

「んだよ?くだらねぇことで起こしやがったんなら承知しねぇからな?」

「男になった!これで海行ってもいいよね!?」

「男に、なった?」

 寝ぼけ眼のヴィルフリートに、自分のコマンドウィンドウをPT共有にして、性別項目を指さす。

「ほら!性別欄見て!ちゃんと<Male:男性>になってる!」

 昨日まで性別項目は<Angelos:中性>だったのに、今はちゃんと<Male:男性>と表示されている。

(あんまり見たくなかったけど、念のため確認してもちゃんとついてたし!)
 
 これで文句はないだろう。

「男、だな……」

「でっしょぉー!これでいいんだよね?じゃあ男になれたことだし、今日は海で情報収集してるね!」

「は!?オイ!待て!!」

 脱兎のごとくベッドから飛び降りて、ヴィルフリートの制止も聞かず寝室を出てリビングのソファに飛び乗る。
 とうとう込み上げる笑いが押し殺せなかった。

(ぐふふ、【黒の書】にこんな使い方があったなんてね~。我ながら天才じゃない?)

 ピピ・コリンに到着するまでの間、海で遊ぶためにどうヴィルフリートを説得するか考え、辿り着いたのが【黒の書】だった。

 【黒の書】は<シエル・レヴィンソン>の設定書だ。
 厨二病全盛期だった中学の頃に、ノートに書いた自分が考えた僕最主人公。
 それと二十歳をこえて正面から向き合うのは、激しい羞恥心に駆られたけれど、海で泳ぐためには背に腹は変えられないと重要アイテムボックスから取り出した。

 吐血するかと本気で思った。

 厨二病の発想力おそろしい。しかし、すみからすみまで読んでも、性別に関す記述は最初に読んだ【アンジェロス】の部分しかない。さてどうしたものかと考えたとき、ノートの5P先がまだ白紙であるこに気付いた。

 自分がまだ半分しか書いてないノートを、啓一郎がそのままアイテムに実装した可能性は否定できない。
 が、無駄なデータはとにかく削除して通信容量を減らしたいゲームエンジニアが、白紙のページまで組み込むだろうか?

 なんとなく深く考えず、思いついたままにペンを取り、白紙の部分に追記する。

――――――――――――――――――――――――

<シエル・レヴィンソン>の髪色は黒になった。

――――――――――――――――――――――――

 とりあえず書いては見たが髪色は変らない。
 それどころか書いた一文の下に、いきなり字が浮きでてきてエラー宣言された。


――――――――――――――――――――――――

Error
<シエル・レヴィンソン>の髪色は既に指定されてます。
変更はできません

――――――――――――――――――――――――

 つまり既に指定してしまった記述が優先されて、後で変更は出来ないと分かる。
 そうして黒髪指定した一文と共に、エラー文言も消えて白紙に戻った。

(もしかしてこれって……)

 自分はとんでもないことに気がついたかもしれないと、歓喜で震える手でまた書き込む。

――――――――――――――――――――――――

【アダムの実】を食べると、次の日から五日間、<シエル・レヴィンソン>は男になる。

――――――――――――――――――――――――

これでどうだ!?

――――――――――――――――――――――――

― complete ―

――――――――――――――――――――――――

 キター!!

 これで誰を気にすることなく海で遊ぶことが出来る。しかも性別が男に固定もされない。
 完璧だ。

 【アダムの実】自体は探しにいかなくても店で簡単に手に入る食材で、アイテムボックスの中にも入っていたから、昨夜ピピ・コリンに到着し寝る前に1つ食べておいたら、今朝見事にスティックが装着されていた。
 
 【黒の書】は単に黒歴史というだけでなく、かなり使えるアイテムであると、今更であるが認識を改める。
今回は性別を一時的に変更するだけだが、今後検証を重ねていく必要があるだろう。
とにかく今は、

「水着買いに行こーっと!」
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

辺境領主は大貴族に成り上がる! チート知識でのびのび領地経営します

潮ノ海月@書籍発売中
ファンタジー
旧題:転生貴族の領地経営~チート知識を活用して、辺境領主は成り上がる! トールデント帝国と国境を接していたフレンハイム子爵領の領主バルトハイドは、突如、侵攻を開始した帝国軍から領地を守るためにルッセン砦で迎撃に向かうが、守り切れず戦死してしまう。 領主バルトハイドが戦争で死亡した事で、唯一の後継者であったアクスが跡目を継ぐことになってしまう。 アクスの前世は日本人であり、争いごとが極端に苦手であったが、領民を守るために立ち上がることを決意する。 だが、兵士の証言からしてラッセル砦を陥落させた帝国軍の数は10倍以上であることが明らかになってしまう 完全に手詰まりの中で、アクスは日本人として暮らしてきた知識を活用し、さらには領都から避難してきた獣人や亜人を仲間に引き入れ秘策を練る。 果たしてアクスは帝国軍に勝利できるのか!? これは転生貴族アクスが領地経営に奮闘し、大貴族へ成りあがる物語。

神の宝物庫〜すごいスキルで楽しい人生を〜

月風レイ
ファンタジー
 グロービル伯爵家に転生したカインは、転生後憧れの魔法を使おうとするも、魔法を発動することができなかった。そして、自分が魔法が使えないのであれば、剣を磨こうとしたところ、驚くべきことを告げられる。  それは、この世界では誰でも6歳にならないと、魔法が使えないということだ。この世界には神から与えられる、恩恵いわばギフトというものがかって、それをもらうことで初めて魔法やスキルを行使できるようになる。  と、カインは自分が無能なのだと思ってたところから、6歳で行う洗礼の儀でその運命が変わった。  洗礼の儀にて、この世界の邪神を除く、12神たちと出会い、12神全員の祝福をもらい、さらには恩恵として神をも凌ぐ、とてつもない能力を入手した。  カインはそのとてつもない能力をもって、周りの人々に支えられながらも、異世界ファンタジーという夢溢れる、憧れの世界を自由気ままに創意工夫しながら、楽しく過ごしていく。

大工スキルを授かった貧乏貴族の養子の四男だけど、どうやら大工スキルは伝説の全能スキルだったようです

飼猫タマ
ファンタジー
田舎貴族の四男のヨナン・グラスホッパーは、貧乏貴族の養子。義理の兄弟達は、全員戦闘系のレアスキル持ちなのに、ヨナンだけ貴族では有り得ない生産スキルの大工スキル。まあ、養子だから仕方が無いんだけど。 だがしかし、タダの生産スキルだと思ってた大工スキルは、じつは超絶物凄いスキルだったのだ。その物凄スキルで、生産しまくって超絶金持ちに。そして、婚約者も出来て幸せ絶頂の時に嵌められて、人生ドン底に。だが、ヨナンは、有り得ない逆転の一手を持っていたのだ。しかも、その有り得ない一手を、本人が全く覚えてなかったのはお約束。 勿論、ヨナンを嵌めた奴らは、全員、ザマー百裂拳で100倍返し! そんなお話です。

チートがちと強すぎるが、異世界を満喫できればそれでいい

616號
ファンタジー
 不慮の事故に遭い異世界に転移した主人公アキトは、強さや魔法を思い通り設定できるチートを手に入れた。ダンジョンや迷宮などが数多く存在し、それに加えて異世界からの侵略も日常的にある世界でチートすぎる魔法を次々と編み出して、自由にそして気ままに生きていく冒険物語。

異世界で生きていく。

モネ
ファンタジー
目が覚めたら異世界。 素敵な女神様と出会い、魔力があったから選ばれた主人公。 魔法と調合スキルを使って成長していく。 小さな可愛い生き物と旅をしながら新しい世界で生きていく。 旅の中で出会う人々、訪れる土地で色々な経験をしていく。 3/8申し訳ありません。 章の編集をしました。

俺だけに効くエリクサー。飲んで戦って気が付けば異世界最強に⁉

まるせい
ファンタジー
異世界に召喚された熱海 湊(あたみ みなと)が得たのは(自分だけにしか効果のない)エリクサーを作り出す能力だった。『外れ異世界人』認定された湊は神殿から追放されてしまう。 貰った手切れ金を元手に装備を整え、湊はこの世界で生きることを決意する。

転生貴族のハーレムチート生活 【400万ポイント突破】

ゼクト
ファンタジー
ファンタジー大賞に応募中です。 ぜひ投票お願いします ある日、神崎優斗は川でおぼれているおばあちゃんを助けようとして川の中にある岩にあたりおばあちゃんは助けられたが死んでしまったそれをたまたま地球を見ていた創造神が転生をさせてくれることになりいろいろな神の加護をもらい今貴族の子として転生するのであった 【不定期になると思います まだはじめたばかりなのでアドバイスなどどんどんコメントしてください。ノベルバ、小説家になろう、カクヨムにも同じ作品を投稿しているので、気が向いたら、そちらもお願いします。 累計400万ポイント突破しました。 応援ありがとうございます。】 ツイッター始めました→ゼクト  @VEUu26CiB0OpjtL

箱庭から始まる俺の地獄(ヘル) ~今日から地獄生物の飼育員ってマジっすか!?~

白那 又太
ファンタジー
とあるアパートの一室に住む安楽 喜一郎は仕事に忙殺されるあまり、癒しを求めてペットを購入した。ところがそのペットの様子がどうもおかしい。 日々成長していくペットに少し違和感を感じながらも(比較的)平和な毎日を過ごしていた喜一郎。 ところがある日その平和は地獄からの使者、魔王デボラ様によって粉々に打ち砕かれるのであった。 目指すは地獄の楽園ってなんじゃそりゃ! 大したスキルも無い! チートも無い! あるのは理不尽と不条理だけ! 箱庭から始まる俺の地獄(ヘル)どうぞお楽しみください。 【本作は小説家になろう様、カクヨム様でも同時更新中です】

処理中です...